Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「方角よし……と。この調子だとあと数分で到着できそうですね」
私は今アメリカの首都、ワシントン・D・Cに向けて亜音速航行中です。
でもDCってなんの略称なんでしょ?
……ドリキャス?
「あとはドリカム……は略すにしてもDCTでしょうね。そもそもドリキャスもドリカムもワシントンができるよりもっと後ですし」
それにしてもどういうことなのでしょう。
どうやら機業は私を殺そうとしているようです。キャサリンさんの話ではISを取り扱うところは私を操縦者として迎えたかったらしいですけど……でもそのISに狙われてましたしね。
そうなるとキャサリンさんの知らないところで私の確保を諦め、さらに目的を殺害に転じたという可能性が高そうです。
でも私をアメリカに呼び寄せる必要はあったのでしょうか?
日本……つまり学園でなら私の暗殺はもっと簡単なはずです。それこそ私がシャワーを浴びている間に空からシャワー室ごと撃ち抜けばいいのですから。
アメリカでないと困る理由、もしくは日本だとダメな理由があるはずなんです。
「アメリカ特有のものといえば諸ISに国際IS委員会の本部というところでしょう。逆に日本で彼らの邪魔をするといえば学園……でしょうか?」
学園の立ち位置が未だに分かりません。
基本方針が国際IS委員会と轡木氏の折衝の中で決まっていっているということは聞いたことがありますが轡木氏以外の関係者が誰かということは分かりません。
それはつまり学園の本部の決定が誰にとって有利なことなのかも分からないわけで……だから学園は信用できないんです。
私の敵は……シャルを損なおうとする人はいったいどれだけいるのでしょう。
「ま……ここで全部、潰しますけどね」
待っててくださいねシャル。
これが終わったら、私たちの仲を阻む人はいなくなるでしょう。
それまであなたに会いたくて切ない気持ちは我慢です。
◇
『あら……逃げられたのね』
「ええ。まさかアリサが逃げるとも思わなかったから」
『行き先は分かっているの?』
「事前のキャサリンの行動予定と逃げた方向からしてIS委員会本部の可能性が高い」
キャサリンを交えスピーカーホンで日本にいるスコールに現状報告をする。
IS委員会本部……厄介なことにあそこの警備は厳重だ。
ただ単純に突破することは可能だが全ての機械を味方につけることができるインデペンデンスの相手は骨が折れる。
……この顔を見られたくない。
一時的に姉さんに疑念を向けさせることができるかもしれないが……私の目的はそうではない。
織斑千冬と織斑一夏の決定的な反目情況を作り上げること。そして二人には絶望しながら死んでいって欲しい……
それが、光を浴びながらのうのうと生きたことへの償いだ……!
織斑一夏が死ねば姉さんを殺すことも簡単になるだろう。親がいないという境遇の中で寄り添い合い、精神的に依存しあっていたのだから上手くすれば廃人のようにすることも可能かもしれない。
そうなればマインドコントロールを施して私の言いなりになる人形にするのも面白いかもしれないな。
「それで、私たちはどうするのがいい? アリサを追う? それとも日本に戻った方がいいのかしら?」
『微妙なところだけと追ってちょうだい。あなたたちはメッセンジャーなんだから』
不破、アリサ……
温かい家族がいて信頼できる友人もいる。そんな当たり前の明るい生活に身を置いているはずなのに私たち側に近い生き物。
家柄は大昔から続く暗殺の大家であり、これまでも世界中の要人が彼らの手にかかっているとか。
不破アリサには誰かを殺害したという経歴はないようだが、それでもこれまで見てきた人間の中では最も暗い気配を漂わせている。
私よりも、スコールよりも……兵器部の悪魔たちよりも……
あんな化け物のような空気を纏っている人間が愛するもののために奔走するなんて笑い話としか思えない。一度壊す側の人間になったら護る側に立つことなんてできない……それが分かった上でああなのなら不破アリサは世界でも指折りの愚者だろう。
「それで、メッセンジャーとして私たちは何を伝えればいい?」
『そう、ね……どうも
デュノアの娘に……?
今さら、あれになんの価値がある?
『理由は分からない。デュノア社を狙ってるのかもしれないし、別のなにかがあるのかもしれない。とにかく彼女は囮よ』
「待って! それなら早くシャルロットを守らないと……!」
『それとなく妨害はしてる……でも私たちは兵器部の下位組織だから表だって反抗することはできないのよ。独立するにしても時期尚早だから……』
「……不破アリサに計画を潰させたいということか。だがどうやってその情報を不破アリサに伝える? いくらルームメイトだといってもキャサリンがそれを伝えるのは情況的に不自然が過ぎる」
キャサリンの役目は不破アリサの様子を私たちに伝えることだけ……ただの学生だと思われているキャサリンが亡国機業の情報を伝えたら余計な疑念を与える……
そんなことしたらキャサリンが私たちの仲間だと気付かれる可能性も高い。そうなればキャサリンは捕縛されるだろうし、キャサリンの目的だった学園への復学も果たせなくなる……あくまでも互助関係でしかない私たちにキャサリンのそれを奪う権利は――
『あら、キャサリンなら平気よ』
「なんの根拠を――」
『ねぇ、そうでしょ?
