魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
『えっと、え~っとぉ。キラッとピカッと、二つの光が……』
「おい、だし子! そういうのいいから早く盾を出してくれっ、盾!」
ぐわんぐわんと肩を揺らすと、
『あううっ、わかったし、わかったし! じ、GFシールド展開ッ!』
両手を突き出した途端、そいつの目の前に金色の巨大な盾が展開される。
それと同時に炎を繰り出したファムルスだったが……おお、こりゃ凄い凄い。
傷一つも付かないシールド。
俺のスノプリよりも硬い盾に羨ましく思っていると、
『ご主人様、もう一度アクセルランスのグリップを左に回して!』
「えっ。アクセルランス? もしかしてこれブルーランスじゃなくて――」
『充填始めた今がチャンス……早くして欲しいしっ!』
「あ、はい。わかりましたんで」
ダッシュの勢いに気圧されつつも、もう一度グリップを捻って魔法を繰り出す。
これまたさっきと同じく勝手にスノドロがアクアドロップに変換されてファムルスをかき消したワケなんだが……。
ううむ。やっぱり気になるよなァ。
ふぅっと息をついているダッシュの頭に乗っかっている光輪をちょいちょいとつまんで、
「なぁ、だし子。お前さんもしかしてこの槍のこと知ってんのか?」
『……うん。ちょびっとだけ』
と。
ダッシュがこちらを向いたときだ。
『お兄ちゃまっ!』
コロナの声。
そして、続けざまに白狐がこちらへと突進してきたではないか。
「くっ、本体様のお出ましってか!」
すんでのところで避けると、俺はシロツキへと槍を――アクセルランスを向けた。
『ご主人様。今ちらりと見えたんだけど、あの大霊獣様の眼が光ってたし』
「するってェと、集束してるってことかィ?」
『でも……なんか体がちょっと小さくなってる気がするし』
そう言われれば、確かに……。
『おそらく、自分の体を削ってファムルスを射出したと思うのです。だから、火力が弱まった分、眼を使って魔力を強化しているんです……』
どこか辛そうに言うコロ美。
「だったら弱ってる今だねェ! 全魔力を叩き込んで一気に決めてやる……ッ」
一旦地上に降りると、俺は背後にいる金髪へと声を掛けた。
「あれをやるぞ!」
『……了解だしっ!』
パチン、と水色の瞳をウィンクさせるダッシュ。
直後、ゴールデンベリルへと姿を変えたそいつを掴んで、俺は苦しそうにしているシロツキを睨みつけた。
「テメェが一体何なのか知らねーが……降りかかる火の粉は払わなきゃいけねぇんだよ!」
ゆりなが居ない今、あいつを鎮めるにはあの力に頼るしかない――雪と光の融合、スノーシャインに!
+ + +
とりあえず、変身する時間を稼がねェとな。
「ぷ~ゆゆんぷゆん、ぷいぷいぃーぷぅっ! すいすい~」
軽くバックステップをして、
「口から大吹雪! 『スノーブレス』ッ!」
前かがみの格好で力いっぱい雪を吐き出す。
……うしっ、こんだけ撒けばいいだろ。
「どわっ!」
ホワイトアウト状態になった為か、やたらめっぽうファイアブレスを放つシロツキ。
ううむ。いささかに危ねーぜ……。念のため退避しとこうかね。
ササッと木陰に隠れると、俺はゴールデンベリルを空に向かって掲げた。
「融合変身……ッ!」
俺の合図とともに、黄金色の光を宿す宝石。
――あの状態になれる時間はおそらく五分も無い。
なるべく余裕を持って三分以内にケリをつけねェとな……。
「シャイニングパワー! トランス・ザ・ゴールデン!」
変身呪文を叫び、
「ビースト、インッ!」
胸のハート宝石にダッシュのベリルをぶち込む。
ふわりと暖かい風が俺の頬をくすぐり、そして融合後のダッシュが現れた。
そいつは優しく微笑むと、俺に向かって両手を差し出してくる。
「…………」
『あう? ご主人様、お手々出して欲しいし』
「――あ、ああ」
以前やったように両手の指を絡めたのだけれども……。
「なんかよォ、いささかに恥ずかしいんだよな、この変身方法」
『えへへ。私は全然恥ずかしくないし』
クスクスと笑い、俺の胸に頬を寄せると、
『雪と光の融合、私の力を全てご主人様に捧げます。その名は……』
そこまで言って俺を見上げるだし子。
最後の言葉を待つそいつに、俺はゆっくりと頷いてみせる。
「その名は――スノーシャイン」
途端、光の輪へと姿を変え、俺の全身を包み込んでいくダッシュ。
凄まじい輝きとともに俺のコスチュームを次から次へと脱がしていく。
光輪が足元からせり上がっていき、青を基調としたフレアスカートを黄色いミニスカートへと着替えさせる。
同じようにレオタード状の白いコスを黄色いチューブトップ衣装へと変化させ、そしてシャカシャカと俺の髪型を弄くって最後にフラッシュを放つ。
つまるところの終了のお知らせ。
「……終わったか」
えーと。かかった時間は、おおよそ三十秒ぐらいか。いやはや、さすがに新式の変身よりかは短いようだねェ。
「おお、体が軽い軽い!」
ぴょんぴょんとその場でジャンプし、
「さァて。そんじゃま、とっとと消火作業しますかねェ」
勢いのまま羽を広げようとしたところで、
『ひ、否定。羽は、メッなのです。パパさんの魔気が凄すぎて制御出来ないのですっ。今の状態だとまたぶつかっちゃうんです』
そんな焦りの声に、俺はあのときの戦い――コピー戦を思い出した。
強化され過ぎちまったせいか、羽をコントロールすることが出来なくてコピーに激突してしまったんだよな。
ううむ。じゃあ、どうやって近づこうかねェ……。
そう、腕を組みながら考えていると、
『むふーっ。おまえさん、なにか忘れてるし』
コロ美とは対照的に余裕の声をあげるチビ鮫。
「んあ。忘れてるって何のことでぇい?」
『あななの能力!』
能力って……たしか疾駆だろう?
