魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「はっ、はっ……。や、やっぱし無理があるってェの」
走りながら振り向くと、コピーとの距離がグングンと狭まっていっているのが分かる。
指輪の速度増加効果があるからまだマシだが、無けりゃとっくに追いつかれちまってるだろうな。
「おい、こんにゃろ! どうして俺様を狙うんでェい。杖も無けりゃ変身もしていないんだぜ。そんな奴を狙っても面白くねぇだろ。なぁ、ここは一つ仲良くいこうじゃねーか!」
なんて言っても聞く耳を持たないわけで。
むしろ、聞く耳すら持っていないようで。
依然として頭上で回転している敵意むき出しの光輪を見て、俺は小さく舌打ちをする。
こんな相手、穏便に済ませられるはずがないって。やはり、話を聞いてくれたダッシュは特別だったってことなのか……。
「らいらい、ライトニング、ライトニング、ライトニングッ!」
ゆりなが必死にライトニングを連射して足止めしようとしてるが、耐性持ちのカブト虫にとっては蚊に刺された程度なのだろう、平気な顔でこちらに向かってきている。
ったく。弐式を眠らせたばかりのこの最悪なタイミングにわざわざ登場しなくったっていいじゃねーか。
しかも、よりにもよって高ランクで雷に強い模魔ときたもんだ。ほとほとついてねェぜ……。
とにもかくにも、今は全力で逃げまくってチビ助の再点火とやらを完全発動させるしかあるめぇ。
裏・集束状態にさえなっちまえば、いくらコピーといえど一瞬でケリがつくだろうよ。
「おいチビ鮫っ、調整とやらはまだなのか!?」
息を荒げて背後を振り返った俺に、
『おっけ。結晶調整完了。手動走行用レバー、展開』
空中の何も無いところをやみくもに指でタッチしていたチビ鮫は、そう言い終えると俺に目配せをした。
「レバー展開って、一体なにを……おわっ、こりゃなんでェい!」
素っ頓狂な声をあげてしまうのも無理はない。
何故なら、俺の目の前に二つの魔法陣がいきなり現れたからだ。
それは手のひらサイズで、金ピカゴージャスな光を放ちながらゆっくりと回転している。
『その中に、両手を突っ込むの』
「え、この中にって言われましても……」
『へーき、よゆう。ぜんぜん痛くないし、怖がらなくておっけ』
「あ、ああ」
言われるがままに手を入れてみたのだけれども。
ぬるっとした生暖かいゼリーに包まれたような感じっつうか、ちょっとなんとも言えん気持ち悪さだぞ。
しかも魔法陣の先の両手が見えなくなっちまったし。一応、手の感触はあるが――コレ、本当に大丈夫なのかねェ。
『ん……っ。そう、もっと奥に、手を伸ばして』
「わかりましたんで、っと!」
勢い良く伸ばした先には、確かに操縦桿のような硬い棒があった。
なるほど。これが手動用レバーってやつかね。
『いたたっ! お前さん、ちょっと、乱暴だし……』
「ん。なんか言ったか?」
『な、なんでもないし。とりあえず、それをしっかり握って欲しい』
「オーケイッ」
グッと握った瞬間、まばゆい光とともに、それまで見えなかった俺の両手が徐々に姿を現す。
「おお、すげェ。こりゃまたゴテゴテと。車というよりもどこぞの巨大ロボット並だな」
いくつものスイッチがついた金色の操縦桿。
思った以上にハイレベルなデザインのそれに、少年心をくすぐられるがまま興奮する俺だったが、
「パパさん、喜んでる場合じゃないのです、はやくそのレバーを――ダッシュを操縦して逃げるんですっ」
いつの間に肩車のような状態になったのか、頭上からコロナが俺を急き立てる。
「わかってるっつーの!」
とは言ったものの。一体これをどうすればいいんだ?
