魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
そういや苗字は何ていうんだろうか……この際だ、訊いてみよう。
「「そういえば苗字って、」」
同時に同じセリフをはいて、これまた同時に顔を見合わせる俺達。
二人でプッと吹き出し、いつの間にか腹を抱えて笑っていた。
「あははははっ。え~っと、なんだっけ……苗字だっけ? ウチの苗字は――天使と書いて、あまつかって読むっちゃ」
天使ももは。
「変な名前」
そう思ったから正直に言ってみる。
「ムッ。そっちは何てゆーと?」
「俺の苗字は、シャク」
「え。名前がシャクヤクじゃなかったと?」
「ああ、アレね。名前はヤクっていうんだ。だから合わせてシャクヤク。どうぞヨロシク」
「…………変な名前」
「…………そっちだって苗字がテンシじゃん」
「あまつかっちゃ!」
「あまつかっちゃももはちゃんでしたか。じゃあ、これからは略してテン子って呼びますんで」
「それ、もう原型をとどめて無いっちゃ……」
「だったら、テンちびって呼んでいいか?」
「ダメぇ~」
「じゃあ、ちびテン?」
「やけん、ダメっち言いよろうが」
「もはや、これまでか……。こうなっては仕方がない。ここはちび貧乳ちゃんもとい、ちび貧ちゃんってことで一つ手を打ってもらうしか、」
「やんのか、こるぁあああっ!!」
なぜか第二ラウンドが始まってしまった。
なんだかんだのすったもんだで、またまた俺たちが髪や服の引っ張り合いをしていると、
「へっぶしっ!」
固まる俺達。
二人で顔を見合わせ、そーっとベッドを覗き込むとゆりなが豪快に鼻水を垂らしているではないか。
「ありゃりゃ。こんなに垂らしやがって、恥ずかしいヤツ」
俺が呆れている横で、チビ天が顔をゆでダコのように真っ赤にして見惚れていた。
「ほわわぁあ~っ」
そいつはベッドに上半身を預けての頬杖体勢で、心底愛おしそうに足をパタパタさせている。
おいおいおい。まさか、ソッチの気があんのか?
「ゆりっち、今日も無駄に可愛いっちゃあ。らぶりぃ~」
あっちが鼻水なら、こっちはヨダレときたもんだ。
目の奥の花びらがハート模様になっているのは、おそらく見間違いじゃないだろうな。どうやら、こりゃマジもん決定らしい。
ま、別に人の色恋に口出しするつもりはねーけれども。
つーか、無駄にってそれ褒めてんのかよ……。
なんにせよ。いつまでも鼻水を垂らしたまんまじゃ格好がつかねぇ。
「おらおら、どいたどいたぁ」
「わわっ、何するっちゃ!」
「何するって、拭いてやるに決まってんだろ」
ティッシュを二、三枚とってグシグシ拭いてやる。
「ふぇえっ」
「ふぇえっじゃねーって。こら、暴れんな。ばっちぃツラのまんまでいいのかよ」
それでもなお、手で払おうと抵抗しているそいつに、
「そうは問屋が卸さねぇってなモンで、うりうりっ」
こちょこちょと空いた脇腹をくすぐりまくる。
「にゃはははっ、しゃっちゃんってばぁ。そんなのでくすぐっちゃダメだよぉ……」
「どんなのでくすぐってんだよ、夢の中の俺ァ」
変な夢見やがってからに……。まぁいいや。にへらっと頬を緩めている隙に、サッと拭き取ってやる。
よし。最後の仕上げ完了だ。キレイキレイ。そこで、ふと掛け布団が無いことに気づく。
ああ、そうか。俺たちがもみ合いしてたときに、いつの間にかこいつの布団がはがれてしまったみたいだ。
そりゃクシャミも出るよな。まさか熱も出てたりして。
布団をかけ直しつつ、ゆりなの額に手をあててみる。
ん。平熱平熱。
「うっし。ケンカの続きしようぜ、ももは」
振り向くと、ももはが呆けた顔で俺を見つめていた。
なんなんだ? 眉をひそめていると、ハッと気づいた様子で、
「あっ。……えっと、その」
「どうしたんだァ?」
「ごめんなさい」
謝った。
狂犬のような彼女が、ぺこっとお辞儀をして謝った。
しかしながら、俺だってバカじゃない。学習するさ、一応。
「いっひっひ。まァた、そんな演技をしたところで、もう騙されんぜ」
来るならいつでも来い。カウンターモードで待ってみるが、
「本当に、本当にごめんなさい……。私、ゆりっちのお友達に酷い事をしてしまいました。
ヘンタイだなんて言って、他にも酷いことを言って、殴ったりしちゃって――」
深々と頭を下げ、手を震わせながら必死に彼女は言葉を紡ぐ。
「わ、私、ゆりっちのことだとすぐに頭に血が上っちゃって、知らない人がいたので、それで危ないって思って、ゆりっちを守らなきゃって思って、」
必死に、言葉を。
「なのに、本当のお友達で、とても仲良しさんで、なのに、なのに、嫌われちゃう……。やだ、ゆりっちに、嫌われちゃう。やだ、やだ……やだよぅ」
次第に呼吸が荒くなり、咳き込むももは。
まとまりが無い言葉の羅列だけれども――
だからこそ、本当にももはがゆりなのことを想っている気持ちが伝わってきて――
俺は彼女の今にも崩れてしまいそうな姿をどこかで見た気がしていた。
そうだ――あのときのゆりなだ。
俺が『ワガママ』というワードを発したときのゆりなの取り乱し方によく似ていた。
こいつも。
こいつも――何か心の傷を持っているのか?
