Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「篠ノ之さん、無事ですか?」
「……不破か。ああ、紅椿は奪われてしまったが私自身は平気だ」
「よかった……」
人質に乱暴しようとは考えていなかったようです。この分ならシャルも……いえ、その前に次に近いセシぃですよね。
ですが第四世代型ISである紅椿が奪われたのもどうにかしないといけませんね……
「エリーさん。奪われたISがどこにあるか分かりますか?」
「確証はありませんが、どうやら彼らは今の基地内部の構造を正確に把握しているようなので第五ゲートか第三ゲートを使って屋外に逃げると思われます。なので先回りができれば……」
他の人を救出することも必要なので救出班と奪還班の二組に別れようかと思っていたのですが……
その奪還班をさらに分けることは人数的に厳しいです。
「……賭けですね」
極論をいってしまえばセシぃやシャルのISが盗まれたとしてもそこまで困らないんです。
いえ、困りますけど、それは国が勝手に困るというだけです。
でも……世に二つしかない第四世代型が亡国機業に、いえ、篠ノ之博士の手が届く範囲から離れてしまうのは問題です。
まだ第三世代型ですら確立されていないのに、どこか一つの団体が第四世代型を開発するためのノウハウを手にしてしまったら、世界のパワーバランスが崩れます……
なので……
「エリーさん……私達はISの奪還に動くべきでしょうか」
「……そうでしょう。ですがこれは私達、シュヴァルツェ・ハーゼの落度。貴女は好きなように動いていいのですよ?」
そう言われて、はいそうですか……なんて言える性格だったらシャルと喧嘩してませんよ……
「それに、ISの問題がなかったとしてもらここで二手に別れるべきです」
「え?」
「先ほどの戦いぶりを見る限り、ここにある戦力は過剰だと判断しました」
まぁ、私一人でそれなりの人数なら制圧できますし、それはそうでしょう。
というか、そうできるために設計されたISがカゲロウな訳ですし。
「幸い、どちらのゲートにも行く価値があります」
「……もしかして」
「ええ、シャルロット・デュノアは第五ゲート近くの部屋に、残りの二人は第三ゲートの近くに囚われています」
なるほど……先ほどまで私が考えていた救出班と奪還班、その役目を別れた二班の両方が果たすんですね。
「エリーさん、私はシャルの方へ行かせてもらいます」
「ええ、ナビ付きの基地内部の地図があ、」
「送ってください」
……っは!?
少し反応するのが早すぎたみたいです。
エリーさんが眼帯で隠されていない右目を細めて苦笑しています。
私、十二歳の女の子に苦笑されてます……!
恥ずかしいですね……
で、でも、迷う自信があるんだから仕方ないじゃないですか!
「不破、私も行った方がいいか?」
「いえ、篠ノ之さんは、」
「人としての速度しか出せない貴女では彼女の足手まといになると思いますので私達と共に来てください」
……エリーさん、言葉を選びましょうよ。
いえ、正しいといえば正しいんですけど……!
「しかし、確かについていくにしても武器が、な」
篠ノ之さんが心細げに右の手のひらを見つめながら呟きました。
そこにあるべきは木刀でしょうか?
「武器なら……刀よりもリーチは劣りますが、これをどうぞ」
「む、これは?」
「軍に配備されている特殊警棒です」
エリーさんが手品のように真っ黒な警棒をどこからともなく取りだし、篠ノ之さんに渡しました。
折り畳み式のそれを篠ノ之さんが一振りすればカシャンという音とともに五十センチほどまで伸びました。
強度を確かめるためか警棒で手のひらを叩きながら一言。
「感謝する」
「いえ、丸腰の一般人を連れて歩くのはさすがに問題があるので」
エリーさんって歳に似合わず言葉がきついですよねら。
ラウラさんも男みたいな口調ですし。
……っは! もしかしてクラリッサさんが自らの趣味を?
彼女は最年長なわけですし、もしかしたら試験管ベビーであるお二人を自分好みに育て上げたとか……
ラウラさんを溺愛していますし……ありえます!
……ところで、
「エリーさん。今、どこから取りだしたんですか?」
「ここですよ?」
そう言って、エリーさんは無造作に胸元に手を突っ込みました……え!?
