保護した喰種はヤンデレでした   作:警察

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第8話

 大丈夫。

CCGに手配書も貼られてあった。顔が見られたのは最悪だけど、雛実はまだ捕まってはいない。

店長は24区に移すなんて言っていたけどそうはさせない。あんな肥溜めで雛実を一人になんてさせるもんか……。

じゃあどうすればいいか。

”白鳩”を殺せばいい。あいつらが見つける前に、一人残らず。

そのあとは私が守ってやればいいだけ。

 

 

「トーカちゃん。本当にやるの……?」

 

「うるせぇ。集中して持ち場につけクソカネキ」

 

「でも、やっぱり僕は反対だよ……。捜査官を殺すなんて」

 

「今さら怖気づいたのかよ。なら一人で帰れよ。もともと私だけやるつもりだったし」

 

「……何もできないかもしれないけど、トーカちゃんを放っておけないよ。」

 

「チッ」

 

 あの日からもう数日。

店長も四方さんも動いてはくれない。雛実の居場所も分からない。ないないないない。ない事づくしだ。

この状況でちんたらやってる余裕はないんだ。

そんな荒れてる私にコイツは協力を申し出てきた。僕にも出来ることがあるなら何か手伝わせてほしいってさ。

……馬鹿だよね。何の力もないくせに。

 

 

 仲間が殺されたのに黙って指をくわえて見てるのが正しいとは思わない。

雛実はお父さんもリョーコさんも”白鳩”に殺された。

 

 仇が討てなきゃ可哀想よ……!!

 

 

 

 

 

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「あーー。川に入るなんていつぶりだろうなぁ。

亜門、お前も子供の時にザリガニ獲ったりしたか?」

 

「していない。俺は孤児院育ちだからなそんな暇は無かったんだ。

真戸さん、こっちにも何もないです」

 

 亜門が川の水草に頭をつっこみながら報告する。俺も近くの水の中を覗き込むが、小魚や水生生物が存在するのみだ。

 

 

「どうやら川に収穫はなさそうだ」

 

 そう言って真戸上官はジャブジャブと水をかき分け陸に上がる。俺たちも肌寒いこの季節に寒水に使っていたくはないので習って川から出る。

しかし、重原小学校付近への聞き込み調査も芳しくなく、防犯カメラによる目撃情報もいまのところない。

真戸上官のお得意の感で川の捜索に乗り出したが成果は上がらなかった。

まぁ、当たり前なんだが。なんたって俺の家に居るからな。

 

 

 ……上がったら余計に寒いな。

中島さんも、寒い寒い言いながら腕を擦り合わしている。

 

 これは特別手当モノじゃないだろうか。

もし降りたらこれで雛実の服でも買いに行こう。しかし女児のファッションなんて分からないぞ。

ダサいものを与えるわけにはいかないしな。

やはり事前に勉強してから行くべきだな。

うん。

 

 

「おい、聞いているのか青履……」

 

「何がだ?」

 

「真戸さんが二手に別れようと言っているぞ!

俺たちは向こう!真戸さん達はトンネル内だ!」

 

「あぁ。オーケー。了解です」

 

「ふむ。青履君、君は怪我をしているから亜門君と離れないようにしなさい」

 

「 分かりました。ほらさっさと行動するぞ〜亜門」

 

「き、貴様っ。元はといえばお前が聞いてなかったんだろうが!」

 

 

まずいぞ。職場で雛実の事が頭によぎるなんて。

弛んでるぞ!俺!

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、行ったか。なぜ貴様らがここにいるのかは知らないが丁度いい。

こちらから赴く手間が省けた。

そろそろ出てきたらどうだね?

喰種君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜門を伴って向かった場所はトンネルとは反対にある土手だ。

多分真戸上官の感ってやつだろう。あの人のアレは馬鹿にできないからな。

 

 

 俺達が移動した先には一人の男が立っていた。半身で此方に対峙するように構え、頭にはパーカーを目深く被せている。身長170cm程度の体にどこにでもいそうな出で立ちにも関わらずそいつは言い得ない不気味さを醸し出していた。

そしてなにより、喰種の悪趣味な仮面をつけている。

 

 その姿を遠目から発見していたので大して驚くことはない。隣にいる亜門の横顔をチラと覗き見る。

その瞳は薄く威圧するように細められ、眉間には皺を寄せていた。

 

「何だ、貴様は」

 

 仮面の男は答えない。

 

 

「邪魔だ。消えろ」

 

 相方が言い終えると同時にこちらへと駆け出してきた。その速度は一般人のそれと変わらなかった。俺は隣にだけ聞こえるよう声を落とし、任せると短く伝えた。

 

