Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「では、私はここからいつでも撃てるようにしていますね。織斑先生、衛星とのリンクの許可はとっていただけましたか?」
「ああ、ちょうどアメリカの軍事衛星がこの上空にあるらしい。暫くしたらコアネットワークを通じてリンクのための一時識別番号(インスタント・コード)が送られてくるはずだ」
「はい……あ、来たみたいです」
……これ、ですか。せいぜい二十文字程度だと思っていましたが、さすがアメリカです。印刷したらA4用紙数枚分にもなりそうなデータが送られてきました。
それにしてもアメリカの軍事衛星ですか。よく借りれましたね……というかここの上空って……衛星の照準は日本ですか?
ISの性能さえあれば地上から衛星落としを敢行することだってできるのに、衛星の場所が特定されるようなことをするとは……
……繋がりました。
ISを通して軍事衛星から送られてくる座標情報を処理します。まったく、
それにしても……一つの脳でできることって結構限られているんですね。座標を追っていると他のことに手が回りません。
制限している二つ目の思考を再び使い始めてもいいのですが……そもそも無意識にシャルのことを考えないようにするためですし……
「衛星の機能はだいたい分かりました。織斑君と篠ノ之さんはそろそろ準備をお願いします。えっと……あと五分で出発してください」
「「わかった!」」
ISにかかるとどんな機械も丸裸ですね。
本来不要なところまで根を伸ばして貪欲に情報を確保していきます。アメリカが対IS用のファイアウォールを導入していなければ違った使い方もできそうです。
……ちょっと頑張れば衛星から対地レーザーも撃てそうです。
というかIS全てに言えることですが、操縦者が意識する前に軍事機密を暴こうとするのはやめてほしいですね。
朝起きたらCIAに囲まれているとかヤですもん。
時刻は十一時二十八分……後二分で作戦開始です。
「来い、白式」
「行くぞ、紅椿」
織斑君と篠ノ之さんの全身が光に包まれ、次の瞬間にはISアーマーが構成されていました。
……織斑君は大分ISに慣れましたね。
ISを展開すると、その瞬間にPICの浮遊感とパワーアシストが働くので、慣れていないと機体がいきなり浮いたり転んだりしてしまうんですよね。
これは搭乗するのではなく自信を中心に展開する専用機持ちにしか分からない感覚ですけど。
「じゃあ、箒。よろしく頼む」
「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」
「そういえば騎乗位も男性が下でむぐぅ!? 鈴ちゃん、何するんですか!」
いきなり口押さえられて、つい軍事レーザーを放つところでしたよ!?
「アリサ、女の子がはしたないこと言わないの……というかあんた自身顔赤くなってるじゃない」
「それは、私にだって恥じらいはありますから……と、二人とも、時間です。鈴ちゃんたちはいつでも退却のフォローに入れるようにお願いします」
「ねぇ、やっぱり私たちも戦った方がいいんじゃないの?」
戦闘は織斑君と篠ノ之さんだけの担当なのですが鈴ちゃんはそれが心配なようですね。
シャルやセシぃも同じような表情です。
……まあ、二人とも出発しているので今更ですけどね。
ラウラさんだけ何も言わないのは彼女が軍属だからでしょうか。
「いいえ。私たちは日頃連携の練習をしていないので数が増えるとかえって厄介です。それならば、数的アドバンテージは減りますが、いざという時に退却が速やかに行えることの方が重要です。退却の時は私が援護するので安心してください」
「援護って……
ふふふ。
よくぞ聞いてくれました!
