Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
反応が……あった。
僕以外には知ることができない秘匿反応。
フランス製第三世代型IS――ミラージュ・ガルー。
アリサのために作られ、そして奪われた黒い狼。
ハイパーセンサーを含むいかなる探知機にも痕跡を残さない唯一のISであり、亡国企業はこれを手に入れたことで本物の幽霊のように誰にも気付かれることなく活動することができるようになった。
「唯一、識別コードが登録されていた僕以外には……誰も見つけられない」
あれはアリサのもの……アリサの人生の結晶。
だから絶対に取り返す。
反応があったのは学園地下の研究室。
本来なら関係者以外立入厳禁の場所だけど今はいいよね。ダメだったとしても学園側に怒られるだけだろうし……そんなの、僕にはどうでもいいから。
大事なのは……アリサの名誉。
アリサが死んでからもそれを汚すなんてこと、絶対に許さない……!
去年のキャノンボールファストの事件のことで僕が知ってることは少ない。
アリサに狙撃されて一瞬で落とされたから。
でも……
「結局、全部僕のためだった……」
学園が捕らえた企業の人間からの情報で僕の背骨に爆弾が仕掛けられていたことが分かった。
大きさは小さいビー玉程度で予想された爆発力も空砲の火薬程度。
でもそれが体内に入ってたなんて……ぞっとしないよ。
もし爆発していたら一生寝たきりの生活だっただろうね。
そして……企業はその僕の今後の人生を人質にアリサを脅していた。
「僕は、守ってもらう必要なんてなかったってことだよね……」
あの人……ううん、お義母さんの嫌がらせから守ってくれたのは嬉しかったけど、それ以上はいらなかった。
それどころか最終的に狙われてたのは僕じゃなくてアリサ……僕はただの駒だった。
そしてアリサは自分がいなくなることで……
「……償わせてあげるよ」
なんの変哲もない――その実、多種多様な鍵によって閉じられた引き戸をこじ開ける。
フランス製の
「ねえ、いるんでしょ?」
反応はもちろんない。
声なんか出したら折角の完全なステルスが無駄になるから当然だけど……僕は構わずに話を続ける。
「こんな部屋に何のよう? 新人類でも造り出したいの?」
僕が立っている部屋は一見しただけではただの研究室にしか見えないけど、実際には世界中のIS操縦者の情報が集められている唯一の研究機関。
だから当然、ここには織斑先生や僕――そしてアリサのDNAや体細胞そのものも保存されている。
研究目的はIS適性が何によって決まるのかを調べるため。
もちろんIQテストみたいな感じで空間認識能力や瞬間記憶、判断力を測って出すんだけど……唯一つ、コアとの同調率だけはその因果関係が全く解明されてない。
……それでも、ここにある情報と細胞を使えば人工的にIS適性を高めた人間が作れるかもしれない。
「ラウラみたいに、ね」
あれはISが知れわたる前の研究成果だからラウラの適性が高いのは偶然だけど……
「……正直に言えばね。持っていってもいいよ? でもね――」
僕の言葉に動揺したのか空気が震える……まあ、それも僕、というかラファール・リヴァイヴ・カスタムIIでしか計測できないんだけど。
とにかく今ので何となくどこにいるかは分かった。
だから後は倒すだけ……
「――アリサのは、細胞一つもあげないから返してね?」
アサルトライフル――ガルムを展開。
まともに照準も合わせないで引き金を引く。
弾丸は研究用の大型冷凍庫めがけて飛んでいき――消えた。
きっと、装甲に食い込んだんだと思う。
「分かったでしょ? 僕には君が見えてる。ここは諦めて逃げた方がいいんじゃない?」
もちろん、逃がすつもりもないけどね。
この部屋の入り口は僕が背にしているこの扉だけ。
壁も普通のものに見えて核シェルターの数十倍の硬度・厚みがある。
さっきのガルムの発砲音を聞いた誰かが来てくれるはずだし……
「ふっ……」
「……何がおかしいの?」
機械を通して発せられた笑い声からは焦りなんて感じられなくて、むしろ余裕の色すらある。
ぞわりと肌が粟立つような悪い予感に囚われる。
「視線は一定せず肩の力も抜かない……油断していないというよりは、怯えているように見えますね?」
「っ!? な、にを……?」
「恐らくあなたは見えていない……いえ、センサー上で私を捉えることはできているのでしょうが、それは居場所だけで私の姿形を見ることはできていない、違いますか?」
――――!!
