魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「ひっ!」
力を使い果たし、園児の姿になったコロナがボロ雑巾のようにコピーに足蹴にされるシーン。
それを見たダッシュが、悲鳴をあげて俺の背中に顔をうずめる。
「チビチビ……!」
痙攣しているそいつを、鳴き声とともに巨大な脚で踏み潰すコピー。
まるで動かなくなったオモチャにかんしゃくを起こした子供のような地団駄で……なんども、なんども、なんども。
「や、やめてくれ……」
――それは俺だって、顔を背けたいほどの光景だった。
だがそんなことをシャオが許すハズもなく、俺の髪を掴みあげて、
「ねぇ、見たぁ? ほら一匹目よ。あんたが目を覚ますのをずっと待ってたのに、なんてかわいそうなウェンズデイ……」
次の映像では死んだコロナの姿を目の当たりにしたゆりなが、絶叫とともに霊冥を呼んでいた。
いったい、何度目の集束なのか。赤い眼でホバーを召喚し、コピーへと飛びかかるゆりな。
「へぇ~、凄いわね。プラズマドームに霊冥を突き刺してそのまま雷の大玉へと育ててたみたいよ、この子。コピーを倒すにはドームの一撃に賭けるしかなかったって感じかしら……さすが猫憑き。マンデイの入れ知恵かもしれないケドさ。でも、そんな賭けも……」
呼んだ霊冥の分銅を掴んで、ありったけの魔力が込められている雷玉を振り下ろそうとしたそのとき。
突然、二枚の翅でゆりなよりも高く飛び上がったかと思うと――脚を垂直に振り下ろすコピー。
「!?」
ゆりなの腕ごと霊冥を叩き潰すといった、あまりにショッキングな映像に、俺は言葉を失った。
「あはっ。ざぁんねぇん! そりゃそうよね、あんな真正面から膨大な魔力が近づいてくるんだもの。いくらトロいコピーとはいえ、すぐに気付くわ。……さてさて、腕の無くなった猫憑きは、と。あーらら、いい加減に抵抗するのを諦めたみたいね」
肩を抱え、激痛に顔を歪めていたゆりなだったが、キッと顔を上げて俺が倒れている屋根へと跳躍した。
そして、変身解除の呪文を唱えたかと思うと、体から飛び出したクロエに向かって何かを囁く。
「ねぇ、あの子なんて言ったと思う?」
「…………」
「ふふっ、『クーちゃん、しゃっちゃんをピースさんに頼んで元の世界に帰してあげてくれないかな……こんなことに巻き込んで、ごめんなさいって伝えておいて欲しいの』だって。健気よねぇ、『しゃっちゃん』は猫憑きのことなんて、これっぽっちも想っていないのにねぇ? 言われなくても、帰ろうとしてるってーのにさ。あはははっ!」
「ゆ、ゆりな……」
「……それじゃあ、お待ちかねの最期よ。しっかり見なさい。あんたが、ふざけて見捨てた世界を」
変身の解けた魔法少女なんて脆いものだった。
逃げるでもなく、笑顔でコピーに呟くゆりな。
唇の動きから察するに、それはおそらく――
『キミを救ってあげられなくて、ごめんね』
次の、次の瞬間……大きな口を開けたコピーは、ゆりなを乱雑に持ち上げると、顔面を、抉るように、噛み砕い――もう、イヤだ……許してくれ。
もう、見ていられない……許してくれ……許して――
涙で文字盤が見えなくなる瞬前、そこに映っていたのは口周りをベッタリと赤く染めた少女だった。
白髪と黒髪の入り混じった不気味な長髪に、黒いゴシックドレスを身に纏った少女――頭上に赤黒い光輪を携えたそいつはぺロリと唇に付着したゆりなの鮮血を美味しそうに舐めとると、こちらを見上げて二ィッ……と笑った。
「ゆりなぁ……ごめ、ごめんな……」
「そうよ。しっかり、見て、覚えて、頭に刻み込みなさい……ちょっとしたことで、あっさりとすぐに沈む世界。生きていて当たり前、奇跡が起きて当たり前、そんなこと……あるわけないのだから」
肩を震わせ、声を押し殺して泣く俺。それとは対照的に大声で泣くダッシュ。
そんな泣き声が交錯する中、ネームレスが俺とシャオの間にずいっと入ってきたかと思うと、
「……赤の魔法少女。私はやりすぎだと判断する」
「さて。どうかしら。ピース様は、いま深い眠りについていらっしゃるわ。そのこと、あんたも知っているハズよね」
「それは……」
「だから、これくらいならバレやしないわ……」
「貴女、何がしたいの?」
「あんたこそ、たかがメイドの分際で勝手にこんなことして何がしたいワケ? あたしより危険なことをしているのは、あんたのほうでしょ」
「…………」
なにやら、言い合ってるみたいだが……そんなこと、どうでもよかった。
そんなことはどうでも――
