魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
やっと落ち着きを取り戻したゆりなが、再びスヤスヤと寝息を立て始めたところで、
「ありゃ? シラガ娘って、そんなモン履いてたっけ」
黒猫が不思議そうに首を傾げた。
「いや。こいつァ変身した時にコスチュームと一緒に出てきたヤツなんだけれども。
これがまた履き心地が良いっつうか、なんとも暖かくてな。変身解いた後、コロ美に言って特別に出してもらったんだ」
「へぇ~。何だかんだ言って、女の姿もまんざらじゃなさそうだな。にっしっし」
「ばっきゃろぉイ。んなわきゃねぇだろ。戻れるモンなら今すぐにでも戻りたいぜ。
それはともかく、だ。恐縮だけれども、いい加減に本題へ入らせてもらうぞ」
とりあえずは最初の疑問をぶつけることにする。
なぜ、あんなに目立つ俺たちやホバーの姿が誰にも見えないのか。
俺の問いに黒猫が尻尾をくねりと動かす。
「ああ、それなら答えは簡単だ。
シラガ娘は石を割って変身――すなわち魔法使いの衣装に着替えた時点で、魔力を持たねーヤツの視界から消えちまうんだ。
オレやコロ助みたいな七大魔宝石や、ホバーのような模造魔宝石に至っては、そもそも最初から誰の視界にも映らない。これは魔法使い関係者を除いての話だがな」
「待て待て。するってぇと、ゆりなのお姉さんはどうなんだよ。
おめぇさん方の姿がバリバリ見えていたじゃねぇか。もしかして、あの人は魔法使い関係者なのか?
それと、昨日コロ美を捕まえるってときに『誰かに見つかって大騒ぎになるかも』とかなんとか言っていたじゃねぇか。そこんところ、どうなってやがるでェい」
腕まくりのポーズで矢継ぎ早に質問する俺に、クロエが感心した様子でもう一度尻尾をくねらす。
「ほう。中々、良いところをついてくるじゃねーか。順を追って説明してやるよ。
とりあえずポヨ子が何故オレたちを認識出来るかについてだが、簡単に言えば仮の姿だからだ」
「仮の姿――ということは、あの巨大な黒い虎が本当の姿ってことか?」
「あぁ。動きやすい人型や小型に化けている時は誰にでも見えるってワケ。
コロ助が見つかるかもって言った理由も、アレがコロ助の仮の姿――つまり、小型状態だから。
オレみたいな普通の猫っぽい姿ならバレねぇが、あいつの場合キラキラ光ってるじゃん。昨日も言ったが、羽が発光してるテフテフなんて、この世界じゃありえねーの」
「あー、そういうこと」
ホバーとの戦いを思い出してみる。
えっと確か……。
俺らはコスチューム姿。召喚されたクロエは色違いだけれども、巨大な虎っつう本当の姿。
コロナは俺と合体中だし、模魔はクロエと同じでバリバリ本当の姿。
なるほど。
だから誰にも見つからなかったのかと頷きそうになるが、ここでまた一つの疑問が浮かんできた。
「そういや、模魔が暴れた形跡が全然なかったような。あんなに派手に戦闘したっつうのに、町はキレイなまんまだったぞ」
「いや、被害はちゃーんと与えてたぜ。窓の外よーく見てみそ」
促されるまま、窓を開けて見てみる。
いや、別段変わったところがあるようには思えないが。
「桜の花びら、昨日より散ってるだろ」
まぁ、言われてみれば……。
「だけれどもよォ、アレでこれっぽっちの被害っておかしくねぇか? 体感風速で言えば、優に十メートルは超えていたぜ」
「オレたちだからそう感じるのさ。魔法使いや魔宝石は魔法の力をダイレクトに受けるからな。
だが、魔法使いでない人間やこの世界は魔法の力をダイレクトには受けない。ホバーの風の力が百だとすると、オレたちに百、町には十の影響って感じだな」
魔法魔法って、頭がこんがらがってきたぜ。
「ちょい待ち。ええとだな……。じゃあ、たったの十分の一の影響ってんなら、町が壊される心配は無さそうってコトでいいのか?」
「残念だが、心配大ありだぜ。ホバーはランクこそまぁまぁの模魔だが、能力が能力だからこの程度で済んでるんだ」
ランク?
