不器用な彼の物語   作:ふぁっと

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第30話 物語の「終幕」

 

 

 

事件が終わった

 

物語は終幕

 

 

残されたのは壊れた操り人形(マリオネット)のみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。

 

 俺がいたのはやはり海鳴で間違いなかった。プレシアさんの手引きによってただの気絶と判断された俺は海鳴の病院へと送りこまれた。送り込まれた病院は“海鳴大学病院”である。

 ここまで言えば分かるだろう。そこで待っていたのは非常勤となったスカさんだった。適当な病名言って入院させ、診察をしてくれたらしい。

 

「大丈夫! ウーノと見張ってたから改造はされてないよ!」

 

 と諏訪子からありがたいんだか何だか分からない言葉を貰ったように、結構長い時間診てもらっていたようだ。で、分かったのはただ単に魔力が足りなかったという事実。

 

「だから、君から預かったジュエルシードの魔力をつぎ込んだよ」

「えぇ!? それ大丈夫なの!?」

「まぁ問題ないだろう………………恐らくは」

 

 全てをつぎ込んだのではなく、問題ない程度で俺の意識が戻るだけの量に減らしてはくれたみたい。大丈夫かなぁ………俺。

 

「さて、諏訪子くんにも伝えておいたが………君のその左目」

 

 諏訪子から聞いたのか、スカさんが俺の左目を見る。

 

「その左目が何かは分からなかった。が、確かに魔力を消費しているのは分かった」

「魔力を………」

「そう。そして、ここからが問題なのだが………その左目で消費される魔力量と君が生産する魔力量が釣り合っていないんだ」

 

 だが、それはこの左目が魔力を多く喰うのではなく、俺自身の魔力生産量が少ないのが原因だとか。ついでに計測してもらったのだが、どうやら初期の頃よりも大分下がっているのが分かった。もちろん、原因は不明。

 

「心当たりは?」

「……………いっぱい、ある」

 

 思い返せば原因と断定できなくても、怪しいモノは多々ある。死にかけたことはもちろん、無理無茶無謀など散々してきたのだ。

 むしろ、これくらいで済んで恩の字だろうか。

 

「え? このままだと俺どうなるの?」

「まぁ死ぬね」

「うわぉ」

「となると困るから、君は外部から魔力を定期的に補充しなければならないな?」

「まぁ、そうね」

 

 そう言って渡されたのは謎のカプセルだった。

 

「まだ数は作れていないが、これを使いたまえ」

「何これ?」

「魔力の詰まったカプセルだよ。元々ははやてくん用に作っていたのだが、君も使うといい」

 

 なんと都合の良い物を作ってるのだろうか。相変わらずこのマッドサイエンティストはやること成すことが常人よりも飛びぬけている。

 

「ん? はやて用? はやても使うのか?」

「あぁ。彼女の足の不自由だが、恐らく魔力が足りないのが原因では、と思っている。これから詳しく調べるのだがね」

 

 なるほど。これははやてが自由に歩ける日も近いかもしれない………が、その前に、闇の書事件はどうなるのだろうか。

 

「私からは以上だが、何かあるかね?」

「うんにゃ。ありがと」

「そうそう。今はカプセルに頼ってもいいが、今後は頼らないようにした方がいい」

 

 この左目をなんとかするか、俺の魔力生産量を上げるか。いつまでも薬………ではないけど、薬に頼るのは確かに心許ない。

 

「ドーピング魔導師www」

「ま、そう呼ばれないようにするためにも、なんとかしたまえ」

「………了解」

 

 何がツボに入ったのか分からないが、笑いこける諏訪子の頭を叩き落としてスカさんに頷く。

 とはいえそんな簡単に解決するような問題ではない。こりゃ、時間がかかりそうだぞ………。

 

「ではな。起きたならもう退院しても構わんよ」

 

 ぱたんっと背中を残してスカさんが出て行った。そういえば、入院してたんだな。俺。

 

「どれくらい寝てたんだ? 俺」

「いたた………2日だよ。昨日も合わせたら3日だね」

 