「なっ……!?」
キャサリンが……私たちを裏切っている?
だが、どうやって……?
裏切りというのは簡単そうに見えてかなりの綱渡りだ。
キャサリンの場合はまず自らが機業の一員であると信じさせなければ話にならない。その上でさらに提供する情報に嘘偽りがないことを証明し、今後取引相手を裏切らないことも信用させる必要がある。
論理的に言えば不可能だ。
機業の一員である証拠など存在しない上、一度裏切りという経験があるものが再び裏切らないわけがない。
スコールの考えすぎに決まって――
「……いつから気付いてたのよ」
『あなたの部屋割りが彼女と同じ部屋になった時点で疑っていたわ。確信に変わったのはあなたがアメリカに同行することを不破アリサが認めたときね』
「……そう。まあ、これはバレるかもとは思ってたのよ」
「待て、本当に裏切っているのか……?」
私たちはキャサリンに捨てられたのか?
いったい、どうして?
思えばスコールがキャサリンを連れてきたときから妙な女だとは思っていた。
機業に入り、私たちの目的を手伝う代わりの願いが復学することだなんてバカげていると、そう思った。
ただ、もし学園に潜り込めれば大きなアドバンテージになるからと……なにより目が真剣だったから迎え入れた。
今までバラバラに行動していた私たちが纏まり始めたのもキャサリンが切っ掛けで……
「誰にも言わないけど、家族みたいになったって……思ってたのに……」
ダメだ……言うな。これ以上は言ってはいけない。
私たちは同志。でも、家族じゃない。
私に家族なんて存在もいない。あるのは因縁だけ……機業は一時の宿みたいなもの……
だから……例えキャサリンのおかげで安らぎを得ることができたのだとしても……
「……裏切り者には死を。異論は無いな?」
「エム……あなた……」
「っ! そんな……そんな顔をするな! 裏切ったくせに!」
どうして笑う?
私にはできないと思っているのか?
今までは……姉のようだと、織斑千冬ではなくキャサリンこそが私の姉なのだと思っていたから――!
「あったま、固いわねぇ……」
『キャサリン。エムが融通効かない子だなんてこと最初から分かってたでしょ?』
「は?」
どうしてここで私の名前が挙がる?
今はキャサリンの話であって私の話では――それに私は頑固ではない。
「あのね、マドカ。私たちは個人的な目的のために利用しあってるだけなのよ? だから学園に戻るためにアリサとの取引に応じたわけ」
「何を開き直って――」
「だって、なにも問題ないじゃない。私はスコールの命令通り動いてアリサにその事を伝えているだけ。だからスコールの考え通りにあの子は動いてる。そうよね、スコール?」
『ええ、キャサリンのことはちゃんと分かっているわ。それに私にはキャサリンの
なんだそれは……結果が伴っていれば過程は気にしないなんて、そんなことが罷り通るわけがないだろう!
私たちは協力関係にあるのに、その情報を売り渡すなんて……!
