魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
部屋を出ると、クロエは隣の物置部屋へと手招きした。
とはいえ、キレイに片付いてるけどな。
「この部屋にはベランダがあるんだ。抜け出すには最適ってワケ。よし、こっちだ」
と、器用に戸をガラッと開けると、ぴょんと飛び降りてしまった。
「お、おい!」
そりゃ、お前さんは猫だから簡単に飛び降りられるのかもしれねェけど。
俺は普通の人間だぜ。
しかも今は小学生レベルだから普通以下だぞ。
「……行けるかな」
二階程度ならと、下を覗いてみるが――いや、これはコワイって。
「あにしてんだぁ、行くぞバカシラガ。男は度胸だろ?」
「バカ猫が! 今の俺はか弱い女の子だぞ、コルァ」
「けっ、女の子っつうなら代わりの愛嬌を用意しろってーの」
ぶつくさ言いながら、しっぽをクネクネと凄まじい勢いで回すクロエ。
「なぁ、シッポ遊びはいいからよ、」
言いかけて俺は固まった。そりゃ固まりもするさね。
なんせ、いきなり闇色の光に包まれたかと思うと、巨大化したんだからな。
こう見ると、もはや黒猫ではなく、黒虎と言ってもいい迫力だ。
しっかし、まぁ。
空は飛ぶわ、喋るわ、デカくなるわで。
もうこいつ一匹で全部の石を集められるんじゃないのか。
俺がそんなことを考えていると、そいつはフンッと鼻で笑って、
「今のはシッポ遊びじゃねぇよ。巨大化の魔法陣を描いてたんだっつの。
オラオラ、いつまでもアホ面かましてねぇで、背中に乗りな」
+ + +
何度か振り落とされそうになって、(その際に聞こえた意地悪な笑い声から察するに、おそらくあれはワザとだな)
着いた場所はいつぞやの公園だった。
暗く、赤い満月が俺たちを見下ろしている。
「そこのベンチに座って待ってな。連絡はつけてある。もうじきピースが姿を現すハズだぜ」
言われたままに腰をかけ、そして横目でチラッと黒猫に視線をうつす。
とっくに元の姿へと戻っているクロエ。
あとは待つだけだと、芝生に寝転がり、毛繕いなんて始めていやがるが。
なんともまぁ。
こちとら緊張してるってぇのに。ノンキなもんだ。
「お前さんさァ。ピースサマっつーのはエライ奴なんだろ。いいのかよ、んな気ィ抜いてて」
そこまで言って思い出す。
似たようなこと前にも言ったような。
そういえばゆりなが『クーちゃんは特別だもん』とか言ってたっけ?
「けけけ。別にいいんだよ。オレはピースの――」
と。
クロエがゆるりと顔を上げた瞬間のことだった。
突如、凄まじい突風と共に、けたたましい空襲警報のような音が鳴り響く。
いや、警報音にしてはいささか歪んでいるというか――
「な、なんだ? 近くで火事でも起きたのかねェ……」
そう黒猫に話しかけたが、そいつは俺の声が聞こえていないのか、独り言のように、
「模造石ホバーだと!? なんだって、この時間に、このタイミングで!」
なんのこっちゃ。
取り込み中、申し訳ないけれども。もぞーせきホバーってのは、なんでィ?
「百聞は一見にしかず、あれを見なぁ!」
「んあ?」
肉球の指す方向。
俺の座っているベンチの真後ろ、はるか向こうの上空に――
そいつは存在していた。
「な、な、な、なんだよアレは!? 鳥の……いや、知ってるぞあの鳥。そうだ……ハチドリだ! ハチドリの化け物!?」
先ほどのクロエの巨大化なんざ、甘っちょろいものだったと痛感する。
それの何十倍もの超巨大なハチドリが、夜空の下で悠々と羽ばたいていやがったんだからな。
頭上には赤黒く明滅している不気味な光輪――そして顔には鈍色の鉄仮面をかぶっている。
その仮面の奥の目が金色に光ると同時に、再びあの空襲警報のような音……鳴き声を発した。
「そうだ。あいつは『第六番模造魔宝石ホバー』と言う石だ」
石だと。
ウソだろおい……それって、まさか。
「そのまさかだぜ。あのホバーは、パンドラの箱から飛び出した七大魔宝石……すなわち、
オレやコロ助の下に敷き詰められた数多の石――模造魔宝石ってやつの一つだ」
「ってこたぁ、やっぱアレも同じように捕まえなきゃいけないってことかよ」
「ああ。だが――コロ助のときのように話し合いで、とはいかないぜ。模造石どもには心がないんだ。
むしろ話が通じない分、七大よりあいつらのほうが危険とも言える。ただ、単純に暴れまくるんだからな。それこそ、サルのように。見境もなく」
言って黒猫は鬼のような形相で飛び上がり、
「これ以上喋っている暇は無い。ポニ子を起こしに行く。今、ホバーと戦えるのはあいつだけだ」
そして、こう続けた。
「おめぇはそこで待ってな。あと少しでピースはやってくる。
さっき話した様子だと、お前を逃がしてやってもいいって流れだったからな。気が変わってなきゃ多分大丈夫だと思うぜ。
……じゃあな、シラガ娘。あの世でまた会ったらお礼にノミ取りくらいしてくれよな、にっしっし」
飛び去っていくクロエの背中には諦めが見えていた。
そりゃそうさ。
だって、あんな巨大な化け物相手に、あんな小さな子ども一人でなんて。
――たったの、一人でなんて。
そこまで考えて俺は頭をかきむしった。
「ハッ! 馬鹿馬鹿しい。この世界から抜け出すには今しかないんだ。
所詮、一日ぽっちの付き合い。あいつらがどうなろうとしったこっちゃねぇなァ」
そうだ。
災いでも何でも、勝手に起きて勝手に滅べばいい。
チビ助やバカ猫やコロ美が死のうが生きようが心底どうだっていい。
こんなワケわからん世界なんて、もうウンザリだね。
俺は家に帰って、ゆっくりのんびりと寝直させてもらうことにするぜ。
……そうだろう? なぁ、シャクヤクさんよォ。