Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「先になにか言ってほしかったわ……」
爆発に巻き込まれ瓦礫に飲み込まれるようにして落下したものの咄嗟にISを展開したおかげで怪我はない……ただ一瞬心臓が止まるかとは思ったけど……
ISの展開を解いてから体についた汚れを払って立ち上がる。
「……ふぅっ。まったく、何から何まで言われた通りね」
いいように使われるっていうのは少し癪だけど……
あのエムって少女に近隣の基地から訓練用のISを借りてこいなんて言われたときは何をさせられるのかと思ったけど……まさか防具としてだったとはね。
でも二人はイーリとの接触自体は偶然だったと言っていたのだし、もしかして店で別れてから私たちがキャサリン・ジェファソンの残した紙に書かれたナンバーに連絡するまでの十数分の間にこんな無茶な作戦を考えたというのかしら?
正直に言えば私に作戦の全景は未だに見えていないけれど、私とバックナイフがともに不破アリサのいる地下四階に落ちたことを考えると私の役目は救出……こっちに来なかった二人は囮というところかしら?
「そういえばバックナイフは……?」
私にはISがあったから怪我はないけれど……あの少女が無傷というのは奇跡でも起こらないとありえない。
普通、生身の人間が瓦礫とともに三階層分落下したらまず助からないわ。死因は墜落しだったり圧死だったり失血死だったりするのだけれど……どれも見たいものじゃないわね。
「つぅ……くそっ」
だから、そのか細い悪態を聞いた私は助けようなどと考えるよりも先に思考が固まってしまった。
……あれで生きてるなんてどれだけ神に愛されているというの。
「大丈夫……?」
「ん? ああ、生きてたか。私の上の瓦礫退かしてくれないか?」
「ええ」
私が装備しているのが訓練用のもので装備が何一つ無いとはいえ瓦礫を動かすくらいなら訳もない。
本当なら文句の一つでも言ってあげたいところだけど……苦しそうな女の子をいじめる趣味はないのよね。
「怒ってないのな」
「これも作戦のうちってことでしょ。だいたい見えてきたわよ」
「頭のいいやつで助かったぜ……よっこらせっと」
まったくどうして作戦を立案した側の人間がヘマしてるのよ……そんな言葉は出なかった。
平気な顔をして立ち上がった彼女の右腕は瓦礫に押し潰されたことによって腫れ上がっていて、一見したら腕を模した風船にしか見えないほどだった。
「……折れてる?」
「さぁ……まぁ、多分折れてるだろうな」
自分の腕なのに血袋のようになっている腕には来週の天気くらいの興味しか向けない。
まさか、痛くないっていうの?
生きてるだけで奇跡みたいなものだけど……ここまでの大怪我だと作戦にも支障を――
「心配いらねぇよ。これも予定のうち。腕を潰させたのもわざとだよ……まぁ、ちょっと予定よりでかい瓦礫に潰されたけどな」
「ちょ、ちょっと予定通りってどういうこと!? だいたい平気な顔してるけど――」
「質問は一つずつが基本だろ。まぁいいや。腕を潰したのはリアリティ追求のため。テロに巻き込まれて地下四階まで落ちたけど無傷でした、なんてあり得ないだろ?」
確かにそうだけど……でもそれを言うなら私がここにいること自体が不自然よ。
たまたま現場にいて、たまたまISを装備、そしてたまたま不破アリサのいる地下四階に落ちるなんて奇跡以外のなにものでもないわ。
まるでなにかに巻き込まれるのを予見していたみたいじゃない。
「それは平気。私の方であんたからテロの可能性について通報されたってデータを捏造したからな。あんたはISを借りて現場に乗り込み爆発に巻き込まれた女の子――つまり私を助けるために地下四階まで降りてきたってことでいいだろ」
「……それで、あなたの腕が平気な理由は?」
「ああ、それはもっと簡単だよ。あらかじめ右腕に麻酔を塗っておいて、そこを潰させただけだから。この程度なら手術で元通りだ」
痛くないから。治るから。
そんな理由で怪我を恐れずに実行するなんてできるかしら?
そこまでするほど不破アリサは重要な存在なの?
彼女たちにとって不破アリサの価値って……?
