Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
『シャル……ですか?』
「うん、そうだよ。アリサの声聞くのも久しぶりだね?」
『……そですね』
久しぶりに聞くアリサの声。
プライベート・チャネルじゃなくて電話なのはこっちの方が恋人の雰囲気が出るからっていう理由。こういうことにこだわってるからバカップルなんて言われるのかな?
「えへへ、嬉しいなぁ」
アリサがアメリカに向かったのが学園祭のちょっと後だからもう二十日くらいの間会えてなかったんだ……僕もよく我慢できたよ。
学校でもなかなか集中できないし、明日はもうキャノンボール・ファストだっていうのに訓練も何回かサボっちゃったよ。
「でも今アメリカなら……アリサはキャノンボールファスト間に合いそうにないね……」
『え?』
「まだアメリカにいるんでしょ? 大会は朝からだから……どんなに早く日本に来ても間に合わないよ。残念」
『あ、えっと……私も、出たかったです……よ?』
何で疑問系なんだろ?
もしかして僕が怒ってるとか思ってるのかな……?
確かに僕としても学園祭の日に嫌ってくれなんて言われちゃったこともあるし、ルームメイトが私じゃなくてキャサリンだってこともある。それになにより全然連絡くれなかったことに対して怒ってもいいのかもしれない。
「でも怒るなんてできないよねぇ……」
好きだしね。
うーん、僕って都合のいい女?
でもそろそろアリサに会えるっていうのに怒ってなんていられないよ。
『そちらではなにか変わったことはありませんでしたか?』
「うん、健康診断があったくらいで他にはなにも」
『……病気とかしてませんでした?』
「大丈夫、健康そのものだってさ」
やり直しがあったからほんのちょっぴり心配だった体細胞検査も問題なかったしね。
それよりもアリサの方が心配だよ。どうして今まで連絡してくれなかったのかも気になるし……でも聞かない。
アリサから話してくれないってことは話すべきことでもないってことだろうからね。それに無理に聞き出すなんてことはしたくないし。
『それじゃあ、そろそろ空港に向かうので……』
「うん……気を付けてね?」
『早くあなたに会いたいです……」
「うん」
僕も会いたい……
『…………』
「…………」
『…………』
「……えっと、アリサ?」
『は、はい?』
いや、はいじゃなくてさ。
『……電話切るのがもったいなくて……』
「分かるけど……すぐに会えるんだから。ね?」
『はい……じゃあ、おやすみなさい』
「うん、おやすみ」
今度こそ、ちゃんと電話が切れる。
よかった……アリサが無事で。
ずっと連絡がなかったから本当はすごく心配で……それこそ意識的にアリサのことを忘れないと座り込んじゃいそうになるくらい不安だったからアリサの声を聞けてよかった。
アリサは国際IS委員会に行くだけだから危険はないって言ってたけど……でもアリサの立場だと何があるか分からないから。
アリサを疎ましく思ってる国はたくさんある。それこそフランスと友誼を結んでいる数ヵ国以外は多かれ少なかれそういうくらい感情をアリサ個人に向けてるはず。
「そう、たとえばイタリア……」
最初はイギリス・ドイツ・イタリアの三ヵ国でEU共同防衛策であるイグニッション・プランの中核をなす第三世代型ISの正式採用を狙って競い合っていたけど、トーナメントの時、ラウラの暴走によって違法なVTシステムが搭載されていたことが発覚したドイツが脱落した。
それにイギリスではブルーティアーズの姉妹機でもあるサイレント・ゼフィルスが亡国機業によって奪われ、しかもその機体が各国でIS、もしくはそのコアを奪い取っているためスペックの公開を求める声が広がってる。
スペックが明らかにされてるISを国の防衛に当てるなんてことはできないからイタリアのテンペスタIIの採用はもう決まったようなものだった。
それがアリサのせいで水泡に帰すかもしれない。
EUとは無関係の独仏防共協定が成立し、イギリスやロシアなどもその協定に興味を示している今、もう自国の第三世代型ISがイグニッション・プランに正式採用されることへのメリットは皆無に近い。
ただでさえ儲けの少ないIS産業で無理をしてまで正式採用を狙ったのはひとえに世界に対する技術力、つまり軍事力の誇示だったんだから。
他のISを土俵から蹴落とすのが目的なのに、それより前に自発的に土俵を降りられたらテンペスタIIの価値を知らしめることができない。
