魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「あいつ、もしかして俺らを待ってんのか?」
ったく。何を企んでやがるのか知らねーが、余裕たっぷりってカンジじゃんか。
『あれ? 行かないんです?』
「と、とりあえずちょっと様子見でぇい」
俺はその場に座り込むと、ゴクリと喉を鳴らしてシャオを注視した。
大きなあくびをしたり、髪をクルクル弄ったり。マントの中から棒付きキャンディを取り出して、舐め始めたり。
……なんか、ここに来るまでビクビクしていた俺がアホらしくなるような行動ばかりをとってやがるぜ。
「あっ」
やにわに、シャオが声を上げた。
なんだろうと思っていると、そいつの周りにリスやら小鳥やらが集まってきたではないか。
「ちょ、ちょっと、なによあんた達。小動物のクセに人間様の食べ物をねだるつもり? 浅ましいったらありゃしないわね」
いやいや、動物相手に悪態ついてどーすんだよ……。
しかしながら。このままでは、リスどもが危ういな。
時園で見た光景――影達を尻尾で捕まえ、シャドーの中に引きずり込んでいくあのシーンを思い出し、いよいよ出て行こうかと思ったとき。
「……もーっ、うっさいわねぇ。わかった、わかったって。でも、こんな安物の飴なんてちっとも美味しくないわよ。三十円よ、さんじゅーえんっ」
そう言って、食べかけの棒をヒラヒラ振るシャオメイ。
すると、我先にとそいつらが棒に集まっていく。
だが、当然ながら食べ方が分からないようで、クチバシでつついたり、持つ部分を前歯でかじったりといったヘンテコな行動ばかりしている。
そんな様子に、シャオがプッと吹きだして笑った。
「バッカバカじゃん。なにしてんのよ、あんたら。ほら、食べられるのはココだってば」
と。飴のかけらを手の平に取ってリスと小鳥たちに配り始めたではないか。
「言っとくケド、こんなの食べてお腹壊してもあたしは知らないからね。帰ったらママやパパに怒られちゃうんだから……って、どんだけ夢中で食べてんのよ。ったく、ちっこいクセに食い意地だけは立派ねぇ」
「…………」
驚きの声すら出ない。
いつも怒っているか、それか笑っていても『不敵な笑み』といった憎たらしい表情ばかりのそいつが。
屈託のない笑顔で動物達に自分の飴を分け与えているだなんて――
『あんな楽しそうな顔、初めて見るんです……』
「けっ。騙されるなって。きっと、これもワナなんだろうよ」
そう。おそらく計算の内だろうって話さ。
俺の魔気とやらに気付いて、小芝居を打っているに違いねェ。
クソッたれめ。どこまでも小賢しいヤツなんだ……胸糞わりィ。
『パパさん……』
「いっひっひ。いささかに恐縮だけれども、俺はお優しいチビ助とは違うんでさァ」
迷いの声色で俺の名を呼ぶチビチビにそう言い捨て、俺は草むらから飛び出した。
「お望みどおり来てやったぜ、シャオメイ……!」
杖を振り回してそいつに向けてやる。
……だぁれが、油断なんてするかってんでェい。
俺は、ゆりなのようにお人好しじゃない。
そして、正義の味方になった覚えもない。
「――さあ、おとなしく壱式を俺様に渡しなァ」
いつでも魔法をブッ放せるように、大量の魔力を手元に込め、俺はニヤリと笑った。
+ + +
「ぴぃっ!?」
急に出てきた俺に驚いたのか、一目散に樹の上へと逃げ出す小鳥たち。
そいつらをチラリと一瞥して、シャオは緩慢な動きで立ち上がった。
「……ふ~ん。ちゃんと、あの手紙を読んだみたいね」
さっきまでの無邪気な笑顔なんてとっくに消えちまっている。
そいつは、おそろしく冷たい表情で俺を睨みつつ、
「やっぱり猫憑きは居ない、か」
と。低い声で言い、続けて何かを呟いた。
やたらと小さな声だったもんで、上手く聞き取れなかったのだけれども……一体なんて言ったんだァ?
うーむと、俺が眉をひそめていると、
「来なさい、シャドー」
スッと指輪に口づけをして簡易召喚を果たすシャオメイ。
黒い粒子とともに背後へ現れるブラックホールに、俺は一歩だけ後ずさる。
こいつ、シャドーなんて呼んで――まさか、ここで俺とやり合うつもりなのか?
