魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「しゃっちゃん、本当に下でイイの? ボクのベッドで寝てもいいのに」
ベッドの脇に布団を敷きつつ、ゆりなが俺に訊ねる。
「宿を借りてる分際でご主人様のベッドを占領するワケにもいかねーって。それに、寝ぼけてまたお前さんの腹を踏んじまうかもしれねぇし」
「ふえぇ。それはもうゴメンだよぉ……。思い出したらお腹ズキズキしてきちゃった」
「いっひっひ。そりゃあ、ただの食い過ぎ。あんだけ腹に詰め込めば痛くもなるって、フツウ」
「えー? いつもより控えめに食べたのに。まだまだ余裕で食べられるよ~っと、ほい! お布団出来たよ、しゃっちゃん」
「おっ、さんきゅう。こりゃあ、寝心地良さそうだ」
完成した布団に胡坐をかく。
やはり、これだね。ベッドより布団のほうがしっくりくるぜ。
にしても、やけにフワフワとしていて肌触りが良いな。なんの柔軟剤を使っているのかね。
「……うげっ、こんなところにも書いてやがる」
マクラの右片隅に、『ももは専用』の文字を見つけ、即座に裏返す。
こいつ、いくらなんでも書きすぎじゃないのか。
ほっといたらこの家ごと乗っ取られる勢いだぞ。
「どったのー?」
ベッドに腰掛けて首を傾げるゆりなに、
「いや、えーっと。アレだ。なんつうか、見事な食べっぷりだったなぁってさっきの思い出して。はは。
すげぇよな、あの量。お前さんの小さな体のどこに入ってるんだって不思議でならないぜ」
「へへへ~。それなら、もうなくなっちゃってるよ。だって、ボクのお腹はブラックホールだもん! にゃーんちって」
パジャマをめくり、腹をポンポコと叩いて笑う。
う、うーむ。
あながち冗談に聞こえないところが、恐ろしい。
「そういえば、クーちゃんとアイスウォーターちゃん遅いね」
「散歩行ったんだっけか。すぐ帰ってくるっつってたのに、何やってんだかねぇ」
「なんか、思い出話に花を咲かせてくるんです、とかアイスウォーターちゃん言ってたよ」
「ふぅん。思い出話ねぇ。というか、イマイチあいつらの関係性が分からないぜ。
コロ美はクロエのことをお姉ちゃまって呼んでたけれども……どう見ても似てないよな?」
「あはは、やっぱしゃっちゃんもそう思う? 性格全然違うもんね。
クーちゃんは怒りんぼなイメージで、アイスウォーターちゃんはトロンと眠そうなイメージ」
「そうそう。それ以前に、猫と蝶々だしな。元からして別モンすぎるって話さ。姉と呼んでるけど、きっと本当の姉妹じゃないだろうよ」
とはいえ、それは『霊獣』という特殊な枠で考えると違うのかもしれないけれども。
霊獣。
当たり前の話だが、謎の多すぎる存在だな。
「ふにゃ……あ」
大口を開けてあくびをするチビ助。
時計を見やると、まだ九時手前だが。
いやはや、小学生にはツライ時間かもしれないな。
眠いのかと訊ねると、うん、と頷いて、
「にはは……。いつもはとっくに寝てる時間だから。
でも、クーちゃん達待たなきゃ。それにしゃっちゃんともっとお話ししていたいし――」
そう言って、『ふにゃぁあ』と再びデカイあくびをかます。
限界だろうな、こりゃ。
「話なんざ、明日でもたくさん出来るって。もう寝ようぜ。少しだけ窓開けてりゃ、あいつらも勝手に入ってくるだろ」
「うん、そうだね。それ採用っ。じゃあ電気消しちゃうよ~」
「おうよ。おやすみ」
「おやすみっ! また明日いっぱい遊ぼうね」
「……ああ、また明日な」
紐が引っ張られ、電気が消される。
代わりに点いた橙色のナツメ球を見上げながら、俺は小さくため息をついた。
また明日、か……。
今夜これからクロエがピースに直接口添えをしてくれる。
スムーズに事が進めば、男の姿に戻れてそのまま家に帰してもらえるだろう。
楽観的な予想かもしれないけれども。一人で脱出を試みるよりは遥かに可能性があるハズ――
そうなれば、俺とゆりなの明日は別々の明日になる。
あっさりと。
もう二度と交わることのない平行線へ。
+ + +
「起きろ、バカシラガ。時間だぜ」
耳元で囁かれ、俺は不機嫌に目を開けた。
マクラもとに座っていたのは俺よりも不機嫌そうに腕を組む黒猫だった。
もぞもぞとそいつの隣に置いてあるピンクの蜘蛛さん時計を引き寄せてみる。
「……なんでェい、なんでェい。まだ夜中の二時じゃねぇか。つぎ起こしたら、猫じゃらしの刑に処すぜ。にゃんちくしょうめィ」
そう寝なおそうとした俺に、
「ほー。じゃあテメェはこのまま魔法使いをやるってことでいいんだな。あいわかった、おやすみ」
ガバっと飛び起きる。
あ、あぶねぇ!
「待った、待った! いやぁ、すっかり寝ぼけててさ。謝るからピースんところへ連れてってくれよ。なぁってば、プリチーなチョコチップマフィンちゃあん」
「うげぇえ。わーったから、気持ち悪い声出すなって。ほれ、さっさとついて来やがれ」
「いっひっひ。オーライ。わかりましたんで、っと……アレ?」
ホッと胸をなでおろし、布団から出ようとしたところで、腰に違和感。
タオルケットをそーっとめくって目を凝らすと、そこにはコロ美が眠っていた。
俺のパジャマを左手でガシッと掴みながら、右手の親指をちゅぱちゅぱと吸ってやがる。
「チッ。コロ美のやつ、人の布団の中に勝手に入ってきやがって。どうりで暑苦しかったワケだ」
「……すーすー」
やれやれ。
あどけない寝顔だけ見れば、ただのどこにでもいそうな人間の子どもなんだが。
「どーした?」
「わりぃ、ちょっち待っておくんなま」
言いつつ、起こさないようにとチビチビ助の指を一本一本外していく。
「い、良い子だから、とっとと離しやがりましょうねェ」
最後の指を外し、やっと解放される。
んじゃ、行こうかねと立ち上がった時、
「パパさん……」
げっ、起きちまった?
「ダメ、なんです。そんな市役所前でソーラン節を踊ったらみんなの迷惑なんです……むにゃむにゃ」
って、おい。
なんて変な夢を見てやがるんだ、このガキんちょは。
市役所前でソーラン節って、どんな新手の抗議なんだよ。
「にしし。よっぽどコロ助に気に入られたみたいだな。さっきもおめぇの話ばかりしていたぜ。そりゃもう楽しそうによ」
「あーそうかい。こんなガキに好かれたところで、別に嬉しくもなんともねェけど」
首をこきこき鳴らし、今度こそと部屋を出ようとするが、
「へっくちっ、なんです」
またあの珍妙なクシャミ。
ったく、だからあまり長時間ウロチョロ出歩くなって言ったのによォ。
布団をかけ直し、背中をぽんぽん叩いて言ってやる。
「ばぁーか」
一応、ついでに。
「……あばよ、チビチビ」