 昨日起きた後に行われたなのはたちによる俺の後悔裁判(誤字にあらず)が行われ、恥ずかしながらも途中で気絶してしまった。恐怖から意識を手放したのか、それとも起き抜けの体には無茶が過ぎたのか。出来れば後者であって欲しいが、本人の俺も分からないので誰にも分からないだろう。

 

「ふむ。んじゃ、帰るか」

「うん」

 

 少量の荷物をまとめ、あまり思い出したくない思い出はそっと部屋において、俺は病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ。裕也様」

 

 久しぶりに感じた我が家に帰れば、出迎えてくれたのはやはり瀟洒なメイドさんだった。だいたいの説明はされているようで、母さんも咲夜さんも何も言わなかった。

 ただ1つだけ―――

 

「……………」

「――ごめんなさい」

 

 初めて母さんに怒られた、というより怒ってますオーラを纏っていた。怒られたというのに嬉しい気持ちでいっぱいなのは自分でもよく分からん。謝ったら、今度は諏訪子といっしょに抱き寄せられた。恥ずかしかったが、申し訳ない気持ちもあったのでされるがままである。

 

 しかし、このまま終わりではなかった。

 

 

 

「咲夜さんが?」

「はい。長い間、お世話になりました」

 

 ついにカオス部屋から抜け出す方法が分かったらしく、今日それを行うということだ。向かう先は幻想郷。気軽に会えることができなくなる場所だ。

 

「それで、いつぐらいに?」

「夜です。パチュリー様は魔法的に今日の夜が1番良いと言っておりました」

 

 魔法のプロのパチュリーさんの判断だから間違いはないだろう。寂しい気持ちはあるが、引き止めることはできない。彼女の主は俺の両親ではなく、カオス部屋の中にいるのだから。

 ここは笑って見送るべきだろう。

 

「しかし、そうなると………」

 

 問題が1つある。

 

「食事?」

「あぁ、咲夜さんがいなくなるのはけっこう痛いな」

「元々は裕也がしてたんだっけ?」

「正確には母さん以外だ」

 

 親父も何だかんだで料理もできる人だからな。自分からやることはホントに少ないが。

 

「私がやってもいいわよ~♪」

「「それはない」」

「くすん」

 

 別なメイドさん来ないかなー。すずかやアリサのところから1人紹介してもらうか………って、別にメイドな必要はないけど。

 

「まぁ、うん。こればっかりは仕方が無い」

「そうだねぇ」

 

 明日から当番制だ。俺と諏訪子で回していくのでよろしく。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、いつもより早くに起きて1階に降りた。

 

「1人いないだけで、随分と広く感じるなー」

 

 咲夜さんのお別れ会みたいなものをしようかと思ったが、色々とやることがあるらしくてそれも出来なかった。早々にカオス部屋へ戻り、パチュリーさんたちと一緒に幻想郷への移住準備を進めていた。

 一言二言で別れのあいさつを済ませただけで、少々寂しかったが………まぁ仕方が無い。

 

「さて、と。久しぶりに朝食作るかな」

 

 寂しいのは事実だが、別にもう会えない訳ではない。幸い、幻想郷の賢者様から招待状を貰っているのだ。招待されるのがいつかは分からないが、近いうちにまた会えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう―――って、来たはずなんだが」

 

 学校に登校してから、というか教室のドアを超えてから気付いたら屋上にいた。どういうこと? スタンドの攻撃か!?

 

「おはよう、裕也くん」

「おはよう」

「なのはにフェイト、おはよう。そして俺はどうして縛られているのかな? かな?」

 

 スタンドじゃなくて魔王の攻撃だったよ。何故に平日の学校でバインドされなきゃあかんのだろうか、俺。意味が分からないよ。

 

「裕也くん―――」

「なぁ、なのは。時間的にそろそろHRが………」

「そんなことより、聞きたいことがあるの」

 

 姫様のHRをそんなこと、とは。すごいぞ、なのは。俺には真似できん。あのアイアンクローは恐ろしい。なのはの砲撃並みに。

 というか、なのはの目からハイライトが消えているのがすごく恐い。誰か助けてくだしあ。

 

「フェイトちゃんとキスしたの?」

 

 鱚?

