Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「あ、アリサどうしよう……緊張してきたよぉ」
「今さら何を……もうあとは扉をノックするだけなんですよ?」
「そ、そんなこと言っても……心の準備が……」
「両親に会うのに心の準備とかいらないと思います」
もちろんシャルの場合は例外が許されてもいいとは思いますが……でも、本当の家族になるにはやっぱり心の準備が必要なんて言っていられないのです。
それに社長さんは大人の事情に
「だからこそ、シャルから踏み出さないとダメですよ。そうじゃないと溝は埋まりません」
大人になってしまったからこそ、自分の都合で振り回してしまったシャルに今さらどんな態度をとればいいのか分からない……いえ、今さら親らしいことをすることが許されるのかと疑問に思っているのでしょう
「人のことなら説得力あるんだから……」
「いやー……私も、同じでしたから」
だから、シャルに嫌われても一度は仕方ないと諦めました。優しいシャルがほとんと面識の無かった私に恨みを抱いてしまったのはやっぱり私のせいですから。
それでも、そういうのを全部乗り越えられたのは……シャルが受け入れてくれたからですよ?
もちろん自分を正当化する気もありませんし、やっぱり私は普通じゃないです。
でも、私を……もう、私の誇るべきところも、人に見せられない醜いところも……私の全てを知っているシャルが私を見て微笑んでくれるならなにも怖いことはありません。
「だいたい私よりアリサが緊張すべきなんだけどな?」
「いえ、緊張してますよ? ドッキドキです……胸、触りますか?」
「い、いいよっ! ……もう、からかわないで」
「ふふっ。遠慮しなくていいんですよ?」
本当に緊張はしてるんですけどね。なんといっても親御さんへのご挨拶ですし。
つまりあれです。
私達がここ――デュノア社・社長室――に来た理由の一つはおたくの娘さんをください、という儀式です。
私に余裕があるのは社長さんと本妻さんに……いえ、お義父さんとお義母さんに好印象は与えられているはずだからです。もはや私のマイナス要素は女であるという些細な問題だけですし恐らく手放しで賛成してくれるでしょう。
「いや、それが一番大きい問題なんだと思うけど……」
「大丈夫ですよ。説得の材料はすでにあります」
「ふぇ?」
「私の今までの暗躍が実を結ぶのです。ふふふふ」
「……そ、そう…………」
四方八方に借りを作ってますからね。
それにこれからもどんどん増やしていく予定です。
……私はIS業界においての最強の切り札、篠ノ之博士との良好な関係すら手にしているのですから。フランスの第三世代型開発は私のおかげで随分早まったはずです。
今まで作り続けた貸しの返済代わりにシャルを貰っていくのです。
「よ、よしっ」
「それじゃ、行きますか?」
「その前に深呼吸を、」
「ヘタレですか。まったくもう……」
待ってあげません!
シャルを困らせたくはないですけど、今回ばかりは譲りません。
コンコン
「……入れ」
ほら、ノックはしてあげたので覚悟してください。
社長さんにはあらかじめ来ることを伝えていたのですが今の声からすると緊張しているようです。似た者親子ですねぇ
「かかか覚悟ってなんでアリサがノックしちゃうの!? あーえっと、人人人で深呼吸すーはー!」
「人じゃなくて入になってるとか、深呼吸じゃなくて飲み込むんですとか、すーはーの両方で息を吐いてるとかツッコミどころはたくさんありますがとりあえず返事をしてあげてください」
「いいから早く入ってらっしゃい!」
「「ひゃいっ!!」」
流石、本妻さんの喝ですね。
シャルどころか私まで背筋が伸びちゃいましたよ。
「し、失礼します……」
「う、うむ」
「あの、今日はどうしても伝えたいことがあって……」
「あ、ああ、聞いている」
…………………あ~、もう!
なんですかこの空気は!
お見合いですか!?
お見合いじゃないですよね!?
私と本妻さんが居たたまれないです!
「あの、奥様……フォローしてあげてくれませんか?」
「どうして私が……あなたがやればいいでしょう」
本妻さんが心底嫌そうな顔で私をちらりと見ました。
あ、ちなみに本妻さんは部屋の奥に座っている社長さんの三歩ほど後ろに立っているので私達の会話はIS技術を転用した小型無線機で……って、ヤですよ!
なんかスゴく入り込みにくい空気が漂ってますし!