……ああ、なるほどねェ。そういうことかィ。
「わかったぜ。端から壱式なんてもん無かったんだろ。森におびき出して俺たちを始末しようって魂胆だったとはね。いやはや、まったく恐れ入るぜ」
まあ、そんなこったろうとは思っていたがな。
そう薄く笑ったとき、そいつのスカートの中から尻尾がニュルリと顔をのぞかせた。
「チッ。マジでやるつもりかよ」
無言でこちらへと近寄ってくるそいつに身構えていると、
「……ククク」
不気味な笑い声と同時に、尻尾が樹の上まで伸び、退避していた小鳥とリスを捕まえたではないか。
なにをされているのか解っていないのか、首を傾げてシャオを見上げている小鳥たち。
「な、何をするつもりなんでぇい?」
そう訊くと、シャオは鼻で笑って、
「さっきからチョロチョロと目障りなのよねぇ、このゴミ虫ども」
「……!?」
そのまま、ポイッとシャドーの中へ――ブラックホールへと放り込んでしまいやがった。
あっけなく葬られたそいつらに唖然としていると、
『酷過ぎるんです……』
悲しそうな声でコロ美が呟いた。
さっきまであんなに楽しそうにじゃれ合っていたのに。こんなに――簡単に殺してしまうだなんて。
「クソが……ッ」
やっぱり、こいつは普通じゃねェ。
ゆりなには悪いが、こんなヤツと『仲良く』だなんて到底無理な話だ。
俺はキッとシャオを睨むと、
「どうでぇい、チビチビ。これで解っただろ? ああいうことを平然とやっちまうヤツなんだよ。だから、手加減や同情は一切なしで頼むぜ」
『……肯定なのです』
つーか、手加減もなにも。全力を出さないとハッキリ言って勝ち目ないだろうな。
そもそも全ての魔力を出し切ったところで――
「あのさぁ。さっきからなにブツブツ言ってんのよ。ほら、こっちだってば」
いつの間に俺の横を通り過ぎていたんだろう。
呆れ顔で手招きをしているそいつに、
「……広い場所でやろうってか。まあ、俺はどこでも構わないんだがねェ」
霊鳴を曲刀――アクアサーベルへと変化させつつ言ってやる。
「バッカバカじゃん。あんた如きがあたしに挑もうだなんて百万年早いのよ。それより、アレよ、アレ」
「アレ……?」
シャオが顎で指した方向に、なにやら白い霧がかかっていた。
なんだろうか、と。頭に疑問符を掲げながら目を凝らしたときだ。
突然、森全体が暗闇に覆われたかと思うと、ポコポコと淡く光る緑色の玉のようなものが地面から沸いて出てきたではないか。
「な、なんでぇい!? シャオ、お前さんの仕業かァ?」
「バーカ。そんなわけないでしょ」
一つ肩をすくめてから、ずんずんと草木をかきわけて進んでいくシャオメイ。
そのまま白い霧の中へと入っていくそいつに、俺は思わず喉をゴクリと鳴らした。
よくあんな危なそうなところにズカズカ入っていけるな……紗華夢なんたらさんの余裕なのか、はたまたただの命知らずか。
「おい、チビチビ。あの霧の中には何があるんでぇい? それとこのヘンな緑の発光体はなんだァ? いきなり夜になっちまうし、まったくワケが分からねーぜ……」
と。俺は自分の胸にある宝石に手を当ててコロ美に訊ねてみた。
『コ、コロナも分からないんです。でも……弐式の反応を見る限り、この先に壱式があるかもしれないんです』
言われて気付いたが、確かに弐式がおかしな反応を見せている。
サーベルに変えたハズなのに勝手に杖の状態へ戻ってるし、ピカピカ明滅したり、水蒸気を出したりと、いささかに興奮気味だ。
ううむ。もしかして霊鳴同士で『共鳴』でもしてるのかねェ。
でも、壱式はすでにシロツキとやらに壊されてるんだろ? するってぇと、残る霊鳴は参式っつうことに――
「ちょっと、なにボケッとしてんのよっ。あんたもはやく来なさいってば」
「うわわっ!?」
急に手を引っ張られたもんだから、盛大にずっこけてしまった。
口の中に入った土をペッペと吐き出しつつ顔をあげてみると、そこにはシャオメイがむくれ面で立っていた。
いわゆる仁王立ちというポーズで、
「……バカてふ。なんで猫憑きを呼ばなかったのよ。怖いんなら一緒に来れば良かったじゃん」
「へっ。チビ助を呼ぶまでもないってね。つーか、別に怖くなんかねェし。ただ考え事をしていただけでぇい」
コスチュームについた葉っぱを払いながら立ち上がると、そいつは「ふうん?」とイヤミな笑みを俺に飛ばした。
「そーなんだ。あたしはてっきり猫憑きを庇っているのかと思っていたわ」
「庇う?」
「だって。あの子がココに来たら、また酷い目にあっちゃうかもしれないじゃない。だから……猫憑きには秘密にして一人で来たのかなってさ」
「…………っ!」
図星を突かれ、俺は思わず言葉を失ってしまった。
ただうろたえるばかりの俺に、シャオはフッと少しだけ表情を緩めて、
「あんたってホント分かりやすいわよね。ちょっとは隠す努力をしたほうがいいわよ。『目は口ほどに物を言う』なんてことわざがあるケド、バカてふの場合、目じゃなくてコレね」
と。俺の頭のてっぺんから飛び出しているアホ毛を指で弾きやがった。
どういう意味なんだろうかと、毛をちょいちょい引っ張っていると、
「まっ。猫憑き一人ならまだしも、あんたみたいな低レベルが一人で来たところであいつを鎮めることは無理だと思うケドね。ましてや壱式を奪うことなんて絶対に出来っこないわ」
「あ、あいつって誰のことを言ってんだァ? というか、壱式はお前さんが持ってるんじゃねーのか? あ。でも、コロ美が言うには、とっくに壊れちまってるみたいだけれども……」
そう言うと、シャオは再び真顔になってこちらに背を向けた。
そいつは自分の髪をクルクル弄りながら尻尾とシャドーを仕舞うと、
「……イチイチ答えてらんないってーの。直接見たほうが早いわよ。ほらっ」
なんて、手を差し出してきたではないか。
「あ、ああ……」
思わずその手を握ったのだけれども――あまりの冷たさに、俺はパッと手を離してしまった。
「なによ。別にあんたを取って喰うつもりなんてないわよ……今のところはね」
ううっ。いささかに不気味なことを言いやがるぜ。
「そういうワケじゃなくてよォ、なんかお前さんの手がやけに冷たくてさァ」
少しだけ肩をすくめてもう一度手を握ると、
「バッカバカじゃん……あんたが、あたたか過ぎるだけよ」
ぼそりと小さく呟いて、霧の中へと歩を進めた。