魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
小学校といえば大体は私服であり、制服を着用して登校する様はあまり見たことがない。
俺もあの頃は(つっても、二年前程度だが)テキトーな服に黒いランドセルという、どこにでもいる至って普通の小学生らしき格好で毎日通学路を闊歩していた。
黄色い通学帽子程度はあったかもしれないけれども、堅苦しい制服などとはもちろん無縁の生活。
……なのによォ。
「に、にはは。しゃっちゃん、そんなにジーっと見ないでよぅ。なんか恥ずかしいかも」
「いいじゃねーか減るもんじゃねーんだからよォ。なんつーかさ……いささかに珍しくてねェ」
「ふえ? 珍しいって?」
と、小首を傾げるゆりな。
そいつを見ながら俺はベッドに座りなおして足をブラブラさせた。
「いやあ。小学生っつうもんはフツー、私服で学校に通うモンだと思っていたからさ。お前さんの学校には制服なんて面倒くせェもんがあるんだな」
言うと、チビ助はファッションショーのモデルよろしくその場でくるりと一回転して、
「そうだよ~。えへへっ、これ可愛いでしょ。ボク、結構気に入ってたりっ!」
「まあ、確かに可愛らしいとは思うのだけれども……」
思うの、だけれども。
なんと言ったらいいものか……。
言葉を選ぶべきかなと思ったが、けっきょく面倒になって最初に頭に浮かんだワードを言い放った。
「お前さんの学校の校長はヘンタイさんなのかィ?」
「えっ、どーして!?」
当然びっくり顔のそいつに、
「だってよォ……そ、その制服はさすがに露出が激しいっつうか、なんつうか」
そう。
いくらなんでもワキ丸出しというノースリーブな制服はどうかと思うワケで。
朝はドタバタしてしたからあまりツッコめなかったが……。
やはり見れば見るほどデザインがガキんちょの制服らしくないのだ。
上は赤いリボンとフリフリの付いたゴージャスなデザインの白ブラウス。
反面、下の白いスカートは赤ラインが入ってるだけという、至ってシンプルなデザイン……なのだが、このスカートがまた短いのなんのって。
俺がダッシュと融合したときのコスチュームに比べればまだ丈はある方だが――それにしても短すぎる気がするぜ。
うむぅ……っと。俺がどこぞの偏屈ジジイよろしく口をへの字にひん曲げて見つめていると、
「そっかなあ? ボクはこれくらいサッパリしてた方が動きやすくて丁度良いけど」
再度くるっと回ってみせるチビ助。
そしてピタリと俺の正面で止まると、にっこり笑顔でダブルブイサインを繰り出し、チョキチョキと動かした。
「いやはや。お前さんの頭ん中も中々にサッパリしていらっしゃるようで。俺だったらそんな格好で学校に通うなんて、いささかに小っ恥ずかしくて無理だな」
「そんなことないよっ、しゃっちゃんだったら絶対に似合うと思うもん!」
「だから、似合う似合わないとかそういう話じゃなくてさァ……恥ずかしいって言ってんの」
言いつつ、ゆりなの丸出しになっている肩にどうしても目が行ってしまう。
俺の視線に気付いたのか、ゆりなは自分の肩をチラっと見たのち、再度こちらへ向き直って、
「えーっ! しゃっちゃんだって、その服だとめっちゃんこ肩出てるじゃんっ」
「いやいや、これは一張羅だから仕方ないんだって。他の服持ってねーし、変身したまま過ごそうにもアレもアレで肩出てるしよォ。服の選択肢が多かったら、俺はゼッタイに露出の多い服は着ないぜ」
「ふーん……しゃっちゃんって、恥ずかしがり屋さんなんだ。なんかさー、ホントに女の子になっちゃったみたいだねっ」
なんでそんなに嬉しそうに言うのかよく分からないけれども。
とりあえず、からかわれた気がするので頭に軽い冷凍チョップをかましておく。
「勘違いすんなよなァ、別に女の姿になったから恥ずかしいってワケじゃなく、俺様は男のときから長袖派だったんでぇい。まあ、せめて何か羽織るモンがありゃあいいんだけどねェ」
「ううっ、頭ちべたいよぅ……。あっ、だったらアレがあるよ」
そう言ってタンスの中をごそごそし始めるゆりな。
アレとは何だろう、と。腕を組みながら待っていると、やがて奥の方から新品の布のようなものを引っ張り出して、
「じゃっじゃじゃーん!! これなあんだ?」
「……?」
自慢げに突き出されたはいいが、ただの真っ白い布に見えるぞ。
赤いライン模様が入ってるし、スカートか何かか?