「私だって嫌よ……でもどうにかしないといけないのだから……ここは一つ作戦タイムといきましょう?」
「ふぇ?」
「私は旦那を、あなたはあの子を誘導して、せめて普通に会話ができるくらいに。できるわよね?」
「なるほど……了解です。ではとりあえずプライベート・チャネルでシャルに指示を出してみます」
よーし、どうしましょう。
まず二人が固まってしまっているのは相手にどう接していいかが分からないからですよね?
なんというかここから見る二人のおっかなびっくりと表現できる様子は動物番組で特集していた初めて犬を飼うことになった家の少年の反応にそっくりです。
……その少年は犬の頭を撫でた途端に緊張が解れたみたいだったので……よし、これで行きましょう。
テイク1
「え、え……アリサ、本気? ……あの、その……」
「なんだ?」
「ぱ、パパ様と呼んでもいいですか……?」
「ぐふぉぁっ!!!!」
うん。予想通りでした。
社長さんは立派な親バカな感性の持ち主ですからね。
不良少女に急に甘えられた父親と同じくらい素晴らしいシチュエーションだったと思います。
「って吐血!? というかアリサやっぱりこれ恥ずかしいよ! パパ様大丈夫ですか!?」
「げふぉぁっ! ……っく……この程度の衝撃、父から受け継ぎネジ工場だったデュノアを私一代でISの最大手として作り替えた私には、」
「パパ様死んじゃいやです!」
「がふっ…………ふふ、こんな、死に方も……悪くないな……がくっ」
……いやー、効果覿面でしたね。
ここまで大袈裟に騒げば二人の間のわだかまりも強制的に押し流されるでしょう。
というかデュノアってネジ工場だったんですか?
「なかなかやるわね」
「奥様こそ血のりを用意させておくとはお見それしました」
「備えあれば憂いなし、よ」
「なるほど……次は奥様の番ですよ?」
「ええ、見てなさい」
テイク2
「シャルロット」
「はい」
「学園は楽しいか?」
「はい」
なるほど……今のシャルにとって一番重要な場所である学園のことを話してお互いの間にある緊張を解こうということでしょうかね。
楽しい思い出なら楽しく話せますし確かにいい作戦だと思います。
「学園ではどんなことがあった? 教えてくれないか?」
「えーと……」
あれ?
シャル、なんでこっちを見るんです?
そしてどうしてそんなに赤面してるんですか?
わ、私とのことは恥ずかしいので言っちゃダメですよ?
特にドイツでのことはダメです!
「それにしてもあなたもよくやるわね」
「え?」
「ISのことはよく知らないのだけれど全てあなたの目論見通りなのでしょう?」
あー……まぁ、シャルと社長さんが仲良く話すということならそうですね。結局はシャルが私のことを信じてくれたからですけどね……
「でも、思い通りだった訳じゃないんですよ? シャルにはなぜか最初から嫌われてますし、変な事件にも巻き込まれますし……前日はとうとう
「そのことごとくを自分に有利なように構図を作り替えたのはどこの誰よ……でも私はあなたのことを信用してないわよ?」
「ショックですね」
知ってますけど。
あの日……奇しくも私とシャルの両方が初めて本邸に呼ばれた日、あの時から本妻さんは私のことを見定めるような目で見てきましたからね。
まぁ、今ではそれなりの関係を築いているんですけどね。年齢の離れた女友達、と言ってもいいかもしれません。IS学園での報告をすることもありますしね。
……でもそうして本妻さんのことを知った今では余計にどうしてシャルを毛嫌いしていたのかがわかりません。
「奥様、どうしてシャルを、」
「嫌っていたか? ……まぁ、あなたになら話してもいいけど。でもあの人があなたに作った借りの一つを返したことにしてちょうだい」
「あー……ええ、構いません。デュノアまるまる貰えるくらいには貸しがあると思うので」
「まったく……あの人も怖い娘に借りを作ったものだわ」
そんな怖いだなんて言わないでくださいよー。私は真摯にデュノアを守ろうとしているだけですよ?
