シワが増え始めてきた中年の試験官が淡々とした声音で提督適性試験の結果を告げる。合格、遂に自分の鎮守府着任が決定したのである。
「…2年前のあの日、初めて『艦娘』とコンタクトした人物…か。心配はあるまい。期待しているぞ。」
「はっ!ご期待にお応えできるよう、鋭意努力する所存でございます!」
_一週間後。
『桜吹雪』
「…お客さん!着きましたよ!」
「ありがとう!これ、代金です。」
「…確かに!ご乗車頂き、ありがとうございました!頑張って下さいよ、提督さん!応援してます。」
「ありがとうございます!また使わせて頂く機会がありましたらよろしくお願いします!」
そう言うと、気さくなオジさんといった風貌のタクシードライバーはこちらに手を振り、タクシーを走らせていった。見えなくなるまでこちらも手を振り、見えなくなると、私は鎮守府へ向けて歩き出した。
春。始まりの風が私の背中を押し、鎮守府への歩みを早くさせる。鎮守府へ繋がる道には満開の桜並木。始まりの風と共に、桜吹雪が私の後ろから前へ吹き抜けて行く。まるで、鎮守府への
桜吹雪に導かれるがまま、歩みを進めて行くと、一際大きな桜の木の下、見覚えのある少女が桜吹雪の中、立っていた。
「『吹雪』…。」
思わずその名を口にする。すると、その少女_『吹雪』がこちらに駆け寄り、春陽の眩しさに負けない笑顔で敬礼をした。
「お待ちしていました司令官!改めて紹介します!特型駆逐艦1番艦の『吹雪』です!よろしくお願いします!」
私も敬礼でそれに応える。
「…ん。本日付けでこの鎮守府に着任する事になった。よろしく頼む。…久しぶりだな。」
「あの時以来ですね…。」
_2年前。
「…だから、さっきから言っているじゃないですか!彼女達は『
「今の状態では、私たちは彼女達を『ただの少女』としか捉えることができない。もし、その少女達が『深海棲艦』と互角に戦える力を擁しているのなら、野放しにしておく訳には行かない。」
取り調べを行うこの基地の上官は表情を一切崩さず、私の説明を一蹴した。
「だからって…だからって、あんな鉄格子の牢獄に幽閉するなんて…!あんまりですよ!」
「不確定要素が多過ぎるからだ。敵味方の判別も付かないようなものをどうこうできる状況ではない。綿密に調べる必要がある。」
「俺たちを助けてくれたんですよ!?こんな事している場合じゃないのに…今こうしている間にも、『深海棲艦』は…!」
ズゥン…と鈍い音が響き、取調室が揺れたのは、その時だった。
「何だ!」
「管制室より全館へ!海上より、当基地へ向けて軽巡1、駆逐2の敵艦隊が接近中!」
「来た…!我慢できません!俺は彼女達の元へ行きます!」
この場所、ここの人々、そして自分に危機が迫っている事を察知した時には、体が勝手に動いていた。基地の責任者である上官のポケットに手を伸ばし、牢獄の鍵を抜き取った。
「おい君!何をする!…ぐっ!?」
上官の制止を振り払った手が、彼の腹部を直撃する。
「…ごめんなさい!」
急がなくては…この基地の人々を守る為にも…!
