Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
コンコンコン
「ん、誰でしょうね。こんな時間に」
「まったく……アリサ、追い払ってきてよ。冷めた中華なんて犯罪級に不味いんだから」
アリーナから戻ってきての夕食。今日の当番は鈴ちゃんです。
机の上には酸辣湯(サンラータン)に青椒絲肉(チンジャオロース)、それに炒飯にエビチリといった日本的に馴染み深い中華が所狭しと並んでいます。
とは言っても、しっかり量を計算されているので残ったりはしません……互いにちょっと多めの運動を覚悟すれば。
「じゃあ、鈴ちゃん待っててくださいね……はーい、どちらさ、ま?」
「えへへ……きちゃった」
ズキューン……なんて擬音が聞こえた気がします。来ちゃったってなんですか!?
扉を開けると枕とバッグを持ったシャルロットが立っていました。
え、なんでですか!?
「と、とりあえず中へ……」
「お邪魔します」
混乱&興奮な本能を無理矢理に理性で抑えて迎え入れます。脳内プロレスではちょうど理性が本能にコブラツイストを……てどうでもいい話ですね。
きちんと挨拶をして靴をそろえるあたり性格のよさが現れていますね。
「ん。デュノア? 何しにきたのよ?」
鈴ちゃんもそんな棘のある言い方しなくても……まだ冷めてしまうほど時間も経ってませんよ。
「あ、ごめん……ご飯だったんだ。なら私、他のところで、」
くぅぅぅぅ……
「……鈴ちゃんですか?」
お腹空いていたから気が立っていたんですか? まったくもう、そんな子供じゃないんですから……
「わ、私じゃないわよ!? だいたいアリサじゃないの? いつも私より先にお腹空かしてるんだから」
「そ、そんな人を食いしん坊みたいに言わないでくださいよ!」
「どうだか。ご飯時になるとニコニコするくせに」
「そ、それは鈴ちゃんの中華が美味しいから!」
「そ、そうなの? あ、ありがと……」
……というか、もちろん私達は気付いてますよ?
でも、指摘しにくいんですよ! だって、シャルロットの顔が既に真っ赤なんですもん。追い打ちをかけたら泣き出しそうです……それもいいかもとか思ってないですよ?
と、とにかく!
「えっと、人を待たせて食べるというのもなんなのでデュノアさんも一緒しますか?」
「あぅ……お邪魔します」
気付いてますって言ってしまうようなものでしたが……これ以上に遠回しな言い方は私にはできません。
もともと多めに作られていますからね。中華は量の調節が難しいそうです。
「じゃ、冷める前に食べちゃいましょう。いただきます」
「いただきます……作ったの私なのになんでアリサが仕切ってるの?」
「いただきます……あ、美味し」
こう見えて鈴ちゃんは中華食堂の娘だったそうですからね。織斑君に対してプロポーズの代わりに毎日酢豚を作ってあげるなんて言ってしまう程度には中華の申し子です。
自分でも意味分からないことを言っていると思いますが。
「そういえば、その後、織斑君とはどうですか?」
「ど、どうってなによ!?」
「え? ですからキスしたんですよね? その後、何か変わってもおかしくないじゃないですか」
「キス……」
視界の端でシャルロットが唇を触れながら顔を赤らめています……愛いやつです。でも男の子の仕草ではないです。
「…………ない」
「へ?」
「一夏の奴、何も変わんない……未だに幼馴染としか扱われてない気がする!」
キスされても態度を変えないとか……不能かホモです。
え、じゃあ織斑君がやたらとシャルルとしてのシャルロットにベタベタしているのは薔薇の花を咲かせるためですか!?
そ、そんなわけ……ないと思いたいです。
そんなんじゃ織斑君か発情した時点でフランスの計画が!
「しかし、キスされても態度が変わらないとか……鈴ちゃん、そもそも女として見られてないんじゃないですか?」
「し、失礼な! ……でも幼馴染って見られすぎて意識されてないのかも」
「織斑君ならキスも夢オチだとか思いそうですからね。というか思ってると思います」
「そんなのどうすればいいのよ……」
キスも夢で片づけられてしまったら……もう手段は一つだけですよね。
「なにそれ?」
「告白して、そのままゴーです。問答無用で」
「んなっ!?」
「ゴーって?」
私の言った意味が判らなかったシャルロットがやっぱり小首を傾げて……やばい可愛いです。でも、男の子に見えないんですけど大丈夫ですかね?
