Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「集まってもらった理由のおおよそは想像ついているだろう」
教師陣と専用機持ちか宴会用の大座敷・風花の間に集まったことを確認した織斑先生が硬い表情で静かに話し始めました。
状況が掴めていない織斑君以外は皆さん同様に厳しい顔つきです。
不安そうに辺りを見回す織斑君がいなければ私もこの空気に当てられていたかもしれません。
「現状を説明する」
織斑先生の説明を軽く纏めると、ハワイ沖において試験稼働されていたアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『
しかも、動けるのは私達IS学園の関係者のみとのことです。
「教員は学園訓練機を使用して空域、及び海域の封鎖を行う。よって福音の制止は専用機持ちに担当してもらう。いいな?」
なるほど……まぁ、妥当なところではありますか。
専用機を持っている教員もいますがごく一部、それにこう言っては角が立つので自重しますが、少なくとも私やラウラさんは教員の方々よりも高い位置にいます。
追いつけないのは山田先生や織斑先生くらいでしょうかね。
「それでは作戦会議をはじめる。意見があるものは挙手するように」
「はい」
セシリアが早速手を挙げました。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「わかった。ただし、これらは二カ国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報の漏洩が発覚した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でもって二年の監視がつけられる」
……発覚した場合、ですか。
バレなきゃいいってことですよね。それに査問委員会に招集されたところで無視して逃げ出せばいいんですし。
スペックデータを流す相手なんてならず者か敵対国の軍部だけですからね。確実に逃げ道はあります。
……平和に生きるには耳を塞ぐのが一番早い、という言葉を聞いたことがありますがその通りですね。
「その前にしなければならない質問があります」
「不破、言ってみろ」
「この作戦会議、IS学園の専用機持ちと教師のみが参加するんですよね?」
「ああ。不満でもあるのか?」
まさか、不安なんてあるわけがありませんよ。
私達、専用機持ちと一般生徒の操縦時間には数百時間の違いがあるんですから妥当な判断です。
何が問題かというと……
「……だそうですよ? 束さん」
板張りの天井に向かって声をかけます。
「……にゃーお」
「織斑先生。ここは、なんだ猫か、と言ってあげるべきですか?」
「いや、何奴、と叫んでブレードを刺すべきだろう」
なるほど。
……というわけで、早く降りてこないと命をかける羽目になりますよ?
「もう。二人とも意地悪はしちゃだめだよ! とうっ★」
くるんくるんくるんしゅたっ、と空中で回転してからの着地。ピエロか雑技団ですか貴女は。頭も体もデタラメですね。体はワガママボディですし。
束さんは何気に織斑先生の隣に座って……完全に諦められてますね。織斑先生はスルーする事にしたようです。
そんな寸劇をしている間に
……真面目なのは良いことですが、皆さんは全てを知ってもそのままでいられるのでしょうか?
◇
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのブルー・ティアーズと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから向こうの方が有利……」
「この特殊装備が曲者って感じはするね」
僕の防御パッケージ『ガーデンカーテン』でも連続防御は難しそうだよね。
……アリサのISにもガーデンカーテンは装備できるはずだし、アリサもデータは持ってるはず。二人いれば防御も楽になるだろうけど……
「シャル、なにか意見でもあるんですか?」
昨日から一言も話せてないんだよね。
どうしても、あの人のことを聞きたい。
死んでしまっているみたいなことを言ってたけど、それならそれでお墓参りくらいはしたい。
でも、アリサはあの人のことが嫌いみたいだからしつこく聞けないし……
でもあの後の夜のうちに悩んで、諦めようと決めた。それでアリサに謝ろうと思ったんだけど、今日になってみればアリサは何も気にしていないような顔をしてて……
それでも僕とアリサが話せないのは、僕が気にしているからじゃない。
アリサが僕のことを全く意識しなくなっちゃったから……視界に入っても僕に対するリアクションが全くない。
偶然、他人が前を通り過ぎたみたいな反応だけで終わる。
……嫌われちゃったのかな。
確かに昨日の僕はしつこすぎたかもしれないけど……でも、こんな仕返しをされるほどのこと?
もしアリサが本当に仕返しとして僕を無視していたなら……僕だって。
なんだろう。
そう思うと、心の熱が急に冷めていったような感じがする。
……他人同士として振る舞えばお互い傷つかないよね?