「こんな感じにです」
そして次から次に出てくる装備。
拳銃にナイフ、グレネードにガスマスク。
相手を拘束するための手錠や荒縄に加え、低温蝋燭やギャグボールなどです。
え、最後の二つはなんですか?
「…………拷問用です」
「なら普通の蝋燭を、っていうかギャグボール嵌めたら何も喋れないじゃないですか」
「それは……盲点でした」
「…………」
「……間違えて、取り出しました」
ですよね……え、待ちましょう。
「なんで、軍に必要のないものを胸元に隠してるんですか!」
「い、いえ、これは胸元から取り出しているように見えますがISの量子化領域を、」
「わかってます!」
「あう……」
……あれ?
ちょっと問い詰めすぎたかもしれません。エリーさんがが顔を紅くして俯いてしまいました。
その姿は年相応で、先ほどまでの凛としたエリーさんからは想像もつきません。
つまり、超、ラヴいです。
……久しぶりにこの形容詞使いましたね。
「わ、私、こういうの、好きなんです」
「……は?」
あ、そっか。
そうですよね。
仕事のために持ち歩いているのでなければ、個人の趣味のためですよね。
つ、つまり、エリーさんは……
「この歳で嗜虐嗜好があるなんて……」
「ち、違います!」
そ、そうですか。それはひとあんし、
「私は、される方が……好きで……」
「ろりまぞ!? い、いろいろと超越しすぎていて、私にはなんとも……」
というか、そもそも需要は!?
幼女は愛でるものって聞きましたよ!?
それをぶったりする人なんているんですか?
こんなに可愛いエリーさん……いえ、エリーちゃんを傷つけるなんて……
そんな人、不能にしてしまいましょう……
でも、エリーさんの嗜好を矯正しないことには、
「私のような
「伏せてください!」
「任せろ!」
私は、エリーさんの言っていることを理解する前にその小さい体を抱き締めて庇いました。
物陰に隠れていた三人ほどの敵が私たちの隙をうかがっていたようです。
放たれた三発の
……ISの補助なしで銃弾を叩き落とすだなんて……篠ノ之さんも長物を持たせたら反則級ですね。
そのままの勢いで突貫して三人を斬り……もとい叩き伏せる篠ノ之さん。
うん、やっぱり戦力過多ですね。
「エリーさん、大丈夫ですか!?」
「な、なんで……?」
「……?」
「なぜ、私を庇ったのですか? 狙われていたのは私で、もし私がここで倒れても損失は大したことなかったのに……」
「……はい? 篠ノ之さん、どういう意味だったか分かりました?」
損失が少ないとか、守ることでリスクが高まるとか……そんなのは割とどうでもいいと思うんですけど。
「それに、私はもともと捨てゴマとして造られた使い捨ての化物なんですよ?」
「何が言いたいのかよく分かりませんが……」
私が思ったことが間違っていないことを確認しようと、篠ノ之さんとアイコンタクトをはかります。
……うん、やっぱりそうですよね。
「まぁ、守れるのに守らないなんていう選択肢をとる意味はないな」
「まったく、その通りです」
「でも……」
デモもストもありません!
……そもそもエリーさんは自分が造られたからと悩んでいるみたいですが、私から言わせてみればミジンコサイズです。
「篠ノ之さん。人を襲わない
「は? ……まぁ、私は一般人には殺されないから見た目がおぞましいフランケ、ぐふっ!」
アホがいます!
空前絶後で前人未到、そして前代未聞なアホの領域に篠ノ之さんがログインしました!
ここは殺人犯と答える場面ですよね!?
……まったく。
篠ノ之さんも肝心なところで空気が読めないんですから……だいたい、篠ノ之さんがしっかりしていれば私だってシャルと喧嘩せずにすんだんですよ?
