Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「名前を呼んで」

この回は私の中で結構お気に入り


33. Veuillez appeler mon nom.

 六月最終週、木曜日。

 IS学園の雰囲気は既に学年別トーナメント一色です。

 各国政府関係者や研究者に加えて企業のエージェントと、IS関係の重鎮もトーナメントを観戦しに来ています。

 もちろん彼らの目的は娯楽なんかじゃなくて三年生のスカウトや自らの団体に所属している生徒の成長具合を確認するために来ているのです。

 きっとデュノア社からも一人二人は来ているでしょう。

 まぁ、私達一年生には関係のないことですね。

 もちろん、これが終われば学園を去ることになる私には余計に。

 一年生は月曜日から水曜日までの三日間で準決勝までを終え、今日の試合は決勝戦だけです。

 二年生、三年生はまだ続くみたいですけどね。

 

「不破、準備はできているか?」

「ええ、まあ」

 

 結局、私とペアになったのはボーデヴィッヒさん。まぁ、彼女をペアに誘える勇気があるような人はいないので当然の帰結ではありますね。まぁ、結果的に超不公平な組み合わせになってしまいましたが、規定には専用機同士でペアを組んではいけないなんて決まりもないので問題ないです。

 正直に言えば、私にやる気がない……というより身が入っていないことを差し引いても私達が負ける要素はありません。

 事実、第一回戦は私だけが戦闘行為を行って、開戦から四十三秒で決着、第二回戦はボーデヴィッヒさんが一人で戦って六十一秒で決着でした。

 第三回戦は相手が棄権をしたので不戦勝です。

 今日の決勝で対するのは織斑君とシャル。

 二人は不運にも鈴ちゃんペア、セシぃ&篠ノ之さんペアという候補生との二連戦でしたが、私達にはない連携という武器を使って勝ち抜いてきました。

 私達は周りとの差がありすぎて一人でも勝てちゃうんで連携とか練習する必要もないと言いますか……

 良い意味でなにもしないことが最高の連携なんです。

 

「ボーデヴィッヒさん、今回は分業しましょうか」

「うむ。専用機持ちが相手だからな。私が織斑一夏、不破がデュノアでいいか?」

「ええ、私も同じ事を言おうと。ボーデヴィッヒさんが織斑君を負かしたいのと同様に、私もシャルの全てを受け止めたいんです」

 

 とは言うものの私、勝てますかね……?

 確かにボーデヴィッヒさんのAICはシャルに対しては効果が薄いでしょうし、普段の私の成績ならシャルにも勝てるでしょうけど……

 でも、カゲロウが私の動きに着いてきていない気がするんですよね。

 精神的なものでしょうが……この状態でシャルロットに勝つのは難しそうです。

 でも袂を分かつなら、せめて最後はシャルが憧れた私でいたいので。

 

「そうか。お前にも信念があるんだな。だが、無理はするなよ」

「はい」

「では、行くとするか。お待ちかねだぞ」

 

 皮肉っぽくボーデヴィッヒさんが笑います。

 それはそうでしょう。

 二年生、三年生ならいざ知らず、一年生に求められているのは私達の足掻き(ショー)です。

 観客はひよっこ達がどれだけISを操れるのかを見たいだけで、そのついでにめぼしい生徒をマークする程度……私達には初めておつかいをする子供を眺めるのに似た娯楽が求められているのです。

 それにも拘わらず、一分以内に試合を終了させた私達はトーナメントの趣旨に反する存在です。

 まぁ、有り体に言えば……私たちは悪役(ヒール)なので入場したところでブーイングならまだしも拍手など怒らないのです。

 まったく、私たちだって人の子なんですからあんまり冷たく扱われると泣いちゃうかもしれませんよ?

 

「おまたせしました。自己紹介は要りませんよね?」

「そうだね。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 初めての模擬戦と同じようなやりとり……偶然でしょうか?

 シャルも覚えていてくれたなら嬉しいです。

 

「織斑一夏。本当は殺してしまいたいくらいだが……不破を怒らせたくないからな。半死半生くらいで赦してやる」

「いや、そもそも許される以前に怒られるいわれがないんだけど……」

 

 まぁ、誘拐は織斑君の責任じゃないですし……

 ともかくボーデヴィッヒさんはやる気十分のようです。

 眼帯も最初から外していますし。

 オッドアイって綺麗ですよねぇ、って言ったらやたらと眼帯を外すようになったのですが……今まで光に当たっていなかったのに、いきなり外しちゃって平気なんでしょうか?

