Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
第xx回キャノンボール・ファスト……二学期最初のイベントであると同時に整備科にとっては一年で最も実力をアピールできる選考会も兼ねている、のよね。
まぁ、確かに専用機持ちの私ですら各スラスターへのエネルギー分配とか装甲の重量調整なんかは専属契約した整備科の生徒に任せてるし、この準備の時点で勝敗の半分程度は決まってるし当然か。
トーナメントと違って事前の準備が戦局に大きく関わってくるからその分だけ整備士の腕が問われるって訳。
もちろん何日も考えて立てた作戦を実行できるかどうかは私達操縦者にかかってるわけだし、必ず発生するイレギュラーに対してどう対応できるかってのもあるから全部が全部整備科の責任でもないけど……操縦する本人に整備士としての能力があればローリスクハイリターンなのよね、
「それに専用機だから全部任せるってこともできないし……機密部分は私が調整せざるを得なかったし」
整備士じゃなくても基礎的な領域を知ってないと代表候補生になることはできないから私たち候補生持ちにとって自機整備は大変なことではないんだけどね。
ただ本国のプロに委託するのを禁止されてるからなかなかめんどくさい。
「それでもあれは異常だけど……」
「え? なにかおっしゃって?」
隣で一夏の白式がどう出てくるかを予想してたセシリアが顔を起こす。この子は確かイギリス人の先輩に整備をやってもらってたわね。
まぁ、私の整備士も中国人留学生だし自分の所属してる組織に近い人と契約を結ぶのが一般的なんだけどね。
もちろんフランス人と契約してるラウラみたいな例外もいるけど……パートナーを変えたのも最近だし独仏防共協定がスムーズに進んでることのアピールかしら?
「あの、鈴さん?」
「シャルロットのことよ」
「ああ……」
しばらく黙ってた私を不審そうな目で見てたセシリアに短く告げる。
ほとんど独り言みたいな呟きだったけどセシリアにはちゃんと伝わったみたい。
これは私達の仲がいいというより……
「それだけあの子が異常ってことよね」
私の視線の先には各国が公表してる最低限のスペックシートとフランスが独自に入手した各国ISの情報を見ながら半透明の仮想デバイスを使ってラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを調整してるシャルロット。
今は朝食を食べるために学食に集まってるんだけど――さすがに当日ともなると自分で作ってる暇なんてないからね――シャルロットときたら目の前のご飯を無視して調整を続けてる。
まぁ、真面目なこの子のことだから調整っていうより最終確認って行った方が正確なんだろうけどね。
「シャルロットさん、朝はしっかり食べておかないとレース中に失神してしまいますわよ?」
「うんー、ちょっと待ってね」
「いや、食べるタイミングはあんたの自由だけどさ……」
「うんー、もうちょっとー」
……だめだこりゃ。
完全に自分の世界に入っちゃってる。
「まー、こうでもしてないと寂しいか……アリサも間に合わないらしいし」
「残念ですわね。闘いではなく速さなら確実に勝てると思っていたのですが……」
「マジ?」
「わたくしが嘘を言う理由がありませんわ」
……そういえばアリサのあの翼の本性を知ってるのは私だけだったわね。多分セシリアもあれを見たら自信を失うわよ。
正直に言えば私はアリサが出れなくて安心してる。
最高速度自体はそこまで異常というほどじゃないけど――もちろん速度特化のISでなら、って前提ありきだけど――ただの慣性がISの防御を突き抜けて操縦者自身に突き刺さるほどの急制動が可能なISなんて今まで存在していないのよ。
それは安全面を考慮してってのもあるけど、そもそもISの慣性相殺システムでも処理できないほどの加速装置ってものが作れるなんてことは誰も想像しなかったのよ。
例えるならそれはマニュアルカーでいきなりトップギアにしてアクセルを全開にするようなものだから。
「まさかアリサのカゲロウが速度特化型ISだとは思わなかったけど――」
「違うよ」
「え?」
声に驚いて顔を上げると目の前にシャルロットが仮想デバイスを見たままでこちらの話を聞いていた。
まさかアリサって単語に反応したんじゃないでしょうね……ないとは言い切れないわ。
「フランスでは特化型なんて生産してないから」
「じゃあまさかカゲロウもラファール・リヴァイヴと同じ汎用型とでも?」
そりゃ私もフランスが特化型を作ってるなんて話は聞かないけど……
ISの分類はまず汎用型と特化型があってさらにそこから開発コンセプトによって細分化される。
ラファール・リヴァイヴは汎用型の中でも装備を交換して機能を拡張する換装型だし、セシリアのブルー・ティアーズは文句なしの遠距離戦特化。白式とかシュヴァルツェア・レーゲンは一応は白兵戦特化かしらね。
「うーん……汎用型というより準万能型、かな」
「いや、確かに性能は……でもそれはいくらなんでも……」
万能型ってのはIS開発における最終目標。つまり全領域・全局面展開運用能力をもつ第四世代のことを指していて、箒の紅椿がそれに当たるけど……カゲロウがそれを目指して作られた……?
