Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「黒の弾丸」


34. Une balle noire

『これより二十分後、各学年専用IS保持生徒によるキャノンボールファストが開始されます。出場選手は十分後に――』

 

 とうとう始まるね……アリサはいないけど頑張らないと。

 アリサは僕のためにデュノア社を守ろうとしてくれてるんだから、僕が実力でデュノア社の価値を認めさせることができればアリサを助けることにも繋がるはずだよね?

 キャノンボールファストは本当は学年別での個人戦なんだけど専用機持ちだけは学年関係なしに入り乱れての競争になるんだって。まぁ、一年生はまだしも二年生と三年生には専用機持ちは少ないみたいだしね。

 

「ただ、まぁ……それって生徒会長も参加するってことなんだよね……」

「あら、もしかして呼んだ?」

「あ……」

 

 横合いからの声に振り向いてみれば空色のショートヘアーを踊らせるように軽い足取りで更識楯無生徒会長が近付いてきてた。

 この人、嫌いじゃないんだけど何を考えてるかがいまいち分からなくて苦手なんだよね……

 

「んふふー、アリサちゃんがいなくて不安なのね。かわいい★」

「いえ、そんなことは……」

 

 ない、とは言い切れないかな。

 今まで学園の行事が無事に終わったことは無いんだから……

 アリサが戦ったりして怪我をするのは嫌だけど、だからと言って近くにいてくれないのは少し怖いな。

 アリサが近くにいるだけで、僕は力をもらえてるんだから。

 

「それにしても今年のかけっこは楽しくなりそうね。去年は訓練機と競わさせられて退屈だったのよ」

「生徒会長のあなたなら今回も退屈かもしれませんよ?」

「そんなことはないわよ……だって、あなたたち一年生はみーんな“必死にならないといけない理由”があるでしょ?」

「……だから、死に物狂いで楽しませてくれる……ですか?」

「あは」

 

 ……確かに、皆にも負けられない理由はあるはず。

 僕はもちろんデュノア社をせめて開発中の第三世代機が発表できるくらいになるまでは保たせるために。

 セシリアはサイレント・ゼフィルスを強奪されたという汚名を返上するために。

 ドイツは最近機業に侵攻されたばかりだけど、そんなのは関係無く国力は低下していないってことを示さないといけない。

 鈴は候補生同士での模擬戦での戦績が振るわないから自国に対して自分の価値を示さないといけない。

 一夏と箒には私たちほどの理由(プレッシャー)はないだろうけど機体の性能を見れば会長のいう面白い競い合いに参加する条件を達成して余りあるしね。

 

「確かにフェアな競い合いになりそうですね」

「へえ……自信満々って感じね?」

 

 楯無会長でも楽には勝てないということを婉曲に伝えると驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうにニンマリと笑った。

 

「ええ、アリサがいないなら全員に目がありますから」

「……アリサちゃんがいたら勝負にならないってことかしら?」

「えぇ、実質二位以下を争うことになるでしょうね」

 

 僕はフランスの代表候補生だから……オンブル・ループ――つまりカゲロウのスペックは大体分かる。

 他のISの最高時速がマッハ3程度なのに対してカゲロウはマッハ4.5……その分アリサに対してのフィードバックが大きいんだけど急制動さえ気を付ければ問題じゃないしね。

 

「だからこそ、アリサが出られなくて少し安心してるんだけどね」

「……?」

「いえ、なんでもないです」

 

 首を傾げる楯無会長にはなんでもないと首を振って、アリサに知られたら拗ねられちゃいそうなことを誤魔化す。

 ……アリサのことだから本気出した挙句、ゴール直後に気絶しちゃいそうだし。

 アリサが何も言わないから僕も知らないふりしてるけど……学園祭の時にアリサがヴェンギルガルム(翼狼狩り)ハントを使って気絶したことも知ってるんだから。

 ほんの少しだけアリサに対して不満を覚えながら腕時計に目を移すとちょうど針がレース五分前を示した。

 そして直後にポーンというアナウンス音。

 

『開始五分前です。選手の方は――』

 

 よし……

 

「会長、負けませんよ?」

「あらあら……かかってきなさいな」

 

 酷薄な笑みを扇子で隠すけど内心で愉しんでいるのがよく分かる。

 この人も大概負けず嫌いだよね。

 

 ◇

 

『それでは目の前のシグナルランプが青くなると同時にレース開始です……3、2、1、GO!』

 

 ランプが青くなったかならないかという絶妙なタイミングで九機のISが一斉に急加速した。観客席にはシールドが張られているから衝撃波などは無いはずだ。

 

「さ、て……どうする」

 

 先頭のセシリアのブルー・ティアーズはビットをそれぞれスラスターとして利用するという王道の高機動設定。

 二番手は更識楯無の霧の淑女(ミステリアス・レイディ)

 本来の姿を見たことがないから早合点はできないが普段の印象から考えると特別な調整はしていないように思える。

 さらにそれを安定的に高速機動ができる鈴の甲龍が追う。

 私はその後方。

 私より後ろには一夏とシャルロット、さらに箒と続き……ん?