「このデータ、格闘性能が未知数で保持スキルも不明だな……偵察は行えないのですか?」
ラウラが織斑先生に提案をした声で現実に引き戻された。
って、アリサのことを考えてる余裕なんて無かったね。
ラウラの言うとおり格闘性能が未知数なのは困る。
射撃型だと踏んで格闘戦に持ち込んで反撃されたら目も当てられないよ。
偵察ができるならありがたいけど……
「無理だな。福音は現在も超音速飛行を続けている。最高速度はここにあるように時速二四五〇キロを超える。アプローチも一度が限度だろう」
思った以上に条件は厳しい。
勝負は一度きり、それなら高機動が可能でなおかつ雪片で大ダメージを与えられる一夏の白式が適任かな。
そんな話の流れに気付いた一夏が自分でいいのか、なんて慌ててるけど逆に一夏以外が同じことをするのは難しい。
白式レベルの機動を実現するなら高機動用の追加パッケージが必要だし……
「一夏が単体でつっこんでも返り討ちに逢うのが目に見えてるし……誰か援護できる人いないの?」
「それでしたらわたくしが。高機動パッケージもありますし、難しい任務ではありますが尽力いたしますわ」
福音と同系統のブルー・ティアーズなら射撃を相殺できるかもしれないし確かに適任かもしれないね。
なにより格闘戦しかできない白式と射撃戦しかできないブルー・ティアーズはその分極端にその性能が特化されてるから二人一組(ニコイチ)なら相性はいいはず。
「オルコット、高機動戦闘の訓練時間は?」
「ちょっと待ってください……二十五時間と十八分ですわ」
「ふむ、なら問題はないな。まだ意見のあるものはいるか?」
二人が作戦の要だと決まれば僕達の役割も自然と決まる。
高速で接近する一夏たちを追いかけて、可能なら援護をする。
……まぁ作戦が上手くいけば僕達がやることは墜落した福音の回収と運搬なんだけど。
「はーい! ちーちゃん、はーい! ……はーい!」
「…………」
何か思いついたのかな?
篠ノ之博士が背筋をピンと伸ばして、腰まで少し浮かせて手を挙げている。ちょっと小学生くらいの子供みたい。
「ちーちゃん、名作戦を考えたよ?」
「……なんだ。言ってみろ」
「うん! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよっ!」
……ここでどうして紅椿が?
現行ISを上回る性能だとしても組み立てたばかりだったら高機動パッケージも入ってないだろうし、なにより箒はまだ紅椿にほとんど乗ってない。
それでも紅椿の方が作戦遂行に向いているって自信の理由はなんだろう。
「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいっと。ほら! これでスピードバッチリ!」
展開、装甲?
初めて聞くけど調整するだけで高機動が可能になるってどういうこと?
「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」
第……四!?
つまり、装備の換装をしないで全局面運用ができるってこと!?
……世界のどの国もまだ第三世代型が限界だっていうのに。
集まっている人達も唖然としている人がほとんど。動揺していないのは織斑先生と箒、それにアリサだけ。
……最初の二人はまだしも、どうしてアリサも? 知ってたの?
「あの、私、やりましょうか?」
◇
「で、その展開装甲だけど、具体的には白式の雪片弐型に使用されてまーす」
雪片弐型……つまり白式の唯一仕様(ワンオフ)・零落白夜が発動するときに開いてる機構のことですかね?
雪片と零落白夜は同じものだと思っていましたが……雪片は機構だけを指すんですね。
「それで、うまくいったので紅椿は全身のアーマーが展開装甲にしてありまーす。しかも発展型だから攻撃・防御・移動と用途に応じて切り替えが可能。つまり、第四世代型の目標である即時(リアルタイム・)万能(マルチロール)対応機(・アクトレス)ってことだね。」
……この人はこともなげにそういうことを言っちゃうんですから。
第三世代型を開発することすら出来ていないフランスからしてみれば、その巨額の投資が水の泡だと言われたも同然ですよ。
しかも、それでも第三世代型を開発できていないので……これはいよいよ、政府からデュノア社への資金援助が無くなる可能性が出てきました。
デュノア社は遅くとも八月中にプランだけでも出さないとヤバいですね。
「――束、言ったはずだぞ。やりすぎるな、と」
いやいや、どうしましょうかね。
昨日から立てていた予定が狂ってしまいそうです。
――あ、そうだ。あーちゃん耳貸して?――
束さんと共にした夕食の最後、私は今日のことについて話されました。
話された、とは言っても軍用ISが暴走するなんてことは予想してなかったですが。
私が束さんから聞いたのは、今日、ちょっとした事件が起きて、それを篠ノ之さんの紅椿を手っ取り早く進化させるために利用したい、ということだけでした。
だから、私は素直にその事件に関わらないことを了承したのですが……こうなってしまえば別問題ですね。
私も、フランスの第二世代がアメリカ・イスラエルの第三世代を墜としてしまったら、不必要な問題を抱えると思ったので皆さんに任せようと思ったのですが……
やっぱり、今すぐにでもデュノア社の功績をフランス政府に認めさせる必要があります。
「あの、私、やりましょうか?」
光速とほぼ同じ弾速を誇る
「不破、できるのか?」
「ええ、一発で撃ち落とすとなるとエネルギーの充填に二十分以上かかりますが、狙撃なので時間は気にしなくてもいいでしょう」
「しかし、お前の
ハイパーセンサーだけだと九割弱にとどまりますが……
「軍事衛星とリンクさせてもらえれば九割九分というところですね。四キロになると九割五分まで下がりますが、そこで保険として篠ノ之さんと織斑君に動いてもらえばいいのではないでしょうか?」
「なるほど……」
「問題は、ジャストミートさせると操縦者の方が五体満足でいられない可能性が大きいんですよね」
一撃で撃墜するということは、当然、絶対防御が発動したところで関係ないほどの威力が必要です。
ISは命を最優先にするので、下手をすると達磨になる可能性もあります。
シールドエネルギーも切れるので、その後は海水にドボン。
「下手をすれば、いえ、十中八九死にます。それも機体どころか死体すら残さずに」
「……不破は、その作戦を実行したいか?」
「……命令をされれ、」
「ちょーっと待った! あーちゃん、向こうで少し話そうか!」
……よかった。
やっと束さんが動いてくれました。
最初から私は福音を墜とす気はありませんよ。
紅椿の稼働の邪魔をすれば束さんが反応すると思ったから言ってみたまでです。
そうまでして束さんを釣り上げた理由は……
「あーちゃん! 邪魔しないって約束したじゃん!」
襖を挟んだ廊下側に二人で出た瞬間、束さんがそんなことを言いました。
……盗聴対策とか、できてるんですよね?
