魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「こ、こりゃあ、旨い! 旨すぎる!」
すき焼きに関しては関西風ばかり作っていたのだが、関東風でここまで美味いモンに出会えるとは。
関東風といえばベショベショに甘いただのごった煮というイメージだったけれども、甘過ぎず、かと言ってしょっぱ過ぎずといった割り下の塩梅が何とも秀逸だ。
それに、このフワフワに柔らかい牛肉。まさかと思い、箸で掬い上げたときに下を覗いてみたらパイナップルが一切れ敷いてあるじゃあねェの。
かーっ、このやり方を知ってるたァ、中々に憎いねぇ。
んでもって、俺の大好きなジャガイモ入りっつうパーフェクトな具材選びときたもんだ。
空きっ腹ってなブースト効果を抜きにしても、素晴らしいすき焼きだった。
デラックスだ……こいつァ、大いにデラックスだぜ。
そう無我夢中でがっついていると、
「うふふ、しゃっちゃんちゃんに喜んで頂けて嬉しいですっ。でも、そんなに急いで食べては喉を詰まらせてしまいますよ」
お姉さんが麦茶をコップに注いで微笑む。
「いやはや、これほど旨い関東風すき焼きを食べるのは生まれて初めてで!」
「まあっ。お上手なんですね。はい、これをどうぞ」
「本当ですって。俺は世辞が苦手なんでさァ」
差し出された麦茶を一気に呷って、至福のひとときに酔いしれていると、隣のゆりなが不思議そうな顔をする。
「ねぇねぇ。かんとーふってなぁに? お豆腐のこと?」
言いつつ俺の白飯の上に焼き豆腐を乗っけるチビ助。
「まったくもって違うぜ、旦那。っつーか、なんで豆腐乗っけるワケ?」
「むふふ。このお豆腐ね、ボクが焼いたんだよ」
「うへぇ、マジかよ!?」
「マジだもんねー。お豆腐とキノコと白菜はボクの担当なの」
すき焼きの一口目は必ず豆腐からと決めている俺は、最初にそれを食べた際、その絶妙な炙り加減に感心していた。
こりゃあ市販のそれではないなとは思っていたけれども……コレを作っていたのがお姉さんではなくチビ助だったとはねェ。
うーむ。久樹上姉妹、おそるべし。
「ね、ね。しゃっちゃん、ボクの担当したやつ美味しい?」
「おう。めっちゃ旨いぞ! 全部、非の打ちどころが無いぜ。やるじゃん、チビ助」
俺が頭をぽんぽんすると、
「えへへっ、褒められちった!」
椅子の上でぴょんぴょんとお尻ジャンプするゆりな。
あーあ、んなことしたらお姉さんに叱られちまうぜ。お行儀が悪いってよォ。
そう心の中で笑い、視線をお姉さんの方へ向けると、彼女は真剣な眼差しで見ていた――俺のことを。
思わず二度見してしまう。えっ、俺なんかマズイこと言ったっけ。
「な、なんですか?」
おそるおそる訊いてみると、
「あのう、それで『かんとーふ』とは、一体何のことでしょうか?」
ズデッとコケそうになる俺。
「すみません。とてつもなく気になってしまいまして。このままでは夜も眠れないのです……っ」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。夜更かしはね、お肌が荒れる原因になっちゃうってテレビでやってたよ」
「そんなっ! うう、どうしましょう……」
「どうしようもないよ、もう……」
悲愴感たっぷりにうな垂れる二人。
こ、こりゃあ、てぇへんだ。
「待った、ちょっと待ってくだせェ! か、関東風というのはですね……かくかくしかじか」
飯の恩を仇で返すワケにはいかねェと、慌てて関東風と関西風の違いについて語る俺に、ふんふんと揃って頷く姉妹。
やがて、
「というワケなんでさァ」
そう締めの言葉を放つと、
「洽覧深識! しゃっちゃんちゃん物知りさんですっ。それに、なんて解りやすい説明なのでしょう! お料理の先生みたいだったのですっ」
「ふわあ、お料理のこと詳しいんだね。なんだかビックリだよぉ」
「いや、まぁ、あの……所詮、聞きかじりの知識なんで」
ううっ。この二人、スゲェ聞き上手だからついつい熱く語ってしまったぜ。
