Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「おかえりなさいませご主人様」


6. Maison bienvenue Maître

「シャル、すっごく似合ってます! 可愛いです!」

「う、うん、ありがと……でもアリサは本当に執事服でいいの?」

 

 過呼吸が落ち着いてからのアリサはびっくりするくらいいつも通りだった。

 涙とか汗とか……を洗い流してその水を拭ったらもう笑顔。

 

「ええ、こう見えて男の子としての動き方には自信ありますよ?」

「男の子の動き方……?」

「ええ、普段からパンツスタイルですから……スカートになれている人が男装しても違和感でちゃうんですよね」

「あー、そこら辺はたしかに僕も注意されたなぁ」

 

 でも、いつも通りの笑顔ってことは、いつも不安を押し殺してたってことだよね……

 アリサに辛い思いをさせてるなんて考えたこともなかった。

 確かにアリサはすごく小さなことでも気にして僕に嫌われるかもってビクビクすることも少なくないけど、それでも大丈夫って言ってあげるとすぐに笑ってくれるから……それで、アリサの不安を払えると思ってた。

 

「……でも、我慢してただけなんだね」

「シャル……いえ、不安にはなっちゃいますけどシャルが好きって言ってくれるその時だけは安心してます。私が臆病なだけで、その時だけは心から愛してくれるって分かってます」

「相手が僕じゃなかったら――ん」

 

 アリサも不安になんかならなかったのに……そう言おうとした僕の唇に人差し指が当てられる。

 

「不安になるのは本気で好きな証だと思ってます。ずぅっと保ってた気持ちが間違いじゃなかったって証明ですよ」

「アリサ、でも――」

「さて、この話しはおしまいです。ドレスアップしたシャルをお姉さんに見せてあげましょう」

「……うん」

 

 アリサは自分の気持ちだけで十分なの?

 ……そんなわけないのは分かってるのに、頭の中では嫌な想像をする。

 でも、どちらにせよ僕からの愛は諦めてるってことだよね……それなら好きって言い過ぎるのも迷惑なのかな。

 アリサに申し訳なく思わせちゃうんじゃないかな……

 

「……私が間違ってたわ」

「へ?」

「だから言ったじゃないですか、シャルには可愛い格好をさせるべきだって!」

 

 気付けばお姉さんとアリサが僕を見てる。

 お姉さんは少し悔しそうに、アリサは誇らしげに……うん、アリサが表面上だけでも引きずってないのに僕がこんなじゃダメだよね。

 

「いや、それもだけど……アリサちゃん、あなた男装慣れしてるわね」

「へ? いえ、初めてですけど?」

「嘘よ! 動き方とかまんま男の子じゃない! なんかこう無駄がなくて胸がなくて!」

 

 胸がなくて、の瞬間にアリサが落ち込んだのが分かった。

 僕はアリサくらいのサイズも可愛いと思うけどなぁ。言うと怒るからアリサには内緒だけどね。

 

「……お姉さんって友達少ないんじゃないですか?」

「え? あーうん、多くはないけどどうして?」

 

 アリサの言うこともよくわかるよ……人が気にしてることもズバズバ言ってるもんね。

 

「でも本当にアリサちゃんなら執事になれそうね……ただ、やっぱり小さいし顔も女の子だから……」

「あ、髪を後ろで結わえればそれなりに中性的だと思いますよ?」

 

 アリサがそう言いながら長い髪の毛をクルクルと束ねて首の後ろで結ぶ。

 アリサはポニーテールにするときも横の髪の毛は結ばないで三編みにして垂らしたりしてるから全部の髪の毛を後ろに流しちゃったところは初めて見る。

 顔のラインが出ると確かに中性的に見えるかも……

 