この、短時間でそこまで……でも、それがどうした。
僕がここに立ち続けていれば相手が逃げ出すことはできない。その間に先生たちが来てくれれば捕らえることも不可能じゃない。
「いざとなれば君の機体の識別コードを公開するだけだよ」
そうすればもうステルスの意味はない。
「はぁ……下手なブラフは相手を冷静にさせるだけですよ? この子の識別コードは完全ステルスという特色から二次配布が出来ないようになっているのを知らないわけではないでしょう?」
「…………」
やっぱり、そこまで調べられてるんだ。
もちろん少し考えれば分かることだけど……これは機体奪還のためにミラージュ・ガルーの全てを教えられてる僕と同程度の理解があるって見た方がいいかも。
ミラージュ・ガルーを亡国機業に奪われたとき、デュノアからある程度のスペックデータは公開されたけど……これ以上のデータの開示を避けたいフランスは僕に期待をよせている。
「もう、国なんてどうでもいいけど……アリサが守ろうとして、僕に残してくれたものだからね」
フランスも守るし、ミラージュ・ガルーも奪い返す。
じゃないと僕は……
「……お墓参りにもいけないよ……」
あの日、自爆によってバラバラになったアリサの身体は可能な限り集められ、一部を残してフランスの地に埋葬された。
アリサの両親はやっぱり悲しそうで……でも納得しているようにも見えた。
アリサそっくりの強い人達。
せめてあの人達に報いるために――
「
「いい度胸ですね。そういうの嫌いじゃないですよ」
「言ってなよ……何しに来たのか知らないけど好きにはさせない!」
ここで、止める!
相手は第三世代機、それもアリサのためにチューンナップされた特別製。
僕の方が不利に見えるかもしれないけどそんなことはない。
出力は不足してるけど奪われてから日が浅いミラージュ・ガルーだったら稼働時間も二百は超えてないはずだしアリサ用の機体だからアリサ以外が乗るならやっぱり性能は落ちる。
それに対して僕のラファールは稼働時間も千時間を超してるし、機体自体が僕に合わせられてる。
第三世代機とはいってもミラージュ・ガルーは攻撃機じゃない……僕との差はほとんど無いはず。
「ううん、そのステルスを併用し続けてる以上エネルギーの消耗は僕より速いわけだから……僕は、勝てる!」
「別に、あなたが勝つ必要はないんですよ?」
「勝つよ。君達の企てを止めてみせる!」
ここで勝って、アリサが死んでからの全てを終わりにする……!
ミラージュ・ガルーを取り返して、性能を正式に発表して……それで、発案者は不破アリサだって……世界が敵と見なしてる不破アリサがフランスの国益のために考えたものだって認めさせる。
アリサが機業の人間じゃなかったことを知ってもらいたいから……
なのに……
「なら、なおさら勝ちに拘らない方がよかったのに」
敵は、笑う。
道理を知らずに些細な失敗をした子供を見たときのような、微笑ましいものを見た時のような笑い方。
「私の目的は――この研究所の破壊だったんですから」
見えないながらも、僕は何かが開く音を聞いた。
「っ!? 反応が――!!」
センサー上にあるミラージュ・ガルーの反応が急激に分裂していく。
でもそれだけならまだいい。
問題はそれぞれが明滅するように分裂と消滅を繰り返していて、どれが本物の反応なのかが分からない。
「複合ソフトキル兵器群――ヨルノトバリ……鳥目になった気分はどうですか?」
茶目っ気たっぷりの口調に答えることができない。
敵機反応が十個に増えて二個まで減って、今度は十六、そしてゼロ。
「ほらほら、どこを見てるんです?」
「きゃっ!?」
クスリという笑い声と共に周囲の機械が連続で爆ぜる。
一定以上の音や光はISが自動的にカットするけど驚いてしまうのには変わりがない。
引っくり返った冷蔵庫の中から飛び出した肉片のようなものがブスブスと煙をあげて嫌な臭いを部屋に充満させる。
……精密機械の爆発と急激な発熱。
これは……
「マイクロ波……?」
「流石にこの程度の兵器知識は有りますか」
多分、ヨルノトバリから発生させてる電磁波を強くしてこの部屋の中を簡易的な電子レンジ状態にしてるんだと思う。
ISさえ纏ってればなんの影響もないけど……生身になったが最後、熱膨張した身体の水分が逃げ場を求めて肌を破るだろうね。
「これで、この部屋はもう使い物になりませんね。研究サンプルもデータもなくなりましたし私の目的は完了です」
「僕の目的はまだ……!」
「……これ以上問答を続けても仕方がないので押し通りますね?」
まるで、通ろうと思えばいつでも通れたとでも言うような態度……事実、既に僕は相手がどこにいるのか分からない。
センサー上の反応は既に三十を超えている。そして、このどれかひとつが本物だという保証もない。
それでも……!
