Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「指揮者」

轡木さん絶対悪人


18. Le chef

「すみません」

「……なにがよ?」

 

 今は目立たないようにカゲロウを使わずタクシーにのって学園へと向かっている途中です。

 私の隣には当然キャサリンさんがいます。

 ……私が建物の屋上に降り立ったときキャサリンさんは金髪の女性と会話していました。内容は私のことに関する報告と彼らは本当に亡国機業なのかと疑いたくなるようなバカバカしいこと。

 私はその会話を屋上からハイパーセンサーを使って盗み聞きしていたのですがスコールと呼ばれていた女性とキャサリンさんの関係は私が想像していたようなものではなくて……まるで友人同士が語らっているかのように安らかなものでした。

 でも、キャサリンさんが私のことを言いそうになってしまったように思えたので建物の中に飛び込んだんです。

 きっとあの瞬間キャサリンさんは学園に戻ることよりも機業に残ることを望んでいたはずです。

 ですが私とした取引のことを話されてしまえば……私は機業に牙を剥くものとして認知され、間違いなく今後狙われ続けることになります。だから、キャサリンさんが口を開きかけた時に突入しました。

 私はそれでも構わないのですが私を大人しくさせるために機業が何をするかを考えると……もし私が彼らの立場だったら見せしめにシャルを襲います。それも命の危険を感じさせる類いのものではなく女としての尊厳を踏みにじるような方法で……

 シャルがそんな辱しめを受けたら私は……シャルを守るにはキャサリンさんがどうしたいのかということは二の次にしないといけません。

 

「……なんでもありません」

「これでいいのよ」

 

 窓の外に流れる景色を見送るキャサリンさんはどこか泣きそうに見えました。

 本当は嘘が無い状態で機業にいたかったのかもしれません。

 私のイメージでは亡国機業にいいように使われているのだと思っていましたけど本当は違ったということなのでしょう。

 亡国機業に対する見方も変える必要があるかもしれません。

 

「キャサリンさん……亡国機業はなにを目的にしているのですか?」

 

 世界でそれを知っているのは亡国機業の人間だけ……でも、それを知らないことには機業に対抗することもできません。

 半世紀以上に渡って存在しているのにどうして誰も彼らの目的を知らないのか……謎は多いですが今は歴史を検証している暇なんてありません。

 目の前に答えがあるのに探偵のように推理する必要なんてどこにもないんですから。

 

「機業の目的なんか知らないわよ」

「あれ……?」

 

 目の前に答えがあったときだけですが……えー、ここはキャサリンさんが重々しく語る場面じゃないんですか!?

 世界征服なのだー!

 とか、

 共産主義世界の確立なのだー!

 とかそういうのはないんですか!?

 

「さぁね……でもね、ひとつだけ知っていることはあるわ」

「……それは?」

「亡国機業は――――――よ」

「え……?」

 

 そんなバカなことが……だから、誰も目的を知らなかったんですね……

 そういうことですか……それなら私にはなにができるのでしょう……?

 それを知ってしまった以上、もう後には引けません。それに……亡国機業を潰す正当性も失われました。

 もちろん亡国機業は世界的には歴とした悪ですが私がわざわざ潰さなければ行けない理由もないかもしれません。

 そもそも亡国機業がシャルを傷つけるかもしれないのはなぜですか?

 ……一度、冷静に考える必要がありそうです。

 

 ◇

 

『まもなく終了時間だよー。みんな~、ちゃっちゃと片付けちゃおーねー』

 

 本音さんのアナウンスで学園祭の終了が告げられる中、私は轡木十蔵氏――用務員ながら実質的に学園を運営している壮年の男性――と向かい合っていました。

 柔和な人柄と親しみやすさから『学園の良心』などと言われていますがそんなことはありません。学園にとって価値のある人間だからという理由で過度な暴力を振るった生徒(わたし)を罰せず、逆にその生徒を守るために適当な生徒(キャサリンさん)を退学にすることを決めたのもこの人です。

 笑顔しか思い出せない人は信用するな……これは母様の教えですが轡木十蔵という人はまさにその通りの人です。

 

「ただの一生徒と用務員の関係でいられれば良かったのですけどね……」

「不破さん。私には妻がいるのでそういう言い方はちょっと……」

「そういうことを言ってるんじゃありませんっ!」

 

 私にだってシャルがいるんですからね!

