魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「うっひょーっ! 気持ちいいーっ!」
おおよそ午前四時過ぎ。
未だ静寂に包まれたままの夜空を全力で翔け抜け、俺は月を仰いだ。
「こりゃあ、バイクなんざ目じゃねぇぜ! なあ、試作型ちゃんよォ」
呼びかけに、青いフラッシュと大量の水蒸気で応える霊鳴。
そいつの宝石部分を一つ撫で、少しだけスピードを緩める。
「いやはや、しっかしまあ。この街も中々にノンキなもんだねぇ。ホバーやダッシュ、コピーと立て続けに化け物どもが暴れたっつうのに、平気な顔してやがるぜ」
杖に跨ったまま夜景に彩られた街を見下ろしてみるが、どいつもこいつも今まで通りの生活を続けている。
ゆったりと往来する車。バイクを止めて缶コーヒーを飲んでる新聞配達のあんちゃん。せっせと作業着姿で玄関を掃除するジイさん。
「へへっ。まさか自分たちの頭上で魔法使いとバケモンがドンパチを繰り広げていただなんて……夢にも思わないだろうねェ。それらしい被害も出てないみたいだし」
と、街をぐるりと見渡す。
クロエが言うには模魔のランクや攻撃タイプか否かで街への影響力が変わるらしい。
ええと、ホバーがCで、ダッシュがEだったか。どっちも低ランクだし、『停空飛翔』と『疾駆』っつう補助型の石だもんなァ。
それくらいじゃあ、街へのダメージは無いに等しいようで。せいぜい強風が吹いた程度か。
と思ったら、コピーが投げまくった瓦の山を見て、ウォーキングに勤しむバアさんが「あんれまあ」と驚くくらいには被害を受けていたみたいだ。
ま。これは単純にコピーのランクが高かったからと考えて間違いないだろう。
いくら能力が攻撃寄りじゃないとはいえ、ランクBの最強とくりゃあ、それなりに影響するだろうし。
「……って、なにをマジメに考えてんだか。アホらし」
やれやれと軽いため息をついて、俺は長い髪をかきあげた。
ランクがどうのとか、影響力がうんたらかんたら。模魔、七大魔宝石、霊獣。魔気力、集束、裏束とやらに再点火――
そんなめんどくせェ造語たちのことを考えたくねーから空を爆走していたっつうのによォ。
ったく……いつから俺はこんなマジメちゃんになっちまったんだか。
「あーあ。やめだ、やめ。今日の散歩はココまででェい」
頭の中でゴチャゴチャと組み立てていた『魔法少女のまとめ』と書かれた積み木の山に、十六文キックをぶちかますようイメージして、俺はスィーっと降下した。
「よっこいしょういち、ってな」
駅の屋根上に着陸して、大きく伸びをする。
「ふーっ。でもまあ、毎日の日課にしてもいいくらいスカっとしたぜ。めんどくせェことを忘れるには飛ぶのが一番だな。ちょいとばっかしケツが痛いけれども」
えーっと。この駅は、確かゆりなの家に一番近い駅だったよな。
屋根から身を乗り出して駅看板を見てみると、そこには『南流山』と書かれていた。
おお、よかったよかった。調子に乗って全速力で飛びまわったせいか、霊鳴の中の霊薬が尽きそうだったんだよな……。
この駅からだったらゆりなの家まで歩いて五分くらいだから、飛べなくなってもなんとか家に帰ることが出来るぜ。
なんて安堵していると、妙にデカイ笑い声が聞こえてきた。
「だっはっは! マジかよ、それでそれで?」
「んでさー、そのセンコー顔真っ赤にして俺のこと睨んでくるワケ。あー、いいんですか? 今のご時勢、生徒を叩いたらヤバイんじゃないッスかって言ったらプルプル震えてやんの!」
「やっべー、超想像出来っしー! ウケっしー!」
駅のそばにあるコンビニの前でヤンキー座りをしている三人組だった。
中学生なのか、男二人は学ランを着ていて、もう一人の女の子はブレザーを着ていた。
喋っては手を叩いて笑いあうそいつらに、俺はフッと頬を緩める。
「なんでぇい。この世界にも俺と似たようなヤツらがいるのか」
制服の着崩し方のセンスやら髪型の流行りの違いはあれども、バカやってますってカンジは俺が居た世界と変わらないようだな。
そいつらに倣い、俺も久々にヤンキー座りをして、
「はあ……暇そうなあいつらが羨ましいぜ」
と。頭をポリポリかいた。
数日前までは俺様もあんな感じだったのによォ。いきなり異世界に飛ばされるわ、こんなガキんちょ姿に、しかも女の呪いをかけられるわで……。
そんでもって魔法少女になって敵と戦えっつーオマケつきだぜ。人生どうなるか分かったもんじゃねーよなァ。
なんて月を見上げながらしみじみとそんなことを考えていると、
「お、おいィイ! 駅んところに女の子が座ってんぞ!」