 

『戦闘開始(オープンコンバット)!』

 

 開始直後に私とボーデヴィッヒさんはそれぞれアリーナの逆端に移動……もちろん、私はシャルを、ボーデヴィッヒさんは織斑君を追いつめるようにしてです。

 シャルの放つヴェントの弾丸は防御せずに可能な限り回避。

 単発なら視えます! ……視えても避けられない弾道のものは我慢です。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)は直線の動きのためシャルの的になるので嵐才流の歩法を使います。

 疾歩嵐打(しっぽらんだ)――初めて織斑君と戦ったときにも使った高速移動術。

 速度自体はさすがに瞬時加速(イグニッション・ブースト)に劣りますが、その代わりに急制動が利き、機動性にも優れているのでシャルの銃弾を避けるにはちょうどいいんです。

 五秒と経たずにシャルに肉薄、ここからは格闘戦(わたしのぶたい)です。

 

「ふっ!」

「遅いです」

 

 繰り出されたブレッド・スライサーの一撃をいなしてシャルの腕を掴み、地面に叩きつけるように投げ、シャルが起き上がろうとする力を利用してまた投げます。

 それを何度も繰り返し地道に、でも確実にシャルのエネルギーを削っていきます。

 起き上がろうとしなければ投げられませんが、起き上がらないと私には勝てないのでシャルに選択の余地はありません。

 

「っく!」

 

 私の投げにあわせてシャルも自ら跳びます。

 ……跳ばなかった場合、装甲の可動域を超えた動きにより腕が折れるため、やはり選びようはないんです。

 山嵐、と言いましたっけ?

 そもそもは圓明流に勝つために開発された業です。後にも先にも使い手は一人だけだったのですが……私なりに再現させてもらいました。

 まぁ、生身での格闘戦ならばこれで決着なのですが……ISなのでそうはいきませんね。

 シャルの右腕にレイン・オブ・サタデイが展開された瞬間に投げ飛ばします。

 距離を保つために私もシャルを追いつつ、妖精の加護(フェアリーダンス)を展開、投げられながらもシャルが放った散弾の中で致命的なダメージを受けるものだけを溶かします。

 そして、シャルが着地するのと同時に再び突進(タックル)でゼロ距離戦闘を再開しようとしましたが、

 

 ガンッ!

 

 ガーデンカーテンの盾で防がれてしまいました。

 ……ちょうど顔の高さに展開されたためシャルの姿が見えません。

 センサーも使いますが私の周囲を囲んだ楯も、ある意味ではラファール・リヴァイブⅡなので詳しい位置を割り出すのも難しそうです。

 それでも、かすかに捉えた微細音に反射的に身を捩りました。

 

 ガガガガガガッ!

 

 鋼鉄製の杭がガーデンカーテンを突き破って私に殺到します。

 楯は防御の為じゃなくて目隠しのためですか……巧いですね。

 当たればただでは済まないので、背後――アリーナの中央に向けて大きく後退、体勢を立て直します。

 一瞬、塩の都の大火(ウリエル・ジャッジメント)を使って私の独壇場を作り上げようかとも思いましたが……ボーデヴィッヒさんも戦えなくなってしまうので却下です。

 それに、今度はシャルから私に向かって飛び込んでくる気配がしたので迎え撃つ準備の方が先です。

 牽制に投げられたブレッド・スライサーをよけて……そんな不用意に飛び込まれると、つい、抱きしめたいなんて思ってしまうじゃないですか。

 

「シャル、圓明流は迎撃も得意なんですよ?」

 

 特に殴りなら獅子吼(ししこう)、朔光(さくこう)に蔓落(かずらお)としと対応できる業は多いんですから。

 逃げられては叶わないので投げ技の蔓落としで寝技に持ち込みましょう。

 くっつきたいとか、そんなこと考えてません!

