Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

72 / 148
インフィニットストラトスペシャル
「不思議の国のアリサ」前篇


59/SP. Arisa dans le pays des merveilles.(1)

 ようこそ、不思議の国へ。

 この物語のストーリーテラーは私、五反田蘭にお任せください。

 おっと、幕の向こうの準備も整ったようですね。

 では始めましょう。

 私の話を聞いてくださる皆々様方、改めまして不思議の国へようこそ。

 

 ◆

 

 柔らかな光がやさしく大地を暖め、小鳥たちが春を詠う。そんな穏やかなある日の午前中。

 アリサは弟と一緒に川の畔の大きな木の下に座っていました。

 アリサはする事がなくて退屈……というわけでもなく、弟が絵の少ない絵本――つまりライトノベル『境界線上の、

 

「天羽はそんなもの読むような子じゃありません!」

 

 アリサさん、こっちへのツッコミとかいりませんから。

 まぁ、アリサさんが不満そうなので真面目路線として数年前のベストセラー『バカ○壁(上下巻セット)』を、

 

「ちょ、天羽はまだ小学生でもないんですけど!? ……というか上下巻って新書の方じゃないんですね」

 

 じゃあ、どうしろって言うんですか!

 ライトノベルも養老孟司もダメなら何も残って無いじゃないですか!?

 

「なんでそう両極端なんですか!? というか普通に絵本でいいじゃないですか!」

 

 えー。

 これだからアリサさんは……そんなだからそんななんですよ

 

「え、なに!? 私が悪いんですか!? というか、この場面で弟が何を読んでるかって重要なんですか!?」

 

 ……まさか、ここで天羽君が分厚い本を読んでいたことが、不幸で陰惨な状況の中から唯一のハッピーエンドにつながるための伏線だったなんて、いったい何人の人が気付くのでしょうか。

 なんていう可能性だってあるじゃないですか。

 

「皆無ですよ! というか不思議の国のアリスですよね!? 不幸で陰惨とかかけ離れてますよね!?」

 

 もー!

 そんな細かいこといいじゃないですか。

 開幕からここまでの内容、オリジナルだとたったの三行で終わる説明ですよ?

 とにかく、天羽君は六法全書を読んでたんです! 夢は弁護士か検事さんなんです! ほっといてください。

 

「本が変わってる上に私も知らない新事実ですよ!? しかも天羽のことなのに姉である私にほっとけだなんて……まさか反抗期!?」

 

 ふふふ、アリサさんの知らない間に天羽君も大人になっているんですよ。

 それに比べて姉のアリサさんは……はぁ。

 

「え、喧嘩売ってます? 蘭ちゃんでも容赦しませんよ?」

 

 挿絵のない本を読む弟を見飽きたアリサは、ああ、つまらない、なにかおもしろいことないかしら? そう呟きました。

 

「呟いてないです。天羽なら何時間でも見ていられます」

 

 では……呟いた“てい”で。

 その時オッドアイで銀髪の黒ウサギがアリサのそばを走っていきました。

 

「まぁ、いいですけど……あ、ラウラさんじゃないですか」

「大変だ、遅れてしまう!」

 

 黒ウサギ、もといラウラはバニーガールの衣装の胸元から懐中時計を出して時間を確認します。

 黒いレザーのバニー服はラウラさんの変化に乏しい凹凸に張り付き、さらに幼いながらもすらっとした肢体をカフスや網タイツが強調し、背徳的な魅力を醸し出しています。

 黒光りするウサミミとふわふわの黒いしっぽもつけてます。

 

「……ラウラさん。あんな格好をするなんて、ずいぶんと辛いことがあったんですね。放っておいてあげましょう」

 

 いや、追いかけてあげてくださいよ。

 

「な、何で私がバニーガールの格好をしている友人を追いかけなきゃいけないんですか!? 世間体的にもヤですよ……それに、シャルに見られたら拗ねられちゃいます!」

 

 ……仕方ありませんね。

 こうなったらアリサさんが動かなければならないようにしてあげましょう。

 ラウラさん、やっちゃいなさい!

