Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「黒き者」


35. Le noir

 観客席に日陰を作る屋根の上で私は荷物を抱えて座り込む。

 ここからだと下でアリサが立ち回っているのがよく見える。

 

「バカじゃないの……」

 

 亡国機業のノワールだと名乗ったアリサ。

 まだ戦闘には至ってないものの既に包囲されていて……切っ掛けさえあれば戦いの火蓋は落とされるでしょうね。

 しかもアリサを取り囲んでいるほとんどはアリサと親しかった人達ばかりで、誰もが――更識楯無を除いて――戸惑いを露にしてる。

 でも、最初に犠牲になったのがアリサの恋人だったシャルロットだから……アリサの本気を感じとってるんでしょうね。

 戦わないといけないことは理解してるみたい。

 

「でもアリサ……あなたがここまでする必要ある?」

 

 私達、IS部門の人間は誰一人としてアリサに今の状況を強要してないし、それどころかアリサが来る前に終わらせようとさえしてた。

 ――全部、アリサが構成員に求めた『シャルロット・デュノアの無事』のために。

 IS部門……ううん、興国の志(ファントム・キラー)は統一された目的なんてなくて、ただの互助組織みたいなものだから……それなのに、アリサは来た。

 でも、矛盾してるようだけど、アリサにとってはこれも全部シャルロットのためなんだって。

 ……私には、全く理解できないわ。

 エムとかオータムと違って私やアリサみたいに公の立場がよく知られてる人間が亡国機業だとなったら世間が黙っていない。

 マスコミが周囲の人間に取材を繰り返すだろうし、そうでなくとも全てを失うことになりかねない。

 私の場合は正体を知られてるのが織斑千冬と轡木十蔵だけだからまだいい方だけど……アリサはもうダメね。もう一生、普通の生活には戻れないわ。

 

「……どうして、自分のことを考えないのよ」

 

 そうやって、遺される人の気持ちはどうなるの?

 アリサが“そうじゃなくても”、シャルロットは“まだ”あなたのことを愛してるのよ?

 なんで……なんで一番大事なことを忘れてんのよ……!

 

 ◆

 

「あなた……どうして機業に入っちゃうのよ……!」

 

 スコールとアリサの電話のあと、日本行きの飛行機の中。

 ことここに至っても涼しい顔して機内パンフレットを読んでるアリサが理解できなくて……シャルロットの前での顔とかけ離れすぎてるのがなぜか我慢ならなくて、つい叫ぶように責めた私は悪くないと思う。

 しかもアリサは――

 

「仕方ないじゃないですか。シャルロットが人質に取られているんですから」

 

 なんて開き直るんだもん。これで我慢できる人なんて聖人君子よ。

 

「そんなの、もっと他に……」

「ないです。だって、機業はみんな私を欲しがっていたんでしょう? シャルロットの身柄という交換条件を手に入れて、それを利用しない手はないはずです」

 

 どうして、そんな淡々と話せるのよ……

 下手をしたら、もう一生、誰とも笑って過ごせなくなるのよ?

 あんなにシャルロットと対等でいたがってたのに、それももう絶対に叶わない……

 

「どうして……?」

「……合理的に考えて、これが一番正しい方法だからです。愛と正義、それは確かに素晴らしいですけど……現実ではなんの役にも立ちませんから」

「だから言いなりになるっていうの!?」

 

 だいたい、まだ私達が開発部からことの主導権を奪えるかも分からないのよ!?

 シャルロットの背中に仕込まれた液化爆薬を作り出したのは開発部のエリオットっていうクソガキで、その雷管の起動スイッチも当然開発部にある……まだ、アリサが私達につく必要なんてないのよ……?

