不器用な彼の物語   作:ふぁっと

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第22話 俺と赤口様と「鬼退治」

 

 

鬼ほど人の敵はいない

 

鬼ほど人を愛するモノはいない

 

 

いつの世も、人の隣には鬼がいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

「……………」

「………クロ、さん?」

 

 治療の途中、突如としてクロが立ち上がった。ユーノが言葉を投げるも反応はなし。

 

「クロさ―――」

 

 もう一度、声をかけようとしたら、突然クロの体から黒い瘴気が溢れ出てきた。本能に従い、治療を中断してユーノが離れる。

 

「クロさん!」

 

 声をかけるがやはり反応はない。その瞳に光はなく、意識があるとは思えなかった。

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!』

 

 

 

「づっ!?」

 

 聞き取れない声に溢れる瘴気。ユーノは“助けなければ”という理性の判断と、“逃げなければ”という本能の判断に揺れ、動くことができなかった。

 

「クロさ………くっ、これは………」

 

 クロは上空へと跳び上がり、そのまま戦闘空間へと飛び去ってしまった。

 そしてユーノは至近距離でクロから溢れ出る瘴気―――祟りを受けてしまった。防御したはいいが、それを突き破って少量の祟りがユーノを侵食していた。

 

「これが、彼の力………今は、なのはたちに、教えないと………」

 

 気力を振り絞り、魔法が上手く使えない中―――なんとかして上空の3人に念話で伝えた。

 

 

―――クロさんがそっちに向かった

 

―――様子がおかしい

 

―――ダメージを受けて僕は援護に行けない

 

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーノくん?」

 

 ユーノからの突然の念話。だが、何かの妨害が働いているのか、その内容は上手く届かなかった。伝わったのは2つ―――援護に迎えない、クロさんが向かった、だった。

 周囲を確認すると、確かにこちらに向かってくるクロの姿が見えた。

 

「クロさん! 無……事………?」

 

 なのはの目の前まで上がってきたクロ。光の無い瞳でなのはを見るが、すぐに外す。次にフェイトを見て、アリシアを見て―――最後に萃香へと移した。

 

「なのは、フェイト」

「うん。何かは分からないけど………様子がおかしい」

 

 溢れ出る祟りもそうだが、それ以上に不気味な沈黙が彼にはあった。本能が近寄ることを拒否する。そのためか、無意識に彼女たちは距離を取っていた。

 まるで見えない壁があるかのように―――

 

「ん~………、そこにいるのは、()だい?」

『■■■■■■』

「さっきの(わっぱ)じゃないね?」

 

 不意にクロが言葉を紡いだが、それは到底聞き取れるものではなかった。意味不明な言葉の羅列がノイズ混じりで放たれた。しかし、萃香は意思疎通が取れるようできちんと会話をしている。

 それがきっかけとなったのか、萃香が動いた。その眼は厳しく、睨みつけるようにクロを見る。

 

「やれやれ、とんでもないものを持ってきたねぇ」

『■■■■ーーーっ!!』

 

 クロが前進し萃香へと疾走する。萃香もまた霧化して移動し、クロの近くで実体化―――鬼の力を全力でぶつけてみるが、クロは祟りを防壁として防ぐ。

 

「その力をそこまで扱えるなんて………あんたは」

『■■■■■■!!』

 

 今度はこちらの番だとばかりにクロが接近し、萃香相手に近接攻撃を行う。それらに対して萃香は回避を選択。なのはたちが知らないのも当たり前だが、もし萃香が防御を選択していたら戦闘は萃香の敗北で終わっていたかもしれない。

 

「味方………で、いいのかな?」

「ちょっと断言はできないわね」

「ユーノくんにも連絡がとれない………何か下であったのかな?」

 

 理由は不明だがこちらとは敵対する気はないようである。クロは萃香とだけ戦っているが、どうにも味方とは言い難い。敵ではないからといって、こちらの味方とは限らない。

 

「私がユーノのところに行ってくるわ。なのはとフェイトはこっちをお願い」

「わかった」

「わかったの。ユーノくんをよろしくね」

「えぇ」

 

 アリシアは下へと、ユーノのところへと向かう。なのはとフェイトは2つの影がぶつかりあう戦闘空間へと飛んだ。

 

「なのは」

「うん。分かってるよ」

 

 フェイトは近接、なのはは遠距離。お互いが得意とするものをやる。それだけのこと。

 

