魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
つーか、魔気ってまた妙なワードが飛び出したな。
紗華夢なんたらでも混乱してるっつうのに、もうこれ以上は処理しきれねーぞ。
「ふうん、あたしの魔気を食べて自分の魔力へと変換できるだなんて。とんだ泥棒猫もいたものね」
「まあまあ、あんまし褒めてくれるなって」
黒虎はそう軽く笑ったあと、小声で俺に、
「……シラガ娘、おそらく今のあいつは大魔宝石との契約はおろか、霊鳴の封印もまだ解いていない状態だ」
ん、どういうこった?
シャドーは持ってるのに、杖も霊獣も無いって意味がわからん。
じゃあどうやってシャドーを捕まえたんだ。いくら紗華夢でもすっぴんでランクA捕獲なんて無理じゃないのか。
そんな俺の問いに、
「分からねぇんだよなぁ、それが。とりあえず、オレが時間を稼ぐからその間にダッシュを召喚して逃げるんだ」
「オーケイ、わかりましたんで。俺だって、今は杖も霊獣もいねーしな」
そりゃ、逃げるしか手はないぜと言いかけたところで、シャオメイがくすくすと笑った。
「バッカバカじゃん。丸聞こえだってーの。大体さぁ、あんたが百パーセント充填された霊鳴を持っていようが変身しようが、ザコはザコなのよね。まさか、このあたしに勝てるなんて夢見ちゃってるワケ?」
「…………」
ひでえ煽りをしやがる。
夢見る以前に、俺は端から戦う気なんて微塵もねぇよ……。
ただ仲間が増えて、石集めが楽になるなって浮かれていただけだってのに。
「あーあ、つまんない。ここまで言われてんのよ? 集束の一つでもして、あたしを困らせてみなさいよ」
「集束って言われても……。やり方、知らねぇし」
「あはははっ、なーんにも出来ないのね」
「やめろ。シラガ娘は、まだ魔法使いになってから日が浅いんだ。あまりムチャなことを言うんじゃねぇ」
俺の前へと守るように進み出たクロエに、シャオはさっきまでの笑みを消した。
そして、酷く冷たい表情で俺を睨みつける。
「毎回そうやって、誰かに守ってもらってばかり。ホバーのときもそう、ダッシュのときもそう……反吐が出るわね。今日は様子見だけのつもりだったケド、気が変わったわ。あんたなんて要らない。あたしのシャドーで仕舞ってあげる……」
スッとシャドーの指輪を唇まで近づけた、その時。
雷鳴を響かせながら、何かが上空を駆け抜けていった。
一瞬しか見えなかったが、あれはもしかして――
「猫憑きの霊冥石零式!?」
驚いた表情で空を見上げて言い放つシャオメイに俺は確信した。
ゆりなだ。あいつが、異常事態に気付いたんだ……!
「チッ、どうして猫憑きが……。マンデイ無しであたしに気付くハズないのに」
霊冥が飛び去っていった方向を憎々しげに睨みつけたあと、そいつは俺へと向き直った。
「何よその顔。あんた、もしかして期待してんの?」
「き、期待って何のことだよ」
「また守ってもらえる。救ってもらえるってさ。ピンチのときは必ず猫憑きが飛んできてくれる……。いいご身分よねぇ。ホント、羨ましい限りだわ」
「うるせぇっ、いちいち嫌味なヤロウだな!」
「あら。褒めたつもりだったんだケド。日本語ってイマイチよく分からないわ」
そう言って、わざとらしく肩をすくめるシャオメイ。
クソッ……いつまでもこんな奴の悪罵に付き合ってられねェや。
ゆりなが霊冥に乗ってここにやってくるまでの時間、ダッシュを使ってなんとか稼がせてもらうぜ!
「出てきやがれっ、ダッシュ・ザ・アナナエル!」
右手をひねり、勢い良く指輪にキスをした――のだけれども。
「あれ!? おいっ、ハチマキ娘! 出番だぞっ」
何度もキスをして召喚を試みるが、一向に出てくる気配が無い。
あのチビ鮫、まさか寝てるなんてオチじゃないだろうな……。
指輪を見てみると、宝石中心部にある液体――金色の海で小さな鮫が気持ち良さそうに泳いでいるではないか。
「あっ、いるじゃねーかテメェ!」
サボりやがって、と続けようとしたのだが急にスカートを引っ張られ、尻餅をついてしまう。
一体何事かと見上げると、先ほどまで俺が立っていた場所にサッカーボール大の暗い穴がぽっかりと開いていた。
幸い、それは上半身部分だけだったから助かったのだけれども……。
いや待て、徐々に広がっていってるぞ!