 そう、言ってやりたかったのに――

 

「ええ、それでシャルロットを守れるなら私はどんな命令にも答えましょう」

 

 透明な表情で……まるで、自分の感情なんて関係無いっていうみたいな顔するから、何も言えなくなって。

 それが、よくも悪くも感情の起伏が激しい普段のアリサからは想像つかなくて。

 だから、私は聞いた。

 今まで生きてきて、最も後悔することになった質問をしちゃったのよ……

 

「委員会本部の地下で何があったの……?」

「…………」

 

 その時、私にも余裕がなかったから気付けなかったけど、多分アリサは震えてたと思う。

 でも私はそれを無視されたか、そもそも聞こえなかったんだって勘違いしてアリサの肩に手を置いた。

 

「ねぇ、アリサ?」

「いやっ……!」

 

 私の口調は普通だったと思うし肩を強く叩いたわけでもないのにアリサは身体を跳ねさせて悲鳴をあげた。

 それも驚いたからというような声音じゃなくて、他の乗客が思わず心配そうに、もしくは事件か何かかとこちらに注目するほどの必死さで。

 その時のアリサは手足をぎゅっと縮めて、見えない何かから身を守ろうとしてるみたいに丸まってて……それだけで、委員会でのことを想像できた。

 

「わ、私……」

 

 それなのに――

 

「私、壊されちゃったんです……!」

 

 ――アリサの語る現実は想像以上に酷かったのよ。

 なにバカなこと言ってるのよって……そんなふうに笑おうとしたけど笑い声どころか息も吐けなくて――だから話し続けようとするアリサを止めることもできなくて。

 

「私、頑張ったんです……真っ白な部屋で、何も音がしなくて……最初は大丈夫だと思ってました。だから独り言を呟いたり自分の身体を見たりして刺激を絶やさないようにしてたんです」

 

 なにもしなければ狂っちゃいそうでしたから……アリサはそう言いながら窓の外を見てた。

 

「でも、途中から呟くことがなくなって、身体を見るのもだるくなってきて……だから、楽しかった思い出を思い出しながら外に出るのを待ってたんですけど、疲れて眠る度に思い出せる記憶が減っていっていくのが分かって――数日しか経ってないはずなのに大事な記憶

 を忘れ始めてて……それが私は怖かった」

 

 単色室や無音室の特徴は閉じ込められた人間のアイデンテティを奪うこと。

 だから本当は拷問なんてものじゃない。

 最初から何かを聞き出すことを目的としていないそれはむしろ処刑に近い。

 ……アリサの話を聞くうちに機業の資料室で読んだ拷問の方法を説明した本の内容を思い出した。

 たった数日、たった数時間で自分が壊れ始めていることを自覚する。そんな怖いこと、想像したくもないわね。

 

「だから……その時点で覚えていた全てのことを忘れないように呟き続けました」

「……どれくらい覚えてるのよ?」

「日付や順番があやふやだったりしますがここ一年間の主だったことはほとんど覚えているはずです」

「そう……」

 

 それは、少しだけほっとしたわ。アリサが学園で経験したことを忘れてないなら今まで通り付き合える。普段はどんな記憶力よってツッコミ入れるところだけど今日はそれもいいわ。

 でも言葉で再確認したってことは……

 

「名前とかは覚えてても顔や声は忘れちゃってるってこと……?」

「はい……そうなりますね」

 

 そういえば、さっきも最初に名前を確認してたものね。

 本当ならアリサにシャルロットの声が分からないはずないから変だとは思ったのよ。

 

「なので事実は覚えていますがそれがどんな光景だったのか、その時私がなにを感じたのか……そういうことはまったく……」

「そりゃ……感情は言葉だけで――」

 

 ――言葉だけでとっておけるものじゃない。嬉しかったとか悲しかったとか、そういう風に覚えてもそこに実感はないからね。

 アリサになにも言ってあげられない自分の不甲斐なさを誤魔化すためにそう言おうとして……その途中で気付いてしまった。

 ガチリと歯車が噛み合うような音が頭に響くと同時にアリサを助け出してからこっち、ずっと心に引っ掛かってた違和感があった。

 それは――

 

「じゃあ……あなたはもう……」

「ええ」

 

 寂しそうに笑いながらアリサは自分の胸に手を当てた。

 

