不器用な彼の物語   作:ふぁっと

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第27話 神の「招喚」

 

 

 

 

二拝

 

二拍

 

一拝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 水龍の周りに幾学模様の魔法陣が生まれ、緑の鎖が重なって水龍に絡まる。体を取り押さえ、その動きを封じた。

 

「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 それを待ってましたとばかりにアルフが拳を掲げて猛スピードで飛び込む。動くことの出来ない水龍はアルフの攻撃をその身で受け止め―――

 

 

―――バシャンッ

 

 

 その身を弾けさせた。しかし、それもあっという間に再生され、水龍は元通りそこに在った。そこにアルフによって付けられた傷などは―――なかった。

 

「やっぱりダメだぁ! 水で出来てるからか、攻撃が効いてないよ」

 

 アルフの嘆きともとれる声が周囲に虚しく響き渡る。先ほどから何度も繰り返しているが、やはり効果があるとは思ってなかった。

 

「……………」

 

 もう1体の水龍のところではクロノとリニスが立ち向かっている。リニスが雷を用いて動きを鈍くさせ、クロノが冷静に魔力弾を撃ち込んでいる。だが、こちらも効いているとは思えない状況だった。

 

「ふむ」

 

 2体の水龍は海から首を出している状態であり、彼らの体を構成しているのは水である。つまり、いくら削ったところですぐ近くに源となる水が大量にあるため、すぐに再生されてしまうのだ。

 後方にいるプレシア程の大魔導師ならば、軽く蹴散らせるだろう。だが、本人であるプレシアは娘の安否が最重要項目として挙がっており、必死に例の結界の解除に勤しんでいる。

 一応、クロノがヘルプの要請を送ったが、娘のことを理由に断られたのだ。

 

「リニスさんの方は?」

「ダメですね。効いているのか効いていないのか………。どちらにしろ、決定打に欠けますね」

 

 この中で水龍相手に効果が見られたのが、補助系を得意としているユーノの捕縛と、リニスの雷を付属した攻撃だ。ただ、両者とも相手の動きを封じる・鈍くさせるなどの補助的な意味であり、攻撃という点ではやはり効いていなかった。

 

「どうするんだい? クロ助」

「………基点となってるのはジュエルシードだ。それさえ取り除いてしまえば、あいつらはただの水になる」

「ですが、どこにあるか………」

 

 リニスの言う通り、水龍のどこかにジュエルシードはある。それは確実だ。ならば、どこにあるか?

 ただでさえ巨体の水龍である。無闇矢鱈に攻撃してたところで、見つかる可能性は少ない。

 

「リニスには悪いが1体の足止めをしてもらう。ユーノ、君はジュエルシードの位置を特定してくれ。だいたいで良い」

「あたしは?」

「アルフは僕と一緒に攻撃して、水龍の体を削っていく。再生される前に削ってジュエルシードを出す。1体ずつ対処していこう」

 

 できれば彼女たちには手伝ってもらいたいが、とクロノは別のところで戦っている少女たちを見る。

 

「なのはたちは無理だろうね。例の思念体相手だから、こっちにまで割く戦力はないと思うよ」

 

 フェイトに関しては敵が作り出した結界内に閉じ込められている始末だ。そちらに関しては後方で解析と解除に当たってる者に任せるしかない。変化がないところを見ると、まだまだ時間はかかりそうだ。

 

 

≪フェイトォォォォォォ! 今お母さんが助けてあげるからねぇぇぇぇぇぇぇ!≫

 

 

 娘を想う母の叫び声がどこからともなく聞こえたような気がしたが、きっと幻聴であろう。

 

「まぁ仕方が無い。無いものをねだったところで意味がないからな。こちらはこちらで対処しよう」

「えぇ」「あぁ!」

「―――っ」

 

 4人が固まっていた場所に水龍が吐き出した水弾が飛来する。すぐに散開して、回避する。

 

「なるべく早く見つけてくれ!」

「無茶言わないでよ!」

 

 と、言いたいところだが、

 

「その無茶をしないといけないよね」

「その通りだ。頼んだ」

「分かったよ! その代わり!」

「あぁ。こちらはそれまで足止めしていよう」

 

 クロノとて無茶は承知である。だが、この中でジュエルシードの居場所を1番精密に探知できるのはユーノなのだ。彼に頑張ってもらい、早期に見つけてもらわなければ。

 