自分に会社経営の才能なんてあるとは思えませんかる興味もないですし……その代わりにデュノアを継ぐかもしれなかったシャルを貰うのですけどね。
あぁ、もちろんシャルにデュノアを継がせたりはしません。忙しくなっちゃいますからね。
それに一緒にケーキ屋さんをやる約束もありますし、未だに誰かを笑わせるためのケーキを作ってあげられない私を支えてもらわないと困ります。
もちろんシャルがデュノアを継ぎたいというなら別ですけど……
「あの子の母親、誰か知ってる?」
「いえ……そういえば調べようとすらしていませんでした。でもそれを言うってことは奥様のライバルとかだったんですか?」
だから余計に社長さんを許せない、とか。
「一面的には正解だけど……よりによって私の妹だったのよ。だからあの子は私の姪。妹相手に不倫されたなんて流石に許せないでしょう?」
「あ、あー……それはなんというか……社長さん最低ですね」
いえ、不倫していたことも知っているのに今さらとか思うかもしれませんけど……いや、本妻さんの妹って……前に墓参りも許して貰えないなんて言ってましたが当然です。
……あぁ、そうだ。一つ大事なことを忘れていました。
「ついでにもうちょっと借りを返しておきませんか?」
「そんなアルプスをスプーンで崩すような真似は嫌ね」
「あぅ……」
確かに今までの貸しの量を考えると本妻さんのいう通りですね。
「ま、何を頼まれるかは分かってるけどね。そろそろあの人にも伝えようと思っていたからちょうどいいわ」
「おぉ……どちらなんですか?」
「安心しなさいな。ついてるわ」
「それは一安心です」
これでもう遠慮する必要はないですね。
本気でシャルと私のことを認めさせます!
…………あれ?
でも本妻さんはどうして私の頼みごとの内容が分かったのでしょう?
私のお願いは随分突拍子のないものなんですけどね……
「よし……えと、シャル、社長さん、親子水入らずのところ申し訳無いのですが……大事な話があります」
「大事な話……?」
「アリサ……」
社長さんはこれまでの経験則からか難しい顔をし、シャルは顔を赤らめます。
まぁ、社長さんにはいろいろと無茶なお願いもしちゃいましたからね。それも社運に関わることが多かったので渋い顔をするのも仕方ないと思います。
例としては○○の株を買いましょうとか○○博士をスカウトしましょうといった平和的なものから一部の国に対する技術協力からの引き上げなどまで……もちろん私なりの根拠があって、それを説明した上で社長さんが判断したことなのですけど。
先月まで技術協力をしていた中東のあの国などは調べてみると
だから私の大事な話という単語によってシリアスな雰囲気になるのもしかたありません。
「社長さん……」
雰囲気にあった低い声で躊躇いがちに声をかけます。
……いえ、決してこの後に予想されるドタバタ劇とのギャップを作り出そうとしているわけではありません。
ホントです。
「なにかな?」
「とりあえずお義父様と呼ばせていただきますが、」
「いきなりなんげほっごほっ!?」
「落ち着いてください。なにも養子にとってくださいと言うのではなく……そうですね、私の心の問題なので」
「そ、そうか」
嘘はついてません。
というか私の心の問題という言葉の意味するところに気付かないなんて相当驚いたんですね。
「ということで、シャルを私に下さい」
「…………えっ!?」
いや、社長さん、声裏返ってますって。といかそこまで素直に驚かないで下さいよ。経営者ならポーカーフェイスというものをですね……
それにそこまで無茶なお願いはしていないと思うんですけど……
「まぁ、まずは話を聞こうじゃないか。アリサ君、またどうしてそんなことを? こう言ってはアレだが君にとってシャルロットに利用価値はないはずだが……」
「シャルがいないと生きていけないくらいに愛しているからです」
「なっ……」
「アリサ……そんなはっきり……」
社長さんは驚愕の表情を、シャルは溶けてしまいそうなほど真っ赤です。
「も、目的はデュノアかな?」
「いえ、デュノアなんていりませんよ」
「な、なんて……?」
デュノアを路傍の石のように言ってしまったせいで社長さんが椅子から落ちかけてしまいました。
あ、いや、そういう訳じゃなくてですね……ほら、私には束さんがいますからISに関わりたいなら束さんのお手伝いをすればいいんですよね。
というか目的と聞かれてもシャルを貰うことが目的なわけで……
「いえ、ですからシャルが欲しいんです」
「……え、えーと、少し待ってくれたまえ」
「どうぞ」
「まず、アリサ君はシャルロットを愛している?」
「はい」
やっぱり戸惑うものなのでしょうか?