説明も無しにいきなり操縦しろっつわれてもなァ……。
とにもかくにも、スイッチを押してレバーを動かすしかやることはないワケで。
「ポチっと、あんど、ゴー」
なんて言いながらテキトーにスイッチを押した次の瞬間、いきなり俺の足裏から火花がほとばしった。
そして、特大跳躍。
「うわわっ! これってば、もしかして、さっきダッシュが使っていた結晶強制なんたらっつうジャンプか?」
そんな動作が出来るスイッチがあっただなんて、というかそれを今、この状況で押してしまうだなんて。
不運続きで悲しくなってくるぜ。今日は厄日決定だな。いや、今日も――か。
と。心の中で苦笑していたとき、
「……グズグズと。いつまでもふざけてんじゃないわよ。やっぱダメねえ。バカは死ななきゃ治らないみたい。いえ、バカは死なれなきゃ治らない――と言ったほうが正しいのかもしれないわね」
不意にシャオの声が聞こえてきやがった。
まーた、あのヤロウ俺を煽る気だな。
どうせチビ助を怒らせて裏の発動を早めようって魂胆だろうが、いつまでも言われっぱなしってワケにも――
「ひぃっ!?」
突如、頭上から声にならない悲鳴があがった。
「ん? どうしたんだよコロ美」
とりあえずシャオをさらっと無視し、悲鳴の主であろうチビチビの方へと視線を向けようとしたところで――何かを砕くような鈍い音が耳に入ってきた。
そしてやや半瞬ほど遅れて、背中に凄まじい衝撃を受ける。
「ぐがっ……!」
「あうっ」
瞬く間に地面へと叩きつけられてしまう俺とコロナ。
とはいえ、叩きつけられる寸前にダッシュの放った結晶が衝撃緩衝材よろしく俺たちを守ってくれたのでダメージはほぼ皆無に等しかった。
もしも、ハチマキ娘がとっさの機転を利かせてくれなかったらと思うと……。い、いささかに恐ろしすぎるぜ。
「いっつつ。なにがどうなってんだァ」
そう言い、原因究明を試みようと空を見上げ――るまでもなかった。何故なら巨大な影がすっぽりと俺を覆っていたからだ。
「そうか、ちょうどあいつの目の前にジャンプしちまったから叩き落されたのか……くそっ!」
運の無さにもう一度嘆きたくなるところだが。
しかしながら、ちょっとはまだ運が残っていたようで、そいつは四つの複眼を上方へと向けたままピタリと動きを止めていた。
「まさか、俺たちが真下にいるということに気付いてねーのか?」
普通、自分で叩き落しておいて気付かないワケがないと思うのだが――やはり所詮は虫なのか、そこまでは頭が回らないようで。
まあ、なんにせよチャンスは今しかねぇ。
とりあえず投げ出されたコロナを拾い上げ、俺は背後にいるハチマキ娘に叫んだ。
「ダッシュ! いささかに悪いんだけれども、手動走行から自動走行へすぐに調整しなおしてくれっ」
すると、さっそく切り替え作業に入ったのか、俺の手から操縦桿がフッと消えた。
「手間かけさせてすまねェ。マニュアルモードはもっと余裕のあるときに練習しときますんで。いやはや、ぶっつけ本番でやるもんじゃなかったぜ」
『…………』
「あっ、まさか手動から自動走行に戻すのにも時間がかかるとか? だとしたら手動のままのほうが良かったのかねェ」
『…………』
だが、何を言っても梨のつぶて。
もしかして『おまえさん、模魔使いが荒いし!』てな感じで、ぷんぷん怒ってたりして。
うーむ。この状況でチビ鮫の機嫌を損ねてしまうのは非常にマズイよなぁ。まさに死活問題だぜ。
なので。ここは一つ、伝家の宝刀である餌で釣る作戦を実行してみることにする。
「えっと、あの。ダッシュちゃんよォ。あとで超美味しいチョコバナナクレープを作ってやるからさ、機嫌を直してもらえるととても嬉しいのだけれども……」
なんて手を揉みつつ振り向いた次の瞬間。
何故か、ふわっと抱きしめられてしまった。鼻腔をくすぐるはハチマキ娘特有のやけに甘ったるい香り。
いや、ちょい待て。ふわっとどころじゃねェ。こりゃあ、がしっとレベルにまで達しているぞ。
「むぐぐっ!? な、なんなんでェい、こんな時にっ。まさか、お前さんまでコロ美みたいに甘え出す気じゃあないだろうな? ていうか、息が出来ねぇっての!」
と、そいつの胸の中で必死に手をバタつかせながら抵抗していたのだが。
再びサイレンのような咆哮がしたため、俺はビクッと身をすくめる。
や、やべぇ。まさかコピーのやろう、俺たちに気付きやがったか!?
「おいおい、だぁら今はそんなことしてる場合じゃないんだって。すぐ真上にあいつがいるんだぞっ。いいから放して、」
そう。
引っ剥がそうと、そいつの背中に手を回したとき、指先にぬちゃっとした何かが触れた。
それはやけに生暖かくて。
やけに、生暖かくて。
やけに――
「え……?」
おそるおそる手を眼前に持っていくと、俺の手のひらがとても鮮やかな赤に濡れていた。
さっきまで真っ白だった体操服が、見る見るうちに赤へと侵食されていく。
理解が、追いつかなかった。