「失くしてしまいました……今更、何をだなんて聞かないでくれますよね?」

「……うん」

 

 それは、アリサの恋心。

 シャルロットの恋人だったって記憶はアリサにとって一番大切なはず。

 だからこの子はシャルロットとの思い出を全部持ちながら……感情だけを失くしてしまってるのね……

 

「ううん、シャルロットだけじゃないわよね……」

「はい……鈴ちゃんやセシぃ、一松さんたちクラスメイトのことも覚えてはいますが……」

 

 口籠るのは忘れてしまった後ろめたさかしらね。

 アリサが口にする親友たちの呼び名もどこかぎこちない。

 

「でも私自身、言葉で繋いだ記憶に感情は伴わないということを危惧していたようで……好きに生きろという伝言が遺されていました」

「……なによそれ、遺言じゃない」

「ですね……」

 

 まさか自分宛に自分の遺言が遺されるとは思ってもみませんでした、なんてアリサが笑う。

 付き合いの短い私にはそれが本心からなのか空元気なのか分からないけど……でも、以前のアリサにはあった険がなくなってるような気もする。

 もしかしたら、アリサ自身も重圧から解放されたって思ってるのかもしれない。

 

「だから……私は私の願いを――シャルロットを守りたいという願いだけは叶えたいんです」

「好きに生きろって言われたのに?」

 

 だから自ら機業に入って、今までは恋心が邪魔で出来なかった守り方をするってこと?

 

「はい。やっぱり好きに生きるって難しいので昔の私にとって一番大切そうなことをしてみます!」

 

 満面の、とまではいかないけど少なくともアリサが私に見せた中では一番魅力的な笑顔。

 ……いや、まぁ、私達、過去に色々あってお互い気にしてないとか言いつつ微妙に不仲だったしね。

 にしても……

 

「…………っはぁ」

「えぇ!? な、なんですかその残念な感じの溜め息!?」

「なんでもないわよ……」

 

 ただ、記憶を失っても性格の根っこの部分は変わらないのねって……今のアリサに言っても意味のないことを思っただけよ。

 誤魔化されたアリサは不満そうに膨れてるけど、私が正直に言ったところでアリサは昔の自分を忘れちゃってるでしょ?

 

「あと、キャサリンさん宛にもちゃんと遺言があるんですけど……聞きます?」

「なに?」

 

 私に……?

 あの子の中での優先順位的に私に遺言があるなんて想像つかなかったけど……

 

「キャサリンさん、泣いちゃうかも知れませんけど……それでも聞きますか?」

「私に遺されたんでしょ? じゃあ聞くしかないじゃない」

 

 いまわの際に、っていうと少し違うのかもしれないけど自分の個性が失われつつあるその時に遺してくれたんだから……それを無駄にするほど私も人非人じゃないわよ。

 

「じゃあ、言います……キャサリンさんへ、この遺言が伝えられると言うことは予想通り不破アリサ(わたし)は今まで感じてきた感情を忘れてしまったのでしょう。このことはできるだけ秘密にしたいので人には話さないでください」

 

 ……定型文といえばそうなんだけど、実際に聞く立場になると重みが違うわね。

 アリサが私には記憶喪失――ううん、感情喪失っていうべきかしら?――を明かしたのは機業関係者だからかしら……?

 

「キャサリンさん……不破アリサ(わたし)はあなたが大っ嫌いです」

「…………」

「…………?」

 

 うん?

 

「え、終わり!?」

 

 それだったら流石に私も泣いちゃうわよ!?

 っていうか泣かせるなら感動で泣かせなさいよ!

 本当に悲しませてどうすんのよ!?

