振り絞る
透き通った水は零れ
黒い淀みは残り続ける
Side Story
「さて、なのは。フェイト。分かってるわね?」
「うん」
「―――まずは、ここを片付けないとね」
この場に残されたのは5人。彼女たちを囲うように傀儡兵たちも並んでいた。部屋の中心に浮かぶのは3人の魔法少女。そして、彼女たちよりもやや下に位置し、震える体をお互い抱きしめている使い魔たち。より正確に言うならば、使い魔1匹と結界や治癒を得意とする後衛型の魔導師が1人であるが。
「ユーノ。アルフ」
「「は、はい!」」
このグループの指揮官となったアリシアが2人の名を呼んだ。思わず敬礼までしてアリシアに向き合う2人に他意はないはず。
「私たちが傀儡兵を1箇所に集めるから、それをバインドで繋ぎとめておいて」
「「了解です!!」」
「じゃあ、行くわよ!」
なのはとフェイトには指示は不要とばかりに、彼女たち3人は動き出した。なのはは距離を取って砲撃の準備を。フェイトとアリシアはそれぞれ別々に飛び、傀儡兵を集め始めた。
「ユーノ………」
「何?」
「フェイトが恐いよぉ」
「僕も………なのはが、恐い」
震える2人に味方はおろか、敵も近づくことはなかった。
◆
傀儡兵はその名の通りの人形である。数こそ厄介であるが、1体の力はそこまで高くはない。それこそ戦闘をメインとしているなのはたちの敵ではない。これがサポートをメインとするアルフやユーノだったならば、苦戦していたかもしれない。
だが、今戦っているのは2人のサポーターではなく、3人のアタッカーである。それも、とびっきりの、が付くのだ。
「あははははははははははははっ!!」
高笑いしながら大剣片手に傀儡兵を斬りつけるアリシア。恨みがあるかのように一撃の下に斬り倒していく姿はさながら阿修羅のようである。
フェイトには劣るものの素早く動き、敵の攻撃を躱して生まれた隙に接近して一閃。これを繰り返していた。
「ディバインバスター・フルバースト!!」
一方ではなのはが極太な砲撃を繰り出し―――たと思えば、それらが拡散して更に広範囲の敵を殲滅していく。自動防御が備わっているようで、砲撃が近づけばシールドを張って傀儡兵は防ぐようになっていた。それらを回避するように、直撃の瞬間に拡散させて周囲の敵を殲滅していた。とはいえ、仮にシールドを張られたところでなのはに取っては意味がない。彼女はシールドごと相手を貫けるからだ。
「―――っ」
そして、2人の間を縫うように飛ぶ金色がフェイトである。両者とは違い、黙々と敵である傀儡兵に向かって愛機であるバルディッシュを振り抜いていた。アリシアと比べてフェイトは一撃の重さが小さいので、数を増やして数回の攻撃で仕留めていた。
「フェイトちゃん!」
なのはの呼び声にフェイトが即座に反応する。2人が背中を合わせて中央に立ち、アリシアがその上を突き進む。
「ディバイン………」「サンダー………」
桃と金の光が生まれる。
「バスターーー!」「スマッシャーーー!」
その場で2人が回転すれば、直線上にしか飛ばない砲撃が円を描くように曲がって破壊の光りを撒き散らす。
「あははははははははっ!」
何か、大事なネジが取れてしまったアリシアが、砲撃の後に急降下してくる。ドップラー効果を引き連れて、アリシアの声が響き渡る。残念ながら傀儡兵はただの人形であり、恐怖を感じるような機能はなかった。もし、彼らに恐怖という感情があったならば、端っこで震えている2人のようになっていたかもしれない。