 

 ◇

 

 ……つまらんな。

 もとから期待はしていなかったが……この程度の男のために教官は名誉を捨てたというのか。

 日頃からISに乗ることに命がかかっていると思わないまま、特訓などと言ってじゃれあっているからこうまで弱い。

 シュヴァルツェ・ハーゼならすぐさま除名しているところだ。

 まったく嘆かわしい。

 本当に教官はどうして、

 

「っらぁぁ!」

「おっと」

 

 ふん、AICを使うまでもないな。

 ……土壇場で使ってやって絶望させるのもいいかもしれない。

 結局、私と並ぶのは不破だけか?

 いや、デュノアやオルコットもあれでなかなかに強力か……

 不破に関わる奴らは見所があるな。

 不破をドイツに連れて行くことができれば全員ついてくるか……?

 

「だぁぁあ!」

「直線的すぎるな」

 

 突っ込んでくる織斑一夏の脚を蹴って転ばせる。

 追撃しようとは思わない。

 教官にこの男の不甲斐ない失態をみてもらう。

 それだけのために、ただ無様を晒させ続けてやろう。

 なに、悔しいならそこから這い上がればいい。そうして教官に追いつけば認めてやらんこともないぞ?

 

「はぁっ!」

「だから甘いと、」

 

 ヒュンッ!

 

 なっ!?

 ……デュノアのブレードか。

 不破相手に近接武器を投げるなんて不用意な。

 

「ナイスタイミング! シャルル!」

「なっ……!?」

 

 やられた……! 狙いはこっちか!

 刀を振り抜いた織斑一夏は刀から手を離し、代わりに飛来したデュノアのブレードを空中で逆手にキャッチした。

 さらに体を反転し……斬られる!?

 

「く、ら、えぇぇぇ!」

「っち、小賢しい!」

 

 AICを発動。

 振り抜かれる前に織斑一夏は止める……!

 

「なんちゃって」

「は?」

 

 織斑一夏は私に切りかかることをせず、脇を走り抜けていく。

 クソッ……最初から不破に挟撃をかけるのが目的か!

 

「行かせるものか!」

「君の相手は僕だよ」

「デュノア!?」

 

 なんで、お前がこちらに……!

 不破はどうした!?

 

 ◇

 

 せめて、格好いい私を見てください。あなたが憧れたと言ってくれた私で居させて下さい。

 シャル、あなたはここで倒します。恐らく織斑君もそろそろ倒されているでしょう……ボーデヴィッヒさんが遊んでいなければ。

 

「本気で行くよ!」

「ええ、受け止めさせてもらいます」

 

 シャルの右腕に意識を集中させます。

 蔓落としは相手の拳打を受け流してつつ、その腕に自分の腕を絡めて投げる業です。受け身が取れず、やる気になれば関節破壊も可能で、圓明流の中でも特に多くの状況に対応できるんです。

 ……シャルも全てを賭けてくれると嬉しいですね。

 一瞬でもいいので、シャルの全てを背負いたいです。

 そうなれば、私はもう、十分ですから。

 衝突まで〇・四秒……拳の兆候は、まだありません。

 

「ゴメンね、不破さん」

「え?」

 

 気を取られちゃだめです!

 シャルの腕に集中しないと!

 〇・三、〇・二、〇・一……

 まだ? まだなんですか? お願いです! 早く拳を……出してください。

 いやだよ……!

 

「勝たせてもらうよ」

 

 そう言い残して、シャルは私の横を走り抜けました。

 置いて、いかないで……

 私は、勝ち負けなんてどうでもよかったのに。

 

「不破さん、覚悟!」

 

 せめて最後に、シャルと戦いたかったです。

 織斑君が後ろから斬りかかってきます。もちろん、これを掴み取って、腹いせとばかりに戦闘不能にすることも可能ですが……もう、どうでもいいや。

 

 ザンッ!

 

 雪片弐型が振り抜かれる音。

 耳に響くエネルギー残量低下の警告音。

 悪役(ヒール)の無様に沸く観客。

 ホント……どうでも良いです。

 

 でも、こんな終わり方って……

 

「無しですよ……」

 

 つつ、と一条の涙が私の意志に反して流れます。

 私が止まったのを確認した織斑君が急いでボーデヴィッヒさんの元へ戻ります。

 彼女も私が斬られるのとほぼ同時にレイン・オブ・サタデイの接射を受けていて……

 ボーデヴィッヒさんと目が合いました。

 いいんです。

 シャルと戦いたいというのは私のわがままなので、あなたが怒ることはないんです。

 これも作戦、勝利のために相手を騙すのは有効な手段で……私が裏切られた気分でいる事なんて彼女達には関係ないので、私が我慢すればいいんです。

 

 ◇

 

「ふっ……ざける、な!」

 

 私から織斑一夏に対する怨恨は確かに一方的で理由の無いものだ。悪役として斬り伏せるのもかまわない!

