保護した喰種はヤンデレでした   作:警察

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第5話

 朝、目が覚めると首が痛かった。昨日はあれからこの子の隣で座ったまま寝ていた。当然といえば当然で寝違えたのだろう。嫌なもんだ。立って歩けば痛みに顔を顰めるし、真戸さんに教鞭してもらった武術のお陰で身体の軸がズレることに違和感を感じながら過ごす事になる。今日一日は憂鬱に過ごすだろうと予想した。

 

 

「なにはともあれ、飯でも食うか」

 

 いい朝食はいい朝を。いい食事は日々に潤いを。そう信じる俺は料理には少々こだわりがある。といっても作るのは下手なんだが。食べるのが専門というやつだ。

 綺麗な和室を出るとモノが散らかっているリビングが存在する。机の上にあるのは出しっぱなしの喰種関係の書類、その隣にビールの空き缶、吸殻でいっぱいの灰皿、地面には主に雑誌が散乱している。大体はファッション誌だ。とにかく汚い部屋なのだ。

 そろそろ嫁さんでも貰うかと考えるが、喰種捜査官なんて職業に付き合わせる訳にもいかないし、難しいものがある。上手い飯と掃除さえやってくれれば誰でもいいんだが。誰か嫁に来てくれないだろうか…………無理だろうな。

 

 これでもアカデミー生時代は亜門と一緒にブイブイ言われていたものだ。と言ってもどこかの堅物さんのせいで2:2にならなくて後一歩足りなかったんだよな。

 全く、顔しかウケるところがないんだからこっちが気を揉んで色々セッティングしたというのに、

 

『いえ、自分は他の事に気をとられている時間はありませんので。それより貴女方もそんなものに時間を使うのなら訓練したらどうですか。生存率が上がりひいては貴女方の幸せにつながるでしょう』

 

 と言う始末。なんだよ”自分”って一人称”俺”だったのに変えんなよ、とか訓練が恋人なのは同期でお前くらいだからと思っていた。

 亜門はあれで真摯に想って言ったんだが勿論女の子には伝わらない。女の子ってのは、慣れないと男には難しいものがある。ただでさえデカい図体なのだから笑えば良いと思うのだが、あいつは笑わない。

 亜門が付き合えるのは30過ぎて渋みが出てからだな。賭けてもいい。ま、亜門に先越されなければ結婚なんてまだまだいいか。 

 

 そういえばこの部屋に来たときの真戸上官も面白かったな。絶対同類だと思ったのにあの顔で子煩悩だというのだから。世の中分からないものだ。

 

「くっくっく……駄目だ!ツボにハマった」

 

 真剣に娘への想いを語る真戸上官の顔を思い出し、笑いながら台所へ向かう俺は気づかなかった。

 

 

 首のあたりのうっ血した噛み跡を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ……。お嬢ちゃんも飲みもんか」

 

 台所にいくと、先に目覚めたお嬢ちゃんがいた。両手で水の入ったコップを持っていることから喉が渇いたんだろう。

 

 

「…………」

「……うぅん、困ったな」

 

 どうやら心を許しているわけではなさそうだ。相変わらず目は死んでいるし……いや、少しはマシになったように見える。昨日までと違うといえば話している時に俺の顔を見てくれるようになったことだろうか。

 

 

「俺、子供の相手は下手なんだよな……。児童心理の本でも買ってくるべきか。いや、でも子供は千差万別だし」

「…………」

「はぁ」

「…………あの」

「ん、何だ?」

「………おなまえ、何て言うんですか」

 

 初めてお嬢ちゃんから話してくれた。このチャンスを逃すわけにはいかないと思った。

 

 

「そういや言ってなかったか。青いに履く、それに勇気の勇で青履勇。名前は勇往邁進って意味で普通なんだが、苗字はどうにかならなかったのか……先祖様も何を考えてつけたんだろうな」

「ゆ……ゆうおう……まいしん?」

「あぁ。勇気の勇に往来の往。邁は……なんだろうな、思いつかないな。んで最後に進むって書くんだ。確か意味は」

 

 そう言って俺は辞典を取りに行く。戻ってくると何故かお嬢ちゃんは口を半開きにし驚いていた。

 

 

「あった……。目標に向かって、わきめもふらず勇ましく前進すること。だってさ。いい言葉だよな。この名前をつけてくれた俺の両親は中々にセンスがあったというわけだ」

 

 言ってからしまったと気付く。この子は親を失ったばかりじゃないかと。相変わらずな子供への配慮に呆れる。だがお嬢ちゃんが答えたのは意外なことだった。

 

