Muv-Luv AlternativeGENERATION 作:吟遊詩人
「よっと…」
タリサを保護した日の翌朝、涼牙は自身の愛機であるガンダムデルタカイのコクピットの中である作業を行っていた。スパナを片手に額に浮かんだ汗を拭う。
「ふぅ、一人でやんのは結構疲れんな」
涼牙が行っていること、それはデルタカイのコクピット内にサブシートを取り付けているのだ。このサブシートはメインシートの真後ろに付けられており、パイロットの視界を阻害しないようになっている。
「あ~、腰痛ぇ~」
ずっと中腰で作業していたためか、涼牙の腰に思った以上の負荷がかかっていたのだろう。作業を終えると彼は立ち上がり、腰を叩いて痛みを和らげる。
「あ~!!またやられた!」
そうして一通りの作業を終えた涼牙の耳に幼い少女の声が聞こえる。勿論、先日保護した少女・タリサである。
「何だ、まだやってたのか?」
涼牙がリフトを使ってコクピットから降りてくるとそこには強化装備を来たタリサの姿があった。彼女は大きな、MSのコクピット大の箱型の装置の中から出てきた。
「タリサ、残念!タリサ、残念!」
「くっそ~」
装置から出てきたタリサは悔しそうな顔をして傍に置かれていたドリンクを飲む。
「どうだ、MSの操縦は?」
「やっぱ戦術機とは全然違うな。戦術機程飛べないけど、戦術機よりもスムーズに動くし」
タリサが入っていた装置、それはキャリー・ベース内に設置されている訓練用のMSシミュレーターである。涼牙が作業を終えるまで暇だったことと、タリサがMSの操縦に興味を持ったことから暇潰しとしてタリサはMSシミュレーターを体験していた。ちなみにシミュレーターでタリサが搭乗していたのは一年戦争後に生産された高等量産機のジム・カスタムである。
「戦術機とそんなに違ったか?一応、ジム・カスタムの設定は一般の兵士が乗ってるのと同じなんだが…」
「戦術機はもっと動きが硬ぇよ。MSの方が滑らかに動くし、滑らかすぎて逆に最初は動かし辛かったし」
ちなみにタリサは初搭乗時に、戦術機と同じ感覚で操縦したらその場で転倒し、開始数秒で撃墜されていた。
「ふむ…だったら多分、戦術機とMSはOSが大分違うんだろうな。OSだけでもかなり動きが変わるし」
例にするならストライクガンダムだろう。当初ストライクガンダムに搭載されたOSの性能が低く、動くことすらままならなかった。それを搭乗者で、当時民間人だったキラ・ヤマトがOSを組み替えることで格段に動きが良くなったのである。その事からも、OSの性能如何で動きが格段に良くなるのである。
「…っと、そろそろ行くか?とりあえず基地の近くまでは送ってくからさ」
「あ、そうだな。頼む」
もともと、涼牙がデルタカイにサブシートを取り付けていたのはこのためだった。タリサをいつまでも此処に置いておくわけにもいかないので、デルタカイでタリサが所属していた基地の周辺まで送って行こうと涼牙は考えたのだ。
「………」
しかし、一方のタリサは少し無言になり、涼牙に視線を送る。
「なぁ、リョウガ…アタシと一緒に来ないか?MSの技術があればBETAの野郎共だって…」
「…悪ぃ」
タリサの誘いに涼牙は申し訳なさそうな顔で謝る。彼女の言いたいことは解る。この世界よりも遥かに優れた技術を有する涼牙が手を貸してくれればBETAとの戦いも有利に進められると考えたのだ。しかし、そんな彼女に対する涼牙の答えは否だった。
「そ、そうだよな。別に、此処はリョウガの世界じゃねぇし…」
「…ってちょっと待とうか?」
涼牙の答えに対してタリサが漏らした言葉に待ったをかける。
「もしかしてタリサ、断ったのはこの世界のために戦うつもりはないとか…俺がそう考えてると思ってる?」
「…違うのかよ?」
タリサは若干、拗ねたような表情で答える。どうやら彼女は「涼牙は自分の世界ではないこの世界のために戦うつもりはない」と言う風に捉えたらしい。そんなタリサに涼牙は溜息を吐きながら否定の言葉を口にする。
「あのなぁ、俺が断ったのは…この世界のことをもっと詳しく知りたいからだ」
「詳しく…?」
首を傾げるタリサに涼牙は首を縦に振って肯定する。
「正直、俺はこの世界のことはほとんど知らん。一応タリサからBETAや戦術機のことは聞いたが、もっと細かいところは解らないからな。だから、色んな国の現状や実状を自分でしっかり調べたいんだよ。
実際、戦うにしても俺一人じゃ限界がある。一応、前の世界の量産型MSのデータはあるが…それを造るにも相応の設備や資源、資金が必要だ。BETAに勝つなら、その辺キッチリやらないとな」
タリサと共に行けばネパール軍、もしくはネパール軍が属する連合組織に所属することになる可能性がある。だが、BETAの侵攻が激しいユーラシアではMSを開発する時間も資金も資源も心許ないと言うのが涼牙の考えだ。ならば未だBETAの侵攻を受けておらず、尚且つ資金と資源を豊富に持つ国もしくは組織に所属したほうがBETAに勝つ可能性は上がる。