「そりゃもちろん交合ですよ」
「皇后?」
「そりゃお妃さまです」
「咬合?」
「歯並びですね。シャルロットさんの歯は綺麗に並んでますね……ってだから交合ですよ! いわゆる、えっちです。生々しい表現ではセッ――」
「しつこいわよ! アリサも女の子のくせにそういう言葉連呼しない!」
いえ、だって言うたびに鈴ちゃんとシャルロットが顔を赤らめて行くのが可愛くて可愛くて……ちょっと待て私、何か引っかかりますよ?
皇后……じゃなくて。
交合……もシャルロットの歯並びが綺麗だって言っただけで、シャルロットって名前で呼びましたか私!?
いえ、そんなはずは……
「それで、アリサ。シャルロットさんって誰よ?」
ありますよねぇ……
「……デュノアさんの双子の妹です」
「へー」
「か、顔がそっくりなのでつい間違えちゃうんですよねー」
「ふーん」
「……えーと、えーと。あっ、私とシャルロットさんはフランスでは模擬戦もする仲で、」
「そうなの? “シャルロットさん”?」
だからそれはシャルロットじゃないですって!
ね、そうですよね!? シャルル・デュノアですよね!?
「えっ!? う、うん。不破さんとは一回だけフランスで模擬戦したよ?」
「へー、ほー、ふーん」
正直者すぎるのもどうかと思います!
「あちゃー……まぁ、鈴ちゃんだっただけマシですか。シャルロットさんもそれでいいですか?」
「僕は……うん、不破さんがいいと思うなら」
「あぅ……」
……計画を考えた私が言うならってことなんでしょうけれど……シャルロットの従順な態度にグッときました。
もう、シャルロットの可愛さは既に凶器の域に入っています! 私くらいなら簡単に殺せるんじゃないでしょうか……少なくとも顔を赤らめて恥じ入っているシャルロットに死んでくださいと言われたら何も考えずに飛びおりそうです。
「でもデュノアって女だったのね……まぁ、言われてみれば綺麗な顔してるし不思議じゃないか」
「鈴ちゃん。ここで残酷なお知らせですが、シャルロットさんはコルセット的なもので無理矢理胸を締め付けています。つまり……」
「……そうじゃないかと思ってたわよ。アリサ、私達は一生、友達でいようね?」
鈴ちゃんが一回り縮んだように見えます。背中も煤けて……
「あ、鈴ちゃん。私もギリギリBカップになりました。バストが1.5センチ増えていましたから」
「……胸なんて肩こりの原因、胸なんて肩こりの原因、胸なんて肩こりの原因、胸なんて……」
最近下着がちょっときつくなったように感じてたんですよね。
太ったのかも!? と思って採寸してみたら胸だけ成長していました。嬉しい誤算です。
「あ、そうだ」
「ん? どうしたんですか」
「鳳(ファン)さんに知られちゃったから思い出したんだけど……というか僕が不破さんに会いに着たそもそもの理由だったんだけど、一夏にバレちゃった」
「あーそうですか……ええぇ!? なんでですか!?」
シャルの男装用のコルセットはオーダメイドのもので確実にばれないはずなんですよ!? それこそ裸でも見られない限りシャルロットが女の子だって分かるわけが……
「いや、その、お風呂上がりに……見られちゃって」
顔を真っ赤にして呟くシャルロット。
何を見られたかって、裸以外にはありえませんよね?
「……鈴ちゃん」
「……ん? なぁに?」
「いえ……私、やっぱりシャルロットさんは可愛いと思うんですよ」
「ええ……私もそれには異存ないわよ?」
無表情に、平坦な声で互いに意思疎通を取る。
この場、この瞬間において私と鈴ちゃんの利害は一致したと、そう確信しました。
「……織斑君、可愛い女の子の裸を見たらしいですよ?」
「……ね。私には何の興味もないみたいな態度取ってたくせに」
「……お仕置きが、」
「……必要よね?」
「「ふふふふふふふふふふふ」」
織斑一夏。
くれぐれも無事に明日を日を見れるとは思わないことですね。
窃盗の罪には指の切断を、詐欺には舌を熱した石をのせるのはどこの法律でしたっけ?