「あはははははっ! さいっこうね! 気分がいいわぁ!! これがハイって奴かしら!」
「―――っ」
砲撃で一掃しても、まだまだ傀儡兵は尽きることなく沸き出てくる。通常ならば、際限ない敵兵に心が折れてもおかしくはない状況だが、
「なのは! フェイト! そっちはどう!?」
「余裕しゃきしゃきー!」
「私もまだ大丈夫!」
むしろ、全力を出し続ける環境にご満足のようである。
「じゃあ、続行ねー!」
アリシアも再び飛び回り、今度はフェイトも続いた。己のデバイスを武器に確実に敵を屠る姿は凄かった。そして、激しく飛び回る2人に当てないように威力の高い砲撃を確実に制御して敵だけに当てているなのはも凄かった。
『The direction of the Three, An enemy's shadows is four. It acted as Locke(3時の方向、敵影4つです。ロックしました)』
「了解なの!」
ほぼそちらを見ないでレイジングハートだけを向けると、砲撃を放った。そこにフェイトやアリシアはいなかったが、例えいたとしてもなのはは撃っていただろう。それだけなのははレイジングハートを信じていた。
「次っ!」
そして、今度は自分が見つけた敵をロックしないで操作制御だけで撃ち抜いた。
1つ、また1つと傀儡兵がガラクタとなっていく。だが、同時にどこからともなく傀儡兵が補充されてくるのだ。それでも減っていく数が多いので緩やかにだが数は減ってきていた。
「―――あれ? もういない?」
傀儡兵を倒し、次の敵を求めてたフェイトが味方しかいないことに気付いた。どうやら、傀儡兵の増産も終了していたようである。
「あら、もう終わり?」
「私は結構楽しめたから満足かな」
「……………何してるんですか。あなたたちは」
ちょうど敵の殲滅が終わったところに、1人の少年を抱えたリニスが戻ってきていた。
「あ、リニス………え?」
さすがの3人娘も気付いたようである。
「え? なんで?」
リニスの腕に抱えられている少年に―――
それを理解した瞬間、なのはからリニスに向けて鋭い視線が飛んだが―――それも一瞬だけ。すぐに気持ちを収めて頭を冷静にさせた。
「どういうことですか?」
「それは私にも分かりません。推測になりますが、恐らくは―――」
推測ならば出来る。答えは簡単だ。だが、それが行われた理由が分からない。
「いえ、今は急いで撤退します。彼が目を覚まさないのも気になりますし」
「―――うん! 急ごう!」
先ほどまでの高揚感など嘘のように、3人娘の顔は沈痛なものだった。
Side Out
俺らの背後で魔法少女たちが暴れている頃―――
「動くな!」
一方の突撃組である俺らは最奥の部屋に来ていた。爆心地の所為か、既に周囲は瓦礫と化し、辛うじて残っていた玉座と思われる場所に霧谷は背中を向けて立っていた。
「霧谷。何故こんなことをしでかした?」
「……………」
「おい、霧谷! 聞いているのか!?」
クロノがいくら叫ぼうが霧谷は後ろを向いたままだ。振り返ろうとさえしない。
「執務官。あいつのデバイスはどこだ?」
「デバイス? 彼はデバイスがなくても自身のレアスキルで十分に戦えるからって、デバイスは持ってないぞ」
「何?」
デバイスを持っていない?
