Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「わ、私ですか?」
「ええ、ドイツに来てからアリサさんと仲良くなったのはエリーさん。貴女だけですわ」
「そ、そんな! 私は……一方的にお姉様をお慕いしているだけで……嫉妬というのは、自分の好きな方が他の方と仲良くしているから抱く感情ですから……」
お姉様がそこまで私に気持ちを向けてくれているなんて……信じられません。
「ですが、アリサさんは貴女の唇を奪ったのでしょう? でしたら、やはりアリサさんにとっても近しい人間になったと見ても問題ありませんわ」
「ですが……まだ、お姉様に出逢ってから一日しか経っていないのですよ? それがどうして、」
「じゃあさ、エリーのアリサに対する気持ちも嘘なんだ?」
「嘘じゃありません!」
お姉様にキスされてから、私からお姉様への愛情が敬愛なのか恋愛かも分からなくなってしまいましたが……
「それでも、お姉様を幸せにしたい気持ちに嘘はありません……」
「出逢ってからたった一日しか経ってないのに?」
「…………あ」
そう、ですね……私が一日でここまで強く惹かれているのですから、もしかしたら……お姉様も私と同じような気持ちでいてくれるかもしれません。
「ちなみに言うとね、アリサがキスをしたのって意外と少ないのよ?」
「意外と……? お姉様は見るからに貞操観念は固そうですが……」
「え? あ、そっかアリサの酔ったときを……まぁ、とにかくアリサが素面の状態でキスをしたのなんてシャルとあんたくらいなのよ。誰にでもするわけじゃないキスをされたんだから少しは認めてもいいんじゃない?」
「そう……ですね」
だいたい助けたいのは私なんですから、私が一番頑張らないといけませんよね。
「それにしてもアリサを幸せにしたい気持ち……ねぇ」
「なにか?」
「いーや? ただ、普通はアリサに幸せになってもらいたい気持ちじゃないかなって。アリサも罪な女ね」
「……訳がわかりません」
それにしても私がシャルロット・デュノアの嫉妬心を煽ることになるなんて……私に、出来るでしょうか?
自慢ではありませんが私は人と話すのが苦手です。もちろん声を出して重要事項を伝え、声を聞いて重要事項を知るということはできます。
ですが……気持ちの通った人間らしい会話ができません。無感情か直情的か……そのどちらかでしか話すことができないのです。
試験管ベビーとして生まれてから数十人のシュヴァルツェ・ハーゼの隊員としか関わったことのない私には自然に自分の気持ちを表現する方法が分からないんです。
今まで、気持ちを表現する相手がいませんでしたから。
ですから、友情とか愛情とか……未だに理解できていると思えません。
そんな、つまらない人間である私がシャルロット・デュノアが嫉妬してしまうくらいお姉様を楽しませなければいけないなんて……出来るわけがありません。
「……やはり、自信がありませんか? そうなのでしたらわたくしとしても無理強いはしませんわ。他にも方法はあるのですし……」
「他の方法があるんですか!?」
「ええ、簡単ですわ。二人を一つの部屋に閉じ込めてしまえばよいのです……「
「そんな……簡単に?」
確かに一つの部屋に閉じ込めてしまえば無理矢理話し合う時間を作れるでしょうし有効かもしれません。
でも、それならどうして……そうしないのですか?