 

「もちろん冗談ですけど……個人的にはここで終わりでもいいかななんて……」

「……続き」

「そ、そんな怒らないでくださいよ……」

 

 思った以上に低い声が出てアリサを怯えさせちゃったけど許されるはず。

 どう考えても悪いのはアリサだったわ。

 

「うん、改めまして……不破アリサ(わたし)はあなたが大っ嫌いですが、人としては認めています。なのでできれば私が新たな人生を歩むのをフォローしてあげてください。あと、本当はそこまで嫌いでもないです」

「終わり?」

「はい……でも私はフォローとかいらないですからね?」

 

 うん、本当にこの子変わってないわ。

 というかここまで壮大なドッキリだったりは……

 

「……しないわよね」

 

 だって、アリサが機業に所属するなんて余程のことがない限りはあり得ないもの……

 

 ◆

 

『……どうして誰もかかってこないんですか?』

『どうしてって……アリサ、あんた今のって……』

 

 最初に心神喪失から復帰したのは鳳鈴音。

 もちろん戸惑いを抱えつつ、それでもようやく口を開けるようになったって程度だけど。

 そりゃそうよ。

 機業の構成員だって疑いを晴らすためにアメリカに飛んだ友達が機業の構成員そのものになって戻ってきたんだもの。

 しかも、遠距離から恋人を戦闘不能状態に陥らせてから。

 そんな親友を見て、アリサはわざとらしく不機嫌そうに眉を寄せて一言。

 

『アリサって誰です?』

『な、なにふざけてるのよ……キャノンボールファスト止めてシャルロットを撃って、その上アリサが誰だなんて……なんの、冗談よ……?』

 

 鳳鈴音が鈍いわけでも、ましてや平和ボケしてるわけでもない。

 ただ受け入れたくなくて必死になってるだけ……見てて悲しくなるわね……

 

『へえ……アリサさんって方は随分と人格が破綻していたんですねぇ。冗談で生徒の将来を決めうる行事を妨害して、恋人を撃って……その上、自分の親友を狙撃するよう仲間に伝えるなんて』

『え……っ!?』

『ですが……そうやっていつも自分を信じてくれるあなたが不破アリサ(わたし)は大好きでした……でも、もうバイバイです』

 

 アリサが軽く手を振った瞬間、鳳鈴音の甲龍が吹き飛ばされる。

 原因は頭部への衝撃……ウィルドフィアの滑腔砲による狙撃ね。

 あれには機業が開発に躍起になっているシールド無効化システム――通称『SIS (Shield Invalidating System)』 ――のプロトタイプが搭載されてるから機体へのダメージの数パーセントを操縦者にも伝える。

 例え何百、何千分の一になっちゃうとはいっても元の威力が大口径の滑腔砲のそれなんだからヘッドショット一発でノックダウンするわ。

 事実、吹き飛んだ鳳鈴音の体はピクリとも動かず、ISも光の粒子に還元されていっている。

 数秒間、気絶している鳳鈴音を眺めたあとアリサはクルリと回って自分の周囲を囲う全員に告げる。

 

『ねえ皆さん、まだ、私が敵ではないんじゃないかなんて期待してるんですか?』

 

 ニッコリと笑うアリサだけど……その笑顔を向けられた方は冷たさしか感じないでしょうね。

 いくら感情を失くしたとはいえストーリー的な記憶は持ってるんだから嫌ってるわけでもないでしょうに……よくもまぁ、あそこまで冷たくなれると思うわ。

 

「女優、って言うのかしらね?」

 

 場合によっては自分さえも騙してるんじゃないかしら。

 鳳鈴音が倒れてもなお固まってる周囲を緩やかに見回して溜め息をつく。

 

『ダメですね。いったいなんのために今まで訓練してきたんです? 皆さん一応は軍属ですよね?』

『く……そ……!』

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが不本意ながら構えを取ったのと同時に他もゆるゆると動き出す。

 

『やっと、戦いたくないなんて甘い考えを捨てられたようですね? ……皆さん、これが、私との最後の戦いです』

 

 囲まれるようにして立っていたアリサが一瞬消える。

 生身には瞬間移動にしか見えない動きで最初に近づいたのはラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

『ラウラさんに冷静になられると困るので……最初に叩き伏せますね?』

『……! お前は私が止める!』

『ふふ、頑張ってくださいね?』

 