 違うか、きす………キス? ふぇいとときす?

 

「あー………」

「したの? してないの?」

「いや、その前に、どこでそれを?」

 

 フェイトが言いふらすとは思えない。かといって、あの場にいたのは俺とフェイトだけだ。恐らく、プレシアさんもまだ知らない事実のはずだ。

 そんな禁則事項を何故なのはが知っているのだろうか。

 

「フェイトちゃんの様子がおかしかったら質問したの」

「誘導尋問みたいにされて………」

「わーぉ」

「で?」

「なのはさんなのはさん、少々近くありませんか?」

「で?」

「少し落ち着こうk」

「レイジングh」

「はい、肯定です」

 

 レイジングハートを持ち出すのは卑怯なり。

 というか、ほんの数cmというとこまでなのはの顔がある。答えたので離れて欲しい。フェイトはフェイトで赤くなった顔を手で隠して―――隙間からこっちを見ているし。

 一応アイコンタクトで助けを要請してみる。

 

(フェイト! ヘルプ!)

 

「…………………」

 

 だが、通じなかったようだ。こちらを凝視するようにフェイトは見ているだけだ。こっちを見ているなら、俺の助けを求める視線に気付いてください!

 

「どこで? どうやって? てのは、聞かないよ」

「それよりなのはさん、近いです」

 

 全てを答えたのになのはの顔は以前近いままだ。

 

「なのは?」

「ねぇ、フェイとちゃんとしたなら……」

「なの―――」

「――ん」

「ふわぁ………」

 

 良い匂いが包み込む。口には違和感―――というか、侵入者が蹂躙をする。ぶっちゃけて言うと、なのはの舌が暴れておる。

 

「―――えへへ、これがキスかぁ」

「…………おま、えは、」

「嫌だった? 嫌だったら抵抗してるよね? 普通」

「あなた様にはこれが見えませんかね? 私の身動きを封じてるこれが!」

「みえませーん」

 

 良い笑顔で俺から離れるなのは。軽い唇を合わせるだけのキスとかではなく、相手を蹂躙するかの如く深いキスをされた。

 なんだっけ? オブラートキスだっけか? あいつは本当に子供か? 実は俺と同じで転生者とかだったりしないか?

 

「フェイトちゃーん」

「ふぇあ!? なな、なに?」

「えっとね………ごにょごにょ」

 

 なのはがフェイトに何かを伝えている。そして未だに解かれないバインド。無理矢理解いて逃げようかと思ったけど、これでもかってくらいに魔力が込められたこいつを解くのは中々に難しい。

 おまけにこっちはデバイスがなく、相手にはデバイス有り。これも大きい。というか、最初は無理矢理解こうとして今の状態になったんだけどね。

 くっそ! 嫌な程頑丈にしやがって!

 

「えっと、裕也………」

「お、おぅ?」

 

 今度はフェイトが俺の前に来た。なのははその後ろで笑顔で見てる。視線が合うとサムズアップされた。何が始まるのだろうか。俺の処刑?

 

「い、いくね?」

「え―――」

 

 何故俺があばばばば。

 

 

 

 

 

 

 その後、HRにいなかった俺は姫様にこっぴどく怒られた。なのはたちは、体調を崩したなのはをフェイトが保健室に送っていったというアリバイを作っていやがり、それを報告していた。

 用意周到だな! ちくせう!

 

「で、言い訳は?」

「ございませぬ」

「潔いな。ならば3つに減らしてやろう」

「感謝の極み」

 

 俺の頭を3回、激痛が走った。アイアンクローでなかっただけマシ、と思うことにした。ぐぉぉ、というか、割れてないよな? 俺の頭………。

 

 

 

 

 

 

―― 時間経過 ――

 

 

 

 

 

 

 授業中は比較的安心というか、平和だった。ただ、休み時間になるとアリサとなのはがそれはそれはすごい良い笑みを浮かべて“お話”をしていた。

 おかげでクラス内の温度が10℃は下がっていただろう。だってさ、暑くなってきたというのに寒気を感じるんだぜ?