「レイジングハート」

『Particularly, let's shoot large one(一際、大きいのを撃ちましょうか)』

「お願いね」

 

 今のクロならば避けられるだろう、そう信じて。

 

「ディバイン!」

 

 光を、想いを集める。

 

「バスター!!」

 

 一刻も早く、目覚めて欲しくて―――桃色の砲撃を2人に向けて撃ち放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ヒュッ

 

 

 予想通りにクロはバク転で避けた。そして、

 

 

 

――四天王奥義「三歩壊廃」

 

 

 

 萃香はスペカを発動して迎え撃った。

 

「え?」

 

 一撃、2度目の衝撃。

 なのはのディバインバスターをそれで真正面から叩き潰した。残りの3度目がおまけとばかりになのはへと向かう。

 咄嗟にレイジングハートが自動的にシールドを張ったおかげで大したダメージには至らなかったが、なのはの代わりとなったのかシールドは粉々になり、貫いてきたわずかな衝撃がなのはを押し飛ばした。

 まるで邪魔をするなと言わんばかりに、攻撃したなのはには目もくれずに萃香はクロを標的としていた。

 

「はぁっ!」

『Photon Lancer(フォトンランサー)』

 

 今度はフェイトが横から雷の槍を投げ飛ばした。

 

 

――霧符「雲集霧散」

 

 

 それに対して萃香は自身とは違う霧を前面に作り出して防いだ。雷の槍は萃香の作り出した霧に触れると、最初から何事もなかったかのように霧散して―――消えた。

 

「無効化、された?」

 

 自ら霧になって避けるのでもなく、腕で防ぐのでもない。霧を作り出して防ぐという防御を取った。これまでならば、己が身で防御を選択して受けていただろう。だが、今の萃香にはおちゃらけた雰囲気というものがなかった。

 萃香は本気を出して戦っている。

 

 

―――梵風(ぼふぅ)

 

 

 萃香は髪の毛を数本千切ると、大きく吹き飛ばした。吹き飛ばされた髪の毛はやがて小さな萃香になり、

 

「え、えぇぇ!?」

 

 縦横無尽に飛んで、フェイトへと襲い掛かった。

 フォトンランサーで狙い撃とうにも、小さい萃香は身軽い動作で避けて進んできた。小さいからか速度も中々に速く、攻撃しながら回避していては追いつかれ―――

 

 

 

―――蛇螺螺(じゃらら)っ!!

 

 

 

 いつの間にか背後から接近していた小さい萃香がフェイトを捕まえた。1匹、2匹と群がり、最後の1匹が拳を振り上げ―――

 

「フェイトちゃん!」

 

 振り上げた拳。迫る萃香。なのはのシールドをぶち破いた力を持ってるとしたら、シールドを張ったところで意味がない。

 逃げることは出来ない。身動き取れない時点で攻撃にも移せない。

 

 動かなければ―――

 

 

 

『■■■■■■■■■■■!!!』

 

 

 

 そこに割り込むように祟りの奔流が小さい萃香を襲った。クロの突き出した手から祟りが飛び出したのだ。

 

「え? あ………」

 

 相も変わらず、不気味な沈黙を続けるクロ。口に出す言葉といえば、理解できない単語の羅列のみ。

 

「あ、あの………ありがとう、ござい、ます」

 

『■■■■■』

 

 クロの口から漏れる言葉を聞くだけで、何故か恐怖する。理解できないから恐怖するのではなく、その言葉自体を理解してはいけないと、本能が告げる。

 そしてクロは再び萃香へと向かった。

 

「フェイトちゃん!」

「なの、は………」

「大丈夫?」

「うん」

 

 まだ体は震えている。フェイトは大きく深呼吸して、落ち着かせる。頭の中で彼は敵ではないと連呼し、邪魔な思考を意識の外に追い出す。

 

 今は―――震えている場合ではない。

 

 2度の深呼吸でフェイトは体の震えを取っ払った。

 

「うん、大丈夫」

「クロさん、どうしたんだろう………」

「分からない。分からないけど、このままじゃダメだよね」

「………うん、なんとかして助けられないかな」

 

 とはいえ、現状では何もない。クロを助ようにも、何がどうなっているのかが2人には分からないからだ。原因が分からなければ、取り除くことはできない。

 今の彼女たちにできるのは、信じて待つことのみ―――それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、融合状態の諏訪子は裕也よりも早くに目覚めていた。すかさず、周囲を調べあげ―――現状を把握した。

 

(マズい! 裕也の気配が消えかけている!)