「アルフ! ユーノが見つけるまで足止めをするぞ!」

「合点!」

 

 注意をユーノから背けるだけでも良い。効かないと分かっていても攻撃をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリシアの前を疾走する黒い影から4つのカラフルな物体―――ビットが浮かび上がった。それは魔理沙の周りを周回する衛星のように周りながら光り、

 

 

――儀符「オーレリーズサン」

 

 

 アリシアに向けてレーザーを放ってきた。

 

「くっ!」

 

 魔理沙はその場で急停止して、即座に反転。急停止したにも関わらず瞬間的にスピードを上げて、猛スピードで突撃してきた。

 

(ぶつかる気!?)

 

 魔理沙の周りを回るビットが絶えずにレーザーを放っているので、アリシアはどこにも回避することができない。出来るのは防御か逃走か。しかし、お互いの速度はほぼ同じとは言え、トップスピードの今の魔理沙と急停止して反転するアリシアでは、どちらが速いかは一目瞭然である。

 ならば、取れるのは1つのみ。

 

「上等っ!」

 

 己のデバイスである大剣を前に構えて衝撃に備える。シールドなど張ったところで、なのは並みの攻撃力を持っているのだ。意味が無い。

 アリシアが選択したのは玉砕覚悟の攻撃による防御であった。

 

 

 

「ディバインバスターーー!」

 

 

 

 しかし、両者がぶつかることはなかった。アリシアと魔理沙がぶつかる前に、桃色の砲撃が再び魔理沙を飲み込んで上空へと押し飛ばしたのだ。

 これに気付いて慌てて急停止したアリシア。もう少し砲撃が遅かったら、もう少し自分が止まるのが遅かったら、どちらかでも起こっていたら魔理沙と仲良く砲撃に飲まれていた。

 

≪アリシアちゃん! 無事!?≫

≪え、えぇ………助かったわ。本当に≫

 

 念話でなのはに礼を言って、上を見上げる。そこには白と黒の魔法使いが変わらず健在でいた。

 

「しぶといわね………」

 

 魔理沙に対する正当な評価である。強い、のではなく、しぶとい。なのはであれアリシアであれ、1対1ならば負けていただろう強さだ。しかし、今は2対1でこちらが有利。だというのに、勝負は中々つかないでいる。

 

「なのはの砲撃受けたんだから、大人しく消えなさいよね!」

 

 再びアリシアが駆ける。それを見てから魔理沙も急降下をしてくる。

 魔法使いと魔導師たちの戦いはまだ決着がつかないでいた。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっばいねー………』

『ピンチって奴?』

 

 分厚い弾幕の波を泳ぎきり、亜空穴というチート能力と鋭すぎる勘を持つ巫女の柔術をそれとなく回避しているのだが、完璧に避けている訳ではない。分かりやすく言えば、グレイズの連続だ。それも全て疲労が原因である。

 最初の一撃こそ痺れる程度でそこまで危惧してなかったが、ここまで重なると腕が持ち上がらなくなるくらいだ。

 更にピンチなのが、仮面にひび割れが生じたことだ。顔まではさすがに変えていないので、ここで仮面が壊れるとクロ=裕也というのがバレる可能性が高い。というか、確か仮面を基点にして変装魔法を使ってるから、これが壊れたら、

 

『裕也くん、こんにちは! になるね』

『ですよねー』

『今更何を言ってるんだかって感じだけどね』

『しゃらっぷ』

 

――だが、それだけではないな

 

 この状態―――祟り神化してから、どれくらいの時間が経ったか。あまりこの状態を長続きさせるのはよろしくない。かといって、この状態を解けば、今の霊夢に勝つどころか動きに追いつくことさえ出来ない。

 

(最初の幽香、萃香、そして霊夢たちときて、)

 

 以前戦った敵よりも今戦っている敵が強い。そして次に戦う敵は更に強い。まるでゲームのようである。考えたくはないが、誰かの掌の上で踊ってるような感じだ。

 

『裕也! きたよ!』

 

 

――祟符「御左口(ミシャグジ)様」

 

 

『いっきに決める! 顕現させる』

『うぇぇ!? 大丈夫なの?』

 

 相手の攻撃を避けつつ、自身から祟りを撒き散らす。周囲に満ちるように、結界の中に溢れ返させる。

 

 

――呪え

 

――侵せ

 

――祟れ

 

 

『問題はフェイトだな。いつもなら離れろと言ってるところだが、結界が邪魔だ』

 

 この祟りの攻撃は敵味方問わずに接触したものに影響を与える。よって、逃げ場のないこの場所で使えばフェイトまで巻き添えにしてしまう。仮に結界の端まで行ってもらったとしても、安心はできない。

 

『方法は1つだけあるよ』

『それは?』

『キスをする』

 

 ………鱚?

