Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
亡国機業のノワールとして突如現れたアリサちゃん。
アリサちゃんが前々から機業と接触していたのは知っていたけど……どうして機業に所属したのか、その理由に繋がりそうな情報が全く得られない。
アメリカでの空白の数日間にその理由があるのは分かっているけど……アリサちゃんがIS委員会本部に行ってからの情報が一切ないのよね。
委員会の地下が攻撃を受けたなんて情報もあるけど……アメリカ端末は全てアメリカの汎用型IS『インデペンデンス』に管理されてるから鵜呑みにはできないし……なにより委員会の地下四階なんて今までずっと都市伝説だって言われてたくらいだから……
「私の勘ではこのテロまでが鍵だと思うんだけど……勘だけじゃ動けない立場ってのも面倒ね」
……機業内部のことだって更識なら大抵のことは分かるのに。
信憑性のある情報が入ってこないってことは更識並の暗部が邪魔してるか、もしくは――
「後者の方が可能性は高そうね……」
まぁ、今となってはその理由が分かったところで手遅れかもしれないけど……
混乱を極めた
二人組のテロリスト内、一人は逃亡、もう一人は自爆――推定死亡。
「ショックね……アリサちゃんのこと、気に入ってたのに……」
箒ちゃんにアリサちゃんとノワールは別人だと思えなんて言ったけど……あれは自分自身にも言い聞かせていたのかしらね。
ノワールと思い込むことでやっと心を落ち着けられる……アリサちゃんが死んだと思うと心の平静が保てないから……それは更識にはあるまじきことだから、ね。
「それに、いつかこうなるんじゃないかとも思ってたのよ」
向こう見ずで無鉄砲、さらに無理無茶無謀なんて三拍子どころか五拍子揃ってる子だもの。
「でも、私以外はこうもいかないでしょうね……」
去り際のウィルドフィアはアリサちゃんに謀られたって顔をしてた。
多分、アリサちゃんの自爆は機業としても予想外のことだったのね。
「機業がどういう目的でこの騒ぎを起こしたのか、それに本来の筋書きがどうだったのかは――」
――ケネディ夫人よろしくアリサちゃんの身体を拾い集めているキャサリンちゃんに聞こうかしらね。
少し可哀想かもしれないけれど……二重スパイってのは昔から人として扱われないのよ。何をしてもそこには疑いが残るし、ね。
「心が壊れていなければいいのだけど……」
つい最近まで普通の女の子だった子が人が内側から破裂する光景を見て壊れるなって言う方が無理あるかもしれないけど。
でも、アリサちゃんのカゲロウ――正式名称はオンブル・ループだったかしら――が持ち去られちゃったのよね……
「それに、機業に所属していたキャサリンちゃんがすぐに動いたってのも気になるし……」
見落としそうだったけれど、普通は爆発の直後にその周囲に走り寄るなんてことしないわよね?
それも躊躇いなく土煙の中に飛び込むなんて……もちろん普通の精神状況じゃないって言われればそれまでなんだけど……
「……なにが更識楯無よ。後輩の一人も守れないなんて……」
私がウィルドフィアを倒せていれば……アリサちゃんを止めることだってできたのに。
◇
「怪しい、な」
機業と不破の関係やこの襲撃のタイミングもだが……なによりIS委員会の連中だ。
不破が――いや、ノワールが現れてからほとんど時間を置かずに私たちに下された命令は『民間の避難に尽力し戦闘には介入するな』というもの。
避難を第一にするのはなんの問題もない。私だって同じ判断をしただろう。
しかし戦闘に介入するなというのはどういうことだ?
機業と委員会の間になんらかの取引があったか……?
「しかし場合によっては各国の候補生が死にかねない……それを加味してなお魅力的な取引なんて――」
――私腹を肥やした
機業と委員会が繋がっているのならまた別問題になってくるが……それはないだろう。
委員会側にとってのメリットが皆無だ。
それに自分の命をかけられないような委員会だったらとっくに潰されている。
だとするならば……企業による通信の偽装、か?