 

 体が慣れていない状態で、突然強大な力を引き出したのだ。それに押し潰されるように裕也の存在は消えかけていた。

 ちっぽけな存在である人間の魂は、祟りという巨大な嵐の中を右へ左へと揺らされる小船のようなもの。嵐の中に居続ければ、やがて小船は耐え切れずに大破して海に飲まれる運命。裕也の魂もその状態へと近づいていた。

 

(っても、どうすれば!? 裕也! 裕也! 私の声が聞こえる!?)

 

 諏訪子が“中”から叫べども、裕也の魂はもちろん“外”の裕也も反応しない。

 

(裕也ーーー!!)

 

 裕也が引き出し―――引き出そうとした力は“ミシャグジ”という神の一部。

 そも“ミシャグジ”というのは単体でありながら群体である存在。人の歴史が始まるより昔から数多の意識を飲み込んできた集合意識体とも言える。

 それらを引き出した故に、裕也の魂とも呼べる存在は意識の海の中で右往左往しているのだ。そして肉体を操作する魂がなくなったところに入り込んだ集合意識体の一部が今の裕也の体を操作している。

 

(裕也が起きれば全ては解決なんだけど………このバカー! 起きろー!!)

 

 肉体の操作権が奪われようと、本来の主である裕也が目覚めれば問題ない。繋がりはこちらの方が強いのだから。

 そう、目覚めれば―――

 

(あぁもう、こうなったらなのはに砲撃でも………あかん、裕也が完全に消し飛ぶわ)

 

 “外”ではなのはやフェイトが祟りを撒き散らすクロの周りで懸命に戦っている。さすがに声までは届かないが、何かを言っているようにも見える。

 諏訪子の知る魔術などの神秘ならば、外から叩いて治すという荒業も使える。だが、外にいるなのはたちが使っているのは、ミッドチルダという異世界の魔法なのだ。もし、異世界の魔法が諏訪子の想像通りでなかった場合、それは裕也の消滅という結果に繋がる可能性が高い。

 

(非殺傷設定があるとはいえ………)

 

 なのはたちの魔法には非殺傷設定という安全装置が付いている。肉体が傷つくことはないが、これも完全に無傷とはいかない。過剰に込められた魔力で攻撃すれば、肉体を傷つけるのくらい容易い。それはこれまでのなのはや裕也たちが証明していた。

 

 では、魂や精神という実体無きモノはどうなのだろうか。

 

 もし、肉体は無事でも魂や精神などを吹き飛ばすような効果があった場合―――それは“外”の裕也の肉体に入っている集合意識体の一部か、それとも本来の主である影月裕也なのか。

 諏訪子の身はこの世界の神秘と異世界の魔法を併せ持っているとはいえ、全てを理解している訳ではないのだ。リスクと比べると、どうもリターンが少ない。

 

(“外”からの援護は求められない。なら、私がやるしかない!)

 

 自分があの“中”に入って裕也を引っ張ってこれれば手っ取りはやいが、諏訪子は今祟りを撒き散らさないように抑えるので手一杯だ。仮にここで諏訪子が抑えなかったら、海鳴という町が呪いに包まれるだろう。結界で囲っているとはいえ、それもどこまで信用していいのか諏訪子には判断が出来なかった。

 

(調子に乗って引っ張りすぎたかも)

 

 裕也が“接続”して力を引っ張り出す。そして諏訪子自身はこうならないためのストッパーとして働く。だったというのに、力に飲み込まれて限界を見誤ってしまった。

 

(あぁ! 裕也! 裕也ぁ!)

 

 目の前にいるのに何もできないでいる。

 目の前に在るのに手が届かないでいる。

 

 消える―――

 消えていく―――

 

 裕也という存在が、飲み込まれて―――

 

 

 

 

 

 

 

(―――――裕也ぁっ! 目を覚ましてぇ!!)