 激突。

 互いの最も得意な舞台である白兵戦。

 殴って蹴って投げて……何十合と打ち合うけど二人の距離は変わらない。変わらないままダンスみたいにくるくる回る。

 

『向こうと違って新人は対多数の戦い方を分かってるな』

「ウィルドフィア……それって?」

『なに、ああやって密着した状態で入れ替わり立ち代わりとされたら周りは満足に援護することも出来ないだろう?』

「あ」

 

 なるほど……やっぱり私は戦闘員には向かないわね。

 戦いに頭なんて使わないもんだと思い込んでたわ。

 

「それに、あの次元の動きを求められるんでしょ? 私は大人しく後方支援に回るわ」

『ついこのあいだまでISに乗せろと煩かったのに諦めるのか。戦いを恐れるなんて……つまらない女だな』

「はいはい。私には私の戦い方ってものがあるのよ」

『ほう……それは?』

「さあ、ね?」

 

 さて、そろそろ私も動き始めないと……私、アリサより演技力あると思うのよね。

 いろいろ詰め込まれて重くなった荷物よりも重たい気分で屋上から降りる。

 かなり気乗りしないけど……頑張るわよ。

 

 ◇

 

『くそっ、あれじゃ援護もできない……!』

 

 一夏が唸るように低い声を吐き出す。

 不破は白兵戦においては右に出るものはいないほどの実力者だ。

 いや……戦闘に関しても、と言い換えた方がいいかもしれない。

 ラウラを誘導することで盾にし、セシリアや私、一夏、そして更識楯無にも手を出させない。

 狙えば、当てられるかもしれない。

 ……でも確実じゃない。

 

「なにより、ラウラ()がなかったとしても私達は攻撃できるのか……?」

 

 私の戦意が低いからか……絢爛舞踏はうんともすんとも言わない。

 これではエネルギー効率がずば抜けているカゲロウには……!

 

『箒ちゃん、焦っちゃダメ。勝つ必要はないのよ。今一番大切なのは人命。観客が逃げ切るまで時間を稼ぐことよ』

「不破が誰かの命を奪うって言いたいんですかっ!?」

 

 何が起きてるか分からないが不破が人の命を奪うわけがない!

 未だに詳しいことは知らないが不破は戦争を経験して……そこで人を殺したことを悔やんでいる。

 だから――

 

『ノワールよ。あれはアリサちゃんじゃないわ』

「なっ……!」

 

 あれは!

 

「どう見たって不破アリサでしょう!?」

『いいえ、不破アリサだっただけよ。もう彼女は亡国企業のノワール……』

「貴女は――!」

『箒ちゃんと織斑君はそう思わないと戦えないでしょ?』

 

 ……っ!

 この人はどこまで私を侮る気だ!

 戦えと言われれば……私だって……

 

「私だって、戦える! 不破を止めるために!」

 

 そう、不破を傷つけるためじゃない。

 不破と敵対するわけでもない。

 ただ、友人として止めたいだけだ。

 それを誰かにケチつけられるいわれはない!

 

「……私は、あくまでも不破と戦います」

 

 亡国企業のノワールなんて知ったことではない!

 

 ◇

 

「ラウラさん、そろそろ辛いんじゃないですか……?」

 

 未だに私は有効打をもらっておらず、対してラウラさんはAICの無駄遣いなどでエネルギーをどんどんと消費していっています。

 ISは私達の脳波を受けて動きます……だから動揺していたらその影響は実際の肉体以上に表れますし、エネルギー効率だって悪くなります。

 事実、彼女はもう気力だけで動いているようなもののはず……

 

「どうして、そんなに頑張るんですか?」

『ふん……お前を止めてやるために決まっているだろう』

「いいことをしているつもりかもしれませんけれど……私にとってはいい迷惑なんですよ? その辺り、分かってます?」

 