それが一体――
「あっ! そうか、羽がダメなら『疾駆』で走ればいいのか」
そうだった。空での移動を制限されても、俺の場合ダッシュがいるから地上でもスピードが出せるんだよな。
「でも、だし子は俺と融合してるんだよな。そーなると、どうやって『疾駆』を使えばいいんだァ。ただ走ればいいだけとか?」
ここら辺がややこしいっつーか、イマイチよく分からねーぜ。
あんまり時間が無いし、うだうだ考えてもいられないんだが。
『えっと、昔のあなながね、目的地の呪文を唱えれば瞬間移動出来るって言ってるし。さすがに空中じゃ使えないみたいだけど……』
も、目的地の呪文!?
「あんだそりゃ。コロ美知ってるか?」
『うーっ。否定なんです……。模魔の能力のことは少しだけしか分からないのです。お姉ちゃまだったら何か分かるかもですが』
クロエ、か。
そういやあいつまたどっかに行きやがったな。
俺たちがピンチってときに限って居ないんだもんなァ……。ったく、勘弁してもらいたいぜ。
と。心の中で嘆息したとき、いきなり聞いたこともない声が耳に入ってきた。
コロ美でもないし、ダッシュの声でもない。
キョロキョロと周りを見渡してみるが、未だに呆然と座っているシャオくらいしか居ない。
トーゼンあいつの声とはほど遠いし……。
そいつは目的地の呪文とやらを俺に教えてくれたようなんだが……いや、待てよ。
そう言えば、チビチビが石風邪をひいたときにも不思議な声が聞こえたような――
『パパさん、多分ですが、融合変身の残り時間があと二分ちょっとしか無いんです。こうなったら羽で飛ぶしかないのですっ』
げげっ、もうそんだけしか時間ねーのかよ!
「ま、待て待て。その目的地の呪文とやらが分かったからそれをやってみるぜ」
とりあえずとばかりに、俺はアクセルランスを肩に担ぐと、左手をグーの形で突き出した。
もう迷ってる時間は無いんだ。一か八か、あの声に従うしかねェ!
「ぷーゆゆんぷゆん、ぷいぷいぷぅっ! すいすい~……」
そう呟き、シロツキの全身――主に壱式が握られた尻尾部分を頭に浮かべる。
「駆けろ、ディスティネーション――俺の、俺様の『目的地』はテメェの背後だァ!」
左手をグーから指差す形へと変えた次の瞬間、まばゆい黄金色の粒子が俺の体を包み込んだ。
「どわっ!?」
突然、目の前にシロツキの巨大な尻尾が現れたもんだからたまらない。
一体なにがなんだか……。
目を丸くするばかりの俺に、
『むふーっ、さすがおまえさんだし! あっさり成功させたしっ』
『こ、これが目的地の呪文ですか……本当に凄いスピードなんです』
二人の感嘆の声から察するに、どうやら『目的地』の呪文を唱えることに成功したみたいだ。
つーか、マジで瞬間移動じゃねーか。
こいつらの感覚じゃあ速いって認識らしいが、俺からしてみれば唱えてすぐにシロツキの背後に出たぜ。
スノーシャイン状態でしか使えないけれども、こりゃあスゲェ魔法だぜ。
まあさすがに、どこでも行けるシャオメイのシャドーと比べたら地上限定って弱点はあるが……。
『パパさん、あと一分くらいなのですっ!』
「オーケイ、そんだけありゃあ十分だ」
アクセルランスのグリップを左に力強く回す。
何度も回し、エンジンが掛かったところで、
「いささかに恐縮だけれども、壱式は頂くぜ……! すいすい、エメラルド――じゃなかった、ゴールデンダストォッ!!」
と。唱えたはいいものの、一向にダストを出す気配の無い弐式。
『おまえさん、アクセルランスは左に回したら水の魔法しか出せないしっ。氷は出せなくなっちゃうんだって』
「な、なんでだァ?」
『あうー。あななもよく分からないし。昔のあなながダメだって言ってるのっ』
ええい、ややこしい!