げげっ、そいつらの一人が俺を見つけたらしい。
短髪の男が「アレ見ろよ、アレ!」と両隣の仲間の肩を揺すってる間に、俺は霊鳴に跨って脱兎の如く反対側へと飛んで逃げた。
「うっひゃあ、危なかったぜ」
まさか、あいつらこっちまで追いかけてこないだろうな……。
一応まだ始発前らしく、駅のシャッターは閉まってるから、こっち側には来られないとは思うのだけれども。
そう息を切らしながら冷たいシャッターに頬を当てて聞き耳を立ててみると、
「マジだよマジ! 看板の近くで白髪の外人みたいなメガ可愛い小学生くらいの女の子が座ってたんだって! しかもパンツ丸出しのヤンキー座りで!」
「はあ? お前そういう趣味があったのかよ。マジ引くわー」
「ちげえよ、バカ! 引く前に驚けよ! こんな時間に、しかもあんな場所に子どもがいるワケねーだろっ」
「あ、そーいえば確かに……」
「や、やべっしー! その子もしかして幽霊じゃね?」
「幽霊って、もしかして飛び込み自殺した霊とか!?」
「マジかよ!? 俺ら、その子にとり憑かれたんじゃね! お、お、お祓いしてもらいに行こうぜ!」
「死にたくねっしー!」
「うわああっ!!」
大騒ぎして走り去ってしまったのはいいのだけれども……なんつーかスゲェ酷い言いようだな、オイ。
「ばーろォい。俺は幽霊じゃないっつーの……ちゃんとした人間でぇい」
いささかに傷ついてトボトボと下を向いて歩いていると、肩にドンと何かがぶつかった。
「あら、お嬢ちゃん。大丈夫?」
「あ、すんません……」
そう言い、一歩退いて顔を上げたのだが――
「……うわわっ」
俺の目の前に二つの巨大過ぎる山があった。
どうやら、ぶつかったのは女性だったようで、ピチピチの白いタンクトップに黒いホットパンツという露出度の高い服を着ていた。
十代後半ないしは二十代前半だと思うのだが、カジュアルな格好なのにも関わらず凄まじい色気を放っているお姉さん。
乱雑にセットされた黒髪のショートヘア(何故か左側だけやけに伸ばしている)に、ワインレッドのやや切れ長の目。口にはタバコを咥えている。
気だるそうに壁にもたれかかり、これまた気だるそうに煙を吐き出すその姿は、まさに俺の理想の女性像そのものだった。
「どうしたの、ポーっとして。熱でもあるのかしら」
「い、いえ、大丈夫っす」
「あら、そう?」
そ、それにしても……。俺はごくりと唾を飲み込んで必死に目線を上げるよう踏ん張った。
なんせ気を抜けば、すぐに大きすぎる胸に吸い寄せられてしまうワケで――あの大きさ、ゆりなのお姉さんよりも数段上回ってるぞ。
「まあ。そんなにジーっと見つめちゃって。お嬢ちゃん、私の胸が気になるの?」
や、やべえ。いつの間にか目線が釘付けになっちまっていたようだ。
うう。仕方あるめぇ、これが男のサガってもんでェい。
「え、あ、いや……」
しどろもどろになって言葉を詰まらせていると、
「ねえ……触ってみる? 興味あるんでしょう?」
なんて言って、両手でギュッと寄せて胸を強調するお姉さん。
下着をつけていないのか、たゆんっと柔らかそうに、しかしロケットのように形良く突き出されたそれに、俺はただひたすらに困惑してしまう。
ひえええ。悩殺とは、まさにこのことだぜ……じゃなくて!
「きょ、恐縮だけれども、俺はあの、男だから、そーいうのはダメっつうか、やっぱり好きな人同士で、ちゃんと順序を守らなきゃっつーか、親父が、えっと、あのその……」
あわあわと手を振りながら、半泣きになっている俺に、
「……にゃ、にゃーっはっはっは! もうダメだ、あーもう限界だぜ! ひーっ、腹いてぇ!」
抱腹絶倒とばかりに、いきなり腹を抱えて大笑いするお姉さん。
「へ……?」
なにがどうしたもんだか。
状況が掴めずに、アホ毛をハテナマークにひん曲げた俺に、
「にっしっし。これを見てみそ」
そう言って、俺のアホ毛に対抗するかのように頭のてっぺん、左右の髪の毛をつまむお姉さん。
その途端、一瞬のうちに髪の毛がふわふわの猫耳になったかと思うと、今度はホットパンツのお尻部分からニュルリと黒い尻尾が飛び出したではないか。
「ま、ま、ま、まさかお前さん……クロか!?」
口をパクパクして驚いている俺の鼻先に、尻尾の先をちょこんっと乗せると、
「にゃっはー! ご明察ってね。いやー、シラガ娘があまりに可愛い反応するからさ、演技に力が入っちまったぜ」
人型のクロエは、してやったりな憎たらしい顔でタバコを咥え直し、
「にゃはっ。オレに惚れんにゃよ~?」
と。
わしゃわしゃと乱暴に俺の頭を撫でやがった。
くっそぉ……こんの、ニャンちくしょうめ!