シャルの裸をみたなら目蓋を縫い合わせるのが妥当でしょうか。
「あ、あの二人とも落ち着いて? 顔が怖いし、そもそも僕も悪かったんだし」
「いいえ。女の子の裸はみた方が悪いに決まっています」
「私もそう思うわ……というか今頃一夏がデュノアの裸を思い出してると思うと、」
「おかずになんてしていたらどうしてやりましょう……」
「おかず?」
シャルロットは純粋ですねー。それでこそ私色に染めやすいというものです。
とりあえず織斑君は今すぐ、
「アリサ、あんたは本当に容赦しなさそうだからきちゃダメよ。デュノアと二人で待ってなさい」
「お断りします。鈴ちゃんこそ織斑君がブサメンの仲間入り……というか人外の顔立ちになるのを見るのは避けた方がいいんじゃないですか?」
「ふ、二人とも何するつもりなの……? というか特に不破さんは頭を冷やした方がいいと思うよ?」
なにを言うんですか。
私の頭はいまとてもクールですよ?
どうすれば織斑君が日の当たるところを歩きたくなくなるようになるかをシミュレーションしているところです。
「それは腸煮えくり返るっていう状態じゃないのかな?」
「だから頭“は”クールです」
「へ、屁理屈だよぉ……でも、二人が行かなくても一夏が来るかも」
「懺悔しにですか」
私は神様ではないので懺悔程度で赦そうなんて思いませんけどね。
罪には罰を。
そういうルールが人間社会には存在するんです。そして、人を裁くのは法でもって神でもない……
織斑君は私(ひと)が裁きましょう。
「彼のお腹に赫いお花を咲かせましょうか……クス」
「ちょ、アリサ!? お、落ち着いて! 殺しは流石に拙いわよ!」
「こ、殺しじゃなくても拙いと思うよ……やっぱり僕の不注意だから、」
「「当事者は黙ってて(ください)!」」
「えー!? 当事者の言論を封じての裁判は駄目なんじゃないかな!?」
良いです……認めましょう。
これはシャルロットの弔い合戦なんかじゃないです。
「うん、僕は死んでないからそうだよね」
「そこ、口閉じてください」
さもなきゃ実力行使で塞ぎますよ? ……私の唇で! キリッ! とか言えたらなぁ。
……まぁ、とにかく!
「私が気に入らないから織斑君には反省してもらいます。さて……」
ガチャ
扉を開いた先にいたのは……
「ハレンチ行為に加えて覗きと盗み聞きも罪状に追加しましたよ? 織斑君」
ん?
全部ハレンチ行為ですね。
◇
「にしても……アリサが怒ってるところは初めて見るわ。セシリア呼んだ方がいいのかしら」
私じゃどうやって宥めていいのかは分からないわ。
ここは保護者(セシリア)に任せた方がいいような気もするけど……ダメね。ああ見えて過保護だから一夏が一方的に攻められておしまいになっちゃうわ。
私の目的はただ一つ。
アリサにギリギリまで貶められた一夏をさっと
しかし、ギャアギャアギャアギャアとよく騒ぐわねぇ。
「女の子の裸見といて謝罪がすまん一言だけですか!? あり得ません。死んでください。しかも口論した挙句にシャルロットを追い出すとか何様なんですかあなた! 死んでください!」
「何様は不破さんの方だろ! 無理矢理女の子に男装させてたんだろ!? デュノア社のためとか言ってたみたいだけど自分が男装すればよかったじゃないか!」
うわぁ、シャルロットさんって言ってたのがシャルロットになってるわ。
というかアリサもなんでこんなに怒ってるんだろう? フランスでは友達もいなかったみたいなこと言ってたのに……
というか二人とも相当頭に来てんのね。お互いに否定し合うだけで歩み寄る気配が全くないわ……ほっとこ。
「ねぇ、デュノア」
「二人とも落ち着いてよぉ……うん? 呼んだ? というかシャルロットって呼んでくれないかな。あんまりこの苗字は好きじゃないから」
「じゃ、私も鈴でいいわよ。まぁ、それで……フランスではアリサとどんな関係だったの?」
「ん? うーん……前も言ったけど不破さんのことは嫌いだよ」
まぁ、そうよねぇ。