 ……まったくもう。基本的にはいい人なので調子が狂います。そりゃ生徒に人気も出ますよね。

 

「それで……一度は退学にしたキャサリン・ジェファソンをもう一度編入させてほしい……そういうことなんだね?」

「ええ。学園としては先の退学は間違いだったと認めなければいけないことになりますが……そのコストに対する見返りはありますよね?」

「亡国機業のこととなると学園だけでなく世界の問題ですからねぇ……分かりました。なんとかしてみましょう」

 

 優しい笑顔の裏では人の暖かみのない冷徹な思考が繰り広げられているのでしょう。

 そしてその結果、IS学園の醜聞よりも得られるものの価値が高いと判断したというだけの話……本当に怖い人です。

 なんといっても更識と繋がりを持っているんですからね。

 私の要求はキャサリンさんの再編入。その担保は私自身です。

 担保がキャサリンさんの二重スパイとしての働きではないのは信用ができないから。

 二重スパイが危険な行為とされる理由は彼らがどちら側の人間なのかが誰にも分からなくなるから……世界一信用のない立場なんです。

 

「不破さん……このCD-ROMを預けておきます。いずれあなたには働いてもらうことになるでしょう」

「分かってますよ。そのかわり単位はちゃんと下さいね? これでも学年一の成績優秀者なんですから」

「それは私にはいかんともし難い問題だよ。ただの用務員だからね」

「たぬき……」

 

 はぁ……シャルのこととか機業のこととか悩んでいるのに更にこの人と関わることになるなんて……

 私、彼が亡国機業のトップだって言われてもすんなり信じちゃいそうです。

 

「じゃあ失礼します。用務員さん」

 

 理事長室を出ると対面の窓際にキャサリンさんがよっかかって待っていました。

 はぁ……しかもルームメイトが鈴ちゃんからキャサリンさんに変わるなんて……

 

「人の顔見て溜め息吐かないでくれない?」

「溜め息の一つや二つ許してくださいよ……もう、どうして私ばっか割り食うんです……?」

「あなたが必要のないことをしてるからよ」

 

 ……シャルの安全を守ることは私にとっては重要事項ですもん。

 それなのに色々と理不尽なことを知っちゃって……なんというか、遅刻しそうなのに道端で泣いている女の子を見つけてしまった気分です。

 シャルの安全とは関係のないことが次々と私を巻き込みます。

 ……このCD-ROMを捨てれば世のしがらみの全てから解放されるのでしょうか?

 

「ディスクってよく飛ぶんですよねぇ……はぁ」

「なによ。そんなに私とルームメイトなのがイヤなの?」

「ヤですよ……絶対に私のこと苛めますもん……」

 

 きっと週の掃除当番は私が七日間で、料理当番も月火水木金土日が私……しかもキャサリンさんの分を作っても豚の餌なんか食えるかって言われてせっかく作った料理を捨てられちゃうんです。

 他にも部屋が狭いからという理由で私のベッドを捨てられ、クローゼットに服が入らないからと私服を全部燃やされ……きっとシャルとの思い出の品も無駄の一言で全部捨てられちゃうんですよ。

 それなのにたまに私に優しくして怒るに怒れないようにするんです。きっと最後には私と付き合っているかのような噂を流して、私を酷い二股女として孤立させるんです。私はもう独りぼっちは嫌だからキャサリンさんと仲良くするしかなくて……でもキャサリンさんは笑って言うんです……あなたと友達になるくらいだったら死んだ方がましよって……

 

「それで、私、独りぼっちで……耐えきれなくて……でもキャサリンさんは死なせてもくれなくて……ぐすっ」

「ちょ、ちょっとなにいきなり泣いてんのよ!? ねえ、どうしたの!?」

 

 そうやって優しくするから……私はキャサリンさんのことをきらいきれなく、都合のいい女になってしまうんですね……そんな姿をシャルに見られて僕のことを幸せにするってのは嘘だったんだねって悲しそうな笑顔で……

 

「違っ、嘘じゃな……わたし、しゃるのためなのにぃ……!」

「いい加減泣き止みなさいっての……!」

「痛っ!? ……あれ?」

 

 学園の廊下……ですね。

 さっきまでシャルに誤解されたショックで身投げしようと断崖の絶壁にいたはずなのですが……?

 

「全く……私があなたのこと嫌いだったのは織斑君と仲良くしてたからで――」

「……アリサ?」

 

 ◇

 

「……アリサ?」

 

 あ、これやばい。

 こんな風に直感が働いたのは久しぶりかもしれない。

 まず私の横にはなぜか急に泣き出して今でも赤い目でぐずっている不破アリサ。

 客観的に見たら私が加害者でこの子が被害者。実際にそうだった前例もあるから余計に信憑性が高い。

 そしてその現場を見つけた人物ってのがまたヤバい。不破アリサの恋人であるシャルロット・デュノアその人……

 

「え、えっと、これは違うのよ!? 私がなにかしたとかそういうんじゃなくて――きゃっ」

「アリサ、どうしたの!? なにされたの!」

 

 この(アマ)ァ……こほん。

 私としては可能な限り生徒たちとは仲良くしたいのよ?