 しかし不破の信念は違っただろう!

 何故、それに応えない!

 私にだって、不破が何を望んでデュノアとの戦いに臨んだのかは分からない。

 だが、あいつの真摯な目を見ればあいつにとって意味があることだということは分かるはずだ!

 不破にとって大事なものを……たかがこんなお遊びでの勝利のために踏みにじるというのか!

 

 ――良いだろう。

 ――それならば私など存分に斬るが良い。

 

 外道に堕ちて、なお勝ちを掴むというのなら……私は奈落の底まで堕ちて貴様等を叩き潰そう。

 

(力を、よこせ)

 

 ドクン、と私の奥底でなにかがうごめく。

 レーゲンの中に、ナニカがあるのはもとから知っていた。

 

『――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?』

 

 不破の誇りを取り戻すために必要だというなら……私は何にでもなってやろう。

 一瞬でも共に戦った仲間だ。

 

 Damage Level …… D.

 Mind Condition …… Uplift.

 Certification …… Clear.

 

 我がシュヴァルツェ・ハーゼに仲間を捨てるものなど、いない!

 

 《 Valkyrie Trace System 》 ……… boot.

 

 ◇

 

「っぐ、あぁぁぁ!」

 

 ボーデヴィッヒさんの絶叫。

 シュヴァルツェア・レーゲンから放たれる激しい電撃が放たれ、シャルと織斑君が吹き飛ばされました。

 

「……なに、してるんですか。私が、一方的に裏切られたと思ってるだけなんですよ? あなたが怒ることないじゃないですか……!」

 

 まだ、会ったばかりで、お互いのことはなにも知らないのに……

 よくても織斑先生からの数時間に及ぶ教育的指導は免れませんよ……?

 あれって、辛いんですからね?

 

「私の為に誰かが怒られるなんて事は許しません。だから、待っていてください。ボーデヴィッヒさん、あなたは私が止めます」

 

 先程の織斑君の斬撃で私のシールドエネルギーはほぼゼロです。

 ISの特徴として、動くためのエネルギーがあってもシールドエネルギーがない場合、安全面を考慮して動きません。

 でも、私、知っているんです。

 その制限がただの安全装置(・・・・)だってこと。

 そして、多分、絶対防御の機能を落とせばシールドエネルギーが無くても動けると言うことを。

 織斑君ができて私にできないわけがありません。

 二分割された思考を総動員して絶対防御の管理権限を掌握してみせましょう。

 

 ◇

 

「くそっ、なんなんだあれ!」

 

 ラウラの絶叫と同時に、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲がグニャリと溶け出し、液体金属のようになってラウラを飲み込んだ。

 そして、その操縦者を包み込むようにして新たな形状を構成していく。

 

「なんだよ、あれは……」

 

 無意識にそう呟く。

 この光景を見てある全ての人間が同じ事を思っているだろう。

 ISは原則として変形しない。

 ISがその形状を変えるのは『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォーム・シフト)』の二つだけ。

 不破さんのISは常に変形しているけど、あれはフィッティングが終わらないで持続しているだけらしい。だから、操縦者である不破さんの経験により形態を変えていくのだが、それでも装甲の一部が変わる程度で、言うなればマイナーチェンジだ。

 そして、『形態移行(フォーム・シフト)』もあのような変形の仕方ではないと思う。

 やがて変形が終わり、そこに立っていたのは全身装甲(フルスキン)の黒いIS。

 ボディラインは少女のそれであり、同じ全身装甲(フルスキン)と言っても先月の無骨な襲撃者とは似ても似つかない。

 腕と脚に最小限のアーマーをつけ、頭部のフルフェイスアーマーがラインアイ・センサーの赤い燐光を漏らしている。

 そして、その手が握るのは――

 

「雪片……!」

 

 かつて、千冬姉が振るった刀の模造刀。

 鏡に映したかのようなそれに、俺は知らず内に雪片弐型を握りしめていた。

 

「っ!」

 

 中断に構えた瞬間、黒いISが飛び込んできた。

 居合いのような構えはまさしく千冬姉のそれだ。

 

「ぐうっ!」

 

 雪片弐型が弾き飛ばされ、それと同時に俺自身も蹴り飛ばされた。

 そのまま追撃とばかりに黒いISは白式に追いすがり……

 

 ガンッ!