 

 

 

 

 

 

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!?」

 

 気付けば、目の前に萃香の姿があり、握られた拳が俺を再び貫こうとしていた。

 

「うぉぉぉぉっ!?」

 

 何も考えずに、慌てて飛び退く。追撃も予想して、かなり遠くまで離れて一息ついた。

 

『裕也!? 起きた!? 気がついた!?』

『あ、あぁ。なんで俺バトってるの? ユーノに回復してもらってたんじゃなかったっけ?』

『いきなり飛び起きてあの子に向かっていったんだよ!』

 

 萃香はじっとこちらを見つめた後、手のひらに炎を集めた。

 

 

――元鬼玉

 

 

「うぉ!?」

 

 豪速球―――とまでは呼ばないが、中々に速いスピードで炎の玉が飛んできた。念のために、更に距離を取っておく。

 萃香はじっとこちらを観察するように見つめるだけで、それ以上の追撃を行わなかった。相変わらず底の見えない眼をしているが、少なくとも追撃はこれ以上ないようである。

 

『諏訪子。何か変わったか? 俺』

『えぇと、えと、まず適合率が格段にあがった! 今の裕也は小さい祟り神みたいなものになってる!』

 

 その言葉に自分から溢れでる瘴気に見えるような黒い霧を知覚した。なるほど。今の俺は周囲に祟りを撒き散らす祟り神となっているようだ。

 小さいミシャグジ様ってところか? よく分からないけど。

 

『んで、左目! よくは分からないけど、魔眼っぽいものに変異してる!』

『ほぅ、能力は?』

『知らない!』

 

 肝心なところが知りたいけど、知らないものは仕方が無い。別に見えなくなってるとかではなく、視力にも問題はない。何か変なものが新たに視えるということはなかった。

 うん。ホントに効果が分からない。

 

『あと、一時的だと思うけど魔力量が多くなったみたい! いじょ!』

『把握』

 

 幸い萃香からは動きが見られない。こちらが落ち着くのを待っていてくれるのかは分からないが、今のうちに平常心を取り戻しておく。

 

 

―――パァンッ!

 

 

 一際高く脈動する鼓動。自分の体なのに自分のモノではないかのような違和感。溢れ出す祟りの所為か、自身の体が熱く燃え滾っていた。だというのに、心の奥底には冷たい水が張っているかのように落ち着いていた。

 体と心のアンバランス差にも慣れ、ようやく平常心を取り戻すことが出来た。

 

「よし!」

 

 自分の頬を叩いて喝を入れる。

 暴虐を奮う訳ではない。悪逆を働く訳ではない。この世に呪いを齎すなど以っての他。自分が何をしたかったのか、何をするためにこの力を欲したか、何のため、誰のためか。

 思い出せ、刻み込め、忘れるな、と。彼ら()の意思より上に俺が立つ。

 

「クロさん!」

 

 

「―――あぁ、なのは、か」

「クロさん、ですよね?」

「―――あぁ、そうだ」

 

 なのはやフェイトたちが近づいてくるが、一定距離以上近づいてこない。

 

「その距離―――」

「え?」

「その距離を忘れるな。今の俺は祟り神と化している。不用意に近づけば、呪われるぞ」

 

 黒い霧が、蠢く蛇のように、少しずつとだが形を確かなものに変えてきていた。それらは纏わり、くっつき、右手に収束していく。

 

「あいつの相手は俺がする。なのはたちは、援護と封印を頼む」

「大丈夫、なんですよね?」

「あぁ―――少しは俺にもかっこつけさせてくれ」

 

 後で頭を抱えそうなセリフを吐いた気もするが、今の俺は気にしない。気持ちが最高に高ぶっている所為でもある。

 

「待たせたな」

「気にしちゃいないよ」

 

 右手に収束した祟りがやがて銀色に輝く武器へと変わる。知らず知らずのうちに握っていたスペカを見る。

 

 

――生贄「神へ繋げる翡剣」

 

 

 それは、古の時代に作られた古代の長剣。翡翠を込めた破邪の剣―――これに刺された者が神へ捧げる供物だと記した目印。

 

「―――元に戻ったみたいだね」

「え?」

 

 

―――牙巌(ががん)っ!