「そんなバカな! 俺はあいつのデバイスを名乗った物と出会ったぞ?」
「名乗った?」
クロノにあいつのデバイスとの遭遇した時の話を伝える。言葉を交わすことが出来たことから、インテリジェンスデバイスだと予想している。
ついでに先ほどの結界内に突入する際にも見かけたことも伝えた。
「む………しかし、僕たちはそのようなデバイスは見ていないし、彼の傍でも見た覚えはない」
「ぬぅ」
『どういうことだ?』
『管理局が隠している―――って訳でもなさそうだね。ホントに知らないみたい』
「お二方。今は彼のデバイスのことではなく、目の前の彼のことに集中すべきでは?」
「む。確かにそうだな。すまない」
「あぁ、そうだな」
リニスさんに注意され、改めて霧谷の方を向く。相変わらず背を向けたままで微動だしていない。本当に目の前にいるのは霧谷なのだろうか。
『諏訪子』
『全力は無理だけど、まぁ戦えなくはないよ』
『分かった』
「……………」
「……………」
クロノに視線を送ると、何も言わずに小さく頷いた。このままでは埒が明かないので、接近して捕まえようということだろう。
「では、私が―――」
少しずつと霧谷に近づき、リニスさんがバインドで霧谷を捕まえた瞬間に駆け出す。
「―――
―――バキンッ
そして、俺たちはガラスの割れるような音を聞いた―――
「何だ!?」
「―――っ!?」
俺たちは慌てて急停止。目の前から襲いかかる炎に腕を置いてガードする。しかし、炎の熱さは伝わってこない。
ゆっくりと目を開けた時には―――――世界が変わっていた。
「なん、だ………これは」
見上げた空は暗雲が広がり、巨大な歯車が回っていた。足場はいつの間にか焼けた大地へと変わり、墓標のように突き刺さる剣が拡がっている。
壊れかけ―――虚数空間が見えていた世界は、一変して赤茶けた世界へとなった。
(これは―――固有結界、だったか?)
何かのゲームで見た覚えがある。確か、自身の持つ心象世界を現実に侵食展開させるとかそんなような感じだったはず。
「執務官。気をつけろ、どうやら俺たちは結界内に閉じ込められたようだ」
「結界? これが結界だと言うのか?」
「あぁ。実際に見るのは初めてだが、結界内の世界を作りかえる技術の存在を聞いたことがある」
「………とんでもないモノだな」
とても強力な力だ。この世界の中心は霧谷であり、この世界の神でもある。霧谷はこの世界を創造したのだから―――
だがその反面、デメリットもあるはずだ。恐らくは、莫大な魔力を喰うために持続時間が短いことだろう。
「―――ということは、一定時間耐えていれば勝手に解けるのか?」
「推測―――となるがな」
固有結界を展開して“ハイ、終わり!”ってことではないはずだ。持続させるために常に魔力を練って放出させてなければならないはず。もし、俺の予想が外れてデメリットがないとしたら確実にヤバい。
「もしくは、一定以上の負荷をあいつかこの世界に与えてやれば………持続することも出来なくなる、かもしれない」
「ふむ………」
俺の知ってる固有結界と今霧谷が使った固有結界が同じとは限らないし、俺の覚えてる知識もあやふやで怪しいところがある。だが、知らないよりかは知っていた方が良いだろう。
「そういえば、リニスの姿が見かけないが?」
「恐らく、結界の範囲外だったんじゃないか?」
俺たちのすぐ後ろにいたリニスさんの姿は今はない。ここにいないということは、ギリギリ結界の範囲外に立っていた、ということになる。とすると、意外と結界が展開された範囲は小さいな。
出来れば、彼女が外からこの結界をぶち破ってくれることを願いたい。
「―――す」
ここで初めて霧谷が言葉を口にした。いつの間にか振り返っていたが、俯いているので顔は見えない。
「ん?」
「殺す殺す殺す殺す殺す」
俯いた状態の霧谷から零れ出す言葉は物騒の一言に尽きるものだった。
「なのはもフェイトもはやても全て俺のモノだ! 俺だけのモノだ! 邪魔する奴は殺す!」
顔を上げ、雄叫びを上げる霧谷。視線がぶつかり合うが、濁った目からは理性の光が見えない。本当に、目の前の男はあの霧谷巧なのだろうか。こうして見えたが、未だに疑問が残っている。
「………言葉は通じそうか?」
「あれでは無理だな。色々と聞きたいことはあるのだが、それも聞けそうか分からないな」
「とりあえずは、生き残ることを頑張ろうか」