 男の振りかぶった右腕を亜門はガードしなかった。

 

「えっ……? がはッ!!」

 

 突っ込んでくる勢いを自らの体で殺し、男の襟首を掴んでから地面に叩きつけ無力化する。CCGで喰種捜査官なら誰でも習う対人柔術だ。

 

 

「捜査官をやっていると……貴様みたいに”喰種”の真似事をする馬鹿な輩が現れて困る。

悪趣味なマスクだ」

 

 しかし男は抑えられた腕に蹴りを入れ拘束から逃れる。少々一般離れした跳躍で亜門から距離を取り、四つん這いで着地。こちらを見据える。

その瞳は赫かった。

 

 

「あいつ、喰種か。全然気づかなったな」

 

「余りに非力でてっきり人間かと思った。

だが”喰種”なら放っておくわけにはいかない」

 

 俺と亜門の手から金属の擦れるような歪な音を出しながらクインケが展開される。

俺のは西洋の片手剣のような尾赫のクインケ。亜門のはハンマーのヘッドを縦にしたような身長ほどもある巨大なクインケだ。

 戦闘は長引かせたくない。クインケを持つ右手の握力を確かめ、一気に接近する。

相手の眼球がこちらの動きを捉えていることを確認しながら側面に回り込む、と見せかけて背後から横薙ぎに切りつける。

 

 

「なっ!」

 

 クインケは男の首筋を薄皮を撫でるように傷つけた。赤い血が舞い散る。

相手はフェイントに引っかかったことが理解できないようで傷つけられても動こうとしない。その隙に後続の亜門が接近しクインケを大きく振りかぶり男の側頭部にクリーンヒットする。ぐ……ぁ……、と声をもらしながら男の体が吹っ飛ぶ。

 

 

「………仮面をつけた悪鬼。貴様らに一度聞いてみたかった。

罪のない人々を平気で殺め……、己の欲望のまま喰らう。

貴様らの手で親を失った子も大勢いる。

残された者の気持ち……悲しみ……孤独……空虚……。

お前たちはそれを想像したことがあるか?」

 

「……」

 

「貴様と同じ”喰種”で『ラビット』と呼ばれる者がいる……。

奴が私の仲間を殺した。……ほんの数日前だ。

……………………………。

彼はなぜ殺された……? 捜査官だから? 人間だからか?

ふざけるなッ!

彼のどこに……!! …どこに殺される理由があった……ッ」

 

「この世界は間違っている……!!

歪めているのは貴様らだ!!」

 

 亜門は涙を流しながら叫ぶ。

そうか。お前もそのことを考え始めたのか。

一体どっちが正しいんだろうな。俺も雛実と関わっていく中で心境に変化が芽生えた。きっと亜門もそうなるのだろう。

俺は脳震盪で起き上がれない男を見ながら亜門に耳打ちする。

 

 

「もしかすると、真戸上官の方が本命かもしれない」

「ッ!?」

「前に言っていただろ。背後に複数犯関わっているかもしれないと。

様子を見に行くべきだろう」

「ならお前が行ってくれ。今は一刻が惜しい。お前の足にかけるべきだ。急げッ!」

 

 

 俺はこの場を任せ全速力で来た道を戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が到着した時に見た光景は

”兎面”の喰種の足元に倒れ伏す中島さんと、羽赫から放たれた赫子に両足を切断される真戸上官の姿だった。

 

 

 頭が恐ろしい程真っ白になる。音も聞こえず、ただ視覚からの映像のみをスローモーションで頭でリフレインされていた。

 

 

 ハッと我に返り俺は被りを振り、立ち止まった足を再稼働させた。

 

 

「真戸上官ッ!!!!!」

 

 駆け寄り虫の息の真戸上官を背負いその場を離脱する。

後ろから来る赫子の第二波を片手剣で幾つか叩き落とすも何本か体をかすめて被弾する。

”兎面”の喰種はスタミナが切れたのか赫子の発射を止めた。その隙に水のない通行路に真戸上官の体を横たえさせる。

 

 

「あぁ……青履君。手ひどくやられてしまったよ」

 

 喰種を視界に収めながら、血がドクドクと噴き出す足を止血のために縛る。それでもブシュブシュと溢れ出す血は出血性ショックないしは失血死が危ぶまれる勢いで出ている。それを念入りにキツく携帯テープで縛りつける。

 

 

「青履君。今は目の前のことに集中したまえ……」

 

「……」

 

 真戸上官の傍らから立ち上がり喰種を見据える。細い一本のジャリ道の先に女学生風の喰種が中島さんの頭に足を乗せながら此方を見据えていた。女は前髪が垂れ下がるせいか目元まで影になっており、暗がりから赫く光る眼と鬼のような形相は俺を威圧する。肌に寒気が走る。それは以前何度か感じたことがある強者の証だった。