「ねえエム」
「なんだ……言い訳か?」
言い訳なら聞きたくない……でも言い訳をしてくれれば裏切りを許す理由もできる。ジレンマにも似た二つの期待はそれでも裏切られた。
それも最も冷酷な手段で。
「私たちの協力関係っていうのはね……例えばエムの場合、私を織斑千冬が羽交い締めにしていたら私ごと斬り殺すってことだし、私は織斑千冬が逃げないようにするってことなの。誰か一人のために全員が積極的に協力するってものじゃないの」
「そんなこと――」
分かっているという言葉は出なかった。
キャサリンに出会う前だったら確かに仲間ごと姉さんを斬り殺していたと思う。きっとそこには数瞬の逡巡もない。
でも、今は……
「そんなこと……出来ないよ」
「……マドカは強がってるだけで本当は優しい子だものね」
キャサリンだけは私を見てくれる。
たまにだけどエムではなくマドカとも呼んでくれる。マドカは私の弱さを象徴しているのにキャサリンにだけは呼ばれても気にならない。
だから織斑千冬を殺すためにキャサリンを巻き添えにするなんて考えたくもない……好きでもない実姉への復讐のために、姉のように慕っているキャサリンを殺すなんて愚かすぎるから……
「でも、殺さないとダメなのよ。それができないならあなたは機業にいるべきじゃないわ」
「そんなの……」
『キャサリン。エムを苛めちゃダメじゃない』
「むしろ、どうして新入りの私が理解してることをこの子は分かってないのよ? 教育不足じゃないかしら? ……ま、とにかく、私は裏切ってるわけじゃないのよ。詭弁って言うならそれでも構わないわ」
裏切られて、ない……キャサリンは私たちを見捨ててない。
それなら、大丈夫なんだよね……ううん、これじゃ私がダメ。
私は織斑マドカじゃなくて亡国機業のエム。
他人に弱味を見せることは許されていない。
「……それで、だとしたらどうする?」
いつも通りの声で電話の向こうのスコールに問い掛ける。
キャサリンが不破アリサに兵器部の狙いを話して疑われないとしても、どちらにせよどうやって伝えるかが問題になる。
向こうのISはサイレント・ゼフィルスより遥かに高い機動力を保持しているのだから確実にIS委員会に逃げ込まれる。
そうなってしまえば私たちにはどうにも――
『本部に潜入してちょうだい』
「待て……あそこはISだけに警備を任せてるわけじゃない。どう考えても不可能だ」
『問題ないわ。どこにだってお友達はいるものよ?』
……スパイ、もしくは協力者がいるってことだな。もったいぶった言い方をする。
ただ確かに内部に食い込んでいる人物が仲間にいれば指紋認証に始まる数々のセキュリティは突破できる。
不破アリサにはまだ顔を見られていないのだから無駄に争うこともなくスムーズに用件を伝えることができるはずだ。
無論、不破アリサが機業構成員として捕らえられていなければの話だが。
◇
「あの辺りがワシントンでしょうかね」
かなり遠く――ISのカメラでようやく捉えられるくらい先にビルの群がニョキニョキと生えています。
道すがら確認した国際IS委員会のホームページでは開館時間は午後四時まで。今が三時を少し回ったところなので余裕はあります。
『あー、其所の他国籍IS、直ちに止まりなさい』
……途中で邪魔が入らなければ。
気だるげな、そしてどこかで聞いたような声なのですが……どうしましょう。
私の予想では今日中に本部に辿り着き弁明をしなければ機業のメンバーとして周知されてしまいそうです。
まだ五十分あるので平気だとは思うのですが……ですがこれで身柄を拘束されてしまったらそうも言ってられません。
よし、ぶっちします。
『止まれっつってんだろうが! このクソチビが!』
「くそち……び?」
ふ、ふふふふふ。
まさかこの地で再びその言葉を言われるとは思っていませんでしたよ。
ですか私ももう大人。ここで怒りに任せて羽虫を潰すことは簡単ですが、それよりも急ぐことの方が大事だと理解しています。
『ついでに言えば胸も対して大きくない上、固い』
「だから筋肉だっていってるじゃないですか!」
本当に……ほんっとうにアメリカ人って嫌いです!
キャサリンさんだって私をいじめますし、夏休み終盤ではイーリスさんにいじめられました!
あれ、私が嫌われてるのかもしれません……
「とりあえず胸はちゃんと柔らかいです!」
『ははは、そんなまさか』
「よし、殺します」
私、頑張って耐えました。
いきなりの誹謗中傷もスルーしていたんです。
もう、いいですよね?
「どこの誰だか存じませんが……希望通りミンチにしてあげましょう……」
ふふ、ふふふふふふ……あははははははは!
……私だって、女の子なんですよ……あんなこと言われたら傷付いちゃいます……
あれ、涙出てきました。
「こう見えて、ギリギリBカップあるんですよ? でも、シャルが胸より太腿ばかりを触ってくるのは私の胸の触り心地が悪いからなんじゃないかってうすうす……」
『悪いけど興味ない。とりあえずこっち来い』
「うぅ……」
なんなんですか、この人。
さんざん人のことを傷付けておいて自分勝手な……
納得いかないので面と向かって言ってあげましょう。
「逃げるが勝ちです!」
「あっ、ちょ、待てコラ!」
ふっふふのふーだ。
このまま国際IS委員会の本部まで飛んでっちゃいましょうねー。
「ニトロバースト~!」
小型爆弾を散布、爆破してその風邪でさらに加速します。
かるーく音速を超えたのであと数十秒で……っと。
「こちら、日本より呼び出しを受けたフランス国籍ISオンブル・ループ操縦者の不破アリサです。迎撃態勢の解除と着陸許可をお願いします」
危うく大口径マシンガンを一斉掃射されるところでしたよ。
とにかく許可も貰えたようですし早いとこ私は機業と関係無いことを話して帰らせてもらいましょうかね。
「よいっしょっと」
正面玄関の前に着地すると同時にカゲロウの展開を解除。受付のお姉さんにどうすればいいのかを聞いたら目的地に向かってゆっくり歩きます。
「うーん……意外と丁寧に扱われています」
本気で私を疑っているわけでもないのかもしれませんね。
とにかく先程言われたマックスさんという方の部屋は……
「ありました……」
ノックを二回。
返事を待ってから部屋に入ると恰幅のいい男性が黒革のソファに深々と座っていました。
どういう立場の人なのかはちょっと分からないですね。私に対して友好的かそうでないかくらいが分かれば嬉しいんですけど……
「マックス・リストさんでしょうか?」
「ああ、君がアリサ・フワかね。ふーむ……ただの中学生にしか見えないが……」
「……高校生です」
「まぁ、座りたまえ。ああ、鍵を閉めてくれるかい? お互い乱入は無い方が嬉しいだろう?」
流されました!?
