魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「ふやっ!?」
飛び起き、ヨダレを拭きながら辺りを見回していると、
「しゃっちゃん、おっはにゃーん」
ゆりなが満面の笑みで俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、ありゃ。俺ァ、一体どうしちまったんでェい」
とりあえず、状況を確認。
除湿の効いた涼しいリビング。もふもふソファの上、かけられた厚手の毛布。
考えるまでもない。どうやら俺は、寝ちまってたらしい。
「いつの間に……。すき焼きが旨かったことまでは覚えているんだけれども」
どういった経緯で眠りに落ちたのか思い出そうとしていると、ゆりなが俺の首に抱きついてきやがった。
「ねーねー。しゃっちゃん、おはにゃんってばぁ」
「抱きつく? ああ、そうだ。お姉さんに抱きつかれたときに寝ちまったんだっけ。ううむ、催眠型魔宝石でも持っているのか、あの人は」
完全スルーを決め込む俺に、
「もー! おはにゃんって言ったらおはにゃんって返さなきゃダメなんだもんっ」
結構マジな怒りをぶつけてきた。
「おやまぁ。怪獣みたいに火を吐きそうな勢いだな。いやはや、恐い恐い」
「火じゃないもん、雷だもん!」
「いや、怒るところそこなのかよ……」
「むぐぐーっ」
そう歯を食いしばってみせるチビ助。
これはこれは。いささかに挑発が過ぎたのかもしれない。
バチバチと黒い電撃を上半身に纏い始めたところで、
「おはよう、チビ助」
と言って軽くチョップ。
しかし、すんでのところで避け、逆にチョップをかまされた。
「ふっふーん。カウンターだもんね」
「あいてて。飯食ったばかりだっつうのに、なんとも身軽だねぇ」
「えへへ。ボクね、消化が早いのが取り柄なの」
「そうか。ゆくゆくは大食いチャンピオンだな。賞金を稼いだら、俺を北海道旅行にでも連れていってくれ」
「うんっ!」
うんっ、て。そんな全力でボケ潰しせんでも。
さっきまでの怒りはどこへやら、すぐにニコニコ笑顔で俺の隣へ座るゆりな。
そいつはテレビをつけると、テーブルの上に置いてあるお菓子をもぐもぐ食べ始めた。
「あんだけ食って、まだ食うんスか……」
「お菓子は別腹だもん。あ、しゃっちゃんも食べる? おいしさカミナリ級のお菓子だよっ」
差し出された黒いココアクッキーのお菓子を見て、そういえば似たようなの俺の世界にもあったなぁと思い、手を伸ばす。
「んん。味もそっくりじゃあねェーか」
「ふぇ? そっくりってなぁに」
なんて面白い驚き方をするもんだから、
「ぶぇえっ!? ぞっくりっでなんでゲスか」
ついつい真似をしてしまった。
多少アレンジを施したが、中々に良い出来だと自負している。
「ま、真似したなーっ。てか、ボクそんなヘンテコな声じゃないし、あとゲスなんておかしな語尾つけてないもん!」
語尾なんて言葉を知っているとは。
「まぁまぁ。んなすぐ怒ってたら健康に悪いぜ。甘い菓子より海草とか切り干し大根を食いなァ。カルシウムは大事だぜ」
「カルシウムかぁ……。煮干しだったら朝ご飯のときいっぱい食べてるよ? あと、牛乳もいっぱいゴクゴク」
猫まっしぐらな朝飯だな……。
「恐縮だけれども、煮干しとか牛乳は正直ビミョーなの。みんな過信しすぎ」
「そ、そうなんだ。よーし、それじゃあ明日からいっぱい海草サラダ食べるよっ。頑張るね、しゃっちゃん!」
「おう頑張れ頑張れ。ま。そもそもカルシウム不足でイライラするっつうこと自体、真っ赤なウソなんだけれども」
カミナリ級のお菓子をパクつきながら気だるげに言ってやると、
「ふぇええん! お姉ちゃあん、しゃっちゃんがボクの心を弄ぶのーっ」