「さ、時間も無駄だし助けに行くぞ」
「え、ええ」
作戦は分かったけど……正直、彼女たち機業については余計に分からなくなってきた気がするわ。
本当に彼女についていっていいのかしら?
「ほら、なにしてんだよ。爆発テロに巻き込まれた二人の少女を助けるためにってシナリオはあんたありきなんだからな。この状況で抜けられると色々めんどくさいから勘弁してくれよ」
「……分かってるわよ」
あの子をもう一度動かしてあげるためにも、不破アリサは助け出さないといけない。
もしそれが世界を揺るがすことになるのなら私が止めればいいだけのこと。
いざとなれば委員会が不破アリサを不当に拘留していたことを公表すればいい。
「それで、彼女はどこ?」
「多分、この部屋の隣だ」
「そう……」
爆破位置と私との待ち合わせ場所を指定してきたのはちょうどいいところに落ちるためね。
私たちが真隣に落ちたなら脱出する過程で偶然不破アリサを見つけ、彼女をテロに巻き込まれた少女として助け出すというシナリオにもより真実味が増す。
大胆なテロとは裏腹に細かいところに拘るのね。
「しかし、やっとか……やっとこの任務から抜け出せる」
「そんなに前からここに?」
「ああ、委員会が何かすることは予想できてたからな。おかげで半年間も掃除のアルバイトだぜ? ったく、十二月には卒業だってのに……しかも時給はたったの五ドル。ケチってんじゃねぇよな」
「あら、早期卒業なのね?」
本来アメリカでは六月に卒業するのが当たり前。でも入学時期の違う他国からの留学生へのアピールポイントとして入学時期に間に合うように卒業時期を早めることができる学校がある。
もちろん半年早く卒業する分、成績はよくないといけないけど……
「あ、今こんな不真面目そうな生徒がって思っただろ? ったく……あの程度の成績管理ソフトくらいクラックするの余裕だっての」
「……それは成績がいいとは言えないんじゃない?」
「終わりよければなんとやらだよ……さて、それじゃこっちも――」
ハッピーエンドにするか、と彼女が気安い手つきで扉を開く。
「なに……これ」
「言ったろ? 拷問部屋だって」
確かに言われたけど……ここまでだなんて。
拷問なんて名前のわりには血の臭いのしない部屋だけど、私がもし拷問を受ける立場で、ありえないけど拷問方法を選べたとしたら間違いなくこの部屋より拷問器具を選ぶ自信があるわ。
壁も天井も床も……全てが白でできていてその繋ぎ目も分からない。そして全面が発光しているため影もできず……結果、自分がなにもない空間にいるかのような錯覚に陥る。
こんな部屋に閉じ込められたら自意識なんて簡単に失ってしまう気がする。
トイレ代わりに使わさせられていたものが爆発の振動で倒れたのか異臭を放っていて、皮肉なことにそれだけが唯一正常な感覚を繋ぎ止める。
「んぅ……誰、ですか?」
そして、その中央で眠っていた不破アリサが目を醒ました。
極めて、普通に。
普通過ぎるくらい。
「あんたが不破アリサか?」
バックナイフが話しかけると膝を崩した横座りのまま首をかしげ、その目を不思議そうに丸くする。
「はい……あなたは知らない人ですよね?」
「ん? ああ、バックナイフだ。キャサリンから聞いてるかもしれねぇけど機業の人間だよ」
「キャサリン? ああ、機業の……」
ねぇ、ちょっと……
どうしてこの子はこんな簡単に機業のことを受け入れているのかしら?
確かにあのキャサリンって子はこの子に対して親しげだったようにも思えるし、実際二人は直近の学園行事――キャノンボールファストが終わると同時にルームメイトになるということも聞いている。
それでも目の前にいきなり
「前から、機業と関わりがあったの……!?」
「へ? えっと……ああ、ナターシャさん。まあ、関係はあったような、なかったような、というところでしょうね」
なによその答えは。私を煙に巻くつもりなのかしら?