 候補生とか実力ある生徒とか、そういう親の言いなりになる必要のない人には嫉妬しちゃうかもしれないけど本音では仲良くしたいのよ?

 もちろんそれは仲良しごっこがしたいって言うわけじゃなくて……そんなの私のキャラじゃないし私のことを嫌ってる人の方が多いってのも今では気付いてるわよ。

 だから私の言う仲良くってのは私を私として受け入れてほしいっていうか……機業の皆と出会って、少しは変わった私を認めてほしいとか……そういうことで……

 そりゃあ、昔の私を知ってるリカとかはさ変わりすぎだって笑うかもしれないし、あのときの私なら今の私を青臭いって小馬鹿にするだろうけど!

 昔、不破アリサにやったことで今誤解されても仕方ないのは百も承知だけど!

 というかシャルロット・デュノアに海で人を雇って不破アリサを溺れさせたのは私って言ったのも私自身だから当然の報いかもしれないけど!

 

「ねぇ……僕のアリサが君のために頑張って、僕もアリサとルームメイトになることを諦めたのに……君はこういうことするんだ……?」

 

 こんな人を射殺せそうな目で見られたいわけじゃないのよ!

 

「ご、誤解、よ?」

「ふぅーん? へぇー? ほぉー? 誤解、ねぇー?」

「ちょ、ほ、本当なんだから! そりゃ、信じてもらえないかもしれないけど……」

 

 ヤバい……私泣きそうよ……

 何が悲しくてこんな勘違いされないといけないのよ……私の素行が悪かったからなんだけど!

 でも、今は違うのよ!

 あの頃は周囲の生徒が皆、私よりも優れているなんて信じたくなくて……だから理由もなく偉そうにして他人を見下してたけど……

 でも不破アリサにあっという間に引き摺り倒されて何気なく肩の関節を抜かれたときに、そして亡国機業でもスコールとかオータムとかエムとかに……ぶっちゃけ全員にボコボコにされたから自分が大した人間じゃないって認めることもできたのよ。

 というかちょっとISに乗せてって頼んだだけであんなに痛くしないでもいいじゃないの……理不尽だわ……

 

「と、とにかく! 今は不破アリサとも仲良くしたいって、思い始めてるのよ……?」

「…………本当に?」

「あ! 違うわよ!? あなたとこの子の仲を邪魔しようとかは思ってないのよ!?」

 

 私、男の子が好きなんだから!

 ……そりゃ、スコールとオータムに言われてからは女同士も悪くないかなって思うし、エムが私をからかうために持ってきたエッチなDVDで男の人が怖いって思ったけど……あんな太くて大きいの入るわけないじゃない。

 でも、あの映像を見たあと少しそういう(・・・・)気分になってエムと見つめあっちゃったりしたけど結局なにもなかったし!

 ……そういえばオータムはちゃんと逃げられたのかしら?

 不破アリサは捕まえられないようにしてるっていってたけど……

 

「まあ、すでに僕とアリサが同室になるのを邪魔したけどね……」

 

 って薮蛇ー!?

 

「あの、そのことに関して言えば申し訳ないというかそもそもその子の独断というか!」

「……はぁ、もういいよ。どうせいつものアリサの病気……いや妄想……いや、思い込みだろうしね」

「……自分の恋人にそこまで言う?」

 

 いや、私もさっきの本気泣きにはだいぶ引いたけどね?

 

「ほらアリサ、泣くふりしてお尻さわらないで?」

「は?」

「えへへ……あ、ぐすっ」

 

 あって言った!

 今の絶対私の存在忘れてたっていう意味の“あ”よね!?

 ぐすってのもやけにわざとらしかったし!

 というか早いとこ自分を嫌った方がいいとか言ってたくせに!

 

「ほーら、甘えてないでキャサリンを部屋に案内してあげて……?」

「……はーい」

 

 かなりめんどくさそう&不満そうな不破アリサ……

 というか今呼び捨てされた……?

 

「僕のこともシャルロットでいいよ」

「……私のこと嫌いじゃないの?」

 

 あなたの恋人を皆がいじめる原因になった張本人よ?

 

「……友達になりたいんでしょ?」

「あ、私のこともアリサでいいですよ? 私たちと仲良くしてれば皆も許してくれちゃいますし」

「……そっか」

 

 最後まで、私の一人相撲だったのかもね。

 二人は私が敵意を向けるから敵意を返していたようなもの……私が受け入れれば二人も……

 

「ありがとね。アリサ、シャルロット……」

 

 ま、アリサに関しては今でも嫌いな部類だけどね。

 

「ああ、それは奇遇ですね! じゃあ部屋にいきましょうか!」

 

 ……うん。やっぱりどう考えても嫌いね。


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