 

「お兄ちゃんみたい……」

「ん?」

「! な、なんでもないっ!」

 

 少し小さな声だったが俺の耳には問題なく届いた。一瞬聞こえない振りをしてしまったがそれは考える時間が欲しかったため。

 そうか……、この子には兄がいるのか。CCGの調査表には書かれていなかったが。ましてや生きているのだろうか。もし死んでしまっていたらこの子はまた……。

 そう言ってからお嬢ちゃんは誤魔化すように水を一気に口に含む。頬がリスみたいに膨らんで少し面白い顔になっている。それっきり話すことはないというようにそっぽを向かれた。

 多分、俺と話さない理由には両親の事があるのだろう。2人が死んだ原因は俺なのだから。そんな人と仲良くするなんて親に申し訳ないと思っているところではないだろうか。

 本当に優しい子だ。

 

 

「優しいな、お嬢ちゃんは」

「っ~!」

 

 少し笑みを溢しながら、そう言った。お嬢ちゃんは少し肩を震わせたがそれだけだ。こっちを向いてくれることはない。

 意地っぱりなくせに反応するところに苦笑しながら当初の朝飯を作る目的のため冷蔵庫を開けようとする。だがそこで自分の両手は扉を開けられないほど怪我をしている事実に直面する。ほ、包帯を解くわけにはいかないよな。そんなことをしたらCCGのナースさんに怒鳴られてしまう。はぁ。冷蔵庫を開けれないとなると色々不便だな。ビールも飲めやしない。

 仕方がないのでカウンターにある鍵と財布をポケットに入れて外出の旨をお嬢ちゃんに伝える。

 

 

「俺、外で適当に食べてくるから。留守番してること。

いいか?知らない人が来ても出ないこと。CCGだったら目もあてれんし。分かったか?」

「…………」

 

 お嬢ちゃんは再び無言に戻るようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 今日も返事はない。それが少しさみしいと思った。俺のやってしまった事を思えば仕方のないことだと思い直し、靴を脱ぐ。

 私服のダッフルコートを立てかけに掛けそのままリビングに向かう。食事は近くのカレー屋ですませてきた。チェーン店ならではの大味に店員の接客で星五つ、と言いたいところだが途中亜門から電話がかかってきてしまったので星四つ。店には申し訳ないが飯が不味くなってしまった。

 なんでも『連日有休を使うだと……。両手が使えなくても出来る事はある。明日、局の子供達へのセミナーがあるからお前も来い』とのことだ。仕事熱心なのはいいがこっちにも要求するのは止めていただきたい。

 俺はお前と違ってそこまで熱心に参加しないのだ。まぁ、もう慣れたけどな。ともかく約束を取り付けられてしまった訳だ。

 亜門への悪態をつきながらお嬢ちゃんを探すがいない。なら和室かと移動する。入ればお嬢ちゃんはまた蹲っていた。

 

 

 

 

 

「また三角座りか」

「…………」 

 

 俺は近づいていき、一人分空けて隣に腰を下ろす。適当にあぐらをかく。

 

 

「……お嬢ちゃんは何を食べてきた?」

「…………」

 

 駄目か。

 

 

「今日はカレーを食べてきた。あ、て言っても分かんないよな。白い米の上に茶色のドロっとした液をかけてあるのがカレーだ。……言葉にすると不味く感じるな」

「…………」

「味は、そうだな。ピリッとして口が痛くなるんだ。これはカレーに入っている香辛料が痛覚を刺激するんだ。知ってたか?辛さを感じるのは味覚じゃなくて痛覚なんだ」

「…………」

「でも痛いというほどでもない。刺激だな。その刺激でご飯を掻き込むのが美味しいんだ。そうやって人間はカレーを食べる」

「…………」

 

 そこで俺はカレーとは違う臭いに気付く。ん……これは、汗の臭いだな。自分はまさかの臭いという事実に慄き首元を嗅ぐが変な臭いはしなかった。まさか、と思って嗅ぐとあたっていた。

 

 

「お嬢ちゃん。風呂入ろっか」

「……っ」

 

 さすがに女の子の部分が反応したのだろうか、息を飲む音が聞こえたが動かない。

 

 

「風呂はリビングをでた廊下の進行方向の右側にあるから」

「…………」

 

 梃子でも動かない!と体で表現している。ほう、俺に対する挑戦か。俺はお嬢ちゃんの髪をくしゃっと撫で抱っこする。

 

 

 

 

「…………」

「これは俺が勝手に連れてくだけだから」

 

そう言って二人で風呂場に向かった。


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