Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「一夏、入るわよ」
……はぁ。
もうお昼だってのにカーテンも開けないで……これじゃまさしく引きこもりじゃないの。
私よりも、シャルロットよりも女々しいとかどういうことよ。
「……鈴、か?」
「なに、起きてんの? ったく、素敵美少女な彼女が部屋まで来てるんだから少しは嬉しそうにしなさいよね」
言いながらカーテンをあけ放つ。
南向きの窓の外にはちょうど学園が緑化事業として用意した森。
規模こそ広いもののまめに手入れされているそこは森林浴やらフラワーウォッチングやらで人気のスポットになってる。
寮とは別の宿泊施設とか渓流なんかもあって夏の間は合宿なんかでよく使われてるとかなんとか……まぁ、部活なんてやってる暇ないし詳しくは知らないけどね。
「今日もいい天気だし、ちょっと外に出ない?」
「……悪い。でも、放っておいてくれ」
「…………そう」
……ほんと、張り合いがないわ。
仮にも彼女からの外出のお誘いよ? デートなのよ?
一夏だって苦しいのも分かるけど、せめて乗り越えた振りくらいはしてほしいわ。
「もう半年も経つのに……」
「……すまん」
「私、もう行くから」
「ごめん」
静かに扉を閉めて廊下に出ると同時に大きなため息が出る。
「謝ってばっかり……」
一夏自身、現状に対して思うところがあるってことなんだろうけど、さすがにこの状態が今までずっとってなれば話は別よ。
あのキャノンボールファストの直後から一人で塞ぎ込んで寮の部屋に引きこもるなんて、ひどいじゃない。
私たちとは何も共有できないっていうの?
「それに……私だって思うところがないわけじゃないのよ」
ワガママな私としては書類上はどうであれ同じ部屋に住んでた去年と今をどうしても比べちゃう。
別に男女が同じ部屋で暮らすことをどうこう言われたから離されてるわけじゃない。
もし私と一夏が一般生徒だったら口煩く言われただろうし、私たち自身が同棲なんてこと思いつきもしなかったんだろうけど、一人は候補生でもう一人は
それぞれの本国から文句を言われるのが面倒なのか私たちに対して学園は半ば放置の姿勢でいた。私が技術的に遅れのある中国の代表候補生だったのも他国からうるさく言われなかった原因かもしれない。
きっと中国が許されているのは一夏の情報を有用に使えるはずがないという軽視と、それでも重要な情報を他国に渡すほど馬鹿ではないだろうという信頼から、かしらね。
要は、アメリカやらイギリスの手の中にあるよりは中国の方がマシ、という程度のもので、ある意味均衡を保っているものを横から突ついて蛇を出す必要もないって判断だったんだと思う。
あの時はアリサがいろいろ滅茶苦茶やって世界情勢も不安定ではあったしね。
あとはフランスが現在開発中の第三世代機でISの軍事利用をやめるって発言したのもあるのかしら。
一時はシャルロットを男装させて一夏と同棲させて情報を得ていたフランスが見切りを付けたのだから、もしかしたらISに男を乗せるということに見切りをつけさせる情報を得たのかもしれない。そう考えて各国が一夏の獲得に対して慎重になっていた可能性もある。
とにかく、あの時は何もかもが私にとって都合がよかった。
「アリサのせいで……」
本当は、そんなこと言いたくない。
今でもアリサとは親友だったって思っていたいから。
でもアリサは一夏に自分を刺させて、一夏の心を壊した。
生きることが難儀になったほどじゃないけど、一夏のトラウマはかなり深い。
ISの話をだんだんとしないようになり、IS関係の授業も出なくなり、最終的に学園に行かなくなった。
門限も過ぎたような深夜に出かけたりしてるみたいだけど、どこを歩いてるかはわからない。
追いかけたいけど、代表候補生の私が門限を破って外出なんてできない。
この部屋も、窓からIS関係の施設が何も見えないし、穏やかな自然の景色も一夏になにかポジティブな影響を与えられるかもしれないということで宛がわれた一人部屋。
代表候補生で、アリサの親友なんていう事件を思い出させるファクターを持っている私は短くない期間一夏に近づくことも禁止されていた。