 

「上級生が二人いたはずだが……」

『あーだり……』

『私らはゆっくり行くわー。まぁ、がんばれ?』

 

 ……オープンチャネルでなんということを。

 まぁいい。

 

「とりあえず抜こうか……軍属としての意地もあることだしな」

 

 レーゲンの機動力は決して良くはないが……スリップ・ストリーム――物体が高速に動いたときにその背後に生まれる亜真空に向かって吹く風――を利用して前方の鈴を抜き去る。

 

「――甘いな」

『あっ! このっ』

『お待ちなさ――』

 

 ちょうど鈴が衝撃砲でセシリアの体勢を崩したところだったらしく一度で二人とも抜くことができた。

 しかし――

 

『こういう小手先の技もドイツで習ったのかしら?』

「やはり着いてくるか……」

 

 背後にピタリと着いているのは更識楯無――どうやら私が鈴を抜く時にあえて速度を下げて私の背中についたらしいな。

 これでは鈴の二の舞になる……と素人は考えるのだろう。

 バックスリップのためにこのまま貼り付かせるのも一つの手段ではあるが……そう甘い相手でもない。

 なに、スリップ・ストリームは後方に起きる内向きの螺旋気流なんだろう?

 

「ならそれを乱してやればいい」

 

 もとより対策はしてある。

 背部スラスターの下部に取り付けた小さなバーニアの向きを調整し、そこから軽い爆風を発生させる。

 

『――あら?』

 

 低くなった気圧を正常にしようと内向きになっていた気流が小爆発によって短時間に大気を収束させられ、かえってそこだけ気圧が高くなる。

 過密になった気体は今度は逃げ場を求めて拡散する。

 ――ちょうど私の背を押し、更識楯無を押し留めるように。

 

『やるじゃない』

 

 プライベートチャネルから聞こえた、あくまでも余裕を崩さないその声になんとなく『天晴れ』と書かれた扇子を幻視した。

 一位に躍り出ることはできたが……

 

「残りは半分以上あるというのにこれを使わさせられるとは思わなかったな 」

 

 そもそも予定としては鈴を抜いた後にさらに先行しているものの後ろに張り付こうと考えていた。

 少なくとも更識楯無が道を譲るなんてことは予想していなかった。

 

「――道化め」

 

 私に追い縋る前に撃ち落としてやろうじゃないか。

 

 ◇

 

「うーん……もっと平和にやれないかなぁ」

 

 トップ集団も後方集団もドンパチしすぎだよ。

 展開してる武器の重量だけ速度も落ちるのに……

 

「ま、僕みたいにスラスターを目一杯増設して風防程度にしか装甲を展開してないのも頭おかしいって思われるんだろうけどね」

 

 ようは当たらないようにすればいいんだよね。まさに飛ぶためだけの機体だから油断さえしなければ全部避けられる。

 それにほら、周りの皆が威力高い攻撃だと僕が死んじゃうんじゃないかって遠慮してくれてるし。

 

「シールドエネルギー自体はいつも通りなんだけどね」

 

 やっぱり見た目の影響って大きいよね。

 

「おっと……危ないなぁ」

『シャルロット……待たないか!』

「いやー、待てって言われて待つ人はいないと思うな」

 

 後方からビームを放ってくるのは箒。

 今の順位は前からラウラ、楯無会長、セシリア、鈴、僕、箒、一夏。そしてその後ろにはやる気なさそうな先輩たち。

 彼女たちの所属している組織は結果を優先してるわけじゃないのかな?