束さんが容量をギュッとしてくれたお陰で兵装を増やすことができるようになったんですよ。
とりあえずすぐに量子変換(インストール)できるものだけを積み込んでみました。その中にはついさっきまで試験運用をしていたスナイパーライフルもあります。
銘は……二丁あるので《スコル》と《ハティ》にしましょう。
射程は様々な制限のため三キロが限界だったのですが、軍事衛星のサポートがあるなら五キロはいけそうですね。
「えっと、鈴ちゃんとラウラさんは織斑君達を追ってください。それで福音から三百メートル地点で待機を。シャルとセシぃは五百メートル地点で待機をお願いします」
一番離れたところから状況を俯瞰できるのが私なので自然と指揮も私の役割になります。
「織斑君達が福音に接触。福音は逃げ出さないようです」
『
ギンギラギンにさり気なくないです。
中でも特に目を引くのが頭部から生えた一対の巨大な翼です。
……某頭部用タケトンボ型揚力発生機ですら尋常でない首の筋力が必要だと証明されているのに、どうしてあんな不可解な場所に付けるんでしょうか?
本体と同様に銀色に輝くそれは大型スラスターと広域射撃兵器の新型複合システムだとか……移動と攻撃を一つの装備で、というのは本国でも開発が進められていましたね。第三世代型は開発できない割に装備の凶悪さと実用性は世界でもトップレベルなんですよね、うちの会社。
織斑君達と福音の距離は残り数百、衝突まで数秒というところですね。
「織斑君が福音との戦闘を開始します! 各自、いつでも動けるように準備を。残り五、四、三、二……」
まだ、福音は動きません。これはもしかすると……
カウントの終わりと同時に織斑君が瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用。同時にシールドエネルギーを切り裂く唯一仕様(ワンオフ)・零落白夜を発動させて福音に肉薄します。
「……っあ!」
絶対に避けられない、そう思っていた私の予想は大きく裏切られました。
刃と装甲との間を数ミリだけあけるという精度をもって福音は難を逃れました
篠ノ之さんが援護をして、織斑君はその間に果敢に斬りかかります。
……ですが福音はひらりひらりと風に舞う花びらのように確実にかわしています。
いくら重要軍事機密だとしても異常すぎますよね。だとすると、考えられるのは……
「束さん、もしかして福音のサポートしてます?」
「あら、バレちゃった。やー、箒ちゃんにも戦ってもらわないと困るからさ」
束さんから返ってきたのは予想通りの答えでした。こうなると福音の暴走の原因も束さんですね。ISを乗っ取るだなんてとても人間業とは思えませんが。
「って、織斑君! がっつきすぎです!」
零落白夜の残り時間が少ないことに焦ってか、織斑君が強引に斬りかかりました。
福音は織斑君を嘲笑うかのように軽々と避け、銀色の翼を大きく広げました。
いえ、正確にはスラスターとして使われていない部分の装甲が翼のように開いただけです。
そして、その下にあるのは……多数の砲口。
「篠ノ之さん! 織斑君を守ってください!」
身代わりになれと、そういう意味ですけど福音を一刀の元に斬り伏せられるのは織斑君の零落白夜だけ。発動にもシールドエネルギーを使うので織斑君は被弾してはいけないんです。
しかし、指示より早く羽のような形をした高圧縮エネルギー弾が白式に突き刺さります。
そして次の瞬間には圧縮からエネルギーが解放され爆ぜました。
爆発するエネルギー弾が主装備ですね。被弾する前に何らかの衝撃を与えることができれば相殺可能でしょうか……
「シャル、セシぃ! あのエネルギー弾が織斑君に当たる前に撃ち落としてください!」
シャルの実弾が効果あるか分かりませんが、同じエネルギー兵器であるしまセシぃのブルー・ティアーズなら確実に相殺できるはずです。
それにしても……
「対した連射速度ですね……」
『アリサ、実弾は効果無さそうだけど……』
「だったらシャルは下がってください。セシぃはどうですか?」
『ちょ、アリサ? 僕も他にできることを、』
『一応、相殺はできますが