「うーん……完璧なんだけどなんか付け足せる要素がある気がするんだよね~」

「声だけはどうしても変えられないのでこんなですけど……お店としては男の人ではなくて執事がいればいいんですよね?」

「そうねぇ……男装執事ってのは両方に受けそうだし前例もあるし……」

「じゃあ声の問題も――」

「それよ! そっか、あなたの声なにかに似てると思ったら声変わり前の男の子よ! 決まり! 年齢設定は十三歳ね! 身長的にもはまってるじゃない!」

 

 あぁ、お姉さんまた地雷踏んじゃってる……身長が十三歳なみ何て言っちゃったらアリサ泣いちゃうよ……

 お姉さんのフォローしてあげないと……

 

「アリサ、僕はちっちゃいの、好きだよ?」

「う……うぅ、なんだか私のシャルが変態さんみたいです……」

 

 いや、そういう意味じゃなくて!

 ま、まぁ、今のアリサが男の子だったらって考えると普段のアリサに対してのとは違うドキドキがあるんだけど……

 執事服の長髪少年……なんだか抗い難い引力があるよぉ……

 

「ふふ、あなたも立派なショタコンね!」

「違いますよ? シャルはアリサ・コンプレックスなんです! 私だからときめいてるんです!」

「あ、う……うん、そうなんだけど……」

 

 うーん、本当に僕の気持ちを信じられてないのかな……?

 こういうときのアリサってかなり自信満々なんだけどなぁ。

 

 ◇

 

「メイドさーん、注文おねがーい」

「はーい」

 

 ……むぅ、シャル大人気です。

 可愛いから仕方ないんですけどね!

 それにしてもシャルばっかり人気が集まって他のメイドさんが仕事してません!

 というかお客さんたちは絶対にシャルが暇になるタイミングを狙ってますよね?

 

「ねぇ、あの執事よくない?」

「でも女の子……いや、髪長いからって男の子じゃないってことにもならないか」

「すいませーん、注文おねがいしますー」

 

 私もシャルに負けないようにしないとですね……私が頑張ればシャルの負担も少しは減るでしょうし。

 

「お呼びでしょうか、薫お嬢様」

「へ? あ、えと……お、お水を……お願いします」

 

 ふふ、同い年くらいでしょうかね?

 いきなり私に名前を呼ばれたので動揺しているみたいです。

 このお店は入店時にお客さんの名前を書いてもらっているので頑張ればこんなこともできちゃいます!

 まぁ、名前を呼ぶのは一名様の場合だけで、代表の方の名前しか分からない団体相手ではそのグループ内で扱いに差が出てしまうので名前を呼ぶなとも言われましたけど……

 

「かしこまりました。麻実お嬢様と史織お嬢様はどうなさいますか?」

 

 学年一位の学力を誇る私をなめないでほしいですね。私の固有スキルである分割思考は簡単に言えば脳の同時使用領域が二倍になるということですから皆さんの名前を一時的に記憶するなんて容易いことです。

 さらにマルチタスクもできるわけですからお客さんたちの会話からそれぞれの名前を割り出すことも可能です。

 私の主な標的である女性客の名前は全て覚えました!

 

「わ、私もお水を……」

「アタシもそれで……」

 

 他の二人も動揺したように赤い顔でお水をオーダーしました。

 こ、困りましたね……お水では商売になりません。

 いえ、こういうお店特有のシステムであるチャージ料もあるのですが……お金を使わせることが私の使命です!

 ……とはいえこの年頃の女の子からもぎ取るというのも鬼畜な気がしますし……

 

「お嬢様、美味しいケーキがありますので紅茶と一緒に召し上がられてはいかがでしょう?」

 

 このタイミングでニコッと笑いかければ完璧です。

 放心している彼女たちの前にさりげなくケーキセットのメニューを置いて一歩下がります。

 お姉さんは紅茶も自慢なのにメイドさん執事さん目当てのお客さんばっかって言ってましたしね。

 それにちょうどオヤツ時ですし。

 

「あ、あの……」

 

 あれ、完璧な対応をしたはずなのですが……なんだか申し訳なさそうな、それでいて恥ずかしそうな表情ですね。

 他の二人も困ったように笑っていますし……なにか失敗したでしょうか?