まったく、どうしたもんだか……。
俺はうなだれているチビ天のショートツインをぴょこぴょことイジりつつ、
「なーに言ってやがるんでぇい、ゆりながお前のこと嫌うわけねェっての。
このチビ助は底抜けのおバカ……じゃなかった、お人好しだからな。誰も嫌いになんかならねぇよ。つーか、嫌いになることを知らなそう。そんくらいのレベル」
「……ほんと?」
「嘘言ってどーすんだよ。昨日だって、楽しそうにお前の話をしてたんだぞ。お前が幼稚園のころに使っていた箸を戸棚から引っ張り出してさ。
ピンク色のもの何でも『専用』って書くんだよって楽しそうに教えてくれたんだ」
「え、えへ、えへへ……。そうなんだ。小さいときのお箸、まだとっておいてくれたんだ。そっかぁ、えへへっ」
ナップサックの羽がパタパタとうれしそうに羽ばたく。
やれやれ、どうにかこうにか――落ち着いたようだ。
しっかし、こんなガキに気をつかっちまうなんて、俺もどうかしてるぜ。
誰のせいだ。ゆりなのせいか?
めんどくせぇことはキライだってぇのに。どうしてこう次から次へと――
「あ、あの……」
おずおずと桃色少女が俺を見上げる。
エメラルドグリーンの湖に桃の花を咲かせて、そいつは言った。
「しゃくっちさんって、呼んでもいい――ですか?」
……………。
俺は腕を組んでゆっくりと首を振った。否定の意。
「そうですよね……あんな酷い事して今更、」
しゅんと顔を下げようとしたそいつの額を指でつついて阻止してやる。
「その他人行儀な敬語をやめて、素で話してくれるんなら構わないぞ。今更、お行儀良くされても気味が悪いだけだぜ」
「わ、私はゆりっち以外にはみんなこんな感じなんです。さっきのは、ついウッカリというか悪者さんだと思ってたので……」
「ふうん。じゃあさ。なんで、ゆりなだったら素で話すワケ?」
「それは、その、お友達だから、というか……」
「じゃあ、いいじゃん」
「……え?」
「俺ら、ダチなんだからいいじゃん。一回ケンカしたら、どんなやつでもダチ公」
一瞬の間のあと、もじもじと恥ずかしそうに目を泳がせて、
「あ、はい……。えっと、しゃくっち、さん。その、ありがとうございます……」
俯くチビ天。
気まずい空気が流れはじめたところで、俺は髪をバリバリとかきむしった。
「あぁあああ! めんどくせぇえええええ!
だぁら、『はい』とか『さん』とか、スーパーめんどくせぇえんだよ、貧乳てんてん子ちゃんよぉお!」
「やんのか、こるぁあああっ!!」
まさかの第三ラウンドが始まってしまった。
尻のひっぱたきあいをしながら、ともか――
「ちょっ、ちょっとタンマ」
「待たないっちゃ!」
尻のひっぱたきあいをしながら、ともかくと、俺は思――
「いててて! だぁら、ちょっと待ってろよ、すぐ済むから!」
「問答無用っちゃ!」
まぁ、ともかくだ。
これからは当分ケンカ相手に困らないようである。めでたし。
と。
強引にめでたくしたところで、最後にももはのケツを終了のゴングよろしくペシーンと鳴らした。