……一松さんと二木さんが近くにいたせいで私の中の常識が崩れているのかもしれません。
まあ、そのおかげでシャルを好きでいることに自信が持てたわけですし……
「シャルロットはどうなんだい?」
「え!? えと……うん、アリサのこと、好き……」
えへへ……でももっとはっきりと言い切って欲しかったと思わなくもないです。
あ、愛してるって言ったのに好きって返すのはちょっと卑怯です……!
「つ、つまり二人は……?」
「はい、愛し合ってます」
「そうだったのかぁ……っていやいやいやいや! それはいかん。いかんぞぉ!」
「パパ様……認めてくれないの? ……酷いよ!」
「ぐっ……」
……いやー、シャルも吹っ切れましたねぇ。
もともと恥ずかしがるシャルを見たいがためのパパ様だったのですが、もう今となっては違和感なく呼んじゃってます。
その呼び方自体もパパ様……ではなくて社長さんへのプレッシャーとなるので蓋を開けてみれば一石二鳥でした。
「しかしだな! ……下世話な話になるが、シャルロットが子供を産んでくれないとデュノアの後継者が……」
「ぼ、僕は子供を産むためだけにいるわけじゃないよ!」
「それはそうだが……自分の力でここまで大きくした会社だ。できれば子供に、そして孫に継いでもらいたいというのは当たり前の感情だと思わないかい?」
「で、でも……」
まぁ、社長さんの言うことも分からないではないんです。デュノアを継げばまず間違いなく何一つ不自由しない生活を送ることができるでしょうから。
子供の将来を心配するのは親の権利ってパパも言ってましたし、ママも楽しみの一つだと言ってました。
だから社長さんはなにも間違ってません。
でもデュノアを捨てるわけではないのですから……そりゃ、私とシャルが結ばれたら次はともかくその次にシャルの子供が社長にはなれません。だから社長さんがデュノアを続けさせたいと思ってしまうのも分かります。
「でも、シャル
「は?」
社長さんが今度はお間抜けな……おっと口が滑りました。気の抜けたような声をもらしました。
「ね、奥様?」
「お、お前……アリサ君の言っていることはつまり……」
「そうよ。代理出産の方が落ち着いてきたってお医者様から電話があったの」
「本当かっ!?」
本妻さんは昔重い病気にかかったとかで子供が産めなくなってしまったらしいんですよね。それもあってシャルのことを毛嫌いしていたみたいです。
ただ、前から取り組んでいた代理母出産が無事に行えそうだということが数ヵ月前に分かって……シャルへの態度が軟化したのもそのためでしょう。
もう性別も分かっているくらいですから出産も間近でしょう。よくもまぁ今まで社長さんに隠し通せたとは思いますけど。
とにかく、これでシャルじゃなきゃいけない理由は無くなりますよね?
男の子らしいですし天羽には兄貴分になってもらいましょう。
「というわけで、私とシャルが結婚……はできませんがPACSで家族になっても何も問題はありません」
「だが、世間から白い目で見られることもあるだろう」
そこ、なんですよね……
私にシャルを幸せにすることはできると思います。
ですが、その幸せが一般的な幸せと言えるかどうか……そして、その一般的な幸せと同じかそれ以上に幸せなのかと聞かれると自信がなくなります。
子供も産めませんし……
「僕は平気だよ? アリサのことも幸せにするし」
「……私もシャルを幸せにすることは約束します。でもシャルのことを私以上に幸せにできる人も、」
「いないよ? そんな人、どこにもいない。僕はもうアリサ以外とじゃ幸せになれないよ……?」
「シャル…………」
私も……私もシャル以外の人と幸せになるなんてことできません!