 

『もらった!』

「ん……当たらないよ」

 

 箒の装備はどれも直線的な攻撃ばっかりだから避けやすいんだよ。

 近距離なら分からないけどこの距離で、しかもだいたいどの方向から攻撃されるかも分かるから攻撃が当たることはまずないよね。

 

「それに箒、あんまり僕にばっかり構ってると――」

『隙あり!』

『一夏っ!?』

 

 不意打ちされちゃうよって言おうと思ったんだけどな。

 でもなんだか一夏が追い付いてきそうだから……

 

「ごめんね?」

 

 ガーデンカーテンの物理シールドを展開して白式に投げ付ける。

 一夏はそれを腕で払うけど――

 

「それ、囮なんだ」

『は?』

 

 本命はシールドと同時に地面に落としたスタングレネード。

 ISの自衛システムによって光量を調整されないようギリギリまで光が抑えられたそれは、殆ど効果を示さないけど――

 

『うわっ!?』

 

 ――それでも一瞬だけ操縦者の反応を遅らせることくらいできる。

 そしてその一瞬は高速機動が基本になるキャノンボールファストでは致命的。

 コーナーを曲がり損ねた白式は思い切り壁に衝突した。

 

「バイバイ、一夏!」

『うぅ……くそっ!』

 

 一夏はすぐに立ち上がって、スラスターを全開にする。

 うん、その意気だよ。

 

「だから、僕もそろそろ一位になろうかな」

 

 二周目ももう終わるし、先頭集団も疲れてきてるだろうから――

 

『警告、ロックされています。敵機ならびに使用兵器特定中』

 

 え?

 キャノンボールファスト中は気が散らないように参加機からロックされても警告文が出ないように設定したはず……

 

「じゃあ、敵って……本物の敵?」

 

 一体どうやって……!?

 

『敵機特定。機体名:ヴィクラート。所属国:インド』

 

 インドの第二世代型……この学校では誰も使ってない機体!?

 確か特徴は対要塞戦を得意とする中距離戦闘タイプ。

 インドが公表してるスペック上での主兵装は三つ。多段加速砲と滑腔砲、それに実体ブレード。

 レースのためにレーダー範囲を前後に絞ったせいでどこから狙われてるかが分からないけど……ヴィクラート相手ならまだ――

 

『および機体名:オンブル・ループ。所属国:フランス。敵機使用兵器:白狼の咆号(ウルフズロアー)

 

 ……え?

 

 ◇

 

「物騒な兵器だ」

「…………」

 

 ぽつりとそう呟く女性は長身に短髪といういかにも軍人らしい相貌で、ただそのメリハリのついた体型だけが彼女が女性だと示しています。

 白狼の咆号(ウルフズロアー)のエネルギー充填率は二十五パーセント……操縦者が無傷なままでISを無力化できるギリギリの威力です。

 

「それにしても貴様の目的の一つはシャルロット・デュノアを守ることのはずだが?」

「……ええ、それがどうか?」

 

 私、気付いたんです。

 これ以上、彼女が危険な目に合わないようにする方法。

 

「ふっ……目的のために手段は選ばない、か。一度、こんな茶番ではなくどちらかが死ぬまで戦いたいな」

「ウィルドフィアさん、戦闘狂は嫌われますよ?」

 

 私のとなりで深緑のISを展開している女性に一瞬だけ目を向けて、また意識を眼下のサーキットに向けます。

 シャル……いいえ、シャルロット・デュノア。

 

「ごめんなさい。きっとあなたは辛い思いをすることでしょう……」

「そう思うなら……やめなさいよ……」

 

 今まで黙っていたキャサリンさんが辛そうな声で、そう言いました。

 どうしてあなたがそんな声を、とは聞きません。

 きっと私が彼女にあることを明かしたのが原因でしょうから。

 

「じゃあお別れです」

「待ちなさいよ! 他にもなにか方法が――!」

「……さようなら」

 

 私を思い止まらせようとしてくれるキャサリンさんは無視します。

 撃て、と思考すると同時に砲口から弾が吐き出され、その結果を――その惨状を私に見せつけました。

 巨大なクレーターとその中央で砕かれたオレンジ色の機体。悲鳴を上げて逃げ惑う観客たち。そして、私達を見つけ武器を展開し始める操縦者たち。

 

「行くぞ。そしてお前の意志を見せてみろ。そうしたら私はお前を、不破アリサを仲間と認めよう」

「……別に、認められなくてもいいんですけどね」

 

 ウィルドフィアさんに先んじてサーキットの中央に降り立ちます。

 私の機体もそれなりに有名だったようで……見慣れたISの登場に場内が少し落ち着いたように思えます。

 残念ながら、私は彼らが期待する救援(ヒーロー)ではないのですが……

 

「皆さん、こんにちは」

 

 楕円形になったサーキットの中央で静かに一礼。

 ISの拡声機能を使って響いた声は思っていた以上に硬いものでした。

 私自身は最善の手だと思っているのですが、まだ、どこかに不安に思う心があるみたいですね。

 

「そして、ご来場のお客様方は初めまして」

 

 

 

「私は……亡国機業のノワールです」


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