 

「蘭ちゃん、ノリノリですね……って、天羽!?」

 

 あらあら、アリサさんが私に構っているから天羽君がラウラさんに人質にされてしまいましたよ?

 とりあえずナイスですラウラさん!

 そのまま天羽君を連れ去りましょう!

 

「す、すまんアリサ。どうしても来てもらわないと、その、いつまでもこの格好でいなければならないんだ……しかも、サイズが微妙に小さくて、動く度に擦れたり食い込んだりして……その、」

「分かりました。一応原典は児童図書なのであまり性的なのは控えてください」

 

 おお、さすがアリサさん!

 大人の気配りというやつですね。体はまだ中学生なみですけど。

 

「そ、そんなこと、んっ、言っても、だな。次から次へと刺激されて……はぁ、どうして、はぁんっ!?」

「あの、蘭ちゃん? 一応聞きますけど、中に何か仕込んだりしてませんよね?」

 

 もちろんです。

 ラウラさんは普段より過激な衣装のため体が敏感になっているだけですよ。

 ええ、決してウサギしっぽが大人のおもちゃ仕様だったりしません。

 

「くっ、こんな、あっ、ところで……ふぅんっ! はぁ、はぁ」

「……こんなところで、の後は言わなくていいんで自重してください」

 

 えーと。

 ラウラさんは嬌声をあげながらもずるずると何かから逃れるように地面を這い、苦労の末、垣根の下の大きなウサギ穴に転がり込みました。

 もちろん、天羽君も一緒にです。

 

「私の弟に手を出すとは……」

 

 天羽君が落とした六法全書を懐にしまいながらアリサはほん少しの殺気を醸し出しました。

 ……六法全書って懐に入る代物ではないと思いますけど。

 殺気に当てられた木の上で歌っていた鳥たちが一斉に飛び立ちます。

 淫靡とか嬌声とか殺気とか……いきなり童話の世界にはそぐわない単語ばかり並んでいますが、この作品はあくまでも『不思議の国のアリス』をもとに書かれています。

 

「というか、今のラウラさんは白兎というより発情した兎(マーチヘア)ですよね?」

 

 いえ、盛りのついた雌兎(それ)はまた別のキャストなので心配いりませんよ。

 

「雌ってあたりが不安すぎます……まぁ、順当に行けば二木さんですよね。となるとヤマネが一松さん……?」

 

 あぁ、あとこの作品は一人二役(マルチキャスト)もあります。

 

「え、それを今のタイミングで言う必要は、」

 

 いいから早く穴に落ちてくださいよ! 話が進まないじゃないですか!

 

「って、ちょ、きゃっ!?」

 

 あらあら、アリサは不幸にも足を滑らせウサギ穴に入ってしまいました。

 ウサギ穴は最初はトンネルのように真っ直ぐです。

 ウサギ穴に足を踏み入れたことで覚悟が決まったのか、アリサは奥へ奥へと走ります。

 

「蘭ちゃん、後でひどいですよって、きゃぁ!?」

 

 ああ、ほら、余所見するから……

 アリサは前を見ていなかったので地面がなくなり垂直に大穴が口を開いているのに気がつきませんでした。

 その井戸のような空間を落ちていくアリサ。

 ふと、アリサが周りを見てみると穴の壁面に当たる部分が棚になっていることに気がつきました。

 試しに手近にあった本を手に取ってみます。

 

「こんなところにおいてある本なんて誰が読むんでしょうね……というかタイトルが今日のアリサってどういうことです?」

 

 さぁ、そこにある本は適当に学園内から集めてきただけなので私にも……

 

「まぁ、どうせ私の黒歴史なんかが………………」

 

 アリサはゆっくりと、そして徐々にページをめくる頻度を早め、とうとう半ばで読むのをやめてしまいました。

 アリサさん、涙目ですけど……やっぱり黒歴史でした?

 

「しゃ、しん……」

 

 え?