 止めてやるだなんて……ここで止められてしまったら私、困るんですけど。

 今回の私の行動は機業内部に向けて私が構成員になったということを表明するためです。

 そうなればシャルロットの背中に仕込まれた液化爆薬も滅多なことでは爆破されないはずですし。

 なんといっても私が所属したのはIS部門。開発部や兵器部にシャルロットを人質に脅迫されたとしても、逆にシャルロットに手を出したらIS部門総出でやり返すと脅し返せます。

 IS部門から誘いをかけてもらえたのは幸運でした。

 そんなわけで私を止めるというのはシャルロットを地雷原に放っておくのと同義なんです。

 

『……なぜだ。なぜ、シャルロットを裏切った? “愛している”んじゃなかったのか!?』

「ええ、愛して“いました”。だから今もこうしているんです」

『理解、できない……!』

 

 理解されないことなんて百も承知です。私はそれを分かった上で機業に入ったのですから。

 感情の全てを一度失った私ですが不破アリサ(わたし)が愛していたシャルロットを護らないといけない……どうしてか、そんな義務感だけは持っているのです。

 ……そろそろ終わりにしましょう。

 

「ラウラさん……不破アリサ(わたし)はあなたにとても……とても感謝していました」

『な――っぐぅ!?』

 

 掌底で顎を打ち上げ、さらに顔面を掴む。

 いつだったか……タッグマッチトーナメントの時と同じですね。

 

「軍人であろうとするあなたがいたから、不破アリサ(わたし)は奪った命の重さに潰されず前を見ることができました」

 

 そのままラウラさんの後頭部を地面に叩きつける。

 ……気絶し(おち)ましたか。

 

「不破ぁっ……!」

 

 躊躇いが激昂に塗り潰された篠ノ之さんが二刀を構えて突進してきました。

 私は、篠ノ之さんとは直接戦いたくはないのですが……下手に倒してしまったら束さんに恨まれそうなので……

 

「篠ノ之さん……ラウラさんをお願いしますね?」

 

 気絶したラウラさんの体を篠ノ之さんに向けて蹴り飛ばす。

 紅椿が回避行動に移りますが……

 

「怒りに任せて私を倒そうとするために、気絶した仲間が壁に叩きつけられるのを無視しますか?」

『……な、に?』

「結局、あなたは力を振りかざすのが好きなんですよね――ラウラさんのシールドエネルギーは空なので、これ以上身体にダメージがあれば後遺症が残るかもしれませんよ?」

『っ! ラウラっ!』

 

 思惑通り篠ノ之さんは反転してラウラさんを抱えるようにして抱き止める。

 紅椿自体にはダメージを与えていませんが、篠ノ之さんの心は自己嫌悪で満たされていることでしょう。

 それに、心に翳りがある状態で私に勝てるなどと思ってはいないでしょうし、彼女の腕の中には戦わない言い訳(気絶したラウラさん)もあります。

 

『不破っ! どうしてこんなことをする!?』

「……自分の感情に真っ直ぐな篠ノ之さんは不破アリサ(わたし)には眩しくって……羨ましいと同時に少しだけ妬ましくも思っていました」

『なんだと……?』

不破アリサ(わたし)は感情だけで動くにはいろいろと考えすぎてしまいますから……篠ノ之さん、不破アリサ(わたし)はあなたのその心が変わらないよう願っています」

 

 それが、あなたへの遺言です。

 篠ノ之さんは束さんの妹だからと特殊な経験を重ねては来ましたが、それでも私たちの中では――いえ、彼女たちの中では一番甘い人です。こんなことを言われてしまえばもう戦意もないはずです。

 だから後は織斑君とセシぃ、それに楯無先輩……

 先輩とセシぃはウィルドフィアさんが抑えていてくれていますし、彼女はかなり戦いなれているという話でしたので――

 

「私は本筋の方を進めるべきですかね」

 

 ◇

 

 不破さんが、機業の構成員……?

 分からない。

 いつからなんだ……?

 学園で俺たちと笑い合っていたときもずっと不破さんに騙されていたのか?