「な、めるなぁ!!」
連装式ショットガン――レインオブサタデイを展開、左右上下に計四発撃ち込む。
そしてセンサーでその散弾の行方だけを追った。
そして右に散った弾礫の一つが何もないところで弾かれた。
「見つけた……!」
弾かれた弾の動きから逆算して敵機機動を予測……右側六十度の方向から僕に向かって直進中!
半身を捻って、その軌跡に乗せるように左手を伸ばす。
その手にあるのは
第二世代兵器の中で最高レベルの威力を誇る六連装のパイルバンカー。
「これで……!」
――待った。
なにかおかしい……?
散弾は弾かれたけど最初の弾丸は消えた。
僕は弾丸がステルスに飲み込まれたんだと思ったけど……ミラージュ・ガルーのステルスは自機のパーツのみに有効で外部のものには意味がない?
「くっ……!」
嫌な予感に身を任せて一歩後退。
その瞬間、ついさっきまで僕の頭が合ったところを弾丸が通り過ぎた。
弾の形状はいわゆるHVバレット。貫通力を重視したもので僕の持つガルムの正式な弾丸として採用されている。
「……怖いな。そんなことできるなんて」
「ハイパーセンサーとちょっとの度胸があれば誰にでもできますよ」
だからって普通は放たれた銃弾を掴み取るなんて真似できないよ……これで、分かった。
この乗り手は僕よりも強い。単に操縦技術とかだけじゃなくて心が――
でも逃がさないように扉に背をつけることは忘れない。それだけは譲らない。
「勝つ必要がない……うん、その通りだね」
助けがくるまで持ちこたえればいいんだ。
「……『幸い僕のエネルギーシールドはほとんど削られていない。大きなダメージを受けない限り一時間は耐えることができる』とでも?」
「読心術まで出来るんだ……でも、その通りでしょ?」
今さら驚いたりなんかしない。
そんなことに集中力を割いたら痛い目を見ることはもう分かっているんだから。
「……やっぱり、詰めが甘いですね」
「動揺させようとしたって ――」
「私は今、貴女の側頭部に
「……ブラフ、でしょ?」
「分かりますか。まぁ、そうですよね――」
あれのリーチは五十センチもない。さすがの僕もそこまで近づかれてたら分かるよ。
「ご褒美に、一部だけステルスを解いてあげますよ」
「へぇ、それは嬉し、い……ね?」
一瞬、呼吸を忘れる。
ステルスが解除される前兆なのか空間に歪みが生まれる。
それは幻想的ではあっても僕が驚いた理由にはならない。
息を呑んだ理由はただひとつ。
「いつの、まに……?」
昆虫のような六肢の先にブレードが取り付けられたもの――
どうしてエネルギーシールドが反応していないのかを考えようとしても、耳元でなるチキチキという駆動音に邪魔されて集中できない。
ただ一つ分かっているのは僕では力不足だったということだけ。
生唾を飲み込んだ僕とは対照的に敵は軽やかに一笑。
「これで首をはねたりはしないので安心してください。まあ、気絶はしてもらいますけどね」
首を挟むようにして置かれていた二肢がどかされ、変わりに丸っぽい、手榴弾によく似たものが放られる。
確か、対人広域制圧用のスタングレネード
「ヨルノトバリはただのソフトキルじゃないんです」
黒い塊が僕の目の前まで迫る。
「コア・ネットワークを通じて相手のセンサーそのものに狂いを生じさせるシステムなんです。だから光も音もカットできませんよ? それと余談ですがこの機体と同じフランス製であるラファール・リヴァイブならネットワークをハッキングするのも容易ですしエネルギーシールドだって、ね?」
「え……」
じゃあ、やろうと思えば
「それではさようなら」
暗転。
次からは正真正銘の最新話になります。
ふー……どういう展開にしようと思ってたんだっけな(