「じゃ、じゃあリョウガはこの世界のために戦ってくれんのか?」
「まぁ、そうなるか。流石に俺も、知っちまったからには見過ごすなんてできないしな」
「そっか…」
涼牙の言葉にタリサは安堵する。それほどに涼牙が所有する力に期待していたのだろう。
「んじゃ、そろそろ行くか。ちょっと待ってろ、準備してくるから」
「お、解った」
タリサが頷くと涼牙は小走りで格納庫を出て更衣室へ移動。そしてノーマルスーツに着替えてヘルメットを小脇に抱えて戻ってきた。
「へぇ、それがリョウガ達の世界の強化装備なのか?」
初めてノーマルスーツを見たタリサは物珍しそうにジロジロと涼牙の着ているノーマルスーツを見る。ちなみに涼牙が着ているのは宇宙世紀0090年代の地球連邦軍のものと同じデザイン(色は濃い青)である。
「あぁ、俺達の世界じゃ「ノーマルスーツ」って呼ぶんだけどな。MSは宇宙での戦闘も多いから宇宙服も兼ねてるんだ」
「…確かに、それ見てると強化装備って恥ずかしいな」
改めてノーマルスーツと強化装備を見比べて、タリサは複雑な表情をする。ノーマルスーツも確かに身体のラインは出る。出るとこ出て引っ込んでるとこ引っ込んでる女性ならば尚更だろう。だが、それでも強化装備の方が遥かに恥ずかしい。何せ完全に身体に密着している上にかなり生地が薄いのだ。ノーマルスーツと強化装備を見比べ、タリサはそれを実感した。
「でも悪いことばかりじゃないぜ?俺は目の保養になるし」
「そりゃあ男の意見だろうが!?アタシには良いことねぇ!」
「いやいや、女でも同性愛者なら…」
「もっと良くねえよ!」
涼牙の軽口にタリサが顔を真っ赤にしながら反論する。そんな彼女に対して涼牙はケラケラと笑っていた。
「だいたい、アタシのなんか見ても面白くねえだろ?」
顔を紅くしながら、タリサは自身のスタイルに視線を落とす。もう十九であるのにほとんど凹凸の無い自身の身体。しかし、涼牙は首を横に振ってそれを否定する。
「ん~、別に俺は嫌いじゃないぜ?俺は基本的にスタイルとかあまり気にしないし」
「え…?」
涼牙の予想外の答えにタリサはさらに顔を紅くする。今まで周りの男性達はことあるごとにタリサの子供なスタイルをからかってきた。だから涼牙も同じかと思ったのだ。
「さて、そろそろデルタカイに乗り込むか」
「…おう!」
涼牙の問いかけにタリサは未だ顔が紅くながらも明るい表情になって答える。実は彼女はデルタカイに乗るのを楽しみにしていたのだ。
「ほら、こっちだ」
涼牙はタリサと共にリフトでコクピットまで上がると彼女の手を引いてコクピットの中に乗り込み、サブシートに導く。
「さっきシミュレーターでも思ったけど、MSってシートベルトついてんだな」
「戦術機にはないのか?」
「ないっていうか、座席に着くと固定される」
「…成程」
涼牙はタリサの言葉に納得する。この世界とガンダム世界にはこういった微妙な技術の違いもあるのだろう。
「さて、行くか」
喋りながらもテキパキと涼牙は機体の機動準備を進め、タリサもしっかりとシートベルトを締める。勿論、デルタカイの「ナイトロ」は例によってオフにされたままである。
「システムオールグリーン、ガンダムデルタカイ…起動」
涼牙が手元の機器を操作してデルタカイを起動する様を、後部サブシートのタリサは頭だけ横から出して「おぉ」と目を輝かせて見ている。するとデルタカイの全天周モニターが起動し、周囲の光景が鮮明に映し出される。
「すげぇ…こんなに全部見えんのかよ!?」
「まぁ、コレは一部の世代以降の機体だけだけどな」
実際全天周モニターは宇宙世紀の機体が主であり、それ以外の機体には搭載されていない。ちなみに、この艦に搭載されているもう一機の予備機は全天周が搭載されていない機体である。
≪ハッチ解放!カタパルト接続!発進ドウゾ!発進ドウゾ!≫
通信でハロからの通信が入り、涼牙達の視界に青い空が見え始める。
「タリサ、カタパルトで結構なGがかかるけど我慢しろよ?」
「おう!」
涼牙の問いかけにタリサはサムズアップして答える。そんな彼女に気を良くしたのか、涼牙は笑みを浮かべた。
「氷室涼牙、ガンダムデルタカイ…GO!」
「ぐぅ!!」
カタパルトの起動と共に強いGが二人を襲う。涼牙はすでに馴れているが、初めてのタリサは目を瞑り、歯を食いしばってGに耐えた。
「よしっと…」
キャリー・ベースから発進し、Gが落ち着くと涼牙はデルタカイをウェイブライダー形態へと変形させる。
「うわ…すげぇ…」
「デルタカイは可変MSだ。長距離飛ぶならこっちの方が良いからな」
突如変形したデルタカイにタリサはさらに目を輝かせる。
「…こんなに高く飛んだの初めてだ…」
さらにタリサの視線は全天周モニターに映った空に向く。普段、戦術機は光線級を警戒して此処まで高く飛ぶことはない。光線級の脅威を教え込まれていたタリサにとって、空は恐怖の対象でしかない。だが、今はそんなこと気にする必要はない。遮るもののない青空に彼女は只々感動していた。