だったら水の魔法を出せばいいんだろ、水の魔法を!
「ぷ~ゆゆんぷゆん、ぷいぷい、ぷぅ! すいすい、『スプラッシュゴールデン』!」
その瞬間、槍先から黄金色の水流が勢いよく噴き出した。
あれよあれよという間にシロツキの炎を消していくスプラッシュ。
俺が背後に居たのに気付いてなかった為か、水しぶきの直撃を喰らった白狐はその場に崩れ落ちた。
槍の石突き部分の宝石をチラッと見てみる。
残りの霊薬は一割も無い、か。
多分だが、ランス状態だとかなり霊薬の消費が激しい気がするぜ。
まあ……出る魔法すべてが加減知らずだからねェ。
「よし、あとは尻尾をぶった斬るだけだな」
言って、ランスからアクアサーベルへと弐式を変化させたとき、
『……お兄ちゃま』
今にも泣きそうなコロナの声が聞こえてきた。
「…………」
サーベルを振り上げたまま、俺はすっかり小さくなってしまった白狐を見下ろした。
まるで普通の狐のような体になったそいつは、辛そうに息を吐きながら立ち上がろうとしている。
だが、もうすでに限界なのだろうか、たたらを踏んで再び地面へと倒れ込んでしまう。
「お前……」
緑色に明滅する壱式。その中身――霊薬はすでに空っぽだった。
尻尾から転げ落ちる宝石に、俺はグッと唇を噛んだ。
『ど、どうして拾わないし?』
剣を振り上げたまま動けずにいる俺に、ダッシュが疑問を口にする。
たしかに、ここで霊鳴を拾うのは簡単だった。
こいつから……霊鳴を『奪う』のは。
「なあ、シロツキ。お前は何でそんなに壱式を守ろうとするんだよ……こんな痛い目にあってまで、なんでだよ」
それでもそいつは答えずに、壱式を口に咥えて立ち上がる。
よろよろとおぼつかない足取りで向かうその先には……シャオメイが居た。
――まさか、あいつに渡すつもりか!?
「マズイ……!」
慌てて駆け出そうとしたとき、とてつもない頭痛と共に、俺の胸からダッシュの宝石が勢い良く飛び出した。
「ぐあっ!!」
同時に、コロナのエメラルド宝石も飛び出し、俺はあっという間に元の姿へと戻ってしまった。
あまりの激痛に、その場に膝を付いてしまう。
ぼやける視界の中、シロツキはシャオのもとへと辿り着いた。
呆けたままのそいつをジッと見て、匂いを嗅ぐ白狐。
そしてクルクル周りを回ったかと思うと、シャオの前にちょこんと座って小さく鳴き声をあげた。
「ひゃっ!?」
ようやく気付いたのか、怯えたように身を引くシャオだったが、傷ついたシロツキの姿を見て複雑そうな表情になる。
「……パパさん」
いつの間にか俺の隣には園児の姿へと戻ったコロ美が居た。
そいつは拾ったダッシュリングを俺に渡して、
「ごめんなさい、コロナのせいで……」
ペコリと頭を下げた。
「そういうの面倒くせーから、謝るのは禁止な」
痺れる手で頭を撫でながら言うと、そいつはギュッとスモックの裾を掴んで俯いてしまった。
……きっと、チビチビなりにも色々思うところがあるのだろう。
シロツキ――お兄ちゃまとの関係性はよくは分からないが、慕っていたことだけはよく分かる。
「もうコロナの声は届かないんです。お姉ちゃまの言っていた通り、やっぱりお兄ちゃまは……あの人を」
そう呟いて白狐のほうへと視線を向けるチビチビ。
その先にはシャオの膝の上で眠るシロツキの姿があった。
「……な、なんなのよ」
ワケも分からずといった様子で狐を見下ろすシャオメイ。
フワッ、と。シャオがそいつの背中を撫でた次の瞬間、いきなり無数の光の玉へと姿を変える白狐。
そしてそれは次々にシャオの体の中へと吸い込まれていく。
「どうなってんだ、こりゃあ?」
その様をただ呆然と見ていると、シャオの体が眩しく輝き始めたではないか。
同時に、そいつの胸の前に緑色の宝石――霊鳴石壱式が現れる。
「ま、まさか、これが壱式だっていうの?」
おそるおそる手を伸ばしたシャオだったが、ゴクリと喉を鳴らすと意を決したように、一つ頷いた。
「……傀儡の石よ、今再び我が下へ蘇りなさい! 霊鳴ッ!」
おいおい、これって霊鳴の封印を解く呪文……だよな。
クソッ――止めようにも体が言うことを聞かねェ!
「壱式封印解除の呪文をここに記す――イグレスレイヴ!」
呪文を唱え終えた瞬間、緑の閃光がシャオの手元へと降り注ぐ。
やがて現れたるはおぞましい造形の緑杖……それを掲げてゆっくりと立ち上がるシャオメイを見上げて、俺は深くうな垂れた。