 不破さんの恋人だったはずのシャルロットも、ラウラも…… 鈴まで気絶させられていて……

 

「俺は……どうすれば……」

 

 箒だって戦えそうにないしセシリアたちも新手の機体に邪魔されてこっちにこれない。

 だったら、俺が戦うしかない……!

 でも、不破さんに剣を向けるなんて……鈴の、親友だったはずなのに……

 

「やるしか、ないのか?」

 

 今までの模擬戦からしても不破さんと戦って勝てる確率はかなり低い。

 最近は二割程度で勝てるようにもなってきたけど、今は模擬戦と違って不破さんも本気だから……きっといつもみたいな隙なんてない。

 

『織斑君……君は戦わなくてもいいのよ?』

 

 悩んでる俺を見かねてか、先輩から通信が入る。

 先輩だってそんな余裕はないはずなのに……でも、先輩の言葉が俺に覚悟を決めさせた。

 

「俺は、戦わないといけません。じゃないと不破さんを止められない」

『でも勝てないかもしれないのよ?』

「でも、不破さんを止められるとしたら白式の零落白夜しかありません」

 

 俺なら、一撃で不破さんのカゲロウのエネルギーの大半を削り取れる。

 死に物狂いで突進してエネルギーシールドの一部でも切り裂ければ……それを何度か続けられれば不破さんを止められる。

 だから、俺は……!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」

 

 一片を突きの形に構え、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突進する。

 不破さんは、俺に訓練をつけてくれるときにいつも虚実織り交ぜて攻撃しろってアドバイスしてくれた。

 だから、これはただの見せ技。

 俺の掛け声に反して零落白夜の威力は最小限になっている。

 もちろん少しでも零落白夜が発動していれば不破さんとしては避けるしかない。

 だから不破さんが避けた後はーー

 

 トスッ

 

 一片を握る右手に軽い手応え。

 

「……え?」

 

 一片の切っ先はカゲロウに覆われていない不破さんの腹部に吸い込まれていて見ることができない。

 突き刺さっていると理解できたのは鮮やかな(あか)が刃を伝い不破さんの白い肌に二本の線を引いていたから。

 

「……あ」

 

 思わず、一片から手を離す。

 次に慌てて再び一片に手をかけ抜こうとするけど、その途中で抜く方がヤバいことを思い出して結局刀に手をかけたままの状態で止まる。

 俺が刺してしまったのは不破さんの左脇腹。タッグ・トーナメントの時にラウラが斬りつけた傷のちょうど真逆の位置。

 俺の手の震えが刀に伝わって傷口を広げてしまったのか流れる血の量が増える。

 

『っけふ……これで、いいんです……』

「ふ、不破、さん?」

 

 口の端から血を流しながら不破さんが不釣り合いにニコリと笑う。

 

『織斑君もいい人ですよね……人のために怒れて、人のために泣けて、人のために喜べる……そういう性格の人は、貴重です』

 

 蚊の泣くような弱々しさで不破さんが囁く。

 でも内容と現状との間にギャップがありすぎて不破さんが何を言おうとしてるのかが分からない。

 ……でも、聞きたいことはたくさんある。

 

「不破さん、どうして裏切ったんだ……?」

『……シャルのためです』

「鈴とか、セシリアは……?」

 

 二人は不破さんと親友だったはずだろ?

 それにシャルロットのためって、不破さんは真っ先にシャルロットに攻撃したじゃないか!

 もうわけが分からねぇ……

 

『……織斑君、これだけは覚えていてください。人が護れるのはたった一人なんです。それ以上は無理なんです』

 

 じゃあ、不破さんはシャルロットを護るために……?

 いや、でも今回はそのシャルロットを……そう言おうとしたところで不破さんが悲しそうにしているのに気付いた。

 

『シャルロットを、人質にとられたんです……だから、こうするしかなかったんです……私が死ねば、シャルロットは狙われませんから』

「ちょっと待て! 死ぬって!?」

『ごめんなさい……織斑君を利用させてもらいました――どうしても零落白夜が必要だったんです』

 

 零落白夜ならシールドを抜けられるから……?