本当は料理が趣味っつうことはあまり知られたくないんだけれども――かっこ悪ィし。
「あらあら! 恥ずかしがってるしゃっちゃんちゃん、とっても可愛いのですっ。お料理はお母様から教わったのですか?」
テーブルに頬杖をついて優しく訊いてくるお姉さん。
あー……。
しばし視線を彷徨わせたあと、俺はニッコリと答えた。
「はい。俺の料理術は全部お袋直伝です。そいつを自分流にアレンジしては、毎朝親父の弁当に放り込んでます」
「まぁっ、お父様もさぞやお喜びのことでしょう!」
「いやいや、それがまた。いっつも『毒見役はツライなぁ』なんて失礼なことを言いやがるんですよ。ったく、イヤなら食わなきゃいいのに」
「ふふっ。きっと、誰かさんに似て照れ屋さんなのですよ。それにしても、料理のお上手なお母様とこんなに素敵で可愛らしい娘さんがいらして、お父様が羨ましい限りですっ」
「は、はは……」
まあ、俺は男なんだけれども――なんて言うワケにもいかないしな。とほほ……。
嘆きつつ残った白飯をかきこむ作業に戻っていると、再びの視線。
って、またお姉さんか。今度は何だろうねぇ。
「しゃっちゃんちゃん。お母様とお父様は好きですか?」
急な質問に面食らう。
「と、突然どうしたんですか」
「答えてください」
ぴしゃりと返された。
先程と同じようで確実に違う眼差し。
これは――真面目に答えるべきだな。
「好きですよ、どっちも」
「では、いいのですか、二日も無断で家をあけて。ご両親はとても心配していると思いますよ」
「お、お姉ちゃん。しゃっちゃんはね……」
慌てて割り込むゆりなだったが、
「ゆっちゃん」
言ってゆるりと首を振るお姉さん。口を出すな、との合図だった。
それを汲み取ったチビ助は小さくごめんねと言い、料理の後片付けを始める。
「えーと、そ、それはですね、」
なんて言ったらいいのだろう。
いきなり異世界に飛ばされたんです。飛び散った魔宝石を全部集めて、ピースに呪いを解いてもらうまで元の世界に帰れないんです。
そんなこと……言えねェし、言ったとしても信じられないよなあ。
俺が逆の立場だったら絶対に信じねーし。むしろ、頭の病気か何かだろうと踏んでとりあえずそいつを病院へ連れていくぞ。
なので。
「なにか、事情があるのですか?」
と訊かれても、
「すみません」
「ご両親に連絡は?」
「すみません……」
それしか言葉が出てこなかった。
答えに窮し、ただひたすらとスカートを握りしめていると、急に暖かいものが俺を包む。
「解りました。もう謝らないでください……」
すみませんの一点張りで、いったい何が解ったというのだろう。
しかし、そんなことよりも俺はこの温もりから逃げ出したかった。
冷や汗がふき出し、動悸が激しくなる。
本当に、本当にやめてくれ――
「怖がらないでください」
ギュッと更に強く抱きしめられる。
「大丈夫ですから、もう、大丈夫ですから……」
その言葉とともに、柔らかい何かが俺の頬に当たる。
「…………」
どうしてだろうか、先程まで俺を鎖のように支配していた恐怖が嘘のように霧散していく。
そして、急激な眠気にたちまち襲われたかと思うと、そのまま深い眠りの世界へといざなわれていった。
+ + +
夏に吹く夢~Dreams of Summer~
赤い夢を見ている。
夏色の風に包まれた、とても小さくて暖かい夢。
夕焼けに染まった世界で、ただ独りぼくは泣いていた。
一体、これで何度目だろう。
答えのないまま繰り返される、ある夏の日の夕方。
それでも、ぼくはこの終わらない夢が嫌いじゃなかった。
また、あの子に会えるから。
また、あの子が微笑むから。
人気のない公園のベンチでぼくは空を見上げる。
太陽が沈もうとしていた。
赤い夕陽に照らされた雲がゆっくりと流れて、どんどんぼくから遠ざかっていく。
さっきまでぼくの周りを楽しそうに飛んでいた赤トンボも、もうすでにどこかへ消えてしまっていた。
でも。
大丈夫、独りぼっちには慣れてるから。
どうせみんな、いなくなっちゃうから。
期待するだけ無駄だと、知ってるから。