 

「―――平和でござる」

「裕也くん? 現実逃避してても現実は変わらないよ?」

「まじか………」

 

 俺を挟んで右になのは。左にアリサ。そして目の前にニコニコとしてるすずかと止めようとしてるけど2人の剣幕に何も言えない状態のフェイト。アリシアはその後ろで呑気に本を読んでいる。

 

「―――なに?」

「いや、この空気の中、よく普通でいられるなぁと」

 

 俺なんて冷や汗も止まらないというのに。クラスメイトなんか固唾を飲んで見守ってるよ。できれば、助けてください。え? 無理? そこをなんとか。諦めろって薄情な。

 

「私も混ざってほしいの? 別に構わないけど」

「フェイト。奴を抑えろ」

「ね、姉さん………」

「はいはい」

 

 早く学校終わらないかなー。

 

「まだ午後にもなってないよ?」

 

 すずかさん、心を読まないでくだしあ。

 

「はぁ………」

 

 ふと見上げた空はどこまでも澄んでいて青い。ようやく訪れた平穏な時。現状を平穏とは呼びたくはないが、平穏なんだ………平穏なんだ!

 

「だけど、短いよなー………」

 

 しかし、それは一時的なモノに過ぎない。今は5月。半年もしないうちに、A's次の物語が始まるのだ。長いようで短い。出来ることを出来るうちにやっておかないとな。

 

「考えたところで仕方が無いか」

「うん。だから、現状から逃げるのは止めようね?」

「………ちくしょう」

 

 すずかが目の前でにこにこしながら俺に現実を叩きつけてくる。逃げたいのに逃がしてくれない。いったい、俺に何をさせるつもりだ?

 

「だって、裕也くんじゃないと、ね?」

「ん? まさか2人を止めろと?」

「うん」

 

 すぐ近くにいるというのにアリサとなのはに俺たちの声は聞こえていないようで、俺の頭上でそれはそれは激しい攻防を繰り広げている。俺たちには見えない領域で、きっと世界が何度も滅びるような激しい攻防を繰り広げている。

 

 そんな場所に飛び込めと申すのか?

 

「うん」

「わぁ」

 

 こっそりと視線を2人に移す。

 

「……………」

 

 うん。アレはダメだな。

 

「お休み」

 

 目を閉じて腕を組んで、ザ・私は寝てますの姿勢。休み時間が終わるまではこれでいよう。そうしよう!

 

「もう仕方がないな………裕也くんの恥ずかしい写真はどこだったかな?」

「ちょっと待って!」

 

 何を出そうとしてるの!? すずかさん!

 

「じゃあ………」

「くっそ! 俺には平穏な時間が訪れないのか!」

 

 何故わざわざ戦場に飛び込まないといけないのか………ちくせう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 コツコツと男が歩く。すれ違う人たちはまるで男に気付かないように、素通りしていく。男もそれを気にしないで目的地へと足を向けて歩く。

 

 コツコツと。

 コツコツと。

 

 やがて辿りついたのは厳重な警備がされた部屋。部屋の入り口には2人の警備兵。彼らの前でおもむろに黒い本を取り出すと何かを呟いた。

 

「開けて」

 

 続いて彼らにも聞こえるように小さく吐いた。警備兵たちは人形のように疑問を浮かべることなく、男の言葉に従った。

 男は管理局はおろか、ここ―――次元空間航行艦船“アースラ”にさえ記録されていない人物だというのに―――

 

 

 

 

 

 

「やぁ、霧谷」

「……………」

 

 男の目の前には霧谷が拘束された姿で座っていた。その目はどこか虚ろで、男の言葉が聞こえていないようで返事もしない。

 

「おっと、そうだったね。じゃあ、今解いてあげるよ」

 

 再び黒い本を開くと、小さく呟く。すると、霧谷に変化が訪れた。目に光が戻り、能面のような顔には表情が―――怒りが刻まれた。

 

「っ! てめぇ! これはどういうことだ!?」

「どういう? 最初に言っただろう?」

 

 男に掴みかかろうとした―――が、今の霧谷は拘束されているのだ。まともに立ち上がることさえできない。

 

「僕は“全ての転生者を消す”―――そう言ったはずだよ?」

「あぁ! そう聞いた! だから俺とお前で協力したんだろうが!」

 

 男は霧谷に語った。転生者は害悪な存在だ。この世界に災いしかもたらさない。だから、協力して欲しい、と。霧谷の力で他の転生者を殺して欲しい(・・・・・・・・・・)、と。

 

「殺……して………」

「ふふふ、思い出したかい?」

 

 おかしい、と霧谷は顔で語る。

 

―――そのような話だったか?