そっちがその気なら――
「んなことより早く逃げるぞ。不破アリサ、自分の置かれている状況は分かってるな?」
膨れた右腕を何事もないように動かしたバックナイフと不破アリサの視線がぶつかる。
一見すればただの少女たちが話しているだけ。
場所が場所なら二人の間にあるのが友達などと言うものではないことに気づける人間がどれ程いるのかしらね。
「ええと……はい。私はシャルに会わないと……」
「そこかよ……まぁいいや。行くぞ」
バックナイフが待機形態のまま回収されていた不破アリサの専用機を手渡しながら横座りしている彼女を立たせる。
「どうやって逃げるの?」
彼女を連れているのに正面から逃げるなんてことは――
「正面からに決まってるだろ?」
◇
国際IS委員会の外、辺りにはレスキューや消防の方々が沢山います。
一瞬、どうしてなのかと思いましたが……バックナイフさんとナターシャさんの話では二人が私を助け出すために騒ぎを起こしたらしいですね……
「おかーさーん!」
「よしよし、怖かったわね……」
目の前ではバックナイフさんが金髪の女性に抱きついて泣いています。
……女性は欧米人なのでバックナイフさんが日本人ということを知っている私やナターシャさんからすればバカバカしい限りなのですけど。
ですがバックナイフさんは髪の毛だけは綺麗にブリーチをかけているので顔を押し付けている状態、しかもその口から出るのが流暢な英語とくれば怪しむ人はそうはいないでしょう。
なにより国際IS委員会の本部にテロが仕掛けられたとなればそれどころではないですし……
バックナイフさんと同様に機業の人間らしき母親役の女性が私を見てきましたが……やっぱり私って要注意人物なんでしょうね。一方的に知られているというのは嫌な気分です。
「ところで」
気分を紛らわせるためにナターシャさんに声をかけました。
……この人に対して私は申し訳ないという気持ちを持っています。だから今まで避けてきたのでしょうけれど――
「機業と協力してまで私を助けたのはなぜですか?」
「分かってるくせに……まぁ、私から言い出すべきことよね」
いえ、割と本気で尋ねたのですけど……今のは私が知っているべきことだったのですね……とは言ってももう手遅れなことなので仕方ありませんけど。
テロ紛いのことをしてまで私を連れ出す裏には何かしらの利益があるはずです。それも会話の流れ的には私の協力を必要としているみたいですが……
アメリカ軍がフランス人である私に頼み事するなんて余程のことのはず……忘れていたのか気付かなかったのか分かりませんけど過去の自分を殴りたい気分です。
「あの子を……
「……それは、貴女個人のお願いでしょうか?」
もしそうなら軍事同盟云々は実現されるか分かりません。
それに、私がフランスの国益を確保する理由もありませんし……
「いいえ、アメリカ軍と主流派の総意よ」
「そう、ですか……」
判断材料が少なすぎますね……
シャルロット・デュノア個人を守るという私の目的にアメリカとの関係がどれだけ役立つのか分かりません。
マイナスになる、という可能性も思い付かないではありませんしね。
それに――
「しばらく考えさせてください」
それをどうして私に頼むのでしょう?
「……私、一応は貴女の恩人ということになるのだけど?」
「それとこれとは別ですよ」
残念ですが私にはどうやら助けられたらしいという程度の思いしかありませんから。
……中にいた間のことはほとんど意識にありませんし。
「……いい返事を待ってるわ」
断られるとは思っていなかったのかもしれません。ナターシャさんは無表情を繕ってはいますがどことなく落胆しているように見えます。
申し訳ない気もしますが……今はあまり下手なことを言えないんです。
基地に戻るとだけ告げて背中を向けた彼女には心の中でだけ謝りました。
彼女の姿が雑踏に消えたとき、今度はバックナイフさんが私に近付きました。
「じゃ、私はもう行くからな。後でキャサリンが迎えに来るから待ってろ。もう日本に帰る準備も出来てるからよ」
「はぁ……」
とりあえず、ここで待っていればいいんですね?
「そういうこと。じゃ、またな、先輩」
「は?」
「なんでもねー」
それだけ言ってバックナイフさんは黒いジャケットを翻し、母親役の女性と去っていきました。
その後ろ姿は本物の親子のように仲睦まじげですが……会話の内容は今回のことの報告なんでしょうね。
「というか先輩って……?」
それから私はキャサリンさんが来るまでバックナイフさんとどこかで会ったことがあるのかを考えていました。
……もちろん、思い出せるわけがないことは分かっていますけどね。
「シャルロット……やっと、あなたに会えます……」
早くあなたの顔を見たいです。