 

『魚が必要なのか? 獲ってこいと?』

『そっちじゃないよ。接吻だよ』

『もう1回言ってくれ』

『接吻。キス。チュー。マウス・トゥ・マウス』

 

 ……………。

 

『何故に?』

『詳しいことは省くけど、キスしてる間に一時的に魔力を繋いで私が保護障壁張るから』

 

 俺が祟りの中でも平気なのは、俺が使用者だからではなく、中から諏訪子が保護障壁なるモノを俺に張っているからであった。

 それと同じモノをフェイトにも張る予定だとか。

 

『出来るのか?』

『祟り神を統べてた(もの)、の分霊だけどね。それくらいは可能だよ』

『キス以外の方法は?』

『まぐわえ』

 

 まぐわい―――男女の交接。性交の意味。

 

『Oh...』

 

 とはいえ考えている暇はない。方法があるならばそれを行おう。

 

『後のことは後で考えよう! うん!』

 

 既に祟りはバラまき始めている。ミシャグチ様を呼ぶ準備は着々と進んでいる。これで霊夢が倒せなかった場合は………いや、考えるのは止めよう。これが俺の最大で最高の攻撃だ。これで倒す。

 

『いくぞ!』

『もう1つの問題は?』

『もう1つ?』

『裕也の体だよ。耐えられる?』

『―――大丈夫だ。たぶんきっとメイビー』

『もう、どうなっても知らないよ!』

 

 さすがにこの呪いは勘弁したいのか、霊夢も毛玉も触れようとはしてなかった。フェイトも既に2回目だからか触れようとはしていなかった。

 ただ、奥の方で霊夢が何か呟いているのが見える。アレはさせない方がいいな。何かは分からないが、危険だ。

 

≪フェイト。祟りを防ぐ………おまじない? みたいなことをするんだが≫

≪はい≫

≪まぁ、なんだ。文句は後で聞くよ。今は許せとしか言い様がない≫

≪はい?≫

 

 祟りを撒き散らしつつ、急いでフェイトのところへ向かう。結界内という密閉空間に充満した祟りはところ狭しと空いている空間を侵し始めていた。

 

「さて、フェイト」

「は、はい」

「許せ」

「ふぇ?」

 

 まぁ当たり前だが、仮面をつけてちゃキスはできない。なので、仮面を取る。俺の変装が解け、クロではなく裕也が姿を現す。

 驚いてる間に、抱き寄せてフェイトの唇を奪った。

 

『5秒ね! 5秒! 舌もいれていいよ! 私が許す!』

『はやくしてくれ』

 

 フェイトと接触してる間に諏訪子がフェイトの中に祟りに対する保護障壁を張る。その間に俺は素数を数える。素敵な数―――略して素数を数えて平常を保つ。

 

『おk』

 

 その言葉にすぐ離れて仮面を被る。再び、クロへとなる。

 

「………………………あ」

 

『これで大丈夫なんだよな?』

『やるだけのことはやった。後はなるべく近くにいることかな?』

『そうか』

『とりあえず、フェイトの目を覚まさせないと』

 

 当のフェイトは赤い顔で呆然とし、虚空を見つめていた。そこまで衝撃は大きかったのだろうか………大きかったんだろうなぁ。

 

「フェイト」

「ふぇあ!? ははははい!」

「文句は後で聞こう。土下座もしよう。今は―――離れないでくれ」

「は、はい!」

 

 プレシアさんにバレた時、俺は死ぬだろうか―――あの霧谷でさえ防げなかった雷が貫くのだろうか。

 

(い、いや、今は考えるな)

 

 俺の脳裏でプレシアさんが鬼に進化して迫ってきたところで、そのイメージを追い払った。

 

『いくぞ!』

 

 いざ、という時だった。

 

 

 

――宝具「陰陽鬼神玉」

 

 

 

 祟りの闇を切り裂くように巨大な光り輝く玉が接近してきた。しかも、巨大の癖にかなり速いスピードである。

 

(直撃はマズい!)