 

「私の、プライベート写真集です……それも私的(プライベート)ではなく、私的生活(プライベート)……着替えからお風呂からトイレから、何から何まで……しかも、普通に発禁指定受けるようなアングルのものまで……どこの、ふぇ、誰が……うわぁぁん!」

 

 ………………どうやら知らなくていいことを知ってしまったようです。

 あの、アリサさん。

 気を強くもってください……

 ね?

 

「ら、蘭ちゃぁん……私、こんなに怖い思い、久しぶりですぅ……!」

 

 な、泣かないでくださいよ! 一応主演女優なんですから! 化粧が落ちちゃいます!

 ほ、ほら、なんか壁際になぜか都合よく暖炉までありますから火にくべちゃいましょう?

 ポイしちゃうんです!

 

「うん。ありさ、ポイする……ボゥってする」

 

 よ、幼児退行……?

 いえ、可愛らしいとは思いますけど、しっかりしてください!

 弟の天羽君が人質にされているんですよ!?

 助けられなくていいんですか!?

 というか六法全書を読んじゃう弟さんより幼くてもいいんですか! 姉としてのプライドを持ってください!

 

「……ありがとうございます、蘭ちゃん。空元気でました」

 

 手首で目元をグイッと拭うアリサさん……やっぱり、格好良いなぁ。一夏さんよりも、もしかしたら……

 そういえば現像してあるってことはネガがどこかに……

 

「っ!? うぅ……そんな、」

 

 まぁ、とにかく!

 人間、一つを手にするには何かを犠牲にしなければならないんです!

 

「……蘭ちゃんがそもそもの元凶じゃなければもっと心に響いたんですけどね」

 

 あ、あははー……

 

「えと、セリフ、なんでしたっけ?」

 

 そうだ、こうやって落ちる練習をしておけば、屋根のてっぺんから落ちたってきっとへっちゃらよ! です。

 

「実際、五階建ての建物くらいなら余裕で飛び降りれますけど……」

 

 あの、アリサさんって人間ですか?

 まぁアリサさんですし、気を取り直して。

 このように、アリサがいもしない誰かに話しかけるなんていう痛い行動をとっている間にも、どんどんと落ちていきます。

 ……初めにも言いましたが私はストーリーテラーですからね。

 

「そういう扱いはさすがに予想してませんでした!」

 

 アリサがやはりブツブツ呟いていると、いきなり、どーん。

 枯れ葉の山に墜落しました。

 

「しかも無視……」

 

 見上げると上は真っ暗です。

 そして、目の前には道とそこを走る兎ラウラが居ました。

 

「っく……ダメだ、また、もう……キちゃう……! こうなったら……!」

「だから自重してください!」

 

 いい感じにラウラさんも壊れてきてますね。

 不思議の国の住人はやっぱりこれくらいじゃないといけません。

 

「こんなはしたないこと……きょ、教官に、おしおき、されてしまう……おしおき……」

 

 ラウラを追いかけながらアリサはそんな言葉を聞きました。

 ……ちょっと壊れ過ぎているかもしれません。というか不思議の国の住人は変人であって変態では……

 ラウラが角を曲がり、数秒遅れてアリサも曲がります。

 

「あ、れ?」

 

 しかし、ラウラと弟の姿はどこにも見えず……

 

「これって……」

 

 少し、淫靡な匂いのするバニースーツが細長い広間に脱ぎ捨てられているだけでした。

 

「だから、原典が児童図書なのに淫靡とか……っていうかラウラさん!? 天羽の前で脱がないでくださいよ! 情操教育に気を遣ってください!」

 

 いえ、喘ぎながら走ってた時点で成長に影響を及ぼすと思いますよ?

 ……あの、怖い顔をしないでください。

 細長い広間はランプの明かりで仄かに照らされています。

 アリサは先に進もうと思いましたが、四方に備え付けられている扉には全て鍵がかけられていました。

 

「……閉じ込められた? 引き返すにしても、あの穴を上らないといけませんし、なにより天羽を助けないと……」

 

 アリサがどうにかできないか辺りを見回しましたが何も見つかりません。

 って、あれ? 