 

「わ、私達、紅茶とかあんまり分からなくて……」

 

 隙を見て彼女の手元にある紅茶の種類が羅列されているメニューをちらりと見て、つい苦笑いしてしまいました。

 お姉さんはうっかりものか、それとも接待に慣れているのか……そのどちらかのようです。

 メニューには写真もなくただ紅茶の名前と値段が書かれているだけです。

 ……これなら確かに若いお客さんが紅茶をあまり頼まないのも納得ですね、

 

「それでしたら先にケーキを決めてしまいましょう。お嬢様が選ぶものに最適の紅茶をお勧めしますよ」

「は、はひ……」

 

 本当の執事だったらこんなことはしてはいけないのですが……彼女の手に私の手を重ねて一緒にメニューをめくります。

 まぁ、お客さんを楽しませるのが目的ですからね。

 

「お、お、お兄さん」

「なんでしょうか?」

「名前はなんていうんですか……?」

「へ? ア――!?」

 

 ――っぶない! 私の名前!?

 え、えと、アリサ、じゃ女だってバレちゃいますよね……えーと、えーと……

 

「アル、どうしたの?」

 

 え?

 

「シャル……いえ、お嬢様方に名前を聞かれただけです」

 

 肩を叩かれ振り替えるといつもよりも女の子らしい格好をしたシャルがウインクしていました。

 アル……というのはシャルが考えてくれたのでしょうか?

 きっと困っていた私に助け船をだしくれたんですね。

 

「……失礼しました。お嬢様、私のことはアルバート、もしくはアルとお呼びください」

「アル……くん?」

「はい。ではケーキはお決まりですか?」

「あっ、えっ……ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 既に数分間同じテーブルにいますがお姉さんからは丁寧にやれと言われているので問題ありません。

 むしろ他の方を見ているとシャルのように引っ張りだこになる方が珍しいようです。

 まぁ、執事が私一人なので呼び止めようと狙われている視線は感じるのですけど……女性客の方が気が長いのか、はたまた男性のマナーがなっていないのか……

 あんまりシャルを疲れさせないでほしいです。

 ほんとだったらシャルに馴れ馴れしく、そしていやらしい目で見ることも耐えがたいのですが……シャルが楽しそうなのでなくなく我慢します……

 心のなかではハンカチを噛み締めてるんですからね!

 

「アルくん、私はフルーツタルトがいいんだけど……どの紅茶がいいのかな?」

「それでしたらこちらのディンブラがよろしいかと……」

 

 これでもケーキ屋さんを目指しているのでお菓子と紅茶の組み合わせには詳しいですよ?

 本当ならもう少しランクの高いものを、とも思うのですが残念ながらお店に置いていないようですし彼女たちのお財布にも大打撃になるでしょうからね……

 いえ、ディンブラだって十分に美味しいんですけどね?

 日本ではアッサムやダージリンほど親しまれてはいないかもしれませんがセイロンティーとしてはウヴァと並ぶ代表格ですし!

 残る二人にも同じように紅茶をセレクトして任務完了です!

 

「では、なにかあればお呼びください」

「は、はい……あの」

「なんでしょうか?」

「ありがとうございました……」

 

 ……えへへ。この仕事、結構好きかもしれません。

 将来、もしケーキ屋さんを開けたらこういう風に気軽に質問してもらえるようなお店にしたいです。

 私がケーキを作ってシャルには紅茶を淹れてもらうんです。シャルの淹れる紅茶はスゴく美味しいんですよ~

 あぁ、でもそうなると接客してくれる人が……子供、産めればよかったんですけどね。PACSでは養子をとっても私とシャルの子供というようにはできませんし……

 

「アリサちゃん、来てくれる?」

「はーい?」

 

