魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「けほっ、こほっ」
キレイに片付いているとはいえ、さすがにホコリっぽいな。
とりあえずコロ美の寝床を確保したかったので、棚上からピンクの布団を下ろして勢いよく広げる。
ぺろりんこと敷かれた子ども用の布団。おそらくチビ助がもっと小さいときに使っていた布団なのだろう。
「否定。ここに『ももは専用』って書いてあるんです。きっと天使さんが使っていた布団なのです」
「げっ、マジだ。あんのバカ天、こんなところにまで書きやがってからに。まったくもって迷惑な貧乳だぜ……って、コロ美!?」
いつの間に人型に戻ったのだろうか、そこにはフラフラ状態の園児が立っていた。
トロンとした目は普段の三割増しだし、頬はりんご病みたいに真っ赤になっちまってるしで、なんとも辛そうに見える。
どう声をかけたらいいものかと戸惑っていると、そいつは俺をポケーっと見上げて、
「ふやぁ。パパさん、ここまで連れてきてくれてありがとなんです」
と言い、頭を下げた。
こんな時に律儀なヤツだな……。
「礼なんざいいからよォ、とっとと布団に入りねぇ。これ以上悪化したらどうするんでェい」
にしても。この薄っぺらい掛け布団一つじゃあ、いささかに心許ねーな。
タオルケットみたいなもんでもいいから何か無いものかね。
そう部屋の中をあれこれ探っていると、不意にスカートを引っ張られる。
「あのあの。パパさんのお気遣いとても嬉しいんです。でも、もういいのです。コロナは一人で大丈夫なんです」
と仰られてもよォ。スカートを掴む手が小刻みに震えているワケで。
これを見て、ハイそーですかとはさすがに言えねぇよ。
「ダイジョばないっての。ほれ、いいから布団に……」
「こ、これ以上コロナの近くにいると、パパさんまでビョーキになっちゃうんです……」
困ったように笑うそいつに、俺は肩をすくめた。
あー。そんなこと気にしてたのか。
「あのなあ。俺のことよりまずはテメェの体の心配をしろよ。んなめんどくせェこと考えてる暇があったら、さっさと治しなァ。それに、自慢じゃねぇが俺は今までの人生で一度も風邪にかかったことねーの。石風邪だかなんだかしらねぇが、んなもん俺様にゃあ効かねーよ。だから、」
言いつつ、ひょいっとお姫様抱っこをして布団へと運んでやる。
「ここで大人しく寝てやがれ」
「…………」
さらに真っ赤な顔で俺を見つめるコロ美。
こりゃあまた熱が上がったな。ったく、無駄に動き回るからだっての。
一応、釘をさしておくべきかね。
「いいか、もうちょこまか動くんじゃねーぞ。次動いたらアイスフィンガーでお尻ペンペンすっからな」
「…………」
「おい。返事は?」
「ふぁ!? こ、肯定なんですっ」
「いっひっひ。よろしい」
申し訳程度の掛け布団をかけて立ち上がる。
さて。他にかけられるモノはないかね、と部屋を再度探り始めたとき、
「しゃっちゃん、しゃっちゃん」
「あん?」
少しだけ開かれたドアから顔をのぞかせるゆりな。
そいつはしばし言いにくそうに視線を彷徨わせたあと、
「さっきはごめんね。アイスウォーターちゃんが大変なときに、ボクらってばケンカなんてしちゃって……」
「めんどくせぇからイチイチ謝るの禁止。それよかさっきクロエが言ってたけど、お前さん学校が始まるんだって?」
「にはは、禁止されちった。うん、そーだよ。明日始業式なの」
「そっか。つーことは、なおさら風邪ひいてる場合じゃないな。まあ、俺はこの世界じゃあ行く学校も無いし、暇だから看病ぐらいやっといてやんよ。あとのことは俺に任せて、チビ助は明日の準備に勤しみなァ」