 真ん中のテーブルに小さな金の鍵があるはずなんですけど……それでカーテンの裏の小さな扉を開け、薬を飲んで小さく……え、鍵を設置し忘れた!? 小道具さん、困りますよぉ……

 ど、どうしましょう。

 またストーリーテラーの力で書き足しましょうか……?

 

「なるほど、どうやら本当に先に進ませてくれないようです。それなら……」

 

 コンコン、コンコン、とアリサが扉を一枚一枚ノックしています。

 誰かの反応があれば開けてもらう気でしょうか?

 もう少し、様子をみましょうか。

 

「ん、この扉だけ音の響きが……つまり、薄いということですね。可能性は五分五分というところですが……」

 

 言うや否や、アリサは数歩下がって力を溜めます。

 え、あの、大道具さんが頑張って作り上げたセットなので壊さないでくれるとうれしいかなぁ……なんて思うのですけど。

 

「すぅ、はぁ……せー、のっ!」

 

 アリサが勢いをつけて扉を蹴ります。

 ごすっ、という鈍い音ともに木製の扉が軋みました。

 ……丈夫でよかったです。

 

「もう一発!」

 

 アリサは一発目の勢いを殺さないように回転、最初とは逆の足で踵を叩きこみます。

 ズゴン!

 今度こそ、扉の中央に手が出せるくらいの穴が開きました。

 

「よし、これで……えーと、これ、ですかね? あれ、違いますね。 じゃあ、こっちですか」

 

 アリサは穴に腕をつっこみ、扉の鍵を探り当て開錠しました。

 ……発想が泥棒みたいです。強引なのである意味で強盗……?

 まぁ、開いた扉は結局同じところに続いているので問題はありませんね。

 最後にアリサは部屋を見回し、丸テーブルの上に置いてあった白い粘性のある液体が入った瓶を見つけました。ラベルには『私をお飲み!』と書いてあります。

 早速、ふたを開けます。

 

「…………よかった。イカ臭かったりはしませんね。これまでの流れだと飲まされてもおかしくない気もしたんですが……」

 

 あー……そういう手もありましたね。次に生かしましょう。

 いえ冗談です。ゴックンとかそういうのはないですから。

 

「……信用できません。まぁ先に行きますか」

 

 アリサは中身を飲まずにビンを机に戻しました……まぁ、怪しすぎますよね。

 壊した扉をアリサが開けようとすると、そこへひたひたという足音が聞こえてきました。

 ぱっと振り返ると律儀にもウサミミとしっぽだけはつけて天羽君を抱える全裸のラウラさんです。

 天羽君がもう少し年をとっていたら情操教育に多大な影響を与えてしまうところでした。

 

「ラウラさんストップ! ストップです!」

「あ、アリサ!? くそっ、教官、教官を待たせてしまったら、きっとかんかんに……お、おしおき、だな」

 

 自分で言ったおしおきという言葉にラウラさんがゴクリとつばを飲み込みます。

 改めて言いますが、ルイス・キャロルの不思議の国の住人は変人ではありますが変態ではありません。一応。

 

「あの、なんで赤面してるんですか……?」

「ううう、五月蠅いぞ! とにかく私は急いでるんだ!」

「待ってください!」

 

 走り出そうとしたラウラさんを呼び止め、アリサさんは自分が着ていたエプロンドレスのエプロンをラウラさんに着せてあげました。

 ……アリサさん。

 もう一度、冷静になってラウラさんを見てください。

 

「…………裸エプロンにウサミミしっぽ……ごめんなさい。私にはこれ以上何もしてあげられません!」

「よく分からないが……アリサ、感謝している! また会、ぐぅっ!?」

 

 純粋な親切心からの行動でしたが、結果はラウラさんをより変態チックにしただけでした。

 アリサさんが泣きたくなる気持ちも分かります。

 そんなことよりもいきなり苦しみ出したラウラのほうがアリサには心配でした。

 

「ど、どうしたんですか!?」

「いや、なんでもない……少し、ルールを忘れていただけだ。ではな」

 

 少し気まずそうに、ラウラは走り去りました。

 

「はぁ……とりあえず外に行きましょう」

 

 ……アリサさんが小さくならなかったことで原典のフラグの殆どを叩き折ったような気がしますがこのまま続けます。

 ええ、なぞるよりアドリブ劇の方が面白そうですしね。

 というか、天羽君返してもらわなくてよかったんですか?

