魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「……で、いつになったら出られるんでしょうね、こりゃあ」
あれから三分ほど経ったが、まったくもって終着点が見えてこねェ。
周りの景色は真っ暗なままだし、ダッシュの姿は見当たらないしで……いよいよ不安になってきたぞ。
うーむ。このまま闇の中で野垂れ死にとか、さすがにイヤ過ぎるぜ。
てか。考えてみりゃあ、あのシャオが召喚したシャドーの中を通るだなんて、フツーに自殺行為のような……。
「ハハハ。ま、まさかな。いくら性格がアレでも、さすがにそんな非道なことはしねェって。うんうん、俺はハッピーレッドちゃんを信じてるぜ」
なんて額に脂汗をかきつつ一人で頷いてると、
「うっぷ!?」
突然、顔にムニュっとした柔らかい感触が飛び込んできたではないか。
なんだなんだと、その物体を両手でグイグイ押し戻そうとすると、
「ひゃうっ……! お、おまえさん、あなな、あななだし!」
「なんでぇい、だし子だったのか。驚かせやがってからに」
どうやらダッシュのケツに顔を突っ込んでしまっていたみたいだ。
そいつは変身したときのような輝きを全身に纏うと、食い込んだブルマを直しつつ、
「んーとね。あなな、ちょっとここでおまえさん待ってたし。このまま落ちてくより、あななに乗ったほうが速いと思うの」
「乗ったほうがって速いって言われましても。なに、おんぶでもしてくれるワケ?」
「ちっちっちー! 違うんだなー、これが」
言うと同時に、巨大な黄金の鮫へと姿を変えるダッシュ。
おおーっ、そういや元の姿は鮫だったっけか。でも、以前より一回り小さいような気もするな。
そんなことを考えていると、そいつは胸ビレを曲げて自分の背中をちょいちょいと指した。
「まさか乗れって、そういう意味……? い、いささかに恐いのだけれども」
おそるおそる乗ってみると、エンジン音よろしく喉を鳴らして――急発進。
「ひいいっ!」
なんてスピードでぇい! 目を開けてられねぇぜ、こいつは。
必死に背ビレに掴まること数十秒。闇が晴れてきたかと思うと、あっという間に空を割って飛び出す俺たち。
「うっひょー、すっげぇ速ぇええ! 気ん持ち良いぜぇ!」
って。ダメだダメだ。
こんなに浮かれてちゃあ、ダメだってぇの。
時園で見た映像を思い出し、俺は気を引き締める。
あんな惨劇、二度と見たくねぇ……!
「ダッシュ、どんなタイミングで帰ってきたのか分からないけれども、とりあえず俺の体を探してくれっ」
たしか、俺が気を失ったと同時に魂が持って行かれちまったんだよな。
するってぇと、つまるところその直後の世界に戻ってきたと考えるのがベターだろう。
時園に居た時間がカウントされていたら絶望的だが、だとしたらそもそもネムは俺をこの世界に帰そうとしないワケで――
「あー、ごちゃごちゃ考えるのクソめんどくせぇ!」
キーッと頭をかきむしったそのときだ。
暴風雪とともに、俺たちの横を飛び抜けていく巨大な蝶。
あれは、まさしくコロナ……!
脚には大事そうに俺の体を抱えている。やっぱり、ここは俺が気絶した直後の世界だな。
あいつがコピーに向かっていく前に、なんとかして止めねーと。
「いたぞ、コロ美を追ってくれ! このままじゃ、あいつはコピーと戦って死んでしまうっ」
モノアイを光らせ、さらに加速するダッシュ。
俺はそいつの背中を撫でながら、霊鳴を呼びつけた。
体に戻った際、いち早く変身してゆりなのもとへ駆けつけるように……これからは時間との勝負だ。
「弐式、ちょっちハードな戦いになるかもしれねぇけれども、そこんとこヨロシクってなもんで」
俺の周りを浮遊する蒼の宝石にそう言うと、二つほど元気にフラッシュして答える。
やがてコロ美のもとへとたどり着いたダッシュは、強引に体当たりをかました。
とはいえ、今は一回り小さい鮫だ、巨大モードのコロナとは雲泥の差。
蚊に刺された程度だろう、不思議そうに触覚をピンと立たせたそいつは、ゆっくりと振り向いて――
「パ、パパさんっ!」
と。俺を見るなり園児の姿に戻ってしまったではないか。
「あっ、バカ!!」
叫んでしまうのも無理はねェって。
そいつが脚に抱えていた俺の体が、急速落下していくんだからな。
慌てた俺はとっさに、
「やばいっ! 霊鳴ちゃん、なんとかしてくれぇいっ」
叫ぶと、合点承知の助とばかりに俺の下に飛び込み、バカデカいしゃぼん玉を生み出す弐式。
その反動からか、トランポリンのようにこちらへと跳ねてきた体に、
「今だッ」
と、勢い良く飛び込んだ。
いやはや。いちかばちかの賭けだったが、なんとかなったようで……。
「くーっ、久々の生身だぜっ! ちょっと腰と膝と肩と腕と首が痛いけれども、まあなんとかなるっしょ」
果たして自分の体と無事再開となった俺は、追ってきたダッシュに飛び乗り、唖然としてるコロナの額をつつく。
「おーい、なにを呆けてやがんでぇい。コロ美ちゃんよォ」
「うっ、パパさんだ。パパさんだぁあっ……!」
くしゃくしゃの顔で俺の胸に抱きつくコロナ。
俺の体を落としやがってと悪態をつきたかったところだけれども、こんな泣き顔を見せられちゃあ何も言えねェぜ……。
いや――その前に助けてもらった礼がまだだったな。
「俺のこと拾い上げてくれたんだよな。ありがとよ、チビチビ」
そう頭を撫でたら、ますます泣き出したから手に負えない。
うーむむ。
「悪ィけれども、あまり泣くと魔力が無くなっちまうぜ。これから一仕事残ってるんだからさァ」
すると、そいつは鼻水を垂らしながら、
「……一仕事って、なんです?」
見上げたそいつの頭にポンっと手を乗せる。
「決まってるじゃんか。変身して、カブト虫ヤロウをぎったんぎったんにブッ倒すんでぇい」
「ひ、否定。コピーは強すぎるのです……パパさんは逃げるんです。あとは旧魔法少女さんがなんとかしてくれるです」
「――否定を否定する。俺は、もう逃げない」
ふざけた調子は一旦やめにして、俺は真面目なトーンでチビチビの目を見つめた。
「ゆりなにも、お前にも、ダッシュにも、俺は守られ続けた。守られ……過ぎてしまったんだ。もう逃げるのはイヤなんだよ。チビたちが頑張ってる中、男の俺が背中を見せて逃げるなんざ、いささかに格好がつかねェ。体は女になっちまっても、中身は男のままであり続けたいんだ。だから、頼む。力を貸してくれ」