~幽閉室~
「今の揺れは何だったのです?」
不安そうな様子で、ソワソワ歩き回っているのは、『電』だ。
「来たのよ…『深海棲艦』が。」
『叢雲』は何か感づいた様子で、静かに座り込んでいる。
「ここから出してさえくれれば、やっつけてやれるのにね〜。」
少々気の抜けた声で、拳を握り、素振りで敵をやっつける真似をしているのは、『漣』。
「早く出たいですね〜。…ここから。」
希望を持ちつつも、少々表情が曇り始めているのが、『五月雨』。
そして、『吹雪』は_。
「…信じよう。私たちを必要としてくれる人…信じてくれる人が、きっと来るって!それまで…待とう!」
その時、幽閉室の扉が開く。
「!!」
「ハァッ…ハァッ…君たちの力を…貸して欲しい…。」
「あんた…あのロボットの…」
「パイロットさんなのです?」
「そう…覚えててくれた?あのロボットはACって言うんだけど…。俺もこの基地で取り調べを受けててね…。」
「何が起きているの?」
「さっきの揺れで気付いたかもしれないけど、『深海棲艦』がこの基地に近づいている。敵艦隊の規模は、軽巡1に駆逐2だ。基地守備隊のACが迎撃に向かったみたいだけど…ダメだな、やがて防衛線は突破される…。」
「だったら…早く私たちも向かわないと…!」
「心配するな。俺が海まで案内する。上の連中が君たちを信用していないのなら、証明してやればいい。…行こう!俺は君たちを信じる!」
こうして、基地を襲撃した敵艦隊は撃破され、被害を最小限にとどめる事ができた。『艦娘』達の活躍を目の当たりにした上層部は、正式に、彼女達『艦娘』をこの国の一員として認めた。
上官の制止を振り払い、彼女達を解放した私だったが、基地の危機を救ったという事で、とりあえずは無罪放免。その後、提督適性試験を受ける事が可能になるまでは、相棒の『朧月』と共に、各地の防衛拠点を転々としていた。これが、2年前から現在に至るまでの出来事だ。
「色々ありましたね…。2年前と比べると、少し大人っぽくなりました?その海軍服、似合ってますよ!」
「そ、そうか…ありがとう。今まで、そんな事言われた事なかったから…少し恥ずかしいな。」
大人っぽくなった…か。『吹雪』も…と思ったが、『吹雪』の方は2年前と変わらない印象を受ける。人と艦娘の違いなのか…僅かに私の心に物寂しさが宿った。
「司令官って、結構恥ずかしがり屋だったりします?」
「うっ…単刀直入に聞いてくるもんだな…。恥ずかしがり屋か…確かに、今までACに乗って、戦場を駆け回ってばかりだったから、人付き合いとかそういうのには疎いな…。恥ずかしがり屋で間違いないかも。…不安だなぁ。他の『艦娘』さん達も大勢いるんでしょ?」
「心配しないでください!私が鎮守府を案内します!」
「そうか…じゃあしばらくは、『吹雪』に頼らせてもらおうかな?」
「お任せください!司令官!」
どれだけ歩いただろうか。時刻は恐らく昼下がり。春の暖かな陽射しが、一層強さを増す。吹き抜ける桜吹雪の向こう、赤レンガの建物がだんだんと近づいて来た。あそこが『鎮守府』…これから様々な事が待ち受ける場所。
『人』と『艦娘』。決して相容れる事のない両者が、共に生活し、『深海棲艦』と戦って行くこの場所で、私は…いや『提督』は、どのようにして彼女達『艦娘』と接すれば良いのだろうか?『答え』は、見つかるのだろうか…?
そんな事を考えていると、いつの間にか桜の木の上にとまっていた1羽の『鴉』が目に入った。『鴉』は見定めるような視線をこちらに寄越した後、すぐに『鎮守府』の向こう、海のある空へ飛び去って行った。
旅はまだ、始まったばかりだ。
CHAPTER_1 ~END~
艦CORE ~海原を渡る 名も無き鴉~を読んで頂き、ありがとうございます。CHAPTER_1、終了です。
まだキャラが定まっていなかったり、文書能力に乏しく、お見苦しい点も多々あるかと思いますが、楽しんで読んで頂けると幸いです。
現状、3〜4話あたりまでの構成は頭の中で練れているのですが、それ以降〜物語の完結については、まだ試行錯誤の繰り返し…といった所でございます。気長に更新を待って頂けると助かります。
艦CORE…と言っておきながら、まだAC要素が申し訳程度にしか出てきていませんが、AC特有の鉄と硝煙の臭いは後々描いて行こうと思っています。
『深海棲艦』と『艦娘』の戦いよりも、提督と軍上層部の抗争がメインになります。理不尽な作戦、上層部の暗躍。それに立ち向かう提督とAC、それを支える『艦娘』との絆…!今後の展開をお楽しみに!
ちなみに、作者は提督未着任です。4月から大学へ進学し、親にノートパソコンを買ってもらえるまでは、指をくわえて他の提督さんのプレイを眺めているのです。