魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
開け放たれた窓から入り込んでくる暖かい風。
桜の香りを纏ったそれは、寝そべっている俺の頬を通り過ぎ、下半身へと流れてくる。
「……んっ」
風がケツに当たったような……。
漫画を読む手を止めて見てみると、スカートがぺロリとめくれ上がってしまっていた。
ゆりなから借りてるパンツ――それには魔女っ娘モンスターのキャラ達がプリントされているんだが。そいつらが揃ってアホ面で天井を見上げていた。
……なんとも恥ずかしい下着だが、ゆりな家で世話になってる身としては選ぶ権利なんて無いも同然だった。
「ったく。トランクスとズボンが恋しいぜ」
ぱっぱとスカートを直して、俺はベッドの脇に置いてある怪獣さん時計へと視線を向ける。
午後三時ちょい過ぎ。
チビ助が学校から帰ってくるまであと一時間くらいか。
それまで暇だな……。さすがに漫画にも飽きてきたし。
あくびまじりに伸びをして、俺はもう一度ゆりなのベッドに寝転がって枕を抱きしめた。
「はあ~あ。やること無いのもこれはこれでキツイもんだぜ」
シロハと弐式をシャオに奪われたあの日から一週間ほど過ぎたあたりか。
いや、もっと経っているかもしれない。十日くらいか?
あまりに何も無い日々だったからあっという間に感じたな。
飯を食ってゆりなの部屋でゴロゴロする毎日――いつもあいつが帰って来るまで暇で暇で仕方が無いぜ。
こっちの世界へと召喚され、少女化の呪いをかけられた日。
それからの数日は大忙しだったからなあ。
喋る黒猫に始まり、光る蝶々やら弐式という杖の封印解除。
深緑色の蜂鳥ホバー、金色の鮫ダッシュ、漆黒のカブト虫コピーとの戦闘。この前の白狐シロツキも入れて四匹か。
たった数日でこんな大勢とやり合ったんだ。またすぐに何か現れるかと思うじゃねーか。
……それなのによォ、なんも起こる気配すらないってんだからさァ。
「まったくもって……いささかに落ち着かないねェ」
ゆりなにそんなことを言ったら、「えー? なにも起きないほーがいいじゃん! それよりゲームの続きしよーよっ」なんてノンキなことを言ってやがったが。
どうもねェ。嵐の前の静けさっつうか……イヤな予感がするもんで。そろそろ模魔の一匹でもひょこっと現れて欲しいぜ。
もちろんランクはサクッと倒せる低ランクで、それでいてだし子のように使い勝手のイイ能力を持ったヤツで――
「しゃっちゃんちゃーん」
そんな妄想を始めたとき、コンコンとドアがノックされた。
「は、はいっ」
ボサボサになっている髪を急いでヘアゴムで結って、がちゃりとドアを開けると、
「あっ。起きてました?」
学校帰りなのか、セーラー服を着たままのお姉さんが立っていた。
……あれ? いつもはこんなに早く帰ってこないような。
「えっと……お、おかえりなさい」
とりあえずそう言ってみると、
「にゃはは。違うのですよー。実はラケットを忘れてしまいまして、取りに一度戻ってきたのですっ」
ひょいっと取り出したのは使い古されたラケットだった。
ああ。そういえば、お姉さんはテニス部だったっけ。本人は謙遜しているが、ももは曰くプロ選手並みの腕前らしい。
こんなほんわかした人がねェ……いささかに想像出来ないぜ。
「わざわざそれを……。学校に予備のラケットとか無いんスか?」
「いやー。私はこのラケットじゃないとダメなんですよー。それはそうと……はいっ、これを!」
と。渡されたのはウサちゃんの刺繍が入ったお買い物バッグだった。
その中にはお姉さんの財布とポイントカード、そしてメモ帳が入っていた。
「実はとっても言いにくいのですが……今日は特別練習があるようで、帰りがかなり遅くなってしまうのです」
そこまで言ったところで、俺はメモ帳をめくりつつ、
「オーケイ、わかりましたんで。これに書いてあるものを買ってくればいいんスね」
ふむふむ。
結構たくさん買うものがあるけれども、多分あそこのスーパーで全部揃うだろうな。
「まあっ!! 恐悦至極に存じます……っ! ああ、可愛いし気が利くし、可愛いし、それに加えて可愛いし……なんて素晴らしい子なのでしょうっ!」
「う、うわっぷ」
むにゅうっと頬に当たる二つのデカいマシュマロのようなそれに、一瞬で顔が真っ赤になってしまう。
ううっ。あまりその技を多用しないでもらいたいぜ……。
なんとか抱きつき攻撃から抜け出すと、
「それでは、申し訳ありませんがおつかいをお願いしますね……あっ、ちょっといいですか?」
言って、俺の髪の毛を結い直すお姉さん。
「ふんふ~ん……はいっ! 今日はころこっちゃんとお揃いのツーサイドアップで決まりですっ!」
ま、まァた人の髪を勝手に……。
「あらあらまあまあ、なんとっ! 普段のストレートもスペシャル可愛いですが、この髪型もとってもお似合いですよーっ!」
「…………」
むくれ面の俺の頭をぽむぽむと撫でて、
「くれぐれもお車には気をつけて行ってきてくださいねっ。あと、知らない人について行っちゃ絶対にダメですからね?」
「わ、わかってますって」
「うふふっ。よろしい……のですっ!」
ハートマークが飛び出しそうなウィンクをして階段を降りて行ってしまった。
う、うーむ。相変わらず凄まじい人だぜ。
まあいいや。どうせ暇をしていたんだ、気分転換がてら行ってくるとするかねェ。
というか、買い物は結構好きな方なんだよな。
安くて美味そうなモン見つけるとテンション上がるし。誰が買うんだコレ……みたいなヘンテコな商品を探すのも楽しいし。
「えーと。なになに。はなまる牛乳に、しらたき、ウィンナーにミートボール、イチゴとリンゴと……」
メモ帳をもう一度見直していたとき。
くいっくいっとスカートの裾が引っ張られた。
「あん?」
「んにゅ……パパさん、もしかしてお買い物行くです?」
寝ぼけまなこのコロナが俺を見上げていた。
「……なんでぇい、起きちまったのかィ」
あからさまに嫌そうに言ってやると、俺のスカートを掴んだままコクリと頷くコロ美。
さっきまでベッドの下で転がりながら眠っていたのに……ちゃっかり俺とお姉さんとの会話を聞いていたようで。
ぶっちゃけ、あんまりこいつを連れて行きたくないんだよなぁ。
あっちこっち迷子になるし、ワイワイはしゃぐし、カゴにヘンな物入れてくるしで。疲れが倍増するだけだぜ。
「お前さんのことだ、ついて来んなって言ってもついて来るよな……」
「もちろん肯定なのですっ。パパさん、抱っこ、抱っこ」
バンザイのように両手をあげて抱っこをせがむチビチビをひょいっと持ち上げ、
「頼むから、あんまりうるさくしないでくれよォ。ちゃんと大人しくして俺のそばから離れないように頼むぜ」
「えへへ~、肯定ですぅ」
嬉しそうな笑顔で抱きついてくるそいつに、俺は諦めの溜め息をついた。
……ぜってェ大変な買い物になるなこりゃ。