……はぁ。
シャルを早く助けたいとは思いますが……会って、何を話せばいいんでしょう……
「あの……?」
「はぁ……不安です……じゃなくて」
今は私が抱き締めたままのこの勘違い娘を矯正するのが先決です。
なんでしょう、頭の中で鈴ちゃんがすごい溜息をついている気がします。お前が言うな的な。
「エリーさん。ちょっと有り得ない生まれ方をしたエリーさんより、普通に生まれて、普通に育ったのに千人以上もの人命を奪ってしまう人の方がよっぽど化物ですよ」
「不破……」
「ですからエリーさんは一人の可愛い女の子です。それ以上かもしれませんが……あなたの価値は絶対にそれ以下ではありません」
篠ノ之さんも今回は空気読めましたね。
私のことを話されていたら……私は困りはしませんけど、エリーさんはショックを受けていたかもしれません。
「あの、千人殺した人というのは……まさか、」
「……ただの、例え話ですよ?」
気付いてしまった……いえ、気付けるような言い方ではありましたけど、私を見る目に少し畏れの色を浮かばせたエリーさんにニコリとだけ笑いかけました。
言葉で説明するのは簡単ですけど、そこはさして重要じゃないですしね。
「あ、アリサ……さん」
「……なんですか?」
少し動揺しましたが、なんとか間を開けずに優しい声を出せました。
ぎゅ……
お?
……なぜか、抱き締め返されてしまいました。
んと、慰められてます……?
「ありがとう……」
「こちらこそ、です」
最後に一度だけ力を込めて離れました。
……やっぱり、シャルってすごいです。私はシャルの真似をして抱き締めただけなのに、それでもこれだけの効果がありました。
「では、私はシャルを助けてきます。篠ノ之さん、無茶はしないでくださいね?」
「こっちの台詞だ」
「……いってらっしゃい。アリサお姉様」
二人の声に背中を押され、トップスピードで廊下を駆けます。
気分がいいので壁とか走っちゃいますよー。
「……あれ、お姉様?」
◇
「さっきのお姉様、というのは?」
「シュヴァルツェ・ハーゼの慣習です。自分が着いていくと決めた人をお姉様とお呼びするのです」
「……アリサは、ドイツには属していないぞ?」
「関係無いですね。いざとなったら私がドイツを出ます」
ドイツの上は造り出してしまったから、という負い目からかシュヴァルツェ・ハーゼの隊員に甘いです。
一人一人の誕生日にメッセージカード付きのプレゼントとバースデイケーキを上官自らが届けに来るくらいには甘いです。
……組織されてからいまだに訓練だけで実戦投入などはされていないので少し心苦しいですが。
「しかし、お前もISのパイロットだろう? 認められるのか?」
「さぁ……?」
流石にそこまでは分かりませんけど……
そろそろ私達も行きましょうか。
「むぅ、不破は心配要らないだろうが……こっちは平気か?」
……確かにお姉様の高周波グレネードの影響を受けた隊員も多いですし、実質五人程度ですね。
ですが、問題ありません。
「励起……
「ここで!?」
私がISを展開しようとしていることに篠ノ之箒が驚いていますが問題ありません。
お姉様のISがドレス状になることで狭い空間でも戦えるISなら、私の
お姉様はISの不足を地力で補っているようですが、こちらには不足さえありません。
それに……
「では、行きましょう」
眼帯を取りながら篠ノ之箒に声をかける。
「その目……」
「ええ、特別製です」
共に金色へと染まった私の双瞳。
……私はシュヴァルツェ・ハーゼの中で唯一、両目への戦闘補助ナノマシン注入ができた被検体です。
そして
そもそもこの廊下が細く作られているのもこの基地を“私が”守れるようにです。
この場においては、私は最強を名乗らせてもらいます。
「
百キロ以上の重量がある鋼鉄球と私の背丈ほどもある戦斧を呼び出します。
二つはやはり私の腕ほどの太さもある鉄鎖で繋がっていて、フレイルとしても斧としても使うことができます。
「お、おい、それは凶器ではないか!」
「人聞き悪いですよ。これは武器です。彼らの命を奪おうなどと思ってはいませんのでご安心を」
お姉様の言葉はつまり、私が人を殺したときこそ、私は本当の化け物になってしまうわけですからね。
それにお姉様は膝や肘、内蔵は破壊しても殺しはしていませんでした。
ならば、私もお姉様の意向に従うまでです。
……そう、殺しはしません。
「行きますよ」
「ああ」
抱き締められて、優しくされたのは……初めてでした。