 

―――そこまで物騒なことを語っていたか?

 

 記憶を必死に思い出そうとする。頭痛がそれを邪魔するが、それでも必死に思い出そうとする。違うはずだ、そう願いながら―――

 

「っ! てめぇ! 俺に何をした!!」

 

 混濁する記憶は放っておき、霧谷は目の前の男に叫んだ。叫んで、誰かを呼ぼうとした。

 現状、霧谷は拘束され能力も封じられている状態だ。比べて目の前の男は霧谷とは違って万全の状態である。これでは万が一があった場合、抵抗もできずに一方的にやられてしまう。

 

「ふふふ」

「何だ! 何がおかしい!」

「まぁ、まずは1つずつ紐解いていこうじゃないか。ところで、僕の言葉は思い出してくれたよね?」

「……………」

 

 未だに混乱は解けないが、確かに転生者を殺して欲しいだの物騒なことを言っていたような気がする。更に思い出してみれば、目の前の男は霧谷の前で何人も人を殺していたりする。

 

「―――俺を、殺す気か?」

「そうだね。結果的にはそうなるね。僕は“転生者を消して欲しい”と“それに協力して欲しい”と言ったね? だけど“君だけは殺さない”とかは言ってないからね」

「―――っ!?」

 

 予想通りである。目の前の男は、

 

「“全ての転生者を消す”―――もちろん、君も例外ではない」

 

 霧谷を殺しにきたのだ。

 だが、何故このタイミングなのか。気付かなかったとはいえ、いっしょに行動していたのだ。霧谷を殺すタイミングはいつでもあっただろうに。

 それが、何故今なのか。

 

「何故………何故、今来た?」

「そうだね。いつでも君を殺すタイミングはあった。だけど、君が消えるにふさわしいタイミングはここでしかなかった」

「?」

「今の君は犯罪者だ。無害な一般市民でも何でもない。犯罪者だ。これほど消えても問題ない存在はいないだろう?」

 

 奥歯を噛み締めて、霧谷は男を射抜くように睨みつける。

 

「それに! それにさせたのはてめぇだろうが!!」

「だが、選んだのは君だ」

 

 確かにそうだ。この道を選んだのは霧谷自身だろう。だが、その選択も他の選択を潰され、それしか選択できないように仕向けさせられた、ということだ。

 

「さて、霧谷。君に問いたい」

「……………」

「君は相手を魅了させ洗脳させる術を持っている。だというのに、どうしてそれを彼女たちに使わなかったのかい?」

 

 いきなり質問が変わったことに、戸惑いを覚える。答えるつもりはなかったが、目の前の男はまるで全てを知っているような目で霧谷を見下ろす。

 例え、霧谷が素直に吐かなかったとしても、正解を抉るように答えるのだろう。

 

「―――それは………お前が効かないと言ったからだろうが」

「あぁ、そうだ。確かに言ったね。で、試したのかい?」

「………どういう、ことだ?」

「本当に、魔導師には魅了して洗脳させる術が効かないと思っていたのかい(・・・・・・・・・・・・・)? 現に君には効いているじゃないか」

「………は?」

「あぁ、それとも。奪われたことで忘れてしまったのかな? それか僕の言葉を勘違いさせる時にいっしょに勘違いしてしまったのかな?」

「ちょっと、待て。なんだ?」

 

 理解しがたい現実に、霧谷がうろたえ始めた。頭が、本能が恐怖を覚える。目の前にいる男は、本当に霧谷と協力していたあの男なのだろうか。

 

「どういうことだよ!?」

 

 話を整理すれば、男は霧谷に対して嘘を言っていたことになり、また霧谷自身にも何かしらの洗脳がされているということになる。

 