 

 本能で悟る。アレの直撃には耐えられない。

 頭の中で考える。思考だけが加速しているような感じがしている。その中で考える。

 

 攻撃か、防御か、逃走か。

 

 たった今、ミシャグチ様を招喚しようとしていたところだ。それをぶつければ大丈夫だろう。だが、発生までに若干のタイムラグがある。霊夢が放った巨大な玉とミシャグチ様の招喚―――

 

(足りない! 恐らく、間に合わない!)

 

 ならば、他のスペカで応戦するか―――無理だろう。並大抵のスペカでは飲み込まれておしまいだ。牽制にもなりはしない。

 攻撃も防御もできない。ならば、逃走か。さすがに追尾機能はついていないと思いたい。だが、避けるにしても相手は巨大な玉である。完全に避けることは出来ないだろう。

 

(だが、これしかない!)

 

「フェイト!」

 

 

 

 

 

―――(ばち)

 

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 巨大な玉の目の前、そこに玉に追いかけられるように毛玉がいた。ご丁寧に、こちらに向けて小毛玉を吐き出しながら―――

 

「逃げ―――」

 

 当たり所が悪かったのか、フェイトは不意を付かれた今の一撃で気を失ってしまったようだ。振り返った先には崩れ落ちそうなフェイトの姿があった。

 

「―――くそっ!」

 

 フェイトの手を掴み、後方に向けて投げ飛ばす。問題は2つ。祟りに突っ込むことと、海に落ちてしまわないか、ということ。前者は諏訪子の言葉を信じるならば問題はない。後者に至っても、海には落ちないで結界の底の部分で止まるはずだ。もし、すり抜けてしまえば結界の意味がないからな。

 それに、嬉しくないことだが霊夢も毛玉も狙いは俺である。気を失ったフェイトが狙われることはないはずだ。

 

「―――耐えてくれよ、俺の体」

 

 無駄だと分かっていても、なるべく中心部分からは逃げる。小毛玉にもぶつかり、その反動で更に後ろへと下がる。ダメージは無視できないが、仕方がない。

 

『―――っ!』

 

 諏訪子が何かを言っている。その言葉を遮るように毛玉が俺の目の前に現れた。

 

 

―――俺諸共か、いいだろう

 

 

 目の前の毛玉を捕まえる。予想通りの手触りの良い感触だ。逃がさないようにしっかりと掴み、毛玉をクッションにするように俺たちは光に飲まれた。

 

 

 閃光。

 

 轟音。

 

 爆発。

 

 

 千切れそうな意識を必死に寄せ集めて途切れないようにする。毛玉のクッションのおかげか、どうにか耐えることはできた。だが、体が動かない。

 霞む視界の向こう―――偶然見つけたのは、

 

 

 

――神技「八方鬼縛陣」

 

 

 

 霊夢が次のスペカを使うところだった。

 

(はぁ………あれは、無理だな………)

 

 上手く働かない頭で呆然と見る。霊夢を中心に広がる巨大な魔法陣は、ちょうど俺を攻撃範囲内に収めていた。

 動かない体。働かない頭。ただ、無理だと。どうにもできないと悟った。

 

(………死ぬのかなぁ)

 

 こちらは動けないで、海へと向かって真っ逆さまである。だというのに、霊夢は手加減も何もせず、機械作業のように黙々とこちらを攻撃しようとしていた。

 

(例え死んだとしても―――)

 

 

 

―――1人では死なない!

 

 

 

 脳裏に描く白蛇を幻視する。今の状態でミシャグチ様を招喚ことは自殺にも等しいだろう。だが、躊躇する理由にはならない。

 失敗は許されない。招喚できなかったでは済まされない。必ず、このタイミングに、ここで招喚しなければならない。何が足りないか、何が必要か、何が満たされているか。自分以外がスローに感じる世界で考える。

 

 何だ? ナンだ? ナニが足りない? 何かがタりない?