「そうですか。では無理はしないようにお願いします。私はここを動けないのでエネルギーが切れた場合、回収できる人数にも限りがあるのですから」
『何もするなってこと?』
……シャルがプライベート・チャネルでコンタクトをとってきました。
私が最後にいった言葉がシャルに当てたものだとは分かってくれたみたいですね。
「はい。
『それは、僕が足手まといってこと……?』
「……連携は失敗すると互いに危険ですから」
正直に言えば……私はもう表立ってシャルを守れませんから。
誰かに制限されているとか、そういうことではなくて……私自身がシャルと一緒にいることを赦せないんですから、シャルに好意を持たれるようなことをして、感謝をされても辛いだけです。
今は、きっと叩かれて罵声を浴びせかけられる方が気楽でいいです。
『アリサのバカ! リスクを負ってでもやらないといけないことだって……』
……嘘でした。
バカなんていうありきたりの言葉でも心が鷲掴みにされたように痛みます。
シャルが優しくしてくれないのも、辛いです……やっぱり私は、
「La……♪」
何かを言おうとした私を遮るように硬質で甲高いマシンボイスが発されました。
瞬間的に福音を見れば翼の全砲門開いていました。その数三十六。
全方位に向けての光弾群の悉(ことごと)くを紅椿が紙一重でかわし、迫撃します。
そうして生まれた福音の決定的な隙を織斑は――
「うおおおっ!!」
何故か、チャンスを不意にしてただ一発の光弾を零落白夜で斬り払いました。
「織斑君!? なんで、」
『船がいるんだ! 海上は先生たちが封鎖したはずなのに――ああくそっ、密漁船か!』
「っ! 織斑君は再び戦闘に! ラウラさん! 戦闘海域に密漁船がいるので拿捕してください! ここからでは詳しい場所が分からないのでお任せしますが無茶はしないで下さい!」
『任せろ!』
福音を落とせなかったのは辛いですが、誰かが人命を背負うこともなかったのでよしとしましょう。あんな重荷(思い)は私だけで……
◇
密漁船を守ったことで一夏の雪片弐型の展開装甲が閉じた。一夏との特訓の中で何度も見たことがある……エネルギー切れだ。それは作戦の要を無くしたことも意味する。
「この、馬鹿者! 犯罪者などをかばって……そんなやつらは――!」
「箒!!」
「――!?」
なんだ。どうしてそんな顔で、そんな声で私を責めるんだ?
この後福音が暴走を続けて人里を襲ったらどうする!?
犯罪者数人の命で大勢の命が救われるなら軽いものだろう?
私は間違ってないだろ……?
「箒、そんな――そんな悲しいこと言うな。言うなよ。力を手にしたら、弱い奴のことが見えなくなるなんて……どうしたんだよ、箒。らしくない。全然らしくないぜ」
ち、違う。
違うんだ一夏。
今のは……
「わ、私、は……」
違う。違う違う!
私は、そんなっ
「っ!?」
紅椿の、エネルギーが切れた……?
まずい。
絶対防御があるとはいえ、そもそものエネルギーが無い以上、これでは紙の服を纏っているのと同じ程度の耐久力しか……
ガコン
福音の砲口が全て私に向けられる。
あの連射攻撃……実戦で、相手が理性のない暴走ISなら容赦ないだろう。
はは、死体が残れば儲け物だろう。
力に引きずられた結果がこれだ……だから、今まで力を抑制しようと……そのための心の鍛錬として剣道を続けてきたのに、何も変わっていないではないか。
「箒ぃぃぃっ!!」
一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)で私の下へと向かってくる。
私を、庇うのか……?
犯罪者など死んでも構わないと言ってしまった私を?
一瞬、視界の全てが一夏で覆われ……
「ぐああああっ!」
抱きしめられた瞬間、一夏に光弾が突き刺さった。
白式のシールドエネルギーが削り取られ、装甲が破壊され、一夏の肌が焼かれる。
肉が焦げたような臭いが現実感を奪っていく。
そんな中、私を見た一夏の目がいつも通りで……
悪夢ではないと。
自分が招いた結果だと、認めさせられた。
不破の指示で私たちを回収しにきたセシリアと鈴。
私達が撤退していく中、福音からの追撃はいっさい無かった。