もちろん今さらアリサになにかをしたって意味はないけど……国としてじゃなくて個人的に恨みを持つ人だっているだろうからね。
「アリサはそこらへん分かってないからなぁ」
頭はいいのに……アリサに限って自分は大丈夫なんていう楽観を持ってるってこともないと思うけど。
知らない人に対しての警戒心は強い方だと思うし……
「やっぱり僕のためなのかな……?」
僕を優先して、だから自分のことは二の次にしちゃってるのかな……
それなら……すごく嬉しいけど、すごく苦しいよ。
「僕も、アリサのためになにかしてあげたいな……」
◇
「ふぅ……」
「あ、電話終わった? なら早く出発するわよ。来たときと違って一般の飛行機なんだから」
「は、はい!」
受話器を置いた途端、キャサリンさんに手を引かれてホテルの部屋を飛び出しました。
国際IS委員会の本部から逃げ出したとき、キャサリンさんとエムさんは囮として警備の人間たちを引き付けていたらしく、そのお陰で私たちも無事に外に出られたのだとか。
なんだか今回は色々な人に迷惑をかけてしまったようですね。
「……でも、私を監禁してどうするつもりだったのでしょう?」
「……あ」
「え?」
なんです?
今の、伝えるべきことを伝えていなかったことに気が付いた、とでも言うような声は?
「えっと、怒らないで、冷静に、聞いてね?」
「内容聞く前に確約することはできませんけど……まぁ、はい。努力します」
「……本当に言いにくいんだけど……」
ちらちらと上目遣いで私の顔を伺ってくるキャサリンさんは可愛いといえば可愛いのですけど……
なんでしょう。
とても嫌な予感がします。
「あなたが監禁された理由は一つ。シャルロット・デュノアを一人にするためよ」
「……それは」
誰が……どうして?
ううん、誰がというなら亡国機業なのでしょうが……
こういってはなんですけど世界的に見るとシャルロット・デュノアという個人にそれほどの価値や影響力はないはずです。
心情的な面を切り捨てるなら代わりのいる候補生の一人。デュノア社の社長令嬢だとしてもその価値が大きく増すということはないはずです。
……いえ、
「デュノアの第三世代……?」
現在デュノア社が開発しているという二機の第三世代型ISの存在を知っているなら……それを求めてデュノア社を、デュノアの社長を脅迫しようとしてくるかもしれません。
ただ、いくら社長令嬢とはいえISと等価にはなりえません。
彼は父親であるまえに社長ですから……その選択はできませんし、させられません。
「でも、それだけじゃ足りない」
今までは無理矢理ISを奪っていた亡国機業がわざわざこんな遠回りをするとは思えません。
過去には軍事施設に突入して奪い取ったりしてるんです。他国と同盟を結んでいるとはいえ軍事力が強いとは言えないフランスにここまでする意味はありません。
だとすると……
「意外と冷静なのね」
「慌てても仕方ありませんから。ISで海を渡るなんて出来ませんし」
「あなたならやりかねないと思ったけどね。私のシャルが危ないって騒いで無茶するんだと思った」
騒いでどうにかなるなら騒ぎます。
今必要なのはどうやって事態を解決するか、そしてどうして今回のことが起きたのかを知ることです。
私の最優先事項は『シャルロット・デュノアを守りきる』ことですからね。
「アリサがどうしても知りたいって言うなら……スコールに電話してあげてもいいわ」
「え……?」
「スコールなら知ってるはずよ。シャルロットが狙われる理由ってものをね」
……そういえば、そうでしたね。
キャサリンさんも亡国機業の一員。内部のことを知ろうと思えば知ることができる状況にいるんですよね。
もし理由を聞くことができれば……亡国機業のどこを潰せばいいのかが分かってきます。
「……お願いします」
「本当に? スコールに協力を仰ぐって要するに機業との関係を持つってことなのよ?」
「ええ。分かってます」
「あなたに協力したりしてるけど、私だって立派な犯罪者。下手をうてば一生シャルロットに近付けなくなるのよ?」
「構いません。だって――」
私の心がシャルロット・デュノアを守れって言っていますから。
◇
「あら、こんにちは。まさか直接電話をかけてくるとは思わなかったわ」
本当に、珍しく私の予想が外れたわね。
私の予定では彼女は是も非もなくISを使って日本に飛ぶことになっていたんだけど……まぁ、いいわ。
むしろこのイレギュラーのおかげで予定を早められるのだから。
『説明してください』
「もちろんよ」
この子は自分で自分を窮地に追い込んでいることを理解しているのかしら?