 でも不破さんはこれで死ぬと思ってるみたいだけど……見たところ身体の主要な部分は避けてるからまだ助かるはずだ……!

 不破さんだってシャルロットを人質にとられてて仕方なくの行動なんだし、とりあえずもう一人の方さえ倒せればまた皆で笑い合える!

 

 ズズン……!

 

「!?」

『あぁ……セシぃも、負けてしまいましたか』

 

 なにかが落ちてきたかのような音がしてビクリと体が震えるのと同時に不破さんが悲しげに顔を歪ませる。

 

『私のせいで、皆さんが……』

 

 土煙の向こうにはところどころが捲れ上がった青色の装甲が見える。

 それは雪羅を遠距離攻撃に活かせるようにとセシリアの特訓を受けていた俺には見慣れた色で……だから、もうなにもかもが手遅れなんだと認めざるをえなくなった。

 

『あ、アリサ、さん……?』

『……違います。ノワールです』

『フフ、そんなご無体な……』

 

 不破さんは悲しげに俯いて、セシリアは苦しそうな声で笑う。

 

『わたくしは残念ですわ……もうこれでお別れだなんて言わないでくださいません?』

『…………』

(うえ)から大体の話は聞いておりましたわ。ですが、その上で私はアリサさんに死んでほしくはないのですわ』

『……すみません、もう不破アリサなんていないんです』

 

 それは不破さんが完全にノワールでいることを認めたってことなのか?

 ……声をあらげて詰め寄りたいけど、二人の間にある空気を壊しちゃいけない気がして動けない。

 気付けば不破さんは一片をその腹に突き刺したままセシリアの方を向いているけど……

 

『せめて、最後はわたくしにやらせて頂きたかったですわ……親友として、そして姉として……』

『ごめんなさい。織斑君が一番確実だったんです……っ!』

『アリサさんっ!?』

 

 不破さんがとうとう膝をつく。

 そろそろ、手遅れなのかもしれない。 でも、不破さんの背中が助けるなって言ってる気がして……助けようとしたらその瞬間に不破さんが一片で自殺すんじゃないかっていう剣呑さがあって、俺は緊張で喉がからからになったまま動けない。

 

『セシぃ、最後に聞いてください……不破アリサ(わたし)の最期の気持ちです』

『……ええ、ですが、わたくしもいつ気絶するのか分からないので手短にお願い致しますわ……』

『はい……思えば、セシぃは一番古い友人で……イギリスのころはとても迷惑をかけてしまいました。他人を恐れていつもあなたの後ろに隠れる不破アリサ(わたし)を優しく導いてくれて、あなたがいなければ今でも他人が怖いままだったように思います』

『……あの頃は、可愛かったですわ』

『ええ、妹のように守ってもらえて、今でもなにかと世話を焼いてもらって……それでも、私たちの関係を一番に表わせるのはライバルだと思います』

 

 ……確かに二人は周りから見ても最高のライバル関係で、見てると自分にも競い合える仲間が欲しいと思わせるような……そんな関係だった。

 そして、そんな二人が共闘すると本当に息があっていて……これからそれが見れなくなると思うと関係のない俺にまで喪失感が生まれる。

 それくらい、二人の関係は自然で当たり前のものだった。

 

『だから、セシぃ……不破アリサ(わたし)は、あなたのことが、大好きでした』

『ええ、わたくしも……大好きですわ』

『織斑君も……鈴ちゃんと仲良くしてください。そして、できればシャルのこともお願いしますね?』

「……そんなの自分で!」

 

 守ればいいじゃないか!

 そう言おうとして、白式の仮想ウィンドウに表示された警告に遮られた。

 

『では、この辺で――』

 

 ……大規模熱源の――爆発の危険性?

 数秒の後、ハイパーセンサーが弾き出した熱源の位地は俺とセシリアの間――つまりカゲロウで、そのことを不破さんに聞く前に――

 

『――さようなら』

 

 ――爆ぜた。


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