 

 その黒い頭部を狙った弾丸を腕で防いだ。

 弾丸が飛来した方を見ればアリーナの壁に寄っかかり座り込んだシャルの姿。

 ……さっきの電撃でエネルギーが尽きたのか!?

 不破さんと戦ってたんだから俺よりも消耗は多かったのかもしれない……まずい!

 黒いISは雪片弐型を遠くに蹴り飛ばし、シャルへと標的を移した。

 

「させるかよ!」

 

 最悪の事態を想定して、それを防ぐために精一杯伸ばした俺の手は

 

 ……虚しくも宙を掴むだけだった。

 

 ◇

 

 ――この行為は操縦者に許可されていません。

 

 そんな、無情な一文が私の頭にたたき込まれます。

 

「シャルが、ピンチなんですから言うことを聞きなさい!」

 

 織斑君を守るためにシャルが放った弾丸は、確かにボーデヴィッヒさんの気を引きました。

 でも、今の彼女には理性がないので……私と同じで動けないシャルが斬られたら昏睡状態は免れ得ないでしょう。

 だから、私が動けるようになるしかないのに!

 

 ――この行為は操縦者に許可されていません。

 

「いい加減言うことを聞きなさいこのポンコツが!」

 

 ――この行為は操縦者に許可されていません。

 

 ……あくまでも、私の命を守ると言いますか。

 いいでしょう。

 ならば私にも考えがあります。

 

「シミュレーター起動。対象、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。同時に五感同期システムを有効化」

 

 シミュレーターと五感同期システム、両方ともに高速機動などの感覚を他者の動きから掴むために開発されたものです。

 それを有効にした私の状況は、簡単に言えばシャルが斬られれば同じだけのダメージを私が受けます。

 しかし、こちらのシステム権限は私が完全に握っているのでIS側からの強制終了も受け付けません。

 つまり、ISが私を守るためにできることは絶対防御を無効化して私が動ける状態を作り上げるだけです。

 変に人間臭い判断基準を持っているため騙すこともできるでしょう。

 

 ――絶対防御の無効化が承認されました。これより全てのダメージが、

 

 分かってますよ。

 斬られれば怪我をするって事でしょう?

 当たり前じゃないですか。そんなこと、私の歩を止める要因にはなりませんよ。

 ふん、最初から乗り物は乗り物らしく操縦者に従っていればいいんです。

 

 ガァン!

 

 今までは無理に動いて避けていたシャルが、とうとう動けなくなりました。

 今の中段の一撃は柄に銃弾を撃ち込むことで辛うじて避けたみたいですが……

 って、シャル、それは……それだけはどうにかして避けて下さい!

 

 ◇

 

「っふ!」

 

 今のは……危なかったね。

 刀の持ち手を打ってはじくことで中段斬りをなんとか対処できた。

 でも、次はこうも行かないと思う。

 さっきの不破さんとのやりとりでエネルギーを相当削られたのが痛かったかな。

 これは昏睡も免れないかも。

 

 ガツン!

 

 上段からの振り下ろましをヴェントの銃身で防御、そしてすぐさまガルムを展開して発砲……突き!?

 黒いISの次の行動が分かった途端に世界が凍りついた。ううん、厳密に言えば動きがゆっくりになった。

 繰り出される突き。

 引き金を引く指。

 その二つは同時に行われて……

 その刹那の後、新手の黒い影が僕たちの間に飛び込んできた。

 

「あぐぅっ……!」

 

 ぞぶり、という刃物が物を切り裂く音とパァンというガルムの乾いた音。

 その両方が間に割って入ってきた新手――不破さんの体に吸い込まれて血液を撒き散らした。

 あれ? …………血って――

 

「なんで……?」

 

 だって、ISにはエネルギーシールドも絶対防御だってあるのに……!?