 

 

 拳と剣が悲鳴をあげてぶつかり合う。右へ斬り、霧となって回避する。追いかけ、追い越し、背後から一閃。腕で防ぎカウンター、それに合わせるようにカウンターで返す。

 最初の違和感が強く今もある。自分の体なのに、自分の体ではないような………自分の体を後ろから見ているかのような不思議。

 その最中に萃香が語りだした。

 

「あんたは、(わたし)が恐いかい?」

「いいや」

 

 

――蛙符「石神のミニ蛙」

 

――鬼符「豆粒大の針地獄」

 

 

 石で出来た小さい蛙と小さい萃香がお互いをぶつけて消えていく。こちらは直進、向こうは縦横無尽の軌道で動くために何体かは外れてしまったが、今更それに当たることはない。

 全て、鉄の輪と翡翠の剣で斬り伏せた。

 

「そうかい」

 

 鬼といえば人よりも強力な人外生物。普通は畏れるモノかもしれないが、不思議と恐怖心はなかった。

 

「それは―――――嬉しいね」

 

 萃香が霧となって掻き消える。今までは不自然に―――それこそ、俺たちに分かりやすいように動いていた霧が周囲に霧散するように消えて動く。四散する霧からは次の実体化の位置が特定できない。

 が、視えて(・・・)いた。

 

「――そこか」

 

 左目(・・)だけに見えた極彩色の蝶が教えてくれた。直感と言うのか、頭の奥で唐突に理解した。あの蝶が萃香だと。萃香の弱点だと。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 剣の後を追うように、にじみ出た祟りが空間を侵す。残念ながら、萃香には当たらなかったが、片側の角を切り落とした。

 そして―――こちらを見て、拳を振り上げる萃香が映った。

 

 

 

「ディバイン、バスターーーー!!」

 

 

 

「「い゛っ!?」」

 

 俺のすぐ目の前を下から突き上げるように桃色の光線が貫いた。余波で吹き飛ばされ、萃香から距離を離される。萃香自体は砲撃に飲まれて姿が見えないが、これでくたばってはいないだろう。

 

「サンダースマッシャー!」

 

 いち早く場所を特定できたのか、フェイトが追撃に走った。俺の目の前で砲撃と雷のクロスラインが生まれた。

 俺も落ち着いて、眼を凝らす。

 

(視えた―――)

 

 左目が砲撃と雷の交わる場所に蝶の姿を視た。

 

 

――酔夢「施餓鬼縛りの術」

 

 

―――蛇螺螺螺螺(じゃらららら)

 

 

 位置確認をした隙をつかれて、鎖が伸びて俺を捕まえた。そして、鎖が燃えて絡まってきた。

 

「ぐっ!?」

 

 祟りが漏れている所為か、そこまでのダメージではないが、鎖を引き千切る程の力もない。引き寄せられたら確実に負けるので、寄せられる前にこっち側に引き寄せた。

 

―――蛇螺螺螺(じゃららら)

 

 更に絡みつく鎖。右手だけはなんとか拘束から外し、萃香を迎え撃つ。

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

―――豪音(ごおん)

 

 拳と剣が交わり、剣が悲鳴をあげて負けた。俺は勢いよく吹き飛ばされたが、鎖の拘束からは外れることができた。対して萃香は、切り落とされた角を触っていた。その瞳が閉じられ、沈黙が満ちる。

 

『裕也? さっきの見えたの?』

『いや、動きは見えなかった。けど、何故か分かった』

 

 どこに出るかなんて分かるはずもなかった。戦闘経験も無いに等しく、経験則から理解するなんて芸当も無理。だが、左目だけはきちんと視えていて、それが理解できた。

 今も目を凝らしてみれば、萃香の体には数匹の蝶が輝いている。そして、そこが弱点だとも分かる。

 

『終わりにしようか。あまりこの状態は―――』

『うん。長時間は危険だね』

 

 閉じられた瞳が開かれ、萃香は静かに言葉を紡いだ。

 

「次で夢は終わり。最後まで―――遊ぼうか」

 

 今までとは違い、本当に楽しそうに笑う萃香。ゆっくりと構えた両の手を、空へと掲げる。

 

『―――やるぞ』

 

 逃げるつもりはない。相手も逃げる気はない。抑えていた祟りを撒き散らし、周囲の空間が順に侵されていく。綺麗な池に垂らした墨汁のように、黒が、闇が、拡がっていく。

 

『了解!』

 

 取り出したカードは1枚。最後のカードだ。

 

 

―――祟り神「赤口(ミシャグチ)様」

 

 

 抑えがなくなった祟りは広範囲に満ち溢れていた。それらが一気に膨れ上がり、渦巻くように更に溢れ出す。

 だが、中心の萃香は動じることなく己の攻撃の準備をしている。

 

 

『『顕現せよ』』

 

 

 俺の言葉に轟音が追随する。闇の中から現れたのは巨大な白蛇。古代の神―――ミシャグジ様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大すぎる白い体に血のように紅い瞳。吐き出す息は黒く、侵された空間が軋みをあげて悲鳴をあげる。