「そう。オレたち七大を含め、全ての魔宝石には力の目安としてランクがあって、
ホバーはランクCの中ぐらいな強さの模魔なんだ。だが、能力が『停空飛翔』という、補助的な能力だから影響力がそうでもないってワケ。
これが攻撃的な能力だったら、もっと町への被害がデカくなるし、とーぜん、ランクが高い模魔ほど比例してもっとデカくなる」
はぁ。
解ったような、解んねーような。
とりあえず、理解したのは『あのホバー』でたったのランクCだってことだ。
アレで中ぐらいの強さって――マジだとしたら、かなり気が滅入る話なんだが。
「まぁまぁ。そう悲観しなさんなって。最初からランクC相手にあそこまでやれたのは凄ぇことなんだぜ!
場数を踏んで経験値をさらに積めば、ランクBもAもきっとラクショーラクショー」
「ったく。軽く言ってくれちゃってさァ」
トホホ……。
と、がっくり肩を落としながら魔法使いになったことを後悔し始めた俺に、
「――言いそびれちまったが、ありがとうな。オレが思った以上にシラガ娘は良くやってくれたぜ。
もし、お前が魔法使いになることを決心していなかったら、ポニ子は確実にやられていただろう」
クロエが真面目なトーンで言う。
「……ふんっ」
まっすぐな視線に気恥ずかしくなって、俺は目を逸らした。
こいつが『ありがとう』なんて言葉を口にするとはね、なんだかムズ痒いぜ。
だが――
しかしながらと、俺は思う。
俺が助けに向かわなかったら、ゆりなは死んでいたと黒猫は言うけれども。
本当に……そうなのだろうか。
思い出される、チビ助のあの気だるそうな前傾姿勢。
深紅の瞳。
燃える髪。
冷たい声。
ホバーをたやすく一撃で葬った『赤いゆりな』
対する俺はといえば、何も出来ずにただやられる一方だった……。
そう――俺は助けてなんかいない。むしろ、助けられたのは俺のほうだ。
意気揚々と飛び出したクセに。
なんて無様で。
なんて無力な。
だからこそ、あの眼の光が気になる――
ゆりなが赤く染まった現象について詳しく知りたい。
いよいよ、それを訊ねようとした、その時だった。
タタタタッ。
なにやら軽快なリズムが耳に入ってくる。
「あんだァ、この音?」
と、俺がクロエに顔を向けると、そいつは尻尾をビクンとおったてて、
「げげげっ、あいつだ! シラガ娘、今からオレは喋れないただのキュートな猫! 絶対に話しかけんなよっ。あと、霊鳴は仕舞っとけ。いいな?」
「え? あ、ああ……」
何が何だか分からないが、とりあえず頷いて霊鳴をスカートのポケットへ押し込む。
あいつって誰のことなんだ?
クロエの慌てっぷりにいささか緊張していると、窓がガラガラッと開いて、何者かが部屋へ飛び込んできた。
「にんっ!」
まるで忍者のような――音もないキレイな着地。
桃の香りをはじかせながら、短いツインテールがピョコンと跳ねる。
侵入者は俺たちと同じような小学校低学年くらいの女の子だった。
「きゃはっ、久しぶりに美しく決まったっちゃ!」
感激のあまりか何度もジャンプするそいつの後姿をシゲシゲと眺め、やがて俺はポンッと手を打つ。
ピンク色のさらさらな髪、ピンク色のふりふりなワンピース、ピンク色のぱんぱんなナップサック。
目が悪くなりそうな桃色一色のこの少女。どう考えても――
未だに背を向けて飛び跳ねてるそいつに向かって、俺はこう言ってみた。
「……もしかして、お前さんがウワサの『ももは』か?」