魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
部屋に戻ると、捨て猫もといクロエが学習机の上で毛づくろいをしていた。
「おろ。遅かったじゃねーか。ポニ子とコロ助は一緒じゃねぇのか?」
「もうしばらくしたら来ると思うぜ……。あたたた」
急に走ったもんだから、腹が悲鳴をあげやがる。
「その様子っつーか腹をみると、例のアレを喰らったみたいだな」
あの山盛り飯のことを知っているのか。
ベッドにドカッと座り、一息つく。
「ああ。喰らったぜ、二重の意味でなァ」
「けけっ、うめぇこと言うじゃねーか。ポヨ子の飯、美味かったか?」
「白飯しか食えなかったけれども。炊き方はかなり上等なモンだったぜ。丁度いい硬さで。てか、ポヨ子ってどういう意味なんでィ」
「んなの決まってんだろー? ぽよぽよしてるから、ポヨ子。性格と体と、二重の意味っつうヤツでさ。にっしっし」
「……おまえさんなァ。エロ親父みたいな反応に困る発言、謹んでくれっての。俺はこれでも中身は健全な中学生男子なんだぞ」
「はっ。よく言うぜ。てめーはそんじょそこらの鼻水たらした中学生とは違うだろ」
「これはこれは。買いかぶってくれるねェ。恐縮だけれども、ここは素直に喜んでおこうかね」
「飄々としやがって。ジジくせぇのはどっちなんだか。ま、だからこそピースに選ばれたのかもな」
またその話か。
選ばれしもの、うんたらかんたら。耳にタコだって。
コントローラーのAボタン連打で会話を飛ばしたいくらいだね、まったくもって。
「わりーけれども、」
言いかけたところで、黒猫が跳躍。
音も無くベッドに飛び移り、俺の膝の上で丸くなる。
「なんだ。暑苦しいぞ、毛皮ヤロー」
「けけけっ。シラガ娘、おめぇは腹いっぱいで動けねぇんだろ。だったら大人しくオレを可愛がりやがれ。満足したら退いてやんぜ」
俺は小さく舌を打った。
「口やかましい猫だなまったく」
実に腹立たしい食肉目小動物の背中を撫でようとして、俺は止まった。
何故なら、クロエが驚いたような顔で俺を見ているからだ。
「なんでェい。俺様の顔に飯粒でもついてるのかィ?」
「あ。いや――な、なんでもねぇよ」
「……変なヤツ」
なんでもないと言われると気になるのは何でかねぇ。
しかしながら、と俺はクロエの背中を撫でながら思う。
このバカ猫と一緒にいるときは、なんつーか気が楽だ。
言葉遣いが俺に似てぶっきらぼうな為か、気安く軽口が叩ける。
他の女性陣はいささかに、どうもな。(一応こいつも女だっけか)
コロナはただひたすらに面倒だし、ゆりなは少し慣れたが、やはりまだ苦手だ。あの瞳が。
そして、ゆりなのお姉さん。彼女が一番厄介だ。あのほわほわとした温かさが――心底キツい。
「なぁ、シラガ娘よ」
「はーいっ。なぁに、クーちゃん?」
俺のここ半年で一番の茶目っ気に、
「き、気持ちわりぃ声だしやがって。大体、オレをクーちゃんと呼んでいいのは、ポニ子だけだぜ」
「へぇへぇ。そうかいそうかい、そいつは残念だねェ」
そんなことよりと、黒猫が俺に向き直る。
「さっき何を言いかけてたんだ? わりーけれども、の続き」
ああ。すっかり忘れてた。
「まぁ、アレだ。散々コロナには言ったのだが、やっぱし俺ァ、魔法使いなんざやる気しねェから。
どうせ首を突っ込んだら、間違いなくべらぼうに面倒なことになるだろうし。だからその前に――」
「この世界から逃げ出す、ってか?」
俺の台詞を先回りした後、クロエは器用に腕を組んで瞑目した。
「……言ったハズだぜ。元の姿に戻り、そして元の世界に帰りたいのなら、いくら探したって方法は一つしかない、と」
未だ目を瞑ったままのそいつに、
「――最悪、姿はチビガキのままでもいい。とりあえず、俺ァ俺の世界に帰りてェって話。明日か、出来れば今夜にでも俺はこの家を出る。
このままズルズルと引き込まれるのは勘弁だ。行動しないよりはマシってな。何か戻れるきっかけを掴めるかもしれねェし」
ま。姿に関しては、本当に最悪の場合だけれども。
「そうか。わかった」
てっきり怒鳴られるかと思っていたのだが、猫は悟ったように頷いて、続ける。
「お前の呪いを解いて、元の世界に戻してくるようオレがピースに掛け合ってみるぜ。
――抜け出すときはなるべくあいつらにバレない方がいいだろうな。
夜中、タイミングを見計らってオレが声をかける。その隙にこの家から出るぞ。いいな?」
「そ、そりゃありがたい話だけれどもよ。一体どういう風の吹き回しなんでィ?」
こいつにとっては俺が魔法使いにならないと困るんだろ?
だったら逃走に協力的になるのは、いささか不可解に思えるが。
単純にこの猫の考えがわからんな。
「……猫であるが故の、気まぐれなものと。そう思えばいい」
俺の疑問符に、淡い笑みを返す黒猫。
そいつは一つ大きい伸びをしたのち、再び丸く寝なおして、
「ケッ、硬ぇ太ももしやがって。誰かさんに似て寝心地サイアクだぜ、ったくよ」
と、口角を上げた。