「確かに」
さて、ここで霧谷の固有結界の方を見てみよう。
赤茶けた大地に突き刺さる剣。数は多いが、そこまで脅威に感じるほど多くはない。俺たちを中心に周囲に20~30あるかどうかの数だ。死角から飛んできたら恐いが、俺は1人ではないのだ。クロノと協力すればなんとかできる、はずだ。
あとは、これらの武器の能力だ。振り下ろしただけで大地を破壊する剣とか相手を追尾する矢とか、1つ1つが恐ろしい能力を持っていたはず。それらがまともに機能した覚えはないが、能力を持っているということだけでも脅威ではある。
おっと、そうだ。大事なことを伝えておかなければ。
「執務官。奴の武器には気をつけろ。あれらは爆弾のように爆発する」
「武器がかい?」
「そうだ」
作っては爆発させ作っては爆発させ………それが奴の基本的な戦闘スタイルだ。
「さて、クロさん。こうなってしまったからには、あなたにも協力して頂きたい」
「あぁ、でなければここでくたばることになるだろうしな」
とはいえ、俺も限界が近いのは代えようがない事実。この状態でどこまで戦うことが出来るだろうか。
「あまり期待はしないでくれ」
「分かった」
◆
基本はクロノが前で戦い、俺はサポートに徹する。お馴染みの鉄の輪を遠距離から放り投げていく。対して、向こうは10倍近い武器たちで出迎えた。質より量、といった感じだろう。1つ1つの精密さは高くないのが救いである。
『諏訪子。この調子であとどれくらい戦えそう?』
『短くて10分、長くて30分くらい』
短い―――と思うが、俺としてはまだ戦えることに感謝している。もし、諏訪子のパワーアップや魔力回復がなかったら、俺は確実にこの場に………いや、この世にいなかっただろう。
「あぁぁァァァぁぁああアアああぁぁぁァァぁぁぁっ!!?」
悲鳴とも絶叫ともとれるような霧谷の声と共に、数本の剣や槍などが飛来する。ただ直線に飛んでくるだけなので、避けること事態は簡単だ。
「―――っ」
俺はそれらを打ち返すのではなく、出来る限り避けて進んだ。致命傷になりそうなもののみ弾き、それ以外は無視した。ちょっと強く掠る程度と考えて、残りの魔力・体力のことを考えて。
クロノは逆に全てを打ち落とすかの如く振り払っている。彼の周りを1つの魔力光弾が飛び回り、たった1つの弾で自分に近づく全ての武器群を打ち落としている。さすがに無関係の場所に飛んでいくものは無視しているが、それを除いても凄まじい。威力もさながら、精密さも高い。
(これが、執務官の実力か―――)
確実に霧谷との距離をつめていた。すぐに俺も背後を追うようにくっつき、サポートに回る。
そして、ふと見た―――
霧谷の、
「―――――っ!!」
勘だ。嫌な予感がした。俺の左目が何故かは分からないが、疼いた。まるで、この能力を―――
自分を使えと言っているような気がした。
――祟符「
迷わず使うスペカは祟りを撒き散らすもの。バラまくと同時に自身で吸い取り、
『裕也! ダメ!』
諏訪子の声も無視して、自身を強化させるブースト―――“祟り神化”を行う。
「―――ぐっ!?」
全身を鎖で雁字搦めにされたかのように動きにくく、重くなった。襲う頭痛を無視し、漂う不快感を忘却して、目の前の邪魔なモノを全て消して、加速する。
さっきまではどんなにがんばってもクロノを追い抜くことはできないと思っていたが、あっさりと追い抜くことができた。その瞬間に横からタックルをかまして、弾き飛ばす。俺が霧谷の目の前に立ち、眼を見開く。
―――蒼と紅の眼が交差する。
「―――――っ!」
「―――――っ!?」
俺の視線と霧谷の視線が重なり、直後に激しい鈍痛が左目を襲った。直接ハンマーで殴られたような、そんな痛み。目の前でフラッシュがたかれたように視界が白で染まった。意識も飛びかけたが―――
「ぐあぁぁぁアアアアアアッ!! ナンだ! 何をシタ!?」
俺と同じように霧谷にも痛みは走ったようで、右目で見れば目を押さえて苦しんでいた。霧谷の悲鳴で俺の意識は途切れずに済んだのは幸い。
「俺ノ魔眼に! 何ヲしたぁぁァァァァァッ!!!」
知っていた訳ではない。俺の左目は魔眼っぽいモノに変化していると諏訪子は言った。そして、霧谷のオッドアイが両方とも蒼い瞳に変わった瞬間―――俺の左目と同じモノだと悟った。
目には目を。歯には歯にを。
(魔眼には、魔眼だろ?)