「それに、アリサ、死んじゃったのよね……」
生きてさえいれば、また失われた信頼ってものを取り返せたかもしれない。
アリサが直接攻撃したのは私たち専用機持ちだけだった。だから、もしかしたらとてつもなく深い事情があったのかもしれない、みたいな感じに理解することができていた可能性だってある。
だって、あの子が亡国機業に使われてたのはシャルロットを人質に取られたからだったんだから……
でも突然の襲撃とか人の体が内側から粉々に弾けた様を見て一般生徒を含む観客の大多数が恐慌状態になった。それが原因で身体や精神に傷を負った人は学園ですら把握できないほどいる。
「それこそ、学園が緘口令なんてものを大真面目に敷くくらいには」
それも、事実隠蔽を第一の目的にしたんじゃない。
事件の後、ただ緘口令が敷かれただけなのに生徒たちの間でアリサの存在がなかったことにされてるのは不破アリサという名前を聞くだけで拒絶反応を示す生徒が多くいたから。
そもそもアリサの名前を出そうとする生徒なんて限られた一部――生徒会とか元1年1組の生徒とかくらい。授業の関係でたまに関わり合いのある私ら2組だった生徒の中にすらアリサの名前を聞くだけで顔を真っ青にして保健室に逃げた子がいる程だもの。
関わりのなかった3組以降とか上級生にはもっと酷い状態の人が多かったからアリサの名前が出ることは自然に減っていって、いつの間にかアリサはいなかったことにされた。
学園側でさえ予想外なほどに緘口令は効果を上げ、最終的には緘口令というものがあったことすら生徒の意識に上がらなくなってるのが今。
ついぞ、アリサが人質を取られていたって話は出なかった。
「その事実は、シャルロットを苦しめるだけだもの」
そして緘口令とは別に各国主導での情報統制も行われたから今年の新入生にはアリサの名前すら知らない子の方が圧倒的に多いはず。
アリサの名前や学園の生徒だったことが公表されないで、亡国機業のノワールとして世間に公表されているのもIS学園の信頼が損なわれることが結果的に各国の不利益に繋がるから。
例えば中国の場合はIS学園を試験機の実験場にするとともに各国に対してスパイを放つための準備場所でもある。きっと代表候補生の私以外は知らないだろうけど、ほぼ全ての中国人生徒は授業料を中国政府に担ってもらってる。それも政府が各家庭に支給するという形ではなくありとあらゆる迂遠な方法――各家庭の働き手に事業を起こさせ成功させたり、人為的に宝くじを当選させたり――で。
だからIS学園の中国人生徒は基本的に産業スパイだといっても構わない。盗聴器みたいなあからさまなものは使わず会話で得た情報だけを学園に察知されない方法で国へと届けてるから得られる情報は薄いけどリスクも少ない。
そして、生徒が卒業後に他国企業に誘致されれば中国政府の思い通りってわけ。
もちろん企業だってバカじゃないから事前に生徒たちの身元を洗ってはいるんだろうけど……
「なんてったって人数は多いから、たまにすり抜けたりするのよね」
私が言うのもなんだけど、それがなければ中国に第三世代機なんて代物作れたとは思えないもの。
だからIS学園が無くなってしまうと中国のIS関連事業は困窮するし、きっと他の国だって似たような事情があるんだと思う。
IS学園が残ったことは単純に嬉しいけど、その裏にあるドロドロしたものを考えると嫌になる。
「なにより、一夏とかシャルロットとか、みんなのことを純粋に心配してあげられない自分が一番嫌になるわよ」
こんな、事件の裏事情とか学園の真意とか、そんなものには石ころほどの価値もない。
私だけが知ってる、私には考えを巡らせることができるなんて優越感を感じる余裕だってない。
また、みんなとバカなことで騒ぎたい……また、みんなと一夏を奪い合ったりできるなら一夏と別れてもいいかもね……
「ほんと、バカみたい……」
今でも一夏と付き合ってるなんて考えてるのは、もう私しかいないのに……
「一夏のバカ……!」
はぁ……アリサ、あんたもなにしてくれてんのよ。
あんたのせいで私はこんなだし、シャルロットも体調を崩しがち。セシリアはいまだにバカみたいにあんたが生きてるって信じてるし、ラウラはもうあんたの名前になんの反応もしない……!