相思相愛です。嬉しいですねぇ。
「というわけで、シャルを下さい」
「ん、むぅ……確かにアリサ君ならどこの馬とも知らぬ男よりは……」
……ちなみにこれを拒否した場合、
「シャルは一生独身でしょうね……」
「ううん、アリサと駆け落ちするからデュノアから操縦者がいなくなるだけだよ」
「あら、
「ぐぬぬぬぬぬぬ…………」
強情ですね……さすがにもう打てる手はありませんよ……シャルの方も出し尽くしたような顔をしていますし。
まぁ、仮に断られたとしてもシャルと社長さんの仲を取り持てただけで、
「アリサ君」
「はい」
「シャルロットと幸せになってくれ……」
あ……
「君も、幸せになること。それが条件だ」
「……っはい!」
「いい返事だ。そうだ、明日のパーティーのことだが…………」
◇
「正式なパーティーなんて緊張するなぁ……」
デュノアの社長令嬢としての僕の存在は今まで隠されていたから……
アリサの話では今日、今までデュノアが繕ってきた嘘を他国に明かすらしい……首謀者はパパ様とアリサだということも。
「大丈夫だよね……」
もちろんですと安心させてくれる声はない。まだパーティーは始まっていないけどフランスと良好な関係を築いている国……具体的にはイギリスとドイツ、それに加えて既に鈴や会長を通して私の存在を知っている中国やロシアなどの国々と会談しているとか……
下手をしたらデュノアが解体されるなんてこともあるかもしれない……なにより、アリサを庇える人がいないから……
アリサは絶対大丈夫って言ってくれなかった。いつもは嘘でも安心させてくれるのに……
ISの取り扱いを定めたアラスカ条約には抵触しないって言ってたけど……反感は勝ってると思う。
いち早くBT兵器を開発したイギリスと世界的に見ても強力なドイツ……それに中国もロシアも第三世代を保持してる数少ない国だから味方になってもらえれば安心して大丈夫ってことは聞いたけど……
でも、アメリカがいる……
どうにかして有利に進めようとしてくるだろうって言ってた。
それに、アリサはアメリカに因縁があるみたいだし……
「シャルロットさん、ため息ばかりついてると悪い方に転がっていきますよ?」
「ヴァネッサさん……」
ドレスを着たり化粧をしたりということを手伝ってくれているのはヴァネッサさん。アリサの管理官だったはず。
ヴァネッサさんと僕は会ったばかりだけど彼女は昔からアリサのことを知ってるみたいで……結構余裕を感じられる。
でも今の言葉からするとただ信じてるってだけでもないのかもしれない。
「アリサちゃんは結構いい性格してるので大丈夫ですよ」
「でも、アリサは自分を蔑ろにするから……」
「それはこだわる理由がなかったからだと思いますよ」
「こだわる……理由?」
「あなたですよ。あなたがいればアリサちゃんは戻ってきます。笑いながらね」
僕が、信じて待ってればいいの?
……うん。
アリサを信じることなら誰にも負けない。
「ヴァネッサさん、アリサがビックリするくらい綺麗にしてください」
「言われなくてもそのつもりですよ」
◇
「……というわけです」
今はちょうどシャルが一定期間男装していたことへの説明を終えたところです。
私が言ったことを要約すると可愛いシャルが社長さんのヤンチャが原因で本妻さんに酷い苛めを受けていたので、それを止めさせるために迂闊に手を出せないような立場を用意して、さらに世界から注目されるように二人目の男性操縦者という嘘をついた、ということです。
「たった一人のためにここまで大規模な騒ぎを起こしたということなのですか?」
中国の候補者管理官である
「はい」
「なぜ?」
うむむ……切り返しの早い人ですね。
これを言ったら馬鹿にしているのか、と言われてしまうかもしれませんが……でも、恥ずかしいと思ったことはないので言っちゃいましょう。
「私が……シャルロット・デュノアを愛しているからです。だから利用できるものはすべて利用してシャルを守ってきました。そしてこれからも、私はシャルを守ります……どんなことをしてでも」
「そんなバカな理由がありますか!」
「まあまあ……人の趣味嗜好は自由だ」
楊さんを宥めたのはつい先日顔を合わせたばかりのエーデルトラウト・ボーデヴィッヒ……ドイツ国防大臣です。
私にニヤリと笑いかけてくれたということは全面的に味方してくれるということでしょうか?