「と……そんなことよりこれからのことか」
生徒が機業に荷担していた上、一つの行事を無茶苦茶にされた……学園の運営者が頭を抱えている頃だろうな。
事件に対して学園に責任はないと表明するか、はたまた金で揉み消すか……不破がきっかけとなったいくつかの同盟関係のこともある。きっと金で揉み消すだろうな。
「学園だけではなくフランス、ドイツ、イギリスあたりも本気で隠蔽にかかるだろう」
同盟の立役者が機業の人間だったと公表できるわけもないからな。
そしてその隠蔽工作を邪魔するとしたら……欧米のイタリア派の連中だろう。奴らは仏派とも言えるあの同盟で大きな損失を出しているからここぞとばかりに同盟を崩しにくるはずだ。
おそらく目的はイグニッション・プランの再発動……有力候補だった英独伊の三国のうちイタリアのテンペスタIIのみ機体性能への信用があるからな。
強さで言ったらわからないが姉妹機が機業によって保持されているティアーズやVTシステムが積まれていたレーゲンを肯定的に見ることは難しい。
「……それも今年までなら、だがな」
今のIS界隈の技術発展は目を見張るものがある。その発展速度から見て一年というのはかなり長い。
来年になれば初期の第三世代など遺物となるだろう……無論、結局は操縦者の腕によるのだが。
「だからこそイタリアは今年中になんとかしようと焦るだろうな」
くそ……どこもかしこも機業につけこまれる隙だらけじゃないか。
イグニッション・プランが再燃したヨーロッパもIS委員会本部テロで混乱しているアメリカ、そして一連の出来事で日本も……今のところ無事なのは中国周辺くらいか。
『あの、織斑先生……観客の避難が終わりました……』
無線で山田先生が報告を入れてくる。
普段は頼りないがあんなことがあった直後に正しく動ける……さすが元候補生というだけあるか。
「ああ、分かった……すぐ行こう」
『それとキャサリン・ジェファソンさんが……その、アリサさんの身体を……うぅっ』
かき集めている……か。
山田先生もさすがに耐えきれなくなったのか嗚咽をもらす。
……人は衝撃的な出来事が起きると突拍子のない行動をとることもある。だから本当なら不自然というほどでもないのだが……引っ掛かりは感じる。
ジェファソンがそんな行動をとるほど不破と仲がよかったとは思えない。なによりジェファソンは編入後に機業と学園の間で――
「いや……アイツは機業と不破との間で二重スパイをしていた……のか?」
それなら不破が機業に寝返ったと考えたとき、今回の事件の前提が……いや、しかしそれなら不破が自爆した理由が分からない。
あの直後に機業のもう片方が逃げ出したことを考えるとあれは予定外の行動だったはず……
「まさか一夏に殺人の重みを背負わせないためではないだろうし」
……あの時、白式は不破の腹部を貫いていた。
そもそも零落白夜を限界まで稼働させない限り絶対防御を抜くことはできない……それは過去の担い手だった私がよく知っている。
「やはり不破は手動で絶対防御を無効に……?」
不可能ではない……が、狙ってできるようなことではなく何よりも強い感情の揺らぎが必要になる。
その揺らぎが生まれるような状況でもなかったような気がするが……
「そもそも自らデュノアを撃った不破が、それ以上に動揺するようなこともないだろう」
もし……もしも、不破がいつでも絶対防御を無効にできるのだとしたら、それは私以上の乗り手になった可能性を示唆するものになる。
もちろんそれは制御という一点のみではあるが……
「まさか、そんな人間が現れるとは思わなかったな」
暮桜は、いやISというもの自体が束が私だけのために開発したものだ。恐らく全世界のISとその操縦者を調べても私たち以上に相性のいい組み合わせは存在しないだろう。
……ただ、不破も束のお気に入りだったな。
私を超えることはなくとも私と同じ位置まで高められている可能性はゼロではない、か。
「山田先生、ジェファソンが集めた肉体を至急DNA鑑定に回してくれ」
『えっ? ですが多数のカメラから不破さんの自爆だということが――』
「あれは、こんなことで死ぬようなタマじゃないさ……」
肉体はおそらく替え玉……考えられるケースとしては機業を騙した、か?
自爆の直前に不破が残した言葉から、一連の行動がデュノアを守るためだということは推察できる。
どうやら機業が不破を良いように扱うためデュノアの生殺与奪権を握ったようだが、不破は自分がいなくなることでデュノアを解放しようとした……というところだろう。
ただし本当に死ぬ必要はない。機業が不破は死んだと思えばいいだけだからな。
「だから生きていればほとぼりが冷めた頃に……」
いや、生きていたとしても出てこれないか。
理由がどうあれ不破が各国代表に対し戦闘を仕掛けたのは事実だからな。
「まったく……私以上に不器用な守り方じゃないか……」
本来なら一夏の心に傷をつけた不破には償わせるところだが……その不器用さに免じてしばらくはお預けだ。
なによりも学園を去らざるを得なくなった不破自身が苦しんでいるだろう。
「さて……まずはジェファソンの尋問から始めるか」
なにかしらの収穫があるといいがな。
◇
「っ! ……あーちゃんとのリンクが切れた……?」
暗く狭い一室の机に突っ伏し、今の今まで眠っていた女性が飛び起きる。
その頭の上では機械で作られたウサギの耳がピコピコとコミカルに動いているが、それに反して女性の表情は険しい。
「……死んじゃったの?」
――ISコアは初期化され休眠状態にならない限りコア・ネットワークに繋がっている――
そういう風に開発したのは彼女自身なのだからその帰結も当然のように想像できる。
そして操縦者が同じなら機体の基幹部が変わらない限り初期化する必要もない。
「だから、あーちゃんのコアが奪われたってことで、あーちゃんが簡単に渡すとも思えないから……」
せわしなく動いていた機械の耳はやがて止まり、表情をなくした女性が立ち上がる。
「やっぱり……人間なんて嫌いだよ……」
そして無造作に受話器を掴み取り――
「もしもしー、束さんだよー? うん、そう。天才の束さん。君のところが開発してる第三世代機、あるよね? それ、私が改良してあげるよ」
「もちろん……君たちが公表してた嘘のスペック以上の性能まで、ね?」
第二部・完