「その代わりアリサさんが余計に傷付くことになるのですが……エリーさんは諦めますの?」
「……いえ、諦めません。私が、お姉様を幸せにします」
「ええ、今はそれでよろしいですわ」
少しひっかかりますが、とりあえずシャルロット・デュノアのことはこれで終わりです。
それで、お姉様のことなのですが……
「結局、どうするのですか? 何やら秘策があるようですが……?」
「まぁ、全うな方法かと言われるとそうでもないんだけど……」
それでも一番効果的なのよ、と前置きをしてから凰鈴音が話始めました。
「ようするにね、お酒を飲ますのよ」
「え?」
「アリサはお酒を飲めば自分の気持ちに素直になれる……いや、ダメ人間みたいだけど、それだけ普段から自制してるってことだから多目に見てあげて。それで素直になれているときにシャルロットが嫉妬してなにかアクションを起こしたらどうなる?」
「え? ……あ、お姉様は素直に気持ちを告げて、お互いに傷つくことなく元の鞘に……?」
「そういうこと。だからアリサを酔わせてシャルロットを嫉妬させれば解決するの……分かった?」
「はい……お姉様を、幸せにできるのですね」
心が満たされていくのが分かります。
私の頑張りが、お姉様が笑っている未来を作る……それは、なんて幸せなことなのでしょう。
今までいてもいなくても同じだった私が誰かの幸せの礎になれるのです。
今、この場において初めて私じゃないといけないことがあるという喜びを知りました。
「エリー、アリサのためにも頑張りなさいよ? 正直いって酔ってるアリサはかなり可愛いけど変な気を起こしちゃダメよ?」
「わかっています……お姉様の幸せを壊すような真似、どうしてできましょうか?」
「その調子よ」
お姉様、待っていてくださいね……私が、必ずお姉様を笑顔にして見せます。
「では、私はいつから行動を始めればいいのでしょうか?」
「そうですわね。早ければ早いほどいいと思いますわ。ただ、肝心なのはシャルロットさんに見せつけることですからシャルロットさんがいないときは必要以上に近づく必要もありませんわ」
「分かりました」
「あ、そうだ……さっき基地内の会話なら全部聞けちゃうって言ってたわよね? ちょっとアリサに相談事があるんだけど……その、誰にも聞かれたくないから……」
凰鈴音が顔を赤くしてうつ向きます。この様子ですと……織斑一夏のことでしょうか?
恋愛事情を知られたくない、というのはよく分かりませんがどうしても聞きたいということもないので……
「そうですね。実は隊長が普段使っている部屋と大臣の仮眠部屋はマイクが設置されていません。なのでそのどちらかでどうぞ」
「そう? ならその仮眠部屋っての借りるわね」
「了解しました。私はランチパーティを開くことができるよう厨房に交渉してきます。豪勢な方がいいですよね?」
「そうですわね。そちらの方がアリサさんに近付きやすいでしょうし……ランチパーティ中はアリサさんから離れないでください」
これがうまくいけば……今日の夜には、またお姉様とシャルロット・デュノアが笑いあっているのでしょう。
セシリア・オルコットと凰鈴音……この二人のおかげでお姉様にとってドイツが悲しい思い出となることは避けられたようです。
私にとってはドイツもフランスも日本もまだ見ぬ土地なので違いがわからないのですが、それでもドイツを嫌いになられるのは悲しいです。
「それではいってきます。存分に腕を振るうよう伝えましょう」
◇
「……エリーさんの方はこれでいいですわね。アリサさんは鈴さんに任せるのですし、シャルロットさんは最後ですから……わたくしの出番はひとまず終わりですわね」
……アリサさんは絶対に幸せになっていただかないといけません。
わたくしとアリサさんが初めてあったとき、周囲の人間全てを疑い、そして同時に怯えていたアリサさんですから。
……幼かったあの頃のわたくしにはアリサさんがいじめに屈した情けない女の子と思えましたが、考え方もある程度大人に近付いてきたわたくしが再びあのときのアリサさんを思い返して気付くのはわたくしの罪深さだけですわ。
アリサさんがどのような、そしてどれほど苛烈ないじめにあっていたかを知りもしないで、ただアリサさんが強くなればいいという勘違いだけで無理矢理に引っ張って……結局、アリサさんは他人との距離感を掴めないままに成長してしまいました。
わたくしが無理矢理に立たせるのではなくてアリサさんの傷を癒してあげることの大事さに気付いていれば……幼かったわたくしにそんなことを理解しろというのも難しいでしょうが、それでも後悔せずにはいられません。