「第三世代をすっ飛ばして第四世代に挑戦するなんて……」
「そうだね。もちろん鈴の想像通り最初から万能型を目指していた訳じゃないんだよ」
「どういうこと?」
「つまりね。アリサが生まれつき持ってた
つまり
確かにどれも狙って達成できるようなことじゃないから疑いようはないけど……
「それに装備の換装で全局面に対応しようとしたのがラファール・リヴァイヴなんだから、その上位機体のカゲロウが準万能型を目指すのも不思議じゃないよ」
アリサ自身も間違いなく最高の操縦士の一人だしね、ってシャルロットは言うけど……少し強がると入学時のIS適性は私とアリサは同じなのよ?
それでもアリサに遅れをとるのは純粋にカゲロウの稼働時間が甲龍のそれとは段違いだったり、そもそもの相性が悪かったりで……むぅ。
「鈴?」
「……私、嫌なやつね」
「え?」
アリサがキャノンボール・ファストに出られないことを喜んだ……ううん、喜んでいるなんて。
「……なんでもないわよ」
「そんなことよりシャルロットさんは専用機の整備を全て自分でやってますの?」
セシリア……そんなことってなによ。
……まぁ、妙な雰囲気になるのを嫌っての行動なんだろうし若干助かった面もあるから感謝してあげるけど……
「う、うん……やっぱりダメだったかな?」
全部自分でやるってのは整備科の生徒の活躍の場を奪うってことだから体面上はあんまりよろしくないし、シャルロットが気にしてるのも多分その一点。
シャルロットが眉毛をハの字に寄せて困ったように笑う。
「まぁ、ダメってことはないと思うけど……大変じゃないの?」
「うん。大変だよ」
「それならフランス人の整備士の方にお任せになればよろしいのではなくて?」
もともと整備士が付くのは戦闘を見据えて作られているISを競走用に作り替えるのはかなりの難易度を要求してくるからなのよね。
その段階で操縦者が疲れきったりして大会に出られなくなったら元も子もないし。
「アリサがね……きっと心配しちゃうと思ったから」
少しはにかみながら照れたように笑うシャルロット。
「…………うわぁ」
「どういうことですの?」
「うわぁ……」
惚気るのもいい加減にしてって言おうと思ったけど真面目に聞き返しちゃうセシリアもなんか残念よ……
……まぁ、羨ましいけど。
一夏なんて絶対に私の心配なんてしてくれてないわよ。それどころかこれも勝負だっていってかなり汚い作戦とか使ってくるかも……
「……なんで男って……はぁ」
「鈴?」
「どうなされたのです?」
一夏の勝負に拘る性格を思って頭を抱える私の顔を二人が覗き込んでくる。
でも多分今私が思ってることを言ったら鈴も負けず嫌いじゃんとか言われそうよね。
……間違ってないけど。
「なんでもないわよ。それで、なんでアリサなのよ?」
「ん? あ、うん。なんというかね、アリサがいないからこそ普段と同じ生活をしないとアリサに心配かけちゃいそうっていうか……いつでも今日は特別なことは何もなかったよって言えるようにしておきたいなって」
なるほどねー。
確かに私たちの立場での特別って非日常って言葉と置き換えても不自然じゃないし、シャルロットに対して過保護なアリサだったら更に非日常イコール危険って解釈しそうだわ。
「いいなぁ……」
「そういえば鈴さんは一夏さんとどうなんです?」
「あ、僕も気になるなあ」
「……それは……」
「「それは??」」
二人が興味津々って顔で身を乗り出してくる。
やめなさいよ、目立っちゃってるじゃない……というか本番前に緊張してる人たちに睨まれてるわよ?