だがしかし、代償が少しばかり大きすぎたかもしれない。霧谷の魔眼の方が能力が上だったのか、それとも限界を無視して動いたツケが回ってきたのか。体が麻痺したように動かない。口の中に広がる鉄の味から、血も吐いたかもしれない。
『裕……! ……し……!!』
諏訪子の声も聞こえなくなってきた。限界はとうに超えた。限界の限界が近い。
願うならば―――次も朝日が拝めるように―――
「アアアアァァァァァァァアアアアアアアアッ!!」
(これで、最後だ! 霧谷!)
何の魔眼かは分からないが、お前が持っているということは強力なモノなのだろう。それが防げれるのならば、俺はそれだけに集中する。
(後は、任せた)
最後の力を振り絞って、もう一度、眼を見開いた。
Side Story
クロノとて気付かなかった訳ではなかった。霧谷の瞳が蒼に変色した際、すぐに異様な気配は感じていた。だが、どんな能力がそれに込められていようが、クロノは霧谷を倒せると読んだ。最悪、腕の1本と引き換えになってもいいとも考えていた。
そも、霧谷がアースラに来ることを他の人は賛成していても、ハラオウン親子だけは最後まで反対していたのだ。レアスキルに莫大な魔力。喉から手が出る程に欲しい人材なのは違いない。だが、それ以上に思考が危険だとハラオウン親子は見ていた。結局は上からの命令という形で押されてしまったが。
だからこそ、クロノはここでなんとしてでも霧谷を止め、抑えるつもりでいた。
(管理局に繋がっているならば多少は目を瞑ろう、だが犯罪者となった時は―――)
しかし、クロノはまだ霧谷という男を知らなかった。霧谷が持っている力を理解できていなかった。結界内の世界を作りかえる力。数多の武器を作り、飛ばす力。そして先ほどの変色した瞳が持つ力。
2人が出会ってまだ数日。全てを知っていろというのが無理な話ではあるが、それでもクロノは後悔が胸の中に渦巻いていた。
「くそっ! 死ぬんじゃないぞ!」
何が起こったのかは分からない。霧谷は目を押さえて苦しみ、クロは目から血を流して動こうとはしていない。死んでしまったのか、と思ったが、よく調べてもいないうちに勝手に決め付けてはいけない。まだ諦めてはいけない。
「アアアアァァァァァァァアアアアアアアアッ!!」
クロノが接近するよりも早く、霧谷が回復したのか腕を下ろして瞳を解放させ―――クロが動いた。
「ガアアァァァァァァアアアアアアアアッ!!!?」
再び目を押さえて苦しみだす霧谷。どうやっているのかは分からないが、霧谷の力の一部をクロが邪魔をしているのは分かった。
その代償かは知らないが、動けないところを見ると、
(あまり、乱用は望ましくない―――というところか)
だが、十分だ。既に霧谷は目の前。相手は痛みに苦しみ、こちらはほぼ万全だ。
「これで!」
『Break Impulse(ブレイク・インパルス)』
ついに零距離になり、接触した面から霧谷に向けて凄まじい衝撃が貫いた。本来は対象を粉砕させる魔法なので使わないのだが、桁違いに防御力が高い霧谷だからこそあえてこの魔法を選んだ。
「………………」
度重なる激痛に耐えられなかったのか、膝をついた霧谷。それと同時に赤茶けた世界が塗り変わるように元の世界へと変わっていく。
「………戻った、か」
「2人とも!」
背後からの声に振り向けばリニスの姿。どうやら、結界とやらも解けたようである。
「リニス。悪いが彼を連れて先に―――」
ふと見れば、彼女の両手も血に濡れていた。外からはどう見えていたのかは分からないが、彼女なりに結界の破壊を試みてくれたのだろう。
「―――何故、彼がここに、いるのでしょうか」
「ん? どういう―――」