「彼女が言いたいのは
今度はロシアのセルゲイ・エルツェン氏。肩書きは聞きませんでしたがやはりIS関係の方なのでしょう。
残るイギリスの方もIS研究所の所長さんですからね。昔会ったことがあるはずですが覚えてはいません。もう三年も経ちますし、なにより私の人見知りも激しかったですから。
「ですが、未来の後継者であり有能なIS操縦者を守るため……そう考えると個人的な問題ではなくなりますよね?」
でもイギリスの方も私の味方をしてくれるようです。
もちろん味方してくれそうだからこそこの場に集まっていただいたのですけどね。
「ですがそれでも世界中を騙したということは誤魔化しが効きませんよ!?」
「……あー、これは出来れば言いたくなかったのですが……楊さんも私達の立場を心配して言ってくれているようなので……」
だからこそ他国につつかれるであろう場所を指摘してくれているのでしょうし。
「ははは、まだ何か隠しているのかね?」
「隠してるってほどのことでもないですよ……えとですね、厳密に言えばフランスは一度も男の操縦者がいるということを公的に発言していません」
「「「「は?」」」」
そりゃ、驚きますよね。
だってシャルが断層していたのは事実なんですから。
「一番問題にされるであろうIS学園へ提出した書類もシャルル・デュノアのものは一枚もありません。最初からシャルロット・デュノアが男装しているだけなんです」
「……通りで男性操縦者を得たというのに当のフランスは沈黙していたわけか」
「そういうことです」
屁理屈に近いですがね。
ですが状況的に見れば公文書上はフランスの男性操縦者なんて存在は全くなく、シャルル・デュノアはシャルが勝手に男装して演じていただけの人格ということになります。
そしてもちろんデュノアにもフランス政府にも男性操縦者がいるなんて情報はありません。どんなに探しても見つかることはないでしょう。隠蔽以前に作成すらしていないんですから。
まぁ、これも全てIS学園の理事長が善い人だったからこそできたことですけどね。
「これで全ての国を説得することができないのは理解しています。特にアメリカなどは強く非難してくるでしょう……そうですね、例えばフランスは男性用ISを開発すると嘯いて技術提供を受けようとしていたに違いない、とか」
「言われたら、どうするんだい?」
「もう決まっています」
「ほう」
これなら誰にも文句は言わせませんし、文句を言える人もいません。
ですが、ここから先は私ではなく社長さんが言うべきことです。私はもう黙っていていいですよね?
「フランスは第三世代の開発の終了とともに軍事用ISの開発を終了する、と言ってやるんです。そうなれば今更技術を集めていても仕方ない上に、我々の第三世代のフォーマットはどことも違うため技術盗用と言われることもないでしょう」
ソフトウェア面に束さんの手が加えられているのでどこの国も真似できないと言った方が正確でしょうか?
これは既にフランス政府とも協議してます。
社長さんが言った瞬間、四者四様の驚きがありました。
そこからいち早く立ち直ったのはやはり中国の楊さんでした。
「軍事用の、とはどういうことですか?」
「現在仮組み中の二機のISの開発を最後とするということです」
「二機の……?」
そうなんですよね。
現在フランスで研究されている第三世代は二種類です。
一つは何者からも観測されない完全なステルス機、そしてもう一つは全ての状況に瞬時に対応できるマルチロール機です。
その二つが完成したら、それを防衛のための肝としてそれ以降の、つまり第四世代の開発研究はしないということです。
「おいおいフランスの……それじゃドイツと協議中の二国共同防衛協定は破棄するのか?」
「そこは政府の匙加減ですが……あの二機と黒兎隊の三機だけで十分だと思います。それだけの性能を期待していただいて構いません」
フランスがそうそうに開発をやめられるのもドイツとの共同防衛協定があるからなんですよね。それに加えてEU参加国を守るイグニッションプランもあるので安全面での不安はほとんどありません。
それに開発をやめても破棄するわけではないですから世界の基準が第四世代になるまでは問題ないでしょう。
「しかし下世話な話だが今最も金になるIS開発を手放したらデュノアは立ち行かなくなるのではないかね?」
「ボーデヴィッヒ氏の言うことにも一理あります……しかし我々は我々で考えがあるのですよ。ISに変わる目玉商品のね」
「ほう……それは?」
エーデルトラウトさんだけでなく全員が興味深そうにこちらを見ています。
ISに関わる人種な以上は興味を持たざるを得ない、とも言えるでしょう。
「まぁ、そのためにある人を誘致しなければならないのでまだ名言はできませんが……アレです」
社長さんが指差した先にあるもの……それはかつて束さんが望んだもの。
◇
鏡の前で人回転。
「ドレスよし」
今度は鏡に近づいて顔を確認。
「お化粧よし」
頭には青い花があしらわれた髪留め。
「髪の毛よし」
では行きますか。
金と黒の混じったロングストレートを翻してパーティー会場へと急ぎます。
……シャルは私だと気付いてくれますかね?