今までアリサさんが笑えていたのはわたくしのおかげなどではなく、アリサさんが要領よく自身が傷つかないための処世術を確立したからですわ。
結局、わたくしがしたことと言えばアリサさんの心の歪みを後戻りできない所まで持ってきてしまっただけです。わたくしが無用な手出しをしなければ。時間はかかったかもしれませんがアリサさんも普通の心を持った女の子として、今よりもっとたくさんの人に囲まれていたでしょうに……
「本当に、類は友を呼ぶのかもしれませんわね……」
わたくしたちは皆、どこかに傷をもっています。
アリサさんは家族以外に親しい人がおらず、私や鈴さん、それに一夏さんには親が欠けていてラウラさんに至っては血の繋がりのある人間すらいません。シャルロットさんも今でこそ社長令嬢ですが不義の子であったという事実は一生ついて回ります。一見、家族が健在で普通の家庭に見える箒さんでさえ世界という途方もなく大きな相手から姉と比べられるという生活を送っていたようですし……
ですから、アリサさんが幸せになるということはわたくしたちを勇気づけることでもあるのです。
ことがうまく運ぶことを願っていますわ……未だに女性同士の恋というものは理解に苦しみますけれど。
「全てはエリーさんにかかっているのです。彼女が最後までやりきれれば……もちろん、やりきれなくてもアリサさんとシャルロットさんの間にある誤解は解けるでしょうが……」
……その場合は後味が悪くなることも覚悟しなければなりませんわね。
全員が納得できる終わり方でないと結局アリサさんも納得いたしませんから……人のことばかり気にするというのも難儀な生き方ですわね。もう少し自分勝手に生きられてもいいはずですわ。
「まぁ、いくら難儀な子でもアリサさんはわたくしにとっては妹みたいなものですから構いませんわ」
鈴さんなんかは失礼にもわたくしのことをアリサさんの母親のようと言いますが……わたくしだって皆さんと同じ女の子なのですわ……
◇
「すぅ……はぁ~~……」
よし……気持ちは整いました。
あとはシャルロット・デュノアに対し、私とお姉様と親密である風に見せかければよいのですよね……まともな友人関係を築いたことのない私にしてみればちょっとした冒険ですが、そもそも私が言い出したことなので怖いなんて弱音は吐けません。
そうしていくつかの深呼吸を繰り返したとき、お姉様がランチパーティーの場に現れました。
お姉様のお召し物はその艶やかな髪の毛と同じ桜色のドレスです。お姉様は自前のドレスを持ってきていたようですが今回はこちらで用意させていただきました。もちろんこのままプレゼントしてしまう予定です。
他の方にも、例えばセシリア・オルコットには青
こうして見てみるとお姉様のだけ少しおとなしめにも見えますが……まぁ、生地が違うのです。発注したのは私ですからね。
懇親会を開こうという話はあったのでどの方にどのデザインを、というのはお姉様たちが来る前から隊員の皆さんで話し合っていました……なので、お姉様のドレスだけ生地が高級なのは偶然です。なんでも桜色に染めるための染料の値がはるのだとか。
なにはともあれ皆様に似合っていて喜ばしい限りです。
「あっ! エリーちゃん!」
私に気付いたお姉様がニコニコと笑いながら……エリー、ちゃん……?
「あ、あの、お姉様、エリーちゃんというのは?
「え? エリーちゃんはエリーちゃんですよね?」
「ええ、しかしこれまではエリーさんと……」
「こまかいこたぁどうでもいいんですって♪」
……言動も先程より幾分か丸くなられています。まさか凰鈴音が言っていた“酔ったお姉様はとても可愛らしい”というのはこういうことなのでしょうか?
確かにお姉様の身長が低く童顔であることも相まって幼げな話し方になると可愛らしくはなっていますが……私は普段の凛々しいお姉様の方が……
「……ん? エリーちゃん、私の顔になにかついてます?」
「い、いえ」
「ふふっ、おかしなエリーちゃん」
……これはこれでいいのかもしれません。
素面では笑顔の裏にも陰があり言葉の端々から一種の冷淡さが覗けたのですが今はそれもありません。
底抜けに明るいということとも違いますが……もしかするとこれが本来のお姉様なのかもしれませんね。
「んぅ……お腹空いちゃいましたね……」
「あ、それでしたらサンドイッチでもいかがですか? あちらに様々な種類があるので、」
「あーん……」
「ふぇ?」
お姉様が私に向けて口を……?
も、もしかして私のお皿に乗っているサンドイッチを、ということでしょうか?