クロノが振り返った先にいたのはクロという男ではなかった。自分よりも年下の、それこそなのはと同じ年代くらいの少年が倒れていた。
「彼は―――クロが、彼だというのか?」
「とりあえず、アースラまで連れて行きます」
「あ、あぁ………頼む」
今はそれどころではない、とリニスが先に気付き、クロを―――影月裕也を抱き上げると、入ってきた時よりも速く駆け出した。
「―――霧谷巧。ロストロギアの窃盗、捜査妨害もろもろの罪で君を逮捕する」
意識のない霧谷にそう呟き、クロノは彼を捕まえた。いつ気付いて暴れられてもいいように丁寧に拘束し、瓦礫と化した部屋を後にした。
ジュエルシードは回収でき、大惨事になる前に次元の穴も塞ぐことができた。
ようやく―――ようやく、事件が終わる。
Side Out
ここは………どこだ………?
俺は………どうなったんだ………?
「―――今度来る時は、ゆっくりでいいぞって言ったぞ?」
あ………?
「―――あ………知らない天井だ」
視界もようやく落ち着き、頭も思考できるように動き始めた。
どうやら俺はまだ生きてもいいみたいだ。何だか懐かしい顔を思い出したようなそうでないような………微妙な気分なのはよく分からない。
とりあえず、周囲を確認するが俺の記憶にある場所ではない。というか、白い天井に白いベッド。そして独特のこの匂い。
「…………………病院?」
ゆっくりと起き上がる。くらりっと眩暈がする。後は倦怠感があり、非情におっくうである。だが、痛みとかはないので一安心。
窓にかかってたカーテンを押しのけると、そこから見える景色は俺の知っているモノだった。場所は海鳴で間違いないと思う。思うが………。
「何故、俺はここにいるのだろうか」
最後の記憶はクロノたちに同行して、霧谷のところに向かったところだ。つまり、海鳴ではない場所。更に言えば、管理局のお膝元であったはず。
「………………」
いつ変装が解けたのかは分からないが、恐らくは俺が気を失った時に解けたと思われる。ということは………。
(俺、\(^o^)/オワタ)
恐らく、なのはにもバレたことだろう。バレてしまっただろう。俺の脳裏で人生終了のお知らせがなっている。
「―――綺麗だなぁ」
時間は昼過ぎといったところか。道行く人の数は少なく、窓から見える景色は緑映える美しい自然だった。そして、俺の目から涙が零れた。きっと、最期に美しい自然を見れて感動したのだろう。脳裏に流れる走馬灯はたぶん関係ないはずだ。
ふと見下ろした世界は、大体高さ5階分といったところだ。
「ゆ、裕也!? 起きたの!?」
「あぁ、諏訪子。ここから飛び降りたら楽になれるかな?」
「起き抜けに何を言ってるの!?」
「短い人生だったが楽しかったよ。諏訪子。では、さらばだ」
「ちょっとーーーーー!!」
体力もまだ戻ってきてないようで窓を乗り越えようとするのも中々難しい。もたもたしている間に諏訪子に追いつかれ、体を抑えられてしまった。
「離せーーー! 俺は死にたくないから死ぬんだーーー!」
「意味が分からないよ!? とりあえず落ち着いて!!」
「ちょっと! 何してるのよ!?」
叫び声を聞いて来たのかアリシアも参戦してきた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 俺は自由へと逝くぞ! 諏訪子ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「何でいきなり窓から飛び降りようとしてるのよ!」
「死にたくないから死ぬに決まってるだろ!?」
「「意味が分からないよ!」」
ちくしょう! 何故理解できない!?