「うんっ。ありがとね、しゃっちゃん……。あ、お着替えとかタオルここに置いておくね」
言って、ドアの隙間から着替え一式とその他もろもろが差し出される。
こりゃまた準備がよろしいこって。コイツもコイツでしっかりしてるよなぁ。とても九つとは思えねぇぜ。
受け取りつつ俺がそんなことを考えていると、チビ助は思い出したようにポンと両手を叩いて、
「そうだっ、今日はすき焼きパーティをするんだったよぅ。出来たら呼ぶね」
「ん。そういえばそんなこと言ってたな。わかりましたんで、つか悪ィなご馳走になってばかりで」
恐縮だぜ、と頭を下げようとしたのだが、頭の触覚を掴まれて阻止される。
「むー。ダメだよっ。しゃっちゃんもこれから禁止だもん」
むくれ面で言うチビ助に、
「えっ。禁止って、なにを?」
俺はすかさず聞き返した。
まさか俺の謝り禁止令に対抗して、食事禁止令とかトイレ禁止令なんてもんが発令したりして。
んなことになっちまったら、これからこの家でどうやって生きていこう……。
最悪の場合、ホームレス小学生として野外デビューする線も考えておかねばならんな。
そう、いささかに目を潤ませ始めた俺にゆりなは屈託のない笑顔で言った。
「申し訳ないとか、恐縮だぜぇとか禁止。しゃっちゃんはボクたち家族の一員なんだから、そういうのアレだよ。えーと、『めんどくせぇ』だもんね」
家族――
その発言にきょとんとしてしまう俺。
なんとも簡単に言ってくれるが、家族の一員なんて一日や二日の付き合いでなれるモンじゃないだろ。
血の繋がりもないのに、いきなり『家族』って。
いやはやまったく、久樹上家はどうもお人好しが過ぎるな。
もし俺様が超がつくほどの悪人だったらどうするんでぇい。少しは人を疑うことも覚えておいたほうがいいぜ。
と呆れ顔の俺に、
「しゃっちゃんだったらいいよ。悪人さんでも、なんでも。ボクぜんぜん平気だもん。どんとこーい!」
胸をポコッと叩いて八重歯を見せるゆりな。
何やらイマイチ会話が噛み合ってないような。つーか、悪人の意味を解ってなさそうだなこいつ。
「解ってるよ。悪人さんは、ボクを庇ってくれたり、コロちゃんを看病するような優しい人じゃないってことぐらい。ちゃんと解ってるもん」
のほほんと微笑むそいつに、俺は何も言えなくなってしまった。
「それじゃ、コロちゃんのことお願いねっ。ボクはお姉ちゃんのお手伝いしてくるよ」
「お、おう。すき焼き楽しみにしてるぜ」
「にゃはは。ウチのはとっても美味しいから期待しててね。なんてったっておダシが違うもん。さーて、ご飯の支度っ、支度っ」
パタパタと楽しそうに階段をかけ降りていくゆりなを見送っていたのだが、ふと、いつぞやの白米タワーが脳裏をよぎる。
うぐっ。またあのタワーが現れちまったらどうしよう。すき焼きどころじゃなくなるぞ……。
「チ、チビ助!」
「ほよ?」
慌てて待ったをかけると、そいつはヘンテコなポーズで止まって俺を見上げた。
「どったの、しゃっちゃん」
「きょ、恐縮だけれどもよ……ご飯は並盛りで頼みますぜ旦那」
「だーめ。恐縮だぜぇはさっき禁止したもんね。まったく、しゃっちゃんてば遠慮屋さんなんだからぁ」
いやいやいや、遠慮じゃねーし! ていうか、恐縮というワードをまるっと禁止されるといささかに困るんだが。
「あ。ついでだし『いささかに』も禁止しちゃおっかなぁ……」
「なんで!?」
恐ろしい禁止令の乱立にうろたえていると、
「うっそぴょーんっ」
まさかの前宙をしやがった。綺麗に着地し、「わーい!」と走り去るそいつの後姿を唖然と見ながら、二つほど思う。
なんつーアホな運動神経をしてやがんだ、と。
危ないから前宙の禁止令を出しておこう、と。