「まぁ、なんというか、アイツ……本気すぎて」
「どういうこと?」
「ずっとISの練習してて、寮に帰ってきたらすぐ寝ちゃうから全然喋れてないのよ……」
「あら……せっかくの同室なのにもったいないですわね」
「うん……」
でも頑張ってるから邪魔はしたくないし、なにより一夏は頑張ってる時が一番格好いいから……でもワガママ言うならもっと話したいわ。
クラスも違うしお昼はISの整備があるから話せるのなんて起きてから登校するまでの一時間未満なのよ?
「一夏は、私のことどう思ってるのかしら……もしかして、もう冷めちゃったなんて……」
「そ、そんなことは……」
「ないよ。うん、ありえないね」
む、なんで言い切れるのよ。
「ほら、一夏と鈴って兄妹みたいなものでしょ? だから一夏も無理に話さないといけないって思ってないんだよ。それにもし一夏が鈴と別れようと思ってるならとっくに土下座してそうだし、なにより同じ部屋で寝るなんてことできないと思うよ?」
……確かに、想像したくないけど土下座しながら別れ話をする一夏が目に浮かぶわね。
「それにしても、このネガティブカップルの片割れに慰められるとはね……」
「えっ?」
「ん、なによ?」
言っておくけどあんた達の仲がこじれる時って必ずどっちかはネガティブになってるんだからね?
もちろん異論は認めないわ。
「というかシャルロット……」
「ん?」
「……早くご飯食べないと間に合わないわよ?」
「えっ!? わわわっ!」
◇
「ねぇ、あなた変よ」
「どうしてそう思うんですか、キャサリンさん?」
きょとんとした顔で私を見るのは不破アリサ。
――あなたがアメリカに来たのは機業との関係を否定するためだったはずじゃない――
その言葉を言うのは憚られた。
理由は分からない。
この子が必死になった結果だからかもしれないし、もしくはただ単純に『不破アリサを仲間に引き入れる』っていう私たちの目的のためかもしれない。
私たちの……というより機業の目的は最初からそれだけなのよ。
もちろん部署によって生死を問わずに身柄を確保しようとしてたところもあるけれどね。
「……もう少しで開発部にアリサを奪われるところだったわ」
ギリギリでなんとか……って感じだけど。
最初は兵器部がアリサを処分するためにIS委員会に拘束したわけだけど、
私たちもその可能性は考えていたけど結局シャルロットは人質にとられてしまった。ミストラルからの報告によればシャルロットの背骨付近に少量の液体爆薬が注入された可能性があるみたい。
量は精々線香花火程度らしいけど……それでも神経を焼き切るには十分すぎる量よ。運が良くても下半身麻痺、悪ければ一生……
「キャサリンさん? ゲート開きましたよ?」
「え? ああ……じゃあ、日本に帰りましょ」
「……はい」
飛行機の搭乗手続きを終えてファーストクラスに乗り込む……帰りは一般の飛行機みたいね。ファーストクラスは貸し切られてるけど。
「……本当に、私たちの仲間になるの?」
「キャサリンさんは嫌かもしれませんが……その通りです」
「別に嫌だなんて――」
「でもきっとすぐにバイバイするので少しの我慢です」
いや、あのね……もしかしたらシャルロットさえ助けたら私たちを裏切る気なのかもしれないけど甘いわよ?
シャルロットを助けられるのはそれこそ開発部か私たちだけ。
その上、絶対にどっちもただでは助けない。
きっと私たちだってアリサを極限まで利用し尽くそうとするはずだしね……
まったく、性格悪いアリサならこれくらい分かりそうなものだけど……
「なんだかすごく不本意な勘違いをされている気がします……」
「いや、あなたは性格悪いわよ」
「そんなこと考えてたんですかっ!?」
そんなことって……事実じゃない。
喧嘩が強くて性格が悪い。しかも可愛い。
「たち悪いわね」
「えぇー」
唇を尖らせてぶーぶー文句を言うアリサ。
「平和ね……」
「……そうですねー」
……でも、それももうすぐ終わっちゃうのよね。
叶うなら、私の周りの誰にも苦しんで欲しくはないけど……そんなのは夢物語。
誰も傷つかない、涙しない。
そんな現実ならそもそも兵器なんて造り出されていないんだから。