 

 

 

 

 

―――始マリヲ

 

 

 

 

 

 あぁそうだ。それがタりない。まだハジめていない。

 

 

―――二拝

 

 

 相手は人ではなく、至上の存在。たった1度の御辞儀では足りない。

 

 

―――二拍

 

 

 身体を示す右手を引き、精神を示す左手を差し出す。動かぬ体で拍手が行えたかは分からないが、無事に出来たと思い込む。

 

 

―――一拝

 

 

 これにて、始まりは成った。何をするにしても、開始の合図をしなければ始まらない。

 

 だが、まだタりない。

 

 

――生贄「神へ繋げる翡剣」

 

 

 俺の目の前に出現した翡翠の剣が、俺に突き刺さる。痛みは無い。既に痛覚はおかしくなっている。口の中に広がる血の味も慣れたものである。

 

―――来たれ

 

 目を瞑る。心の中で念じる。助けたい、と。力が欲しい、と。

 

―――招カレヨゥ

 

 やるべきことは全てやった。後は、俺が霊夢の攻撃に飲み込まれるだけだが、こちらも切り札を切らせてもらう。

 

「―――顕現、せよ」

 

 さぁ、気紛れな神を招喚しよう。

 

―――喚バレヨゥ

 

 そう思った時、俺の視界は途切れた。最後の光景は白い光り―――だが、眩しいはずの白い閃光も、何故か俺は昏いと感じていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 ガラスの割れるような音と共に、2度目となる白蛇姿のミシャグチ様の姿があった。霊夢が放った“八方鬼縛陣”をも打ち破り、悠然とその姿を現した。

 

 

 

 

「「「「「■■■■■■■■■■■――――っ!!!」」」」」

 

 

 

 

 巨体が舞う。紅い瞳が睨みつける。祟りを喰らい、祟りを吐く。暴虐の限りを尽くし、蹂躙し尽くす破壊の嵐。人々に畏れられ、崇められ、敬われた古代神。

 心なしか、海は荒れに荒れ、空は暗雲が立ち込めていた。

 その場にいなくとも視界に収めた誰も彼もが、その姿に畏れ、恐怖を抱く。

 

「………あれ、は」

 

 その声に気付き、意識を取り戻したのが1人いた。フェイトである。

 

「裕也っ!」

 

 しかし、すぐに落下しているクロ―――裕也の姿を見つけると、全力で飛び向かった。なんとか海に落ちる前に捕まえることができ、フェイトは一安心―――する間もなく、その場から逃げることにした。

 2度めとなるが、やはり原初の古代神を直視すると心が恐怖で覆われて動けなくなってしまうからだ。なるべく視界に収めず、声も聞かないようにして裕也を連れて逃げ出した。幸い、霊夢が作った結界は既になく、フェイトたちを阻むモノは何もなかった。

 

 

―――夢鏡「二重大結界」

 

 

 思念体である彼女たちは恐怖に縛られるということはない。目の前に巨体が出現しようとも神が出現しようとも、ただ攻撃を防いだ障害物としか見ていないのだ。どこまでも冷静に霊夢たちは対処していた。

 

 

 

「「「■■■■■■■■■■■――――っ!!!」」」

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 フェイトたちを狙った霊夢の攻撃も、ミシャグチ様たちが咆哮と共に吐き出した祟りの塊で打ち消した。どうやら力は拮抗しているようである。

 霊夢と毛玉はフェイトに抱えられて逃げる裕也を追うよりも、目の前のミシャグチ様が第一の脅威と認識したようで、攻撃の矛先を切り替えた。

 

 

――神霊「夢想封印」

 

 

 霊夢がスペカを使い、光り輝く白で攻撃する。白蛇のミシャグチ様は吐き出す祟りの黒で塗りつぶす。前回の萃香の時はほぼ一瞬で片が付いたのに、こちらは2人を相手にしているとはいえ、かなり長引いている。

 

「裕也! 裕也! ねぇ、しっかりして!」

 

 ミシャグチ様が吼える度にフェイトに抱えられた裕也が呻き声をあげる。裕也とミシャグチ様の繋がりをフェイトは知らない。ただの招喚された存在ではないことを知らない。故に、フェイトではただ気絶した裕也に呼びかけることしかできなかった。

 

『フェイ………くを………こ………』

 

 そこに、フェイトを呼ぶ声がどこからか届いた。周囲を見渡すが、フェイトの近くにいるのは裕也だけだ。念話でもなかったはず、ならば何が? どこから?