「しましたけど……あのままだと私の父が働いている会社が潰れてしまうので……」
「んー? ……どういうこと?」
「フランスは知っての通りIS技術が遅れています。それなのに第四世代型ISなんてものに出てこられると困ってしまうことに気付いたんですよ」
「んと、あーちゃんが困るの?」
……私以外が困るなら気にしないと目が言っています。
もちろん困ります。
だって、デュノア社はシャルのために守らなければならないんですから……日本に来る前のように人知れず支えないといけないんです。
「そっか……でも、紅椿には戦わせないといけないんだよ?」
「わかってますよ。なので、少しだけフランスのIS開発に協力してください」
「……意図は分かったけど、あーちゃん以外の外人はなぁ」
……交換条件に文句言うだなんてフリーダムすぎる人ですね!
でも、大丈夫です。
私はISの中に保存されているあるデータを束さんに送りました。
「えっと、このプログラムをISでも使えるように調整してほしいんです。終わったら、私に送ってくれればいいので」
複合ステルス兵器『フェンリアシステム』。私があの戦争から持ち帰った唯一の戦利品です。
手に入れてすぐにデータを本国へ送ったのですが、解析が難航しているようで一日に三歩進んで二歩下がればまだまし、というような状況だそうです。
もし、プログラムの調整を束さんにしてもらえれば、すぐにでも組み立て始められると思うのでフランスに第三世代型が現れるのは時間の問題です。
……もし、束さんが断ったら本当に福音を撃ち落とすだけです。
外交的に問題があるかもしれませんけど……軍用機として開発された第三世代型をヨーロッパ内でもっとも技術力が遅れているフランスの第二世代型が撃墜すれば……カゲロウが世界にとって無視できない存在になるはずです。
フランス政府もカゲロウを開発したデュノア社を解体することはできなくなるでしょう。
……福音のパイロットが死ぬ可能性もあるので、束さんには頷いてほしいのですが。
「うーん……おお! これは楽しそうなアイディアだね! これは天才の束さんをして思いつかなかったよ!」
思いつかなかっただけで、思いつけば作れちゃったんでしょうね。
実際、白騎士は当時のレーダー機器に対しては完全なステルス性を保持していたそうですし。
「えと……頼めますか?」
「まぁ、いっか。人に騙されたのは初めてだしねー。うむむ、天才の私を利用するなんて、あーちゃんももしかしたら天才かも?」
騙したつもりはないんですけどね……どう転んでもデュノア社が助かるようにしたかっただけです。
私が表舞台に立たなくてもいい方が都合がよかったので束さんが協力してくれるなら助かります。
きっと、フランスの研究者の皆さんは私が『フェンリアシステム』を送ったとき、随分驚いたでしょうね。しかも今度は調整済みのデータを送るわけですから……父の研究チームに秘密裏に送ったのですが、何かの拍子に公になれば壮大な誤解を招きそうな気がします。
私の発明とか思われたらどうしましょう。
「うん。基礎の部分がISとは違うから大幅な改修が必要だけど、臨海学校が終わるころにはデータを渡せるんじゃないかな」
「……本当に、規格外の人ですね」
「なはは~」
フランスでは遅々としていて、一ヶ月たってようやく糸口を掴んだぐらいだったのに……まぁ、助かりました。
「そろそろ戻らないといけませんが、どうやって誤魔化しましょう?」
この密談の後に私がいきなりやっぱやめた、なんて言ったら怪しすぎますし……
「んー、あーちゃんが保険になることにすればいいよ。福音が逃げ出したら撃ち落とすってね……大丈夫、アレは逃げたりしないから」
「なんの根拠があって……いえ、束さんが言うならその通りなんだと思っておきます」
「じゃ、そういうことで相談おしまーい! バターン!」
束さん、襖は静かに開けましょうよ……
かくして、織斑君と篠ノ之さんのタッグで