 森羅万象の万物全ての畏れを源とする原初の顕現。人であろうが鬼であろうが、この存在を前に恐怖を抱くのは当たり前だ。

 

≪な、なに………これ………≫

≪分からない、召喚、した、の?≫

 

 なのはたちの声が聞こえた。それで飛んでいた意識が戻ってくる。

 

 あぁ、そうだ。まずはやらなければならないことがある。

 

 

≪全員、ここから離れろ≫

 

 

 まずは効果範囲内にいる者を外に出さなければ。

 突然使ったことだから巻き込まれた者はいるかと聞いたが、問題ないようだ。本能に従って逃げたそうだ。謝られたが、咎めることはしない。それは正しい判断だからだ。

 

≪今から広域魔法を使う。巻き込まれたくないなら、もっと離れろ≫

≪わ、わかりました!≫

 

 なのはとフェイト、そしてアリシアから返答が来る。どうやらユーノが祟りにやられて苦しんでいるようだ。

 後でなんとかすると伝え、今は逃げることをお願いした。

 

「ふぅ………」

 

 一瞬だが、意識が飛んだ。

 どうやら今の俺たちでは、古代の神を顕現()ぶのはかなりの無茶だったみたいである。魔力か生命力かは分からないが、自分の中の大切な何かが失われたのが分かる。

 失われたモノが例え二度と戻らなくても、後悔はない。限界を知るためには、多少の無茶は必要だったのだから。

 

『夜も更けた。早々に決めよう』

『そだね!』

 

 不思議と心の中は落ち着いていた。この場に霧谷がいたのならば、目の前の光景をなんと言ったことか。

 

(そういえば霧谷は大丈夫だろうか………まぁ自在に飛べるデバイスもあったし問題ないか)

 

 効果範囲内にいたらいっしょに殲滅されてしまうかもしれんが、恐らく大丈夫だろう。なんだかんだで霧谷は悪運が強そうだしな。

 

「また、とんでもないモノを………」

「―――これで最後だ」

 

 それを合図にミシャグジ様たちが動き出す。闇が、黒が、祟りが溢れる。

 

「こっちもいくよ!」

 

 

 

――砕月「萃まる夢、幻、そして百鬼夜行」

 

 

 

 掲げた腕を振り下ろした。頭上で砕けた月が一際強く輝いたと思えば、幾つもの光が、光球が、閃光が降り注ぐ。それらを背負って萃香が動いた。

 

 

 

『『『『『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』』』』』

 

 

 

 数え切れぬ程の破壊の光と、奔流となって溢れる闇。白が黒を消すように、黒が白を潰すように、互いに互いを消滅させる。

 

「闇に還れ」

 

 密度の濃くなった祟りが萃香はおろか、術者である俺までをも侵してくる。電気を消すように一瞬にして五感が失われた。

 何も見えず、何も聞こえず、何も感じず………。

 

 一閃。

 

 目が眩むような閃光に瞳を閉じた―――と思えば、失った五感が回復していた。周囲を認識できるようになった時には巨大な白蛇の姿は既になく、周囲に満ちた祟りもいつの間にか霧散していた。

 

「……………」

 

 萃香の体は霧と化していた。霧化ではなく、消えていくというのをなんとなく理解した。

 もう抵抗の意思はないのか、大人しく今を受け入れている。その顔はとても満足そうに笑っていた。

 

「―――果ての地で見つめること幾年。夢幻に漂って辿り着いた幻想でも思ったけど」

「―――?」

「ここまで強くなったんだね。人間(君たち)は」

「……………」

 

 何を返すべきか、どう返すべきか。それを考えていたが答えは見つからず。沈黙でもって返事とした。

 

「―――気をつけなよ」

「ん?」

「その力は人間が使うには少しばかり大きすぎる力だからね」

 

 大きすぎる力―――それは、ミシャグジ様を招喚することか、それとも俺が纏う祟り自体のことを指しているのか。

 どちらにしろ、人間が使う力ではないな。

 

「肝に銘じておく」

「それと1つだけ良いことを教えてあげる」

「なんだ?」

「この石を使って面白いことをしてる人間がいるよ」

 

 この石―――萃香の手の上にあるのは、俺らが求めていた石。ジュエルシードだ。

 

「面白い、こと?」

「偽の体を作って意識だけを持ってくる。ある意味、これも召喚かな?」

 

 そういえば、幽香の時も言ってたな。“偽の体”とか。やはり、萃香も同じなのか。しかし、意識だけを持ってくる………ということは、本物でもあるのか?