なんとも誤解を招くような言い回しで、台所にいるだろうお姉さんのもとへと走り去ってしまった。
「いっひっひ。からかい甲斐のあるヤツ」
いやはや、それにしても……。お姉さんに抱きつかれたぐらいで、寝ちまうとはねェ。
どうやら、思った以上に疲れが溜まっているのかもしれない。
まあ。よくよく考えてみりゃ、あんまり寝てなかったし、連戦続きだったからな。
ふと掛けられた時計を見てみると、あれから一時間しか経っていなかった。
一時間、ね……。
めんどくせェが、コロ美の様子でも見に行ってやるとするかね。
そう重い腰にムチを打ち、階段を上ろうとしたとき、台所のほうから姉妹のやりとりが聞こえてきた。
別に聞き耳を立てるつもりはないんだけれども――やはり、気になるもんで。
何を話してるんだろう……。
「あらあら、しゃっちゃんちゃんってば、そんなことを?」
「もーっ、ひどいんだよ。すぐにボクで遊ぶんだから」
「まぁ、なんて微笑ましいのでしょう! ふわぁ……っ。お姉ちゃんはお二人がとても羨ましいのです」
「えっ、羨ましいって?」
「だって、私にはそんな一面を全然見せないので。どこか他人行儀と言いますか……。壁を作ってらっしゃると言いますか。なんともはや、悲しい限りなのです」
お姉さんの寂しそうな一言に、チクリと胸が痛む。
たしかに、俺は壁を作っていた。その理由は、実のところ自分でもよく分かっていない。
何故だか、お姉さんが苦手だった。とても良い人で、暖かい人なのは確かなのだけれども……。
「んー。壁とか難しいことボクわかんないけど、これから一緒に暮らしていけばすぐに仲良くなれるよっ。家族なんだもん、すぐすぐ!」
「そうですね、家族ですもんね……っ。ゆっちゃんの言うとおりなのです! 時間はいっぱいありますし、ゆっくりでもお近づきになるのですっ。がんばるんば!」
「がんばるんばー!」
「ああ、それにしても……ゆっちゃん、もっちゃん、しゃっちゃんちゃんの三人もの天使さんとのバラ色生活がこれから始まると思うと、居ても立ってもいられないのですよ。はわーっ」
「にゃ、にゃはは……。また、お姉ちゃんの大妄想が始まっちった」
…………。
なんっつーか。つくづく、お人好しな姉妹というか。
いやはや、まったく。俺には、もったいないくらいの『家族』様なこって。
一つ肩をすくめて、物置部屋へと向かったのだが。
入るや否や、黒猫が俺の足にまとわりついてきやがった。
「よぉ、シラガ娘。すき焼きは旨かったか? オレの分はちゃーんと持って来てくれたよな……って、あんだぁ、そのニヤけただらしねぇツラは! 気持ち悪ィ!」
ドン引きの表情で俺を見るクロエ。
「えっ、あ、いや。べ、別にニヤけてなんかねェし! 全然嬉しくねェし!」
「はぁ……? ま、いいや。それより、腹ごなしに散歩にでも行かねーか。ここのベランダからピョーンと抜け出してさ」
「散歩は別に構わねェが、抜け出すって、また巨大化したお前さんに乗れって意味かい?」
いつかの荒々しい暴走黒虎を思い出す。
うっぷ。あんなのに今乗ったら、百パーセント吐く自信があるぜ……。
「ちげぇって。腹ペコで力が出ない状態なんだ。巨大化なんて疲れる魔法陣描いてらんねーよ」
「じゃあ、羽をおっぴろげて飛び降りろってことかよ。無理だぜ、チビチビはぐっすり眠ってるんだし」
と、すやすや寝息を立てているコロ美の頬を突いてやる。
「それも、ちげぇって」
「なら、どーしろってんだよ」
眉をひそめると、黒猫はヒゲをいじりながら、ある方向を指した。
そこには俺の霊鳴石弐式が転がっている。
「そいつを起動させてまたがれば、変身しなくても飛べるんだぜ。乗り心地はサイアクだけどな、にっしっし!」