箒なんて、篠ノ乃博士に会ってくるなんて言ったきり戻ってこない!
……アリサがいなくなってから私たち、みんなバラバラになっちゃったのよ?
「クラス代表決定戦であんたの真似して目立ちたがろうとするバカな新入生だって出てきてんのよ?」
一夏はそのせいで余計に塞ぎ込むし、シャルロットも苛立ちを隠さない。
それに私たちなんてまだいい方よ。あの日は保健室が千客万来だったらしいんだから。
あんたのせいでこんなことになってるんだから、あんたが何とかしなさいよ……
「もし、ほんとに生きてるんなら早く帰って来なさいよ……」
アリサが生きてるって知れば、きっと一夏だって……
「鈴? 泣いてるの?」
「なっ!? あ、シャルロット……えっと……」
なんで、と思ったけど周りを見ればアリサが使ってた部屋の近く。適当に歩いてるうちにこんなところに来てたのね。
アリサの部屋は、誰も近寄りたがらなかったから今でも何も変わってない。学園祭の件で相部屋になったキャサリン・ジェファソンが一人で生活してて、アリサの私物もそのままにされてる。
でも……そうよね。もしアリサが生きてても学園に戻ってくることはない、か。
仮にどんな事情があっても、それがどれだけ人として素晴らしいことだったとしても今の学園にはアリサを受け入れられる生徒より受け入れられない生徒の方がはるかに多い。
そんなところで生活できるほど、あの子は強くもないしね。
「ねぇ、鈴。よければ、アリサの話しない?」
「へ?」
一瞬、冗談を言ってるのかと思った。
アリサのことで一番ショックを受けてるシャルロットがこんなことを言い出すなんて夢にも思わなかったんだから変な声が出たのも仕方ない。
……そう、シャルロットは間違いなく誰よりも辛い。
それが分かるから、余計に引き籠ってる自分の彼氏を情けないだなんて思うのかもしれない。
だって、この子には何も残されなかったんだから。
それどころか自分の背中に爆弾が仕込まれていて、それでアリサが脅されていたんだから……シャルロットにとっては自分の存在自体がアリサを殺したようなものだもの。
「……なんで?」
どうして今更平気な顔してそんなことを言うの?
「もしかしたら、鈴は私が頭おかしくなったと思うかもしれない」
「そりゃ、確かに驚くけど……」
実際、ついこの前はアリサの模倣みたいな新入生を見ただけで真っ青な顔してたんだから、普通の人なら積み重なった悲しさで心がダメになったって不思議じゃないかもね。
まぁ、私はシャルロットがメンタル的にタフだってのも知ってるからそんなことは思わないけど……
とはいってもここ最近でシャルロットが立ち直るようなことがあったかって思うと、どうも心当たりがないのよね。
「正直に言うとね。今でもアリサのことは悲しいし、自分のことは許せない」
そう言ったシャルロットの顔は苦笑しているようで……アリサがいなくなってからシャルロットが見せてきた表情のどれでもなかった。
「アリサは生きてるかもしれない」
◇
「不破先輩……ですよね?」
キャサリンさんがノックもなしに扉を開けると小柄な女の子がベッドから体を起こして窓の外を見てた。
髪の毛の色が記憶にある桃色じゃなくて茶色交じりの金髪になってるけど、それ以外は記憶の中の先輩とぴったり重なる……
知らない人間がいきなり来たからか不破先輩は数秒間、固まったように私を見つめてから困ったような表情で笑った。
「とりあえず、私のことはアリサと呼んでください。あなたの先輩じゃないですから」
「んと、えっと、アリサさん……?」
言われてみれば確かに先輩とは言えないね。
あんなことがあったなら私が学園に入る前に退学扱いになってるんだろうし。
はい、と私に応えてくれたアリサさんはなんというかどこまでも優しくて……あの強盗犯に対して過激すぎたアリサさんとは別人に見える。
キレがないというか……あの翼ちゃんに対してすら感じる戦う人の気配とか凶暴性みたいなものがまるでしない。
それも刃挽きされて鈍刀になったんじゃなくて刀身そのものを引っこ抜かれたような……うん、まさしく普通の女の子って感じ。
とてもノワールなんて名乗ってIS学園に強襲をかけたような人には見えないし、そもそも亡国機業に所属してることだって信じられない。
「ところで貴女は?」
「あっ」
そういえば自己紹介してなかった!