つ、つまり恋人がやるような行いを私に求めて……?
「まぁーだでーすか?」
「は、はい! えと、どうぞ」
「あーんって言ってください」
べ、別に私が言う必要ないじゃないですか!
……もう、仕方ありませんね!
「あ、あーん……」
「はむっ……ん……これ、美味しいですねー」
「そ、そうですか? 向こうの方に、」
「……もう一口ください!」
そ、そんな……一度でも恥ずかしかったのにもう一度だなんて……これでは恋人みたいじゃないですか!
……いえ、嫌というわけではなくてむしろ……もちろん自分で取ってこいと言うわけでも……
「うぅ……あ、あーん」
「あむっ♪ んー、やっぱり美味しいです!」
「そうですか……ふふっ」
なんでしょう…恥ずかしいのですが嬉しさもありますね。
お姉様のお世話もなかなか楽しいです。
次は何をしてあげましょう……
「って、私はなにを普通に楽しんでいるのでしょう……!」
私の目的はシャルロット・デュノアを嫉妬させ、アリサは私のもの! と言わせることなんですから楽しむだけではいけません!
とにかくシャルロット・デュノアの位置を確認して……どうやら幸先はいいようで彼女も私たちのことを見ていたようです。音がするほどの素早さで目を逸らされてしまいましたが。
えーと、セシリア・オルコットのプランでは会場内を動くときは手を繋ぐんでしたね。
……よし。いきます……!
「お、お姉様、あちらにお肉があるのですが食べたいですか?」
「うん!」
…………っは!?
ま、まさか子供のように“うん”と答えられるとは思っていませんでした……不覚にもドキッとしてしまいましたよ。
「では、こちらに」
「……どうして手を繋ぐの?」
「そ、それは、えと……あ、案内するためです!」
「そっかー……ありがと、エリーちゃん」
お姉様が繋がれている手を見つめてふわりと微笑みました。
なぜか顔が熱くなります……
「あら、アリサにエリー……あんたたち、そうしてると本当の姉妹……というより同い年の友達ね」
「お、凰鈴音……!」
「恥ずかしいからって睨まないでよ。というかいつまでフルネームで呼ぶつもり?」
「ぐ、軍則……ですので!」
「ラウラは普通に呼んでくれるわよ?」
「た、隊長は特別です!」
「じゃあ、アリサをお姉様って呼ぶのはいいの?」
「わ、我が隊の伝統ですので! し、失礼します!」
む、無駄にお姉様を意識させるなんて嫌な人ですね!
……そうです。
私にとって彼女たちは他人……でも、お姉様は……
「ねぇ、エリーちゃん。どうして私はおねえさまなんです?」
「……シュヴァルツェ・ハーゼでは自らが尊敬し付いていこうと決めた人をお姉様と呼ぶ習慣があるのです」
習慣があるといっても元は副隊長が日本のゲームで知った知識というなんとも日の浅い習慣ですけれど。
……隊の人たちは揃って副隊長をお姉様と呼んでいますが、当時の私からしてみれば馬鹿馬鹿しいことで誰かを尊敬するなんて思いもよらなかったのですが……
「お姉様は私の目標なのかもしれません……」
「え? わ、私なんかを目標にしちゃ駄目ですよ。鈴ちゃんとかセシぃとか……エリーさんのためになるような立派な人は他にいますよ……」
……お姉様が急に真面目な顔つきになってしまいました。どんなに酔っていても真面目になる一線というものがあるのでしょうか……?
「で、ですが……私を抱き締めてくれたのはお姉様だけです!」
「もぅ……エリーちゃんは可愛いですねー♪」
「そ、そんなことは……あぅ」
お姉様が私の頭をぐしぐしと少し乱暴に撫でてくれました。
……今まで、このように私に触れてくれたのは数えるほどしかいません。ほとんどの人は私がどんなに結果を出そうとも調整体だから、という言葉で当然の結果にしてしまいます。
そうした少ない人たちの中で私を抱き締めてくれたのはお姉様だけ……お姉様なら私を普通に扱ってくれそうだか、私はお姉様とお呼びするのです。
「……お姉様、肉料理まで案内します!」
「うん、お願いします」