 だが俺にも勝機はある。コイツは羽赫で短期戦型。真戸上官との連戦では本来の力を発揮することはできないだろう。もう一つ良い事に明らかにダメージを負っており尚且スピード勝負に持ち込めることだ。そこは俺の十八番だ。

 

 

「……動くなよ。ここに転がってるコイツがどうなってもいいのか」

 

「なぜお前のような喰種に真戸上官が負けたのかと思えば成る程。そんな姑息な手を使っていたというわけか」 

 

「っへ。強がんなよ。

あからさまに手に包帯巻いてるお荷物がきたところでなにができんだよ」

 

「お前だな。草場を殺した”兎面”」

 

「なら雛実の母親を殺したのはあんたもだな。あーぁ、イイよな。

人間はさ。そっちが被害者でこっちが加害者。ほんとっ気に入らねぇ、

私たちの苦しみなんて理解しようともしない癖にさっ!!」

 

「確かにな」

 

「は?」

 

「お前今なん「だが」」

 

「どんなに言おうが、草場の仇をとるのはこちらも同じだ。お前を捕まえるのに議論の余地はない。投降しろ」

 

「ほざくなよ……ニンゲンの分際でッッ!!!!」

 

「どんなに弱っていてもお前みたいな喰種如きに負けたりしない」

 

 こんな安い挑発でもいいのか。

拍子抜けするくらい俺の安い挑発で頭に血が上った喰種は人質を放って踊りかかってきた。

その化け物の身体能力を駆使し右へ左へフェイントを織り交ぜさせながら向かってくる。俺の側頭部を狙った回し蹴りを躱し、今度はこちらから足を狙い回転切りで反撃に出る。

 

(きっと次は空中……ッ!)

 

 女は空中に逃れることで回避し、かかと落としの予備動作に移行しようとする。その土手腹に膝蹴りを繰り出す。

 

 

「うぐぇ!!」

 

 くの字に折れたまま滞空する女の後頭部へとおまけに回し蹴りをお見舞いする。中々の勢いで飛んでいった女は何回か地面を転がった後ヨロヨロと立ち上がった。

 

 

「ころ……すぞ……。クソヤロウ……」

 

「……」

 

「生きたい……って……思って……何が悪い……。

こ……んな…………んでも…、せっかく……産んでくれたんだ。

……育ててくれたんだ……。

ヒトしか喰えないならそうするしかねえだろ……。

こんな身体で……どうやって正しく生きればいいんだよッ。

どうやって……!」

 

「テメエら何でも上からモノ言いやがって…………テメエ自分が”喰種”だったら同じこと言えんのかよッ……ムカツク……!

死ね……!

死ね死ね死ね死ねッ!!クソ白鳩野郎みんな死んじまえッッ!!!」

 

「クソが……。畜生、ちくしょ……”喰種”だって」

 

「私だって、アンタらみたいに生きたいよ……」

 

「それはそれは……ごふっ。聞くに、耐えん……おぇっ……な」

 

 真戸上官が血反吐を吐きながら喰種に向かって言う。

 

 

「バケモノ、の分際で……穏やかな生活など…………させるものか」

 

 血の抜けた顔色で話す真戸上官は、とても正気とは思えなかった。

これ以上は真戸上官の様態に悪い。

早く医療を受けさせるためにCCGの特殊回線で医療班を呼びながら喰種を拘束するために近づく。

俺が近づくともう力がないのだろうか、女は顔だけ上げると口をパクパクさせて声にならない言葉を発する。

 先ほどの女の自白から聞いてみようと思った俺は耳を近づけると、女は頬に齧み付いてきた。紙一重で回避したものの頬に歯型のような切り傷ができて出血してしまう。

 

 

「……気を抜いた俺が悪かった」

 

 そのあとは油断せずに手足の関節を外してカーボンチューブ製の拘束バンドをつける。

だが、なんとなく。医療班が到着するまでならとこの女の喰種と話したくなった俺は独り言のように話しかける。

 

 

「土手の男と雛実ってやつはお前のなんだ」

 

「……」

 

「なら俺から話してやるよ。雛実は捕まっていない。

どころかなぜか捕まることもなく、安全は保証されてる未来があるぞ。

勿論陽の下でな」

 

「……どういう事…だよ」

 

 きっとこの女は一生コクリアで留置されることになるだろう。

最後に希望を見たって罰は当たらないだろう。

 

 

「さぁな」

 

「なっ……、 この野郎………」

 

 そこまで言ってから女は遂に気絶した。

俺は真戸上官の応急処置へ向かおうとした。


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