「あわわわっ」
慌ててそのままの体勢で後ずさっていると、何かが俺の背中に当たる。
振り向いた先には、俺のスカートを咥えた黒虎が険しい表情で立っていた。
「落ち着けって、シラガ娘。あいつの持つシャドーは移動手段であると同時に、対象を闇の中へと葬ることが出来る強力な模魔だ。だが攻撃時に限り、発動までに時間がかかるのがネックなんだ。さっきみたくボーっとしてるとすぐに飲み込まれるが、『疾駆』で逃げ回っていればそれほど恐ろしい相手じゃない」
「そ、そうは言ってもよぅ……。何回召喚しようとしてもハチマキ娘のヤツ、出てこねーんだ」
もしかして俺の接吻がイヤなのかねぇと、返されたスカートのファスナーを上げつつ言うと、
「そりゃ呪文無しで召喚できるわけねーだろっ!」
モーレツに怒鳴られてしまった。
いやいや。召喚に呪文が必要なんざ、今初めて知ったぞ。
ゆりなに呼び出したい模魔の名前を呼んで、指輪にキスするだけでいいって言われたんだぜ。
それにシャオメイだって、呪文無しでシャドーの召喚をしてるじゃんか。
そう、俺が疑問の数々を口にすると、
「おめぇは二人と違って、レベルが低いからな。呪文無しじゃあ、まともに召喚出来ねーんだよ」
「レベルって――さっきあいつが言ってたレベルツーうんたらってヤツのことか?」
だが、返答は無かった。
再びスカートを引っ張られたからだ。今度は尻餅程度では済まなく、後ろへと強い力でぶっ飛ばされる。
しこたま塀へ打ち付けられた腰をさすっていると、シャオメイが大笑いした。
「きゃは、あははっ! そうよ、あんたはあたしや猫憑きとは違うの。低レベルなの。LevelⅡマイナー程度で呪文の省略なんかしたら効果が弱まるどころか、出すことすら無理だと思うわ」
「へぇ、そうだったのかィ。そりゃご親切にどーも……」
細く長い赤毛を指先でクルクルと弄びながら言う、そいつの余裕っぷりったら。
人を苛立たせるコンクールに出たら間違い無く優勝だろうな。
「だからあんたの場合、呪文はちゃーんと全部言わないとダメよ。こういう風にね……」
「完全召喚をするつもりか!? 走れっシラガ娘!」
ただならぬ雰囲気にクロエが叫ぶ。
なにが始まるのか分からないが、いささかにヤバそうだな……。
退避するべく俺が立ち上がったと同時に、そいつは呪文を唱えた。
「我は欲す。汝が纏う忌むべき力を――来なさい、シャドー・ザ・ライラエル!」
シャオメイの背後に薄っすらと黒髪の暗そうな少女が現れたかと思うと、突如として俺の周り――全方向の空間に数多の亀裂が入る。
「いやはやどうも……。走れって言うが、これじゃあね」
さっきと違い、凄まじいスピードで広がっていく穴に、俺はすぐさま決断する。
こうなったら一か八かだ――あいつの呪文を俺も使うっきゃねぇ!
「我は、我は欲す。汝が纏う忌むべき力を……。今度こそ頼むぜ、ダッシュ・ザ・アナナエルゥウ!」
見よう見真似で呪文を唱えてキスをすると、俺の背後にぷんすこと怒った顔のハチマキ娘が現れた。
そいつは、あらかじめ用意していたのであろうメモ帳の切れ端を、俺の眼前にずいっと押し付けてくる。
それには拙い字で『おまえさん、もっと早く、あなな使え。危なっかしくて、見てられないし』と書かれてあった。
「ご心配かけました……」
ぺこりと頭を下げようとしたところで、何故か両足のカカトから白煙が上がっているのに気付く。
「なんだなんだ!?」
覗き込んだ直後、大量の火花が眩しく足元を照らし――そして、いつの間にか俺は空中へと舞っていた。
『間一髪。シャドーが自分の髪の毛を使って、おまえさんを引きずり込もうとした。だから、あなな、最善の方法を取った。結晶爆破、反動、強制ジャンプ』
「よ、よくわかんねーけど、とりあえず助かったぜ。さんきゅうな、ダッシュちゃん。にしても、これが模魔召喚の力か……。素晴らしいぜェ、まったくもって」
変身も杖も無しで、こんな便利な能力が使えるたぁ、なんとも気前の良い話だねェ。
なんて飛びながらに喜んでいたのだが、度が過ぎる跳躍に段々と顔が引きつってくる。
「えーと、それでダッシュちゃんよぉ……着地がスゲェ痛そうなんだけれども」
未だに俺の背後で悠々とハチマキを風になびかせているチビ鮫に訊いてみると、
『へーき、よゆう。おまえさんの足裏に、自動走行可能な結晶を生成済み。それ、着地の衝撃も、よゆう』
腕を組みつつ、事も無げに言ってのける。
確かに着地に全然衝撃が無かったのだけれども――なんか、キャラ変わってねーか。
ちょっとどころか、かなりカッコいいぞこいつ。
「いやあ、何から何まで頭があがらないぜ。チビ鮫がこんなに頼れる奴だったなんて……」
と、素直な感想を述べてみると、ニコッと微笑んで俺の頭に手を乗せるダッシュ。
『おまえさん、杖無い、大魔宝石もいない。今、あななだけ。だから、あななが頑張る。全力で、守るの』
「守る……」
そいつの笑顔にズキッと胸が痛む。
シャオの言う通りだ。
チビ助も、コロナも、ダッシュも――俺を守ってくれる。守ろうと必死になってくれる。
だが、俺は。俺は……。
「なにこれ、バグってんのォ? 模魔が喋ってるだなんて。いえ、心があるだなんて、ありえないわ」
シャオが俺と後ろにいるダッシュを交互に見て、顔をしかめる。
こいつもコロ美と同じこと言ってやがるな。そんなに模魔が喋るのが珍しいのか?
首を傾げていると、そいつは自分の背後にボーっと佇む黒髪のおかっぱ少女を怒鳴り散らした。
「ちょっとシャドー、あんたは話せないの? ランクAなのにランクEのクズ石なんかに劣るっていうの!?」
しかし、シャドーは答えない。
それどころかピクリとも動かんぞ。一回だけ、瞬きをしたがそれだけだ。
聞こえているのか聞こえていないのか……どこか遠くを見ているような目がとても不気味だった。
「いいわ。それなら、あたしがピース様からもらった紗華夢の力で、あいつの声を潰してやる……。あたしのシャドーが一番なんだから!」