「―――僕の能力を教えてあげようか?」

「……………」

「僕はね。2つの能力を持ってこの世界に来たんだよ」

 

 1つは“転生者か否かを見極める能力”、そしてもう1つが、

 

「他人から能力を奪う能力。それも転生者という限定だけどね」

「―――っ!!」

「その通り。僕はとても弱かった。最弱だ。だからこそ、君たち“転生者”の力が必要だった」

 

 デバイスに転生して、人に変身できるような能力を持つ―――ではなく、逆なのだ。デバイスに変身できる人間、それも魔導師なのだ。

 

「まさか―――!」

「そう。これまでの転生者は皆、ここにいる」

 

 とんっと自分を指差す。

 

「ただ“能力だけ”だけどね」

「まさか、俺の………」

「そう。君の他人を魅了させ洗脳させる術も僕が貰っている」

「―――っ!?」

 

 過去を振り返れば、ここ最近一般人相手にもナデポやニコポなどの相手を魅了させる術を使っていない。まるで、自分がその力の存在を忘れたかのように、使っていないことに気付いた。

 

「そのために………そのために、俺に近づいたのか!?」

「そうだよ。そして、残りも貰いにきた」

 

 黒い本を手元に出し、空白のページを開く。片手を霧谷の頭に置き、

 

「これが終われば君は本当に用無しだ。君はこの世界から退場してくれ」

 

 自分の頭の中からナニカが奪われる。吸い取られる。耐え難い激痛が体を無理矢理動かすが、残念ながら霧谷の体は拘束されているのだ。抵抗さえ、満足にできないでいる。

 

「ああアァァァァぁぁぁああアあぁぁァァぁああアアッ!!!」

 

 手に入れたモノが消えていく。霧谷の中で“自分”が消えていくのが分かる。

 

「やめろ! やめろぉぉぉぉ! “俺”を! 奪うなぁぁぁァァァァァァァ!!」

 

 だが、男は止まらない。最後の1滴まで搾り取るように霧谷から奪っていく。

 

「今までありがとう。僕の手駒として動いてくれて、すごい助かったよ。それじゃ、バイバイ霧谷」

 

 

「天宮ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 その声を最後に霧谷は人形のように黙ってしまった。後に、管理局の者が異変に気付くが時既に遅し。彼は壊れた人形のように崩れてしまい、言葉を忘れたように2度と口が開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての能力を奪い終わった後、男―――“天宮業”はゆっくりと立ち去った。すれ違う人々はやはり彼には気付かず、天宮は問題なくその場を後にすることが出来た。

 

「配役は変わってしまったが、概ねは原作通り(・・・・)に話は流れたかな?」

 

 撒いた種と今までの事件を振り返り、色褪せてきた記憶と比べていく。些細な事柄がいくつか違っているが、それはまだ修正の範囲内であることに安堵する。

 

「―――さて、これで残りの転生者は君1人になったよ」

 

 ふと訪れた高台で天宮はそう零した。視線の先には()の家があった。

 

 

 

 

 

 

 

「みーつけた♪」

 

 

 

 

 

 

 

 その視線の先が、一瞬にして得も知れぬ空間に置き換わった。数多の目が天宮を貫くような、不気味な空間―――

 

「―――っ」

「はぁい♪ 随分と面白いことをしてくれたわね」

「あんたはっ!」

 

 不気味な空間から押し出てきたのは金髪の美女―――しかし、彼女がただの人間ではないことを天宮は知っていた。

 そして、準備無しに戦うのでは圧倒的に不利な相手であることも知っていた。

 

「覚悟はできてるかしら?」

「断らせてもらう」

 

 美女―――八雲紫よりも早くに黒い本を開き、小さく呟いた。遅れてやってきた光弾が天宮を貫いたが、

 

「………逃げた、わね」

 

 手応えはなく、気付けば紫の目の前には誰もいなかった。紫も知らない空間転移を行ったようである。既に周囲に天宮の気配はなかった。

 

「やっぱり、あの黒い本をなんとかしないとダメかしらねぇ」

 