 

「……………」

 

 フェイトは己の心の中に集中する。声は自分の中から聞こえてきたような気がしたからだ。

 

『フェイト! 私の声! 聞こえる!?』

 

 その声は聞き覚えのある少女の声だった。いつも裕也の傍にいた少女―――

 

「諏訪子?」

『聞こえる!? フェイト! 今、裕也は魔力がかなり足りない状態なの! あなたの魔力を分けて欲しいの!』

 

 だが、こちらの声は届いていないようである。いくら呼びかけても、聞こえる諏訪子の声は一方的なモノだった。

 

『この声が聞こえたなら裕也との繋がりが分かるはず! それを頼り、に………て……い………』

 

 やがて諏訪子の声は聞こえなくなった。いくら集中しようが、声はもう聞こえない。

 

「魔力………裕也に、分ける………」

 

 伝えられた言葉に従い、自分の心の奥底に潜る。

 

(裕也………裕也………)

 

 自然と彼の名を呼ぶ。どこにいる? どこにある? 助けるための道を探してフェイトは集中した。

 

 

 

「「「■■■■■■■■■■■――――っ!!!」」」

 

 

 

 聞こえたミシャグチ様の咆哮。乱れた集中。その向こうに、見つけた一筋の光を幻視した。

 

「見つけた!」

 

 糸に縋るようにそれに向かって我武者羅に魔力を送る。戻ってきて欲しいと願いながら、裕也の体を抱きしめて魔力を送る。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ぬあ?」

「裕也!」

 

 気付いた時、俺は生きていることを喜んだ。すごいよ、俺はまだ生きてるよ!

 同時に視界の向こうで白蛇の姿を見つけて、あの時の最後の招喚は成功したことを理解した。が、まだ勝負は付いていないらしい。さすがは原作最強とまで言われる霊夢である。この暴虐の嵐の中を耐え凌いでいる。霊夢はスペルカードで防いでいるから分かるが、毛玉は納得がいかん。さっさとピチュれよ、毛玉。

 

「裕也?」

「ん? って、おぉ!?」

 

 呼ばれた声に振り向くと、すぐ近くにフェイトの顔があった。というか、抱きしめられている現状が分からない。

 

「大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。何だか分からんが、すまんな」

「ううん」

 

 フェイトから離れて自分で宙に浮かぶ。そこで思ったのだが、ミシャグチ様を招喚するという行為をしたにも関わらず、何故か体が軽い。心身共にもボロボロは確かなのだが、今ならもうひと頑張りできそうな気がする。やられすぎて感覚がバカになったのだろうか。

 

≪フェイトちゃん! クロさん!≫

≪なのは!≫

≪もう、さっきから呼んでるのに無視するなんてヒドいよぉ≫

≪ご、ごめんね………ちょっと、こっちも大変で≫

 

 なのはから念話に謝りつつ現状を確かめる。2度目の邂逅なだけあって、なのはたちはメンバーの中では復活が早かった。初見となるアルフたちはまだ呆然としているらしいが、ユーノが頑張って避難させたそうだ。

 そのユーノからは

 

≪やるならやるって最初に言ってよね!≫

 

 とありがたいお言葉を貰った。正直、すまなかった。

 

「裕也、体は大丈夫?」

「あぁ。それと今はクロで頼む」

「あ、うん」

 

 体の方はさっきの通り万全ではないが、気概は何故か十全である。

 

『諏訪子。俺が気を失ってる間に何があったか分かるか?』

 

 相棒に声を送る。が、返事がない。

 

『諏訪子?』

 

 再度問う。しかし返事はない。

 

『諏訪子! おい、どうした?』

 

 焦りを押さえつけて、しっかりと諏訪子の気配を感じる。いつも通りの諏訪子と融合した時に感じる気配は俺の中にいる。確かに、諏訪子は俺の中にいる。しかし、呼びかけても返事が無い。

 

 

―――神霊

 

 

 俺たちを無視してミシャグチ様と霊夢たちの戦いは終幕に向かっていた。新たなスペカでも使おうと思ったのだろう霊夢が動き出し、そこに向けて祟りの奔流が襲い掛かった。ミシャグチ様たちの集中攻撃にさすがに耐え切れず、ついに敗れた。それが合図だったのか、毛玉の方も姿を消し始めた。

 

「ゆ、クロさん………なんか、こっち見てますよ?」

 

 フェイトの言うとおり、何故だか知らないが現れたミシャグチ様たちは、攻撃も何もせずに俺をじっと見ている。しかし、思念も声も何もない。ただただ、じっと俺のことを視ている。

 

(還らせろってこと?)