「えっと、今年からIS学園に入ったノルウェー代表候補生のリリティア・スノーホワイトです。今日来たのはアリサさんにお礼を言いたかったからです!」
「お礼……? 私、何かしたんですか?」
まぁ、そうだよね。
あの時のアリサさんはお客さんだった私たちを助けるというより恋人さんを助けるためって感じだったし、そうじゃなくてもお客さん一人一人の顔なんて覚えてるわけないもんね。
別にアリサさんが覚えてないからって私ががっかり思うことなんて何もないし。
「去年の夏休み中、メイド喫茶にきた強盗犯をやっつけてくれた時、私もいたんです」
これを言えば流石に何についてお礼を言ってるのかわかってくれる……と思ってたんだけど、当のアリサさんは小首をかしげただけ。
そしてキャサリン先輩に水を向けた。
その様子に、ある疑念がよぎって……そしてそれはすぐに確信に変わった。
「キャサリンさん、私そんなことしたんですか?」
「はぁ……知らないわよそんなこと。まったく、私に聞けば全部わかるわけじゃないんだから」
「あぅ……」
あの事件を覚えてない……?
もし、往く日も来る日も強盗犯を退治していたなら分からなくないけど、自分と恋人が一緒にメイドとか執事の仮装をして働いてたところに強盗犯が来て、揚句に恋人と一緒に性的に襲われかけた、なんてこと忘れられる訳ないのに……
少なくとも、話を聞けばそんなことあったな、くらいの反応はするよね?
「本当に、アリサさんですか……?」
その言葉もアリサさんは否定しないで困ったような顔をキャサリン先輩に向けるだけ。
私もそっちを見ると、とうとう先輩がため息を吐いた。
「あのねぇ、いくら自分の身に覚えがないって言ってもあんたに対する客なんだから私に丸投げしないでよね」
「そうは言っても、これについては私の判断じゃどうしても……ね?」
「ね? じゃないわよ……」
二人は何の話をしてるんだろう?
この口ぶりじゃまるで……
「“このアリサ”にはね……記憶が残ってないの。いわゆる記憶喪失とも少し違うんだけど、そう捉えてもらっても不都合はないわ」
「その、だから貴女が感謝してることに対しても、その……」
覚えていないんです、とアリサさんが本当に申し訳なさそうに謝る。
でもそっか……記憶がないなら仕方がないよね。
本当はアリサさんにお礼を言うのとは別に、もう一つついでみたいな用事もあったんだけど……アリサさんに記憶がないんじゃそれも確かめようがないし……
「あの、私が学園で何をしたか、というのは知っています……それでも、その、私の友達だったという人は、今でもそう思ってくれてるんでしょうか?」
「アリサ、それを新入生のこの子に聞いても仕方ないでしょ?」
うん、さすがにそれは分からないけど……不安そうなアリサさんを見てるとどうしても何か言ってあげたくなって……
後から思えばこの時の私は迂闊としか言いようがなかったよね。
もし、私がアリサさんに会ったりしなければ、もしかしたらもうちょっと話は簡単だったかもしれないし――何より私は言うべきじゃないことを言っちゃった。
「でも……あれだけ仲良く、楽しそうに笑ってたんですから今でも思ってくれてるんじゃないでしょうか?」
「リリティア……?」
まるで見てきたかのような私の発言に対してキャサリン先輩が怪訝そうな顔を向けてくる。
私がアリサさんに会いたかったのは助けてもらったからだけじゃなくて、あの輪の中に自分も入れてほしいと思ったから。
国籍とか、いずれは敵同士になるかもしれないとかそういうのを全部わかった上で、それでも欺瞞なんかじゃなくて本当に仲良くしてたのが羨ましくて……そう、つまり――
「――私、アリサさんの記憶、持ってるんです」