「白の魔法少女。よく聞いて、いま貴女が見た世界には足りないものがある。それは、なに?」
突然、肩を揺さぶられたかと思うと、そんなことを訊いてくる眼帯娘。
「わかんねぇよ……そんなクイズなんかに答えていられる気分じゃないんだ……」
そいつの手を振り払おうとしたのだが、思いのほか強く握られていた。
「いたたっ……痛いって。離してくれよ」
「……お願い、考えて」
考えてって言われても。だから、もうどうでもいいって……。
そう、目を閉じかけたそのとき。
「ご主人様が、いない」
今まで俺の背中で泣いていたダッシュがいきなりそんなことを言い出したかと思うと、
「さっきの映像、ご主人様がいない!」
なんだか興奮している様子だけれども、俺は居たじゃねーかよ。
屋根の上で気を失って――
「待てよ……」
そう顔を上げた俺に、
「そう。白の魔法少女はあそこにいなかった。そして、融合したアナナエル……貴女も」
「うん……!」
大きく頷くダッシュ。
そうだ。そうだった、あそこには俺とダッシュが居なかった。
いや、実際にはいたのだけれども、魂とやらがここへと引っ張り出されていた。
つまり――
「た、確か俺はまだ死んでない……。そうだったよな?」
「そう。そして、赤の魔法少女は時計の針を少し進めただけ。あれは貴女が居ない世界の終わりかた。時園から現実へと帰ったときの……結末。まだ、救いの余地はある」
「そ、それじゃあ……」
「もしあの場に、貴女たちがいたら――」
「運命が、変わるかもしれない……!」
俺とダッシュが同時にそう言うと、シャオがこらえきれないといった様子で、
「きゃは、あははっ! 無駄よ無駄ァ。あんたらみたいなザコどもが行ったところですぐに返り討ちにされるわ。コピーはランクBの中でも最上位の模魔なのよぉ?」
「んなの、やってみねーとわかんねぇだろ!」
「ふん……威勢だけは一丁前ねぇ」
と。軽く鼻で笑ったのち、ふいにそいつはバイザーを脱ぐと、
「じゃあ、やってみなさい。ただし……ピース様の気は変わりやすいわ。おそらく、もう二度と元の世界へ帰してくれないでしょうね。七大魔宝石、そのすべてを集め終えるまでは。今ここで帰るか、それとも最後まで宝石を集めるか――これは最後の選択になると思いなさい」
「……ゆりながあんなに頑張ってくれてたんだ。借りた恩は十倍にして返してやれってな。これ、親父の口癖なり。だから……もうグダグダ言わねェ。最後まで付き合ってやんぜ」
「あっそ。言うは易し、行うのはなんとやらってね。これで犬死にしたら、とんだお笑いぐさだわ」
「いっひっひ。笑わせてやるから、早くシャドーを出してチビ助のいる世界に戻してくれよ、ジュゲムさん」
そう言うと、シャオはばつの悪そうな顔をして、
「なによ、こいつ……。やっぱり、あたしあんたのこと大っ嫌いだわ」
「おっと、奇遇だねェ。俺様もテメェのこと大っ嫌いだぜ」
「チッ。とっとと、ここから消えなさいよ! 我は欲す。汝が纏う忌むべき力を――来なさい、シャドー・ザ・ライラエルッ」
すぐさま開いたブラックホールのふちに手をかけ、俺は後ろで恐々と覗き込んでいるダッシュに、
「チビ鮫。こっから先は俺だけでもいいんだぜ。俺とコロ美でなんとかなるかもしれない。だから、お前さんはこの時園とやらでゆっくり――」
言い終えるよりも前に、そいつは俺の手をギュッと握りしめた。
「やだっ! どーせここにいても影にずっとイジめられるだけだしっ」
「あー、そういやそうだったっけ」
「あなな、死ぬとき、ご主人様と一緒だし! だから、いっぱいこき使って欲しいし!」
「オーケイオーケイ、わかりましたんで。そんじゃま、行きますか」
「うん……待っててね、ゆりな様!」
そう鼻息を荒くして闇の中へ飛び込むダッシュに、俺は一つため息をついた。
「はえーよ、いくら疾駆だからって疾駆しすぎだろあいつ……」
とりあえず。
俺は振り返ると、無表情のまま手を振って見送りをしている眼帯娘に向かって、
「なんかよくわかんねーけど、まあ世話になったな……ネム」
「……ネムって、なに?」
「ネムはお前さんのこと。ネームレスだと長ったらしいから、ネム! そっちのほうが可愛いし言いやすいぜ」
「…………」
「もっと仲良くなったら、いつかピッタリのあだ名をつけてやんぞ」
「……そう」
そんな冗談にもまったく動じず。
相も変わらず表情の読めないヤツだぜ……。
ま、いっか。
「んじゃ、またな!」
と。俺はぶんぶんとネムに手を振って、闇へとダイブする。
一応シャオにも振ってやろうかとも思ったのだけれども、そいつはよっぽど俺の顔を見たくないのか、とっくに姿を消していた。