さっさと腕を離して俺を自由にさせてくれ! 諏訪子がいてアリシアがいるってことは、ここに大魔王もいるということだろ!?
くそっ、さっきから俺の脳裏で白い悪魔が笑みを浮かべているのが消えない! 既に頭は冷えてるので退場してください!
「何してるの? 裕也くん」
「―――っ」
その言葉を聞いただけで俺の体は動かなくなった。メデューサに睨まれたかのように石化してしまった体。正しく、蛇に睨まれた蛙。
「なのはも何か言ったげてよ」
相棒の
「ねぇ、裕也くん」
さて、どうしよう。どうする? どうすればいい? 俺が助かる道はありますか? 心の奥底で誰かに尋ねるが、
『O・HA・NA・SHIすればいいんだよ?』
答えてくれたのは白い邪神だった。
(って、ダメじゃん!?)
「………………」
「ねぇ、裕也くん。こっち向いて欲しいな」
「アイ、マム」
くるりと回転して正座。俺の横に諏訪子とアリシアが立ち、目の前にはなのはとフェイトがいた。顔は見てないが、私怒ってますオーラが俺をちくちくと攻撃してくる。ごめん、訂正。ぐさぐさとくるわ。
俯いているので、俺の視界にはなのはの足がある。それが気付けば、いつの間にかなのはの顔に変わっていた。なのは自らしゃがんで視線を合わせてきたのだ。視線が合っただけで、冷や汗の量が倍増しますた。
「ねぇ、裕也くん」
「……………」
攻撃してくるか口撃してくるか。生き汚く足掻いてみるか全てを受け入れて諦めるか。ぐるぐると選択肢を選んでは否定してを繰り返していた。
「ありがとう」
「――――――へ?」
しかし、なのはが紡いだのは俺が全く予想していなかった言葉だった。
「助けてくれてありがとう。手伝ってくれてありがとう。見守ってくれてありがとう、かな?」
「全部、聞いたよ」
「あの変態がしゃべったの」
話を整理するに、俺が気を失っている間にスカさんとプレシアさんが既に説明をしてくれていた。恐らく、スカさん辺りが勝手に捏造したのだと思うが、
「でも、なんで見守るなんて選択したのよ」
「あ、あ~………まぁ、うん。すまん」
俺が変装していた理由は、なのはたちを影から見守っていたから、だと説明したらしい。まぁ理由はあったけど、それも今となっては別段どうでもいいことだし。
なのはやフェイトたちから十分過ぎる感謝の気持ちをもらい、なんだ俺の考えすぎかと油断したのがマズかった。
俺の気が緩んだ瞬間に、ソレらは襲ってきやがった。
「―――で、話は変わるんだけど」
「諏訪子から聞いたわ。か~な~り! 無理をしたらしいわね?」
「………それも、最悪死んじゃうかもしれないって言ってたよ」
まさか時間差で来るとは思ってもなかった。油断して隙だらけの脇腹に全力全壊の一撃がぶち込まれたような気分である。
「―――あっはっはっはっは!」
彼女たちは笑っている。俺も笑っている。だがこうも笑顔に差があるとは知らなかった。
「あっはっはっは……………………」
心の底から笑っている彼女たちの笑みは美しい。同時に、潜在的な恐怖を感じる。
「……………ごめんなさい」
「許さないの!」
「許さないわよ!」
「ちょっと許せない」
「反省するまで私たちとお話しようか?」
どうやら俺の命はここまでのようである。
「すまん。その前に、遺書を書いてもいいか?」
せめて逝く前に親父と母さんに一言だけでも………。
「「「「さっさと来る!」」」」
グッバイ現世。こんにちは来世。次は落ち着いた幸せがきますように―――
次で無印編は最後かなー
無印が終わったら幻想郷の話を書いて、A'sですな。