 

「じゃあ、向こう(・・・)でもまた遊ぼうね。裕也」

「え?」

 

 裕也という名は名乗ってないはず。記憶の欠けてる部分はあるが、そこで名乗っていたとは思えない。そもそも向こうでも? 向こうって………幻想郷?

 問いただしたい気持ちはあるが、既に萃香は消えてしまった。

 

(まぁいいか)

 

 今は封印をしよう。

 

≪―――なのは、もう大丈夫だ。封印を≫

≪へ? あ、うん≫

 

 呆然としていたなのはだが、すぐに自分がすべきことを思い出したのかレイジングハートを掲げて飛んできた。萃香が消えて顕となったジュエルシードの前に立ち、光を伸ばす。

 

「リリカル! マジカル! ジュエルシード、封印!」

 

 桜色の光の帯が包みこみ、ジュエルシードの封印がここに完了した。

 

「ふぅ」

 

 やっと終わった。その気持ちで大きく息を吐いた。だが、安心している場合ではない。

 

『裕也、裕也。なのはたちがこっちに来るよ?』

『そうだな。撤退するか。面倒になる前に』

 

 今この場で裕也だとバレるのは危険だ。俺の命的な意味で。

 

『それが一番だけど、それって問題の先送りって言わない?』

『俺は後のことは後で考える主義なんだ』

 

 なのはたちがこっちに向かってくるのが見えたが、俺は手を振り上げ早々に帰宅をし―――の前に、ユーノのところへ向かう。

 無意識とはいえ、俺はユーノに祟りをぶつけてしまったらしいので。それの謝罪と祟りの回収をして、俺は早々に帰宅した。

 

「待ちなさいっ! クロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 背後からアリシアの怨嗟の声が聞こえたような気もしたが、聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――自宅

 

「ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「小声で叫ぶなんて、また器用なことをしてるね」

 

 俺は自宅で頭を抱えていた。すぐ近くでははやてが寝ているので、本当に小さく叫ぶ。

 

「なんだよ、闇に還れって! 貴様はどこの厨二病患者だよ! 神遊びを始めようか(キリッ)なんてやってた俺を俺は殺したい!」

「あー、私は別に気にしないよ?」

「俺が気にするの!」

 

 時間が戻るならば戻して欲しい。あの瞬間の俺を自ら殴りに行きたい。

 

「それよりも問題はこっちじゃない?」

「むぅ」

 

 確かに過去の痛い自分について色々思うところはあるが、それよりも優先事項が高いのがこちらだ。

 

「………どうしようか」

「そうだねぇ」

 

 俺は目の前に置かれた血に汚れた衣服。一人暮らしなら問題ないが、今のこの身は子供の上に家族と暮らしている。

 

「母さんだけなら、なんとかごまかせるが………」

 

 血で汚れてはいたが、怪我自体は跡形もなく回復してた。ユーノの治療も途中だったはずで、完治はしてないはずなのになぁ。まぁ些細なことである。

 

「澪は大丈夫でも、咲夜は無理じゃないかなぁ」

「……………」

 

 そう、問題は咲夜さんだ。完璧瀟洒なメイドさんがこれを見逃してくれるか?

 

 否だ。

 

 ならば、自分で隙を見て洗濯するしかない。となると、咲夜さんのいない時間に洗濯機に放り込むか、

 

(いや風呂に持ち込んでそこで洗うか?)

 

 とりあえず、隙を見て洗う。そう考えて、それまでは隠しておくことにした。最悪、捨てるのも考えたけど、血塗れになったのは2着しかないパジャマなのだ。捨てたりすれば逆に怪しまれるかもしれない。それを考えたら、こっそり洗った方が楽なのである。

 

 

 

 

 

―――明けて、翌日。

 

「―――てな訳でな。そしたら、ほな。これが出てきたんよ」

「これは………裕也様の衣服ですね。これは………血、ですか」

 

 はやてがまさか起きていたなんて俺は知らず、咲夜さんに隠していたパジャマが見つかっていたなんて―――俺は知らなかった。

 

「どうやら、詳しく話を聞かないとならないようですね」

「いったい、何をやらかしたんやろなぁ。裕やん」

 

 

 

 


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