 

「……っは!?」

 

 ◇

 

「なーに、しけた顔してるのよ?」

「自分の馬鹿さ加減に呆れているだけです……鈴ちゃん。何役ですか?」

「チェシャ猫。見れば分かるでしょ?」

「いえ……見たままに答えるなら変態さんです」

 

 うーん。

 アリサさんの言う通り、鈴さんはフサフサの猫耳としっぽ、手足も肉球付きですからね。

 しかも、ほぼ下着同然の格好です。毛糸パンツ、ではなく毛皮パンツというところでしょうか。

 というかアリサさん。何役? とかメタっぽいこと禁止です。

 

「結構、今更ですね」

 

 それにしても……

 

「鈴ちゃん、胸小さいですね……って、え!? 今の私の意志じゃないです! 蘭ちゃん!?」

 

 ふふふ。

 役者はみんなストーリーテラーのお人形ですよ。

 

「あ、アリサが言うんじゃないわよ! 私と大して変わらないくせに! あと蘭? ……あとで酷いから」

 

 ひゃっ! ごめんなさい!

 でも鈴さん……ストーリーテラーさんを甘くみない方がいいですよ?

 この演劇の間限定ですが胸をさらに小さくすることだって……

 

「や、やれるもんならやってみなさいよ!」

 

 強がっちゃって……ふふふ、では!

 

「(びくぅっ)……?」

 

 ……あ、あれ?

 ご、ごめんなさい、で、できませんでした。

 ……なんででしょう?

 

「ふ、ふん! そんなこと言っちゃって。どうせ怖じ気ついただけでしょ!」

 

 そんな無い胸を張っても大きく見えな……

 あ、鈴さんに減らせるだけの胸がなかったからですか。

 納得です。

 

「げふっ!」

「……蘭ちゃん。その辺で……鋭い言葉が鈴ちゃんの心にグサ利と刺さりましたよ」

「ふん、アリサなんて中途半端(びみょう)な胸のくせに!」

「えぇ!? とばっちりですか!? ……いいんです。きっとまだ育ちます! 未来は明るいんです!」

 

 そう思ってないとやってられませんよね。

 ほんとに……

 

「あ、あれ? 蘭ちゃんまでダークサイド(こちらがわ)に……」

「あの子も胸気にしてるのよ」

「なるほど……ところで、鈴ちゃん。私、どっちに行けばいいと思います?」

 

 ああ、アリサさんが自発的に物語を進めようとしてくれてます。感動です。

 やっとやる気を出してくれたんですね!

 

「あっちに行くと三月兎(マーチヘア)。そっちに行くと帽子屋(マッドハッター)。まぁ、どっちも変人だから気をつけなさいよ?」

「ええ……なんとなく、予想してました」

「ま、今頃はあっちの反対側の道の先でお茶会やってるから行かない方がよくないわ」

「行かない方が……へ?」

「……まぁ、すこしはチェシャ猫らしくしないとね。じゃ、アリサ、気をつけるのよ」

 

 おお、鈴さんは立派に女優さんですね!

 慣れないことをして照れているのがまた可愛らしいです。

 アリサは照れ隠しに髪の毛に指を絡ませているチェシャ鈴が指した方向と逆の方向へ歩いていきます。

 

「あ、そういえば鈴ちゃん」

 

 振り返ったアリサですが、チェシャ猫はすでにいませんでした。

 まるで最初からいなかったかかのように音もなく消えてしまったようです。

 

「うーん……まぁ、チェシャ猫ですし仕方ないですね」

 

 もしかしたら反応があるかもと思って呟きますが、アリサに返事をする声はありませんでした。

 アリサは某名探偵のように顎に手を当てしばらく考えたあとニヤリとしました。

 