 

「こ、こうするしか、なかったんです。それ、に……かすり傷です」

「不破さっ……!」

「しっ、今は、ボーデヴィッヒさんを」

 

 それだけ言って、僕の方を向いていた不破さんが黒いISを振り返る。

 不破さんの体には二つの傷。

 脇腹の切り傷と、僕の放った銃弾が削り取った太股の傷。

 その二カ所からだくだくと血を流していて……

 そんなの、かすり傷なわけないよ……

 

「ふぅ……すぐ、終わらせます」

 

 ◇

 

 右脇腹と左の太腿ですか……

 どちらも内蔵や腱に傷を付けていないようなので失血以外は気をつけなくても平気そうです。

 とはいえ、動けて一度だけ。

 それ以上は無理です。

 痛みとか、そういうことじゃなくて身体の機能として体に力が入らなくなるでしょう。

 

「ボーデヴィッヒさん。私のために怒ってくれたんですね? ありがとうございました。でも……」

 

 例え、そうであったとしても……

 

「私はシャルを傷つける人のことだけは絶対に赦せない……赦しちゃいけないんです!」

 

 シャルのためなら自分の事なんてどうだっていいんです。

 歪んでる、なんて言われそうですけど、それが私の恋です。

 

「なので……」

 

 反省してもらいます!

 

 ダァン!

 

 地響きがするほどの力でボーデヴィッヒさんの脚を踏み抜き、右手で顎を跳ね上げる。

 ここまでは、前にも見せましたっけ? でも、ここからですよ。

 

 朝峰嵐才流――魂還天(みたまがえし)

 

 体勢を可能な限り低くして、左足で踏み込み右の掌でボーデヴィッヒさんの顎を打ち抜きます。

 

「而(し)っ!」

 

 顎を打ち抜いた右手で今度は顔を掴み、後頭部を地面に叩きつけます。さらに頭をサッカーのシュートのように蹴り飛ばしました。

 こっちは朝峰嵐才流――魄還地(むくろがえし)という業です。

 

 魂還天而魄還地――こん、てんにかえり、はく、ちにかえる――

 

 奥義になりますけど……ISでも纏っていなければ確実に死んでしまうので使ったのは初めてです。

 えっと……VTシステムでは絶対防御が働かないとかないですよね?

 

「うぐぅ……」

 

 踏み込みに力を込めすぎましたかね……血が足りません。

 視界も歪み始めて……あ、ちょっと頭の中が涼しくなった気がします。これは本格的に危ないかもです。

 でも、あとは、織斑君に任せて良いですよね?

 もう、疲れました。

 

「不破さん、大丈夫!?」

「大丈夫、ですよ?」

「こんなに血が出て、大丈夫なわけないじゃん!」

 

 えー……

 聞いてきたのシャルなのに。

 

「シャルは、大丈、夫、ですか?」

「うん、うん! 不破さんのおかげで……でも、なんで」

 

 命を懸けたのか……ですかね?

 確かに最悪でも昏睡止まりのシャルを見はなす方が、死ぬ可能性もあった私の選択より賢かったかもしれません。

 でも……私がそんなことできると思いますか?

 

「シャル……これでも、私は必要ないですか?」

「ぇ……?」

「私は……こう見えて、げほっ……本気でシャルを守りたいんですけど、やっぱり、私は要らない子です、か?」

 

 私は、シャルから離れないとダメですか?

 

「そんなことない! でも、僕は不破さんに好きなことして欲しいから……」

「私は……シャルが守りたいって言ってるじゃないですか……! どうして、無視するんですか! 私は……私はあなたにとって迷惑ですか?」

「不破さん……」

「そうやって、他人行儀で見るのもヤです……シャルは私のことを見てくれてません! 昔の私に抱いた幻想を押し付けて……!」

 

 私だって、ダメなところもあるんですから。期待ばっかされても疲れるんです。

 それに、シャルに対等に見てもらえないと、一生、私達の間の溝が広がり続けるだけです。

 そんなの……

 

「そんなの、ヤだよぉ……私は、シャルと」

 

 友達に、なりたいのに……!

 

「……名前を呼んでよぉ……!」

「ぁ…………と、とりあえず早く救護室に! えと、えと、あとは……そうだ、横になってて!」

 

 ぐい、とシャルに膝枕をさせられて、そのまま、睡魔の虜になっていまいました。

 ……名前、呼んでくれないな。


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