もがけばもがくほどに蜘蛛の糸に捕らえられることになるのに……それとも――
「理解した上でこうなのかしらね」
『え?』
「なんでもないわよ。それで今回のことだけど全て亡国機業が黒幕よ」
『潔いですね――理由はなんです?』
「さぁ、私も全貌を知っているわけではないのだけれど……あなたを傀儡にするため、かしら?」
よく頭の回るこの子ならもう気づいていたんじゃないかしら。
不破アリサを日本から離してシャルロット・デュノアの身体に何かかしらの
そうやって彼女の命を人質にして不破アリサを脅す……回りくどいから本当の狙いに気付かれず、気付いたときにはもう手遅れ。
……
『私が、標的だったんですか?』
「そうよ。全てあなたのせい」
『…………』
ふふ……言葉を失ったわね。
自分の行動が目的に反して恋人を危険に陥れていたのだから。
でも、仕方ないのよね。
不破アリサが影響力を持つようになったのはシャルロット・デュノアを守ろうと奔走したから……だからこうなることは最初から決まっていたのよ。
愛してしまった時点でこの結末は決まっていたの。
「でも、私なら助けてあげられるわ」
『……私に、何をさせるつもりですか?』
予想通りの答え。
これ以外の答えなんてないのは分かっていたから満足にすら思えない。
静かに、それでいて震える声で問いかけてくるこの子は……こっちが悲しくなるくらい――
「――物分かりがいいのね」
『私が、守ると決めたんですから』
「そう……ようこそ、
『……ひどいセンスです』
電話を、切る。
バカな行動をするとは思えないけど……かといって信用することもできないから今後はキャサリンを通じて連絡をとることになるのかしらね。
キャサリン・ジェファソン……か。
「家名目当てでキャサリン自身にはなんの魅力も感じていなかったのだけれど……思わぬ拾い物だったかもしれないわね」
キャサリンの実家はアメリカでも有数の名家。国内の一割弱を動かせる程には発言力もあるし、なにより製造関連に太いパイプを持っているにも関わらず未だにどこの裏組織とも深い関係になっていないのが大きい。
それに今回のこともこの子がいたから予定より早く事を進められたし……エムと違って私たちとの関係を正しく理解しているから扱いやすいわ。
だからといって大人みたいに理想を捨てたわけじゃないからこっちの口上次第で何時でも何にでも必死にさせられる。皆にも気に入られてるみたいだしね……
……とりあえずミストラルに学園内の害虫を駆除させないといけないかしら。
くれぐれも兵器部の人間たちに正体が気付かれないように学園内部に入り込まないといけないわね。
あとはバックナイフもそろそろ呼び戻して……ふふ、忙しくなるわね。
「ねぇ、タバネ……聞いていたんでしょ? 貴女の
そっと、世界の全てに耳を持つ
……この世界を貴女の思い通りにはさせないわ。