「あ、あー、あー。こほん……ワタシ、(ファン)鈴音(リンイン)アル。コウミエテぺちゃぱいアル」

「あーりーさー!」

「何でこういうときだけ出てくるんですか! ってきゃー! あふっ、ちょ、あはっ、あはははははは! くすぐりは、っは、反則、あははははっ……はぁ、はぁ、はぁ」

「反省したわね?」

「ええ、変な語尾とかぺちゃぱいとか本当にごめんなさい……」

 

 アリサは謝りますが返事がありません。

 本当に怒らせてしまったかと不安に思い目を開ければ、いつのまにか鈴の姿はまた掻き消えていました。

 

「鈴、ちゃん……?」

 

 あ、そうだ。

 アリサさんアリサさん! 途中の小屋に立ち寄ってください。

 

「これですか?」

 

 イエス!

 そこでお着替え(配役変更)です!

 

「……は?」

 

 ◆

 

「……あぁ…………私だったんですね」

 

 発情した兎(マーチヘア)の衣装は気に入りましたか?

 バニースーツを兎の毛皮で作った特別製ですよ!

 

「バニースーツっていうより……これじゃ、殆ど裸じゃないですか!」

 

 まぁ、ローライズいうかブーメランというか……それとチューブトップだけですからね。

 仕方ないんです……毛皮が足りなかったんですから。

 

「というか、なぜ私が……」

 

 え?

 発情=淫乱=ピンク色=アリサさんじゃないですか?

 

「あの、せめて発情=淫乱=ピンク。ピンク=アリサ、にしくれませんか……?」

 

 ほら、だからアリサさんの髪の毛に合わせてピンク色の兎の毛皮なんですよ。手に入れるの苦労したんですからね?

 

「ピンク色の兎……?」

 

 ……ここまでの提供はロビー君でお送りいたしました。

 

静岡(サイレント・○ル)!?」

 

 さぁ、何のことでしょう。

 ……とにかく、その服はなんとか切り落とした右腕の毛皮からできてるんです!

 もし、完璧なバニースーツを作ろうと思ったら……きっとあと百人ほどの命が……

 

「これで我慢しますよ! 無茶しないでください! すーすーしますけど! あぅ……」

 

 お尻とかほとんど見えてますからね。

 それじゃ、アリサさん。アリス役がくる前にお茶の席に!

 

「あら、マーチヘアはアリサさんでしたのね」

「マッドハッターがセシぃ……狂ってるのは味覚ですかね?」

「狂っているのは私の味覚ではなくて皆さんの味覚ですわ……強いて言うならアリサさんの格好も」

 

 味覚音痴を認めないなんて……セシリアさんもなかなか役に徹してますね! 結構マッドです!

 さてさて、二人がいるところはマーチヘアの家の庭。お客様はあと一人。寝坊助のヤマネが来るはずです。

 ヤマネの正体やいかに。

 

「あら、ヤマネならそこにいますわ」

「へ?」

「ほら、アリサさんの太股の上に」

「あ、ヤマネは普通にヤマネなんですね。可愛い……」

 

 マーチヘアのアリサがヤマネを撫でます。

 背中の次はお腹を撫でてやろうとひっくり返して、

 

「きゃっ!?」

「おぉわぁぁ!?」

 

 ヤマネを地面に落としてしまいました。山根の意外と低い声が響きます。

 驚くのも仕方ありません。床に落ちたヤマネの寝ぼけ顔はなんと織斑一夏だったのですから!

 

「……変人たちのお茶会(マッド・ティーパーティー)の参加者というより、ただの変態ですね。織斑君?」

「や、まて、誤解だ」

「……私の……そ、そこの匂いはどうでした?」

「もちろんいい匂いで……あ」

 

 三月アリサの機嫌を悪くしないようにと誉めるつもりだったのでしょうが逆効果でした。

 残念すぎる人ですね。

 でも、ヤマネの小ささだと死の危険性があるので……

 でも怒りながら恥ずかしがっているアリサさんが可愛いので続けましょう。涙目ご馳走様です。

 

「セシぃ、ティーポットを」

「は、はい」

 

 ティーポットをマッドセシぃから受け取った三月アリサが、その蓋をゆっくりと開き中身を確認します。

 

「空っぽですね……ちょうどいいです」

 

 三月アリサはヤマネ一夏をつまみ上げティーポットに投げ込みました。そして蓋を閉め手で押さえます。

 当然のごとくヤマネはティーポットの中で暴れます。

 

「セシぃ、セシぃの分の紅茶も下さい……まだ、熱いですよね?」

「へ? あ、えぇ」

 

 三月アリサはティーポットの蓋を押さえたまま……えーと、まさか?