からっぽな空から目を逸らすように、ぼくは大きな時計台へと視線を移した。
四つの小さな鐘が吊り下げられている立派な時計。
だけど。
「止まってる……」
ぼくがここに来てから、たくさんの時間が経っているはずなのに。
時計は、二十三時五十五分のままピクリとも動かない。
それは。何も言わずに、ぼくを冷たく見下ろしている。
少し怖いかも。ううん、とても怖かった。
「死んじゃったんだ、時計さん」
またひとつ、ぼくの世界から消えてしまう。
ずっと時計を見るのはイケナイことかも。話しかけるのはもっとイケナイことなのかな。
でも、色々試すのはもう疲れちゃった。
だから、ぼくはずっと傍に居てくれる地面さんへと目を落とした。
その時だった。
「はっ、バッカバカじゃん。時計なんてただの機械よ。死ぬワケ無いじゃん」
透き通った声が後ろから聞こえた。
振り返ると、そこにはぼくと同い年くらいの女の子が立っていた。
意志の強そうな金色の瞳で傲然とぼくを見下ろす彼女。
「…………っ」
ぼくが何も言えずに固まっていると、彼女は腰に手をあて、偉そうな口調でこう言った。
「ちょっとぉ、なんとか言いなさいよ。このあたしが話しかけてやってんのよ」
「えっ、あ、ごめんなさい」
「なんでそこで謝るのよ! 陰気なヤツねぇ」
「ほっといてよ……」
一陣の風。
オレンジ色のワンピースがひらひらとはためく。
それを押さえると、彼女は鼻を親指でこすった。
「この風、夕立のニオイがするわね」
夕立にニオイなんてあるのかなあ。
首を傾げていると、その子は急に片足をベンチにドカッと乗っけて、ぼくの襟首を掴んだ。
「ほら、行くわよ」
「い、行くって、え、なに?」
「なに、じゃないわよ。あんた、脳みそフロッピー!? 夕立が来るっつってんのよっ!」
フロッピーの意味がよくわからないけど、なにかバカにされてる気分だった。
ぼくは彼女の手を払いのけると、
「だ、だからなんなんだよ、高飛車なヤツだな!」
少し強めに言い放ってしまった。
どうしてだろう。こんなこと言うなんて、まるでぼくじゃないみたいだ。
だけど、その子は臆することなく、とても意地悪そうな顔でニヤリと笑う。
「ふんっ。あたしが高飛車なら、あんたは低角行ってところね」
「どういう意味か分かんないよ……」
「低レベルで角が立っていてグチグチつまらない行いばかりをするバカっていう意味よ。すなわちバカね。大バカ」
めちゃくちゃだった。
「な、なんだよ。初めて会ったくせに馴れ馴れしくバカバカ言うなよな!」
「ふうん。バカのクセに、なかなか良い度胸してるわね。陰気なヤツってセリフは前言撤回してあげるわ」
満足気に言うと、彼女は陽に染まった長い髪をフワリとかきあげる。
そして。
「……こんなところでウジウジしていたって始まらないわ。雨に濡れて、ただ身体を冷やすだけよ。まだあんたは暖かいんだから、立ちなさい」
「え?」
暖かいってなんだろう。人はみんな暖かいんじゃないのかな。
よく――わからない。
「立って、歩くのよ。ねっ。あたしの手、貸してあげるから、さ」
「う、うん」
彼女は先程とは別人のような、とても柔和な笑顔でぼくに手を差し伸べる。
吸い込まれるようにその小さな手を取ると、ワンピースの少女はちょっとだけ寂しげに呟いた。
「次は、ちゃんと辿り着けるかしら……」
まただ。
夢はいつもそこで途絶える。
暗転していく中、ぽつりぽつりと雨音が聞こえ、最後には決まって雷鳴が轟く。
いつもの終わり方だった。
雨が止んだら、また会えるかな。
今度はもっといっぱい喋りたいな。あの子と話してると元気が出てくるから。
ぼくが、ぼくでない誰かに……生まれ変われる気がするから。
そうまどろみ、ぬかるんだ泥の中へと沈んでいくぼく。
それもまた――いつものオワリ方だった。
次にはフリダシへと戻るぼくと彼女。
何もかも忘れて、再び出会うぼくら。
それは。なんて、バカげた夢なんだろう。
そして。なんて、怖ろしい夢なんだろう。
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