でも、今の様子を見た限りじゃ一方的に相手が悪いって決めつけるより、相手にも事情があるって考えそうな子だと思うんだけどなぁ。
しかも、皆のためなら仕方ないって我慢しそう……その辺りはアリサと似てるわね。
「んー。感情を抜きにしたら追っかける人と追いかけられる人って感じかな……私が追っかけてた方」
「どういうこと?」
「不破さんのことを知ったのは十三歳の時……僕の人生の中で一番辛かった時なんだ。その時に不破さんとISの模擬戦をして……って言ってもお互いの素性は隠してたんだけどさ。それで私はコテンパンに負けて、」
うわー。
アリサってそんな時からもう強かったんだ……アリサがISに乗り始めたのも十三歳って言ってたからそんなに稼働時間に差はないはずなんだけど。
あれ、アリサって十三歳からのたった二年間で千時間以上も稼働させてたの? IS学園とは違って毎日乗れるわけでもないだろうから一日に何時間も乗ってたのね。
よくやるわ……
「ん、リン、聞いてる?」
「ん? 聞いてる聞いてる」
「負けちゃって、それでISに乗るための覚悟を教えてもらった……トラウマとして刻みつけられたって言ってもいいかもしれないけど。でも、ただ言われるがままにISに乗っていただけだった僕には強烈で……不破さんに憧れた」
「あれ? でも素性は知らなかったんでしょ?」
さっき隠してたって言ってたし……
「うん。でもあんな綺麗な純白のIS、専用機以外には有り得なかったからすぐに分かったよ」
「純白……? あぁ、アリサってカラーリングも変えてたのね。ということは、憧れたから追っかけてた?」
「うん、でもそれからIS学園に来るまでは一回も話せてなかったんだ……お茶とか模擬戦とかいろんなアプローチをしてたけど……ずっと避けられてたから」
「アリサが? んー、セシリアの話では十二歳以降は人を怖がるなんてことも無かったはずなんだけど……」
「そうじゃなくて、何か隠し事をしてるみたいに感じたなぁ」
アリサが隠し事ねぇ……あの子、そんなに器用な方でもないんだけど。
なにより最近気づいたけど、アリサは自分から人に関わっていくのが苦手なだけで、近付いてくる人には割とオープンなのよね。
だから話しかけられれば応えるし、勉強会なんかに誘われればそれなりに教えに行ってるし……教える側の立場として誘われてるのがなんともアリサらしいけど。
あぁ、隠し事ができないからそもそも近づかア異様にしてたのかもしれないわね。
「それで、調べてるうちにアリサとデュノアの社長……僕の父親が親密だって言うことを知って……その時、不破さんが憎くなった。すごく綺麗な人だと思ってたから……あんな人と関わってたって知ってショックだった」
「綺麗? 可愛いじゃなくて?」
うん。
他に突っ込むところはあると思うけど、私としてはこれが一番気になる。
あの私よりちっちゃいアリサが可愛いじゃなくて綺麗なんて言われるなんて。
「不破さん、十二歳の健康診断の時から身長は二センチしか伸びてないんだよ。だから昔は私よりも背が高くて、年上のお姉さんだと思ってたんだ」
「あーなるほど」
アリサが大きかったんじゃなくてシャルロットが小さかったってことね。納得。
父親どうこうは私が聞いていい話でもないし……まぁ大企業の社長ともなると家庭を顧みることが出来ないなんて言うし、アリサが仲良くしてるなら悪人でもないからシャルロットの誤解なんだろうけど。
「まぁ、そんな感じで不破さんと僕はちょっとしか会ったこと無くて、それなのに僕は不破さんを恨むようになっちゃったんだね」
「まぁ、しょうがないと思うけど……」
「自分でも子供だなぁって思うよ。今でも割り切れてないけどさ」
ん?
『フランスにいる』、『結構な立場』の『アリサが距離を置いていた』『美少女』……?
「いやいやいや、まさかねぇ」
「ん? ……どうしたの?」
「いや……あの二人いつまで喧嘩してるのかなぁって」
確かに火種自体が結構大きいものだったけど……いくらなんでも興奮しすぎよ。