 

「その、まさかです。変態さんなんて、嫌いです」

 

 注ぎ口から紅茶がティーポットに戻されていきます。ティーポットの中でヤマネ一夏が激しく暴れますが三月アリサは気にしません。

 三杯目をティーポットに戻す頃にはティーポットが暴れることもありませんでした。

 中にはきっと紅茶のヤマネ煮が……

 

「中身、捨ててきますね」

「は、はい……」

 

 ……アリサさんってやっぱり怖い人です。

 一夏さん。ご冥福をお祈りします。

 

「あ、アリサとセシリア」

「あら、シャルロットさんがアリス役でしたのね」

「シャル……あの、セシぃもですけどあまり見ないでください」

 

 ヤマネの一件で忘れかけていましたが三月アリサの衣装は露出過剰です。何とか隠れている程度の状態です。

 ……いっそのこと、何も着ない方がまだましかもしれません。

 とにかく、お茶会の始まりです。

 

「……アリサ、三月兎役なんだよね?」

「え、えぇ……ですから、あんまり、見ないでください」

「ウサミミは?」

 

 ……私としたことが!

 アリサさんを辱めることに夢中でウサミミの準備を忘れていました。何たる失態。何たる無様!

 ストーリーテラー失格ですね、私は。

 

「いっそそのまま出てこないでください……」

「ん? ……あ、そうだ。アリサ、ちょっとごめんね?」

「へ?」

 

 シャルロットが三月アリサの後ろに回ります。

 その手に持っているのは髪を整えるためのリボン……まさか!

 

「はい、完成!」

「……ツイン、テール……ですか?」

「うん。これで少し兎の耳に見えないかな? 髪の毛が長すぎるから一周させて輪にしたけど、垂れ耳みたい♪」

 

 シャルロットさんナイスです!

 うん、アリサさんも可愛い!

 ……じゃなくて。

 

「似合ってますか?」

「うん! でもその格好はちょっと、刺激的すぎ、かな?」

「まぁ、同意します」

 

 裸も見せ合っている仲のくせに……

 

「僕だけでいいの」

 

 ……あぁ。

 なるほど、そういうことですか。

 シャルロットさんも意外となかなか独占欲の強い方だったんですね。

 恥じらうアリサさんにシャルロットさんのジャケットが被せられました。

 

「……不愉快だね」

「へ?」

 

 はい?

 というか、どこからジャケット出しました?

 ……あのー、聞いてます? アリスコスのシャルロットさん?

 

「紳士の嗜みだよ」

 

 ジャケット、着てませんでしたよね?

 というか紳士じゃなくて淑女では……?

 

「そんなことより、アリサ! そんな服着ちゃダメでしょ!」

「……ごめんなさい?」

「アリサは僕のものなんだから……必要以上に可愛い格好されると心配だよ。おへそだって見えちゃってるし……」

「ひゃん!? い、いつになく強気で攻めてきますね?」

「アリサが可愛いからね♪ でも、こんな格好しちゃう悪い子にはお仕置きが必要だよねー?」

「えっ!? あの、ちょっと、えぇ~~?」

 

 あわわ……シャルロットさんがアリサさんをお姫様だっこで拉致っちゃいました。

 主人公から目を離しちゃいけないんですが……アダルティな内容になってしまいそうですし……

 

「三十分は戻ってきませんわ」

 

 ……なら、少しの間、違う人を見に行きましょうか。

 

「ただ、私の時は女王に奪われたまま。いつまで経っても午後六時(ティータイム)ですが……あら、もう行ってしまったのですか」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。