 

 とはいえ、前回は勝手に還っていった。わざわざ還らせることはしなくてもいいはずだが………。と、しばらく。ミシャグチ様たちが霧と化して消えていく。完全に消える前に、祟りの塊を吐き出して遠方の2匹の龍を消し飛ばしていった。

 すごい。ミシャグチ様すごい。

 

「げほっ! げほっ!」

 

 安心したのも束の間。こみ上げてきた嘔吐感から血を吐き出した。色々と無理をし過ぎてしまったらしい。慌てて祟り神化を解こうとしたが、ミシャグチ様を呼んだ際に一緒に解けたらしく、今は通常状態だった。

 これで霊夢と毛玉は倒した。残りの思念体である魔理沙の方はどうなったのかと探してみるが、それらしい姿は見えない。戦っていたなのはたちに聞いてみたところ、

 

≪なのはと砲撃勝負してなのはが勝った≫

≪なにそれこわい≫

 

 近くにいたアリシアをも巻き添えにするかのような勢いで1発目よりも格段に威力・展開のスピードなどが上がった砲撃を放ったそうだ。対して、魔理沙も砲撃で応戦したが、持続力でなのはが勝り、魔理沙は露と消えた、と。ちなみに、この時に余波としてミシャグチ様から祟りの塊が飛んできたらしいが、桃色の砲撃には敵わなかったようで、逆にかき消されたとか何とか。

 なのは、恐ろしい子!

 

≪で、当の本人は?≫

≪まだまだ改良の余地があります。精進します≫

≪と、述べております≫

≪なにそれすごくこわい≫

 

 見ていないから分からないが、なのはの砲撃はどこまで強くなるのだろうか。次の被害者は………ヴィータか。精々、死なないように祈っておこう。

 

「フリーの魔導師、クロ、だね?」

「―――人に名を聞く時はまず自分から名乗るものではないか?」

 

 管理局に捕まる前にさっさと消えようとしたが、それよりも早くに接触されてしまった。色々と消耗した今の状態では逃げるのは厳しいだろう。

 

「そうだったね。失礼した。僕の名はクロノ・ハラオウン。時空管理局の執務官だ。貴方には聞きたいことがあるので、ご同行を願いたい」

「ふむ………」

 

 さて、どうしようか。諏訪子の状態が分からない今、なるべく早くスカさんのところに駆け込みたい。駆け込みたいが、

 

(どうしようかねぇ………逃げるのは厳しそうだし)

 

 クロノもクロノとて消耗はしているだろうが、逃げられそうにない。なんとか逃げられないかと考えるが、俺の頭では妙案は浮かばない。フェイトやなのはが手伝ってくれればなんとかなるかもしれないが………阿吽の呼吸など無理だろう。そもそも、彼女たちはクロノたち管理局側だしな。

 となると俺1人でなんとかしなければならないが………無理だな。とりあえず、後ろにプレシアさんがいるから、悪いようにはならない、といいなぁ。

 

「とりあえず、俺は組織を信用していない。この状態での同行ならば受け入れよう」

「む………」

 

 しばしの沈黙。背後のリンディさんたちに連絡したのだろう。

 

「分かった。そのままで構わない」

「あぁ」

 

 残った魔力でがんばって仮面だけは直す。変装魔法を使ってるのがバレてるのかバレてないのかは分からないが、触らないでいてくれるのはありがたい。

 

「……………」

 

 視線でフェイトが尋ねてくる。それに俺は頷くことで了承した。満足したのか納得したのか、フェイトはクロノに付いていった。

 他にも色々と言いたいことはあっただろう。俺がクロをやっていることとか、キスしちゃったこととか………。

 

「………………………………」

 

 やっべ、プレシアさんに言われたらどうしよう? 死ぬ? 死んじゃう? 雷の魔法が俺を貫くかい? → DEAD END!

 

≪どうかしたか?≫

≪ん? あー、気にしないでくれ。少し考え事をしていた≫

 

 付いてこなかった俺にクロノが念話で尋ねてきた。今は忘れて大人しく付いていこう。

 あー、でも死にたくないよう。死にたくないよう。

 

 

 

 

 

 

 

≪管理局の諸君≫

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

 ようやく休める―――そう落ち着いた時だった。

 

 

 

≪俺の名は霧谷巧―――世界の全てを手に入れる男だ≫

 

 

 

 広域念話で、俺たち全員に届いた念話が休ませてはくれなかった。

 

 

 

 

 


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