 一つのテーブルで役目を終えてみたら他のテーブルにも既に店員さんがついていたので、仕方なくボーッと考え事をしていたらお姉さんに呼ばれました。

 

「なんですか?」

「うん、あっちのテーブルでアリサちゃん指名されたか十分くらい相手してきて」

 

 お姉さんにつられて振り替えると入り口横のテーブルに座っている女性客に手を振られました。

 なんだか馴れ馴れしいですねぇ……いえ、それはどうでもいいんですけど……

 

「指名……?」

「ああ、まぁ同じテーブルでお茶飲んでくれればいいから」

 

 あー、ようするに――

 

「ホステスみたいのものですね」

「あー……専属執事って言ってほしいかな」

「欺瞞ですね」

「いや、えーと、怒ってる?」

「いえ、別に」

 

 ただ、シャルが男の人と楽しそうに話しているのを見てしまっただけです。

 ……私はお客さんとのあいだに一線を引いて、その線を越えないようにしていたのに……

 

「じゃ、そういうことでお願いね」

「はーい」

 

 シャルがそういうことするなら私だって……

 

「お待たせしましたお嬢様。これより私、アルバートがお世話させていただきます」

 

 このちょっとえっちぃ雰囲気のお姉さんと仲良くしちゃいますもん!

 

「ん、よろしくね」

「失礼します」

 

 指名された場合は一緒にお茶を楽しむとのことなのでお姉さんの対面に座ります。

 この方の名前は……

 

「ユリお嬢様、今日はいかがなさいますか?」

「そんな堅苦しい話し方はやめてよね。今日は息抜きに来たんだからさ、普段通りにしててよ。ね?」

 

 ユリさんはン~っと伸びをしながら私に向かってパチリとウィンクを飛ばしてきます。

 ……それにしても胸が大きい人です。伸びをしたことで余計に強調されて……95のFですね。

 

「は、はぁ……でもどうして私を指名したんですか?」

「え? どうしてって……ナ・イ・ショ♪」

 

 またウィンクをパチリ。

 話しやすい人ですしコケティッシュな顔立ちをしているので結構モテるんじゃないでしょうか?

 でもこういうお店に来て執事を指名するということは意外と男の人に不自由なのでしょうか?

 

「では……何を頼みますか?」

「んー……ショートブレッドとアッサムかなぁ」

「ミルクティーで煮出しますか? それともお湯で濃く淹れてからミルクを入れます?」

「んー、よく分からないからおすすめで」

 

 ミルクで煮出したものはいわゆるロイヤルミルクティー……でも普通のミルクティーにしましょう。

 先程つまんだショートブレッドは甘さが控えめだったのですが、バターがたっぷりなので、乳脂肪は控えて甘味だけを加えた方がいいでしようね。

 

「ほんと、男の子みたいね。しかもなんでもできるなんて……」

「え?」

「あ、でもケーキ屋さんが夢なんだっけ? それなら紅茶に詳しくても――」

 

 なんで私のことを知っているのでしょうか……?

 あれ、でもユリさん、どこかで見たことあるような……

 そこまで考えた瞬間、背後にある店の入り口の扉が勢いよく開けられ、反動ではめこまれていたガラスが割れました。

 まったく、扉は静かに開けるようにと――

 

「全員手を挙げろ!」

「ひゃっ」

 

 入っていたのは三人の男性。

 目出し帽で顔を隠していますが声からすると二十代前半くらいでしょうか?

 一人はショットガン、もう一人はサブマシンガン、そして最後の一人はハンドガンを持っています。これをそのままコールネームにしましょうか。

 客全員に指示を出したハンドガンがリーダーでしょう。

 背後に並ぶ二人のいかにもな銃器を見せつけ恐怖心を与えるとともに、自分は手近にいた店員の頭を腕で固定し、ハンドガンを突き付けています。

 ……困ったことに、その手近にいた店員って、紅茶を淹れに行こうとしていた私なんですよね……


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