 出現と同時に境界を弄って拘束をしたはずなのに、その効果も黒い本の出現と同時に消えてしまったようである。どういった本かは分からないが、この黒い本を何とかしない限り天宮を捕まえることも何もできないだろう。

 

「どうしようかしらねぇ………また借りを作るのはしたくないのだけど、そうも言ってられないかしら?」

 

 ため息を吐きながら、人間の知り合いを思い浮かべる。紫はその男に大きな借りがあったので、これ以上は作りたくはなかった。

 

 

「若いの。ため息は吐くもんじゃ、あらんよ」

 

 

 ふと気付けば、紫の傍には老人が1人いた。老いの刻まれた顔にも頭にも草葉が乗り、全身がぼろぼろの老人である。一瞬、不審者かと思ってしまったが紫は悪くはないだろう。

 

「あ、あらぁ。何かに襲われたんですか?」

 

 考え事をしていたとはいえ、接近に気付かないとは思ってもなかった。適当にやりすごそうかと思っているのだが、紫は空間の切れ間―――スキマから上半身を出している状態だ。というのに、普通に話しかけてきた老人には少々驚く。

 内心の乱れを整えて、申し訳ないが記憶を少々弄らせてもらおうかと思い、他愛ない会話で相手を油断させることにした。

 

「あぁ、ちょいと妻に襲われた」

「つ、妻に?」

 

 が、再び乱された。

 

「うむ。そいで、ここまで投げ飛ばされてしまったんじゃ」

 

 かっかっかっ、と朗らかに笑う老人だが、笑える話ではなかった。苦笑いで紫は応え、そっと老人の格好を見る。確かに目の前の老人は、外にでるような格好ではないし、足に至っては裸足である。

 

「えっと………」

「気にすることではないぞ。よくあることじゃ」

 

 よくあるんだ………紫は言葉を吐き出そうとして、何とか飲み込んだ。

 

「あー、歳のこともありますし、言えば止めてくれるのではないかしら?」

「何を言う! 儂はまだ105じゃ!」

「えぇー………」

 

 どうやら目の前の老人は105歳らしい。105歳にしては腰も曲がって折らず、こうして投げ飛ばされたというのに元気でもある。

 

「………105?」

「うむ。今年で106になるぞい」

 

 紫の知識では人間は短命であった。妖怪かと思ったが、最近の外の世界の技術である“科学”の進歩は凄まじい。人の寿命を延ばすことも可能だろう、と勝手に結論付けた。

 紫の知り合いである男も数百年は生きていても不思議ではないような男なのだ。一般人が100を超えて元気に投げ飛ばされていてもおかしくはない、はずだ。

 

 その時、

 

 

 

―――ヒュォンッ

 

 

 

「げひゅっ!?」

 

 銀閃が紫の目の前を通った。

 どこからともなく飛んできた銀閃―――包丁が逆向きに目の前にいた老人を吹き飛ばしたのだ。ぶつかった場所は胸。もし、刃の部分を先頭に飛んできたならば老人は死んでいたことだろう。

 

「……………」

「ぐっ、これは我が家の包丁………すまんな、どうやら妻が儂を呼んでるようじゃ。儂はこれで帰るとしよう」

「え、えぇ………お大事に……………」

 

 本当に105歳の老人かと疑いたいくらいに元気な老人は、自分にぶつかってきた包丁を持って裸足で帰っていった。

 驚くべきは、包丁を投げられたというのに気にしなかった男か。それともどこから投げたのか分からないが的確に老人に包丁を投げた彼の妻か。

 

「人間って………恐いわね」

 

 そんな言葉を残して紫は消え―――

 

「あ。彼の記憶を弄るの忘れてたわ」

 

 果たすべき目的を忘れていたが、まぁそれも仕方が無い。紫は諦めると、さっさとその場から消えていった。

 

 

 

 




これにて無印終了。
ホントは29話と一緒にあげたかったのだけど、ちょっと急用が入ってそれも無理に。


それにしても今回は場面展開が多いな。更に駆け足気味だしな………。
もう少し、綺麗に書ければよかったな………。

あ、次からは話が幻想郷に向くよ!
出してほしいキャラがいたら、なるべく頑張るよ!

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