まぁ、私を助け出そうとする人はいないのですからこの部屋に飛び込んでくるとしたら私に敵対する人でしょうからね。それがアメリカ政府の犬か亡国機業なのかは分かりませんけど。
「とは言いましても私、あなたのこと信用してません」
「ふむ……私など君の前では無力な子ブタなのだがな」
子ブタ!?
自分で言うのもなかなかスゴいことですけど子ブタじゃないでしょう!?
百人中百人、口をそろえてマックスさんは成ブタだと言ってくれるはずです。
「ジョークに笑えないほど緊張することはない。とにかく座りたまえ」
「……はい」
ツッコミを入れたら負けなのでしょうか……?
ただ、うん、なんというか悪い人ではないような気がしないでもないようなするような……自分でもよく分からなくなってきました。
「はぁ、では失礼して……おぉ、フカフカ」
「豚革のソファは気に入ったかね?」
「ぶっ!?」
「ぶひー?」
何なんですかこの人!?
どうしてこんなにブタ押しなんです?
というか本当にブタだったりするんじゃないかって気までしてきたんですが!?
「……ブタがお好きのようで」
「ああ。このスーツも豚毛から折りあげたものだ。オーダーメイドだから一万ドルもしたよ」
「そですか……」
服なんて着られればいいと思うのですけど……いえ、マックスさんのブタスーツ以上の値段がするだろうメイド服を持っている私が言うのもなんですけどね。
ラウラさんを介してメイド服を返そうとしたら横領の証拠品を返されても困るって言われてしまって……材料費から縫製費まで全て国庫から出したってエリーさんの手紙に書いてましたし……
「とりあえずアイスコーヒーでもどうかね?」
「…………」
マックスさんによって水差しから珈琲が注がれますが……どうしてコーヒーカップじゃなくてマグカップなのでしょう?
それも、マク○ナルドのLサイズドリンク(アメリカ仕様)の。
睡眠薬が入っていたとしてもカフェインが勝ちそうな量です……さすがアメリカ。考えてみればアイスコーヒーだからって水差しに入れないですよね。水差しには二リットルくらい入りそうです。
「睡眠薬は入っていないから警戒しないでくれたまえ、ほら」
マックスさんが同じ水差しから自分のマグカップに珈琲をなみなみと注いで一気飲みをして見せてくれました。
もう色々とツッコミどころが多くて……部屋中コーヒーの臭いになっていて既に珈琲を飲んだ気分になってきます……
なんとなく一口は飲んでおかないと悪い気がするので口を湿らす程度に飲んでから目でマックスさんに話を促します。
意外と面白い方ですが私も早く帰りたいので……シャル、もうすぐ終わりますから待ってて下さいねー。
「それで本題なのだが……」
「はい」
「すまないが眠っていてくれたまえ」
は?
……あれ?
急に瞼が重く……騙されました……!
でもいつの間に……まさか――
「最初からカップに薬を塗って……?」
「いやいや、ただ催眠ガスを部屋に充満させているだけだよ……ふわぁ神経ガスもまぜてあるから痛みで目を覚ますこともできまい」
「それじゃあなたも……」
「私が眠ったところで何の問題もないのでな。はやく眠りたまえ……ぐー」
って先にあなたが寝るんですか!?
って私もツッコミ入れてる場合じゃないですって!
「……ん、早く、外に出ないと」
私は不破だから……少しは薬への耐性もあります。
さっき、鍵は閉めなかったので逃げることは十分可能です……!
そうして椅子から立ち上がろうとした私は派手に転びました。
「……あ?」
足が……動かない?
……そう言えばさっき神経ガスもって……筋肉弛緩系のものでしょうか。
もう、手もまともに動かないので逃げることは無理そうですね……尿意がないことだけが救いでしょうか……筋肉が緩むとどうしても……って、眠気で頭も鈍ってるみたいです。
「こんなことになるならコーヒー、飲んでおけばよかったですね……」