「ぶっぶー。これはねー、こうやるんだよっ」
と。ふわりとその布を肩に巻いたところで、
「もしかしてケープみたいなやつ?」
「あったりー! この制服はねー、春と夏用なの。でねでね、春はこのケープを付けるんだよっ。夏は外すんだってさ、凄いっしょー!」
金色のボタンを留めながら言うチビ助に、
「……おもいっきしタンスの奥から出したんです。新品みたいなんです」
いつの間にか俺の膝の上に陣取っていたコロナがぼそりと呟いた。
そうなんだよなァ……。どう見ても使った形跡ゼロって感じだ。
「まっ。どうせゆりなのことだ、『ボクは寒さなんかへっちゃらだから、ケープなんていらないんだもんね!』とか言って今までずっと使わなかったんだろうさ」
「あ、ありえるんです……っ」
俺の言葉にコクコク頷いてるコロ美の鼻頭に、ゆりなが人差し指を突きつけた。
「ありえないんです! あのさー、二人ともボクをなんだと思ってるのっ」
「えっ。なんだと思ってるのって言われましても……」
ついコロ美と目が合ってしまう。
うーむ、ここは正直に言うべきかねぇ。
「夏でも冬でもランニングに短パンって格好で遊び回ってそうなイメージ……かなあ。もちろん、常時虫取り網と虫カゴを小脇に抱えてよォ」
「ですです。コロナもパパさんと同じ意見なのです」
「ひっどーい! ボクだって女の子だよ、そんな格好するの夏だけだもんっ! 冬はちゃんとセーター着てるし、マフラーも巻いてるんだからねっ」
……夏だけとはいえ、マジでそういう格好してたんかい。
などというツッコみは心の中だけに留めておいて、そろそろどうでもいい会話に終止符を打つべく、
「まあまあ。それはともかくとして、はやく着替えに行っておくれ。いささかに腹がグーペコだぜ」
いつまでたっても制服姿――ましてやケープという装備までプラスされたそいつに着替えを促すと、
「あっ、そうだった! えへへ。お外でご飯食べるの久しぶりだよぅ。なに食べよっかなー、この前はハンバーグ食べたから今日はナポリタンにしよっかなぁ」
なんて。いそいそと目の前で着替えをおっぱじめやがったではないか。
いやはや、まったく……。俺は一つ肩をすくめて、
「ちょっとちょっとお前さんよォ。こんなところでいきなり着替えを始めないでくれよ。……ったく、これだからチビ助は――」
そう言いかけたところで、
「こんなところじゃないよっ、ここはボクのお部屋だもんっ! いっつもここで着替えてるの!!」
「……は、はい。ごもっともで」
ううっ。ガオーッと怒られてしまったぜ。
ぷいっと後ろを向いて着替えを進めるそいつの背中をみながら、俺は改めてゆりなが契約したのは猫じゃなく虎なんだなと思った。
だって、あのド迫力だぜ。俺の全身がビリビリと痺れちまってるほどだし……まあ、これはただ単に、目に見えない怒りの放電を喰らっちまっただけかもしれないが。
「しゃっちゃん!」
さっさと洋服に着替え終えたゆりながこちらに振り返った。
いつの間にかポニーテールへと結わえられた髪の揺れる動きを、なんとなしに目で追っていると、
「…………」
無言で右拳をグーにして俺へと向けるチビ助。
なんだろう。腹パンでもされるのかな……。
そう、いささかにビビり始めたところで、
「これ、最初にお店の人に見せてねっ」
言って開かれた手のひらにはファミレスのクーポン券が乗っていた。
「なんだこれ。……ドリンクバー半額ぅ?」
「うん。それね、一人一枚ずつ最初の注文のときに出さないとダメなんだって。この前、お会計のときに出したらダメって言われちゃって、お姉ちゃんすっごくガッカリしてたの」
だから今度こそはゼッタイに半額にしてもらうんだ、と。
鼻息荒くして意気込むゆりなに、俺は思わずプッと吹き出してしまった。
「もーっ、笑い事じゃないんだよ! ボクは真剣なんだからねっ。しゃっちゃんもコロちゃんもみんなで力を合わせなきゃ!」
「オーケイオーケイ、わかりましたんで。半額と聞いちゃあ、俺だって黙っちゃいられないぜ。なあ、チビチビ?」
「肯定なんです! お金は大事大事だってお姉ちゃまが言ってたんです」
というワケで。
三人一様にクーポンを握り締めた俺たちは、いざファミレスへと向かった――のだけれども。
その道中で、俺は思わず立ち止まってしまった。
「……あれは、まさか」
小さな公園の真ん中、簡素な一人用のブランコに乗っている少女。
紫色のショートカットに、印象的な赤紫の瞳。
漕いで遊ぶこともせず、つまらない楽しいなどの一切の感情を見せない無表情な顔で地面に視線を落としているそいつは――時園で出会ったネームレスという子どもと瓜二つだった。
というよりも。どう見てもネムにしか見えないのだが……。
「あっ」
ふと、その少女が顔を上げ、つい目が合ってしまう。
無表情なツラはそのままに、二回ほど無言で瞬きをするネム。
ん? いや、待てよ。
ネームレスはもっと髪が短かったような気がするぞ。
確かにこの少女はショートカットだが……なんか微妙にあいつより長く感じるぜ。髪型が少し違うからかねェ?
と。そこまで考えて、俺はあるデカイ間違いに気が付いた。
そういやネムって右目に黒い眼帯をしてたじゃねーか。この子は眼帯なんてもんつけてねぇし。
い、いやはや。あやうく声をかけちまうところだったぜ……。
「しゃっちゃんちゃーん! どうなされましたかーっ?」
はるか前方で俺を呼ぶ声。
その声のする方に顔を向けると、お姉さんが心配そうな顔で大きく両手を振っていた。
「あ、すんません! いま行きますんでっ」
そう、駆け出そうとしたのだけれども。
やっぱり気になるモンで、もう一度だけブランコの方を振り返ってみる。
しかし――そこには誰も居なかった。
「あんれェ……?」
かすかに揺れているブランコに後ろ髪を引かれたのも一瞬。
早くしろと騒ぎ立てる腹鳴にたまらず、俺はその場を立ち去った。