不器用な彼の物語   作:ふぁっと

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幕間03 「ワンニャンバトル」

 

 

 

偽りを纏う猫

 

夜を狩る犬

 

 

銀と光が舞う夜の幕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜―――

 

 影月家を見下ろす影が在った。

 

 

 夜の闇の中でも目立つような白い服。仮面を被った男と思われる影たちは、ただ静かにそこにいた。

 深夜と言えど、人の存在さえ感じられぬ周囲。さほど気にしたような素振りも見せず、2つの影は動き―――

 

 

 

「何か御用ですか?」

 

 

 

 背後からの声に足を止められた。

 

「「―――っ!」」

 

 続けられた銀閃に銀閃が重ねられて甲高い音が響く。彼らの背後にいたのは影月家のメイドである“十六夜咲夜”であった。

 

「もう一度お聞きしますが、影月家に何か御用でしょうか?」

 

 再度咲夜が尋ねるが返答は無く、仮面を被った2人は返事とばかりに光球をナイフ状に変化させて―――撃ち放った。

 

「………ふぅ」

 

 咲夜に向けられた光のナイフ。

 

 

――時符「プライベートスクウェア」

 

 

 気付いた時には咲夜の姿は無く、光球のナイフはその場にあったトランプのカードを突き刺した。

 

「そういったお話でしたら他を当たって欲しいのですが、仕方ありませんね。お相手―――致しましょう」

 

 いつの間にか彼らの背後に回っていた咲夜は、お返しとばかりにナイフを投げる。片方の影が動き、ナイフを弾きながら前進。今度は己の拳を振り上げてきた。

 それに対して驚くこともなく、咲夜は冷静に蹴りで吹き飛ばした。

 

「紅魔館、そして影月家のメイドを甘くみないで頂戴」

 

 いついかなる時でも瀟洒である影月家の最強メイドが夜に舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。向こうは咲夜くんに任せて大丈夫だろうね」

 

 玄関から出て家の前。ふと見上げれば、咲夜と2人の男がお隣さんの屋根の上にいた。町中だというのに激しい戦いを繰り広げながら移動していくのを見送り、男―――“影月寛治”は煙草を口に咥え―――妻の言葉を思い出して、元に戻した。

 

「今日も良い月夜だ」

 

 更に見上げた空にはマーブル色のような模様が浮かび上がり、その向こうに霞むように月が見えていた。とてもではないが、これでは良い月夜には見えない。

 

「うむ。こんな日は宝石を使う魔法使いの爺さんを思い出すね。あの時も、今のような月だった」

 

 寛治は家の前から動かずに、虚空に向けて独白を続ける。まるで、誰かに聞かせるかのように語り続ける。

 一通りしゃべった後に沈黙し、それでも周囲に変化がないことにため息が零れた。

 

「ふむ。そろそろ語るのは疲れてしまったのだが、いい加減に出てきてくれないかね?」

 

 月を見上げていた視線を下ろし、少し離れた街角を見つめる。しばらくその箇所を見つめていたのが功を奏したのか、相手が観念したのか、1人の男が姿を現した。

 

「――――――」

「久しいな、グレアムくん」

 

 現れたのは白が混じり始めた灰―――いや、銀の髪を持つ老紳士。寛治と同じようにスーツを身に纏う真面目そうな………悪く言えば、堅苦しそうな男だった。

 彼の名は“ギル・グレアム” ―――イギリスにいるはずの、寛治の友であった。

 

「我が家に何か御用かな? あぁ、君の猫くんはうちの咲夜くんが相手しているよ」

「猫? キミは何を言っているんだい?」

「ふむ………まぁ、それもいいさ」

 

 寛治とグレアムの距離はわずか数メートル。前線を退いたとはいえグレアムも一流と呼ばれた魔導師。対して寛治は魔導師ではない。が、一流の冒険者である。魔導師ほどではないが、数多の死線を潜り抜けてきた歴戦の戦士と言えるだろう。

 両者にとって数メートルという距離は一瞬で詰められる些細な距離なのだ。

 

「……………」

「こうして沈黙を続けていてもいいが、君の方は大丈夫かね?」

「……………」

 

 グレアムは沈黙を続けるだけで、そこから動こうとはしなかった。時間稼ぎがしたいのか、それとも本当に言うべき言葉がないのか―――寛治の冒険者としての勘は後者を指した。

 彼の考えが合っているのならば、グレアムはむしろ時間がないはずである。だというのに、グレアムは先に進むことをしない。

 

(ふむ。老いによる焦りか? 昔とは変わったなぁ)

 

「うむ。ならば、当ててみせようか」

 

 煙草を咥えて火を付ける。しまったという顔を一瞬したが、火を付けてしまったのだから仕方ないと考えて、寛治は煙草を吸うことにした。後でこっそりリセッシュでもしておけば匂いは残らないだろう、と考えて。

 

「ふぅー。君の狙いは“八神はやて”だろう?」

 

 寛治も含め、意外とだが影月家には命を狙われる………と言えば大袈裟になってしまうが、それなりの理由はある。

 寛治は冒険者として世界中を渡り歩くことからも、色々な連中や組織などに喧嘩を売ったり協力したりと、むしろ狙われない方がおかしいと言ったところだ。妻の“澪”に関しても過去の経験から似たような理由が挙げられる。詳細は聞いていないが、咲夜も同じだと勘が囁く。

 息子の裕也は白だと思ったが、諏訪子が来てからはそうとも言えなくなった。

 全員が全員、真っ白とは言えないのだ。

 

「最初は私の子供たちかと思ったが、私の情報網が正しければ2人は君の組織とは接触していない」

 

 なので、裕也と諏訪子は白。

 一瞬だけだが、グレアムの鉄の仮面が歪んだ。瞬きして確認すれば、変わらない仮面を纏っていたが………。

 

(突くならば、ここか)

 

 自分か、とも考えたが記憶を掘り起こしても覚えはない。仮に出てきたとしても、彼以上の重役が出てくることになるはずだ。なので、グレアムが出てきた時点で寛治は候補から外れていた。

 澪に関してはそもそもグレアムが出てきた時点で白となっている。

 

「そうなると、残るのがはやてくんになる訳だ」

 

 今度はグレアムの仮面が歪むことはなかった。突くべき点を間違えたかと思ったが、否。恐らく、これは想定内だったのだろう。

 

「―――――」

「沈黙は肯定と取ろう。そして次に疑問なんだが―――」

 

 何故、グレアムがはやてを捜し求めているのかは分からない。もしかしたら、彼女があの歳で1人暮らしをしていることを調べれば分かるかもしれない。

 

「君がいる組織―――“管理局”が、“管理外世界”の少女を狙うのは何故かね?」

「っ!?」

 

 グレアムの仮面が再度歪み、

 

「管r「管理局。魔導師。ミッドチルダ。他にも挙げた方がいいかい?」………いや、いい」

 

 今度こそグレアムの仮面は崩れた。

 

「……………」

「……………」

 

 グレアムは寛治の顔を見て、だけど紡ぐべき言葉が見つからずに沈黙を続ける。

 

「言葉が出てこないなら私が紡いであげよう。“何故、管理局の名を知っているのか?”だろ?」

 

 2本目を煙草を吸いながら、寛治は笑って答えた。やっと友人の仮面を壊すことが出来たのだから。

 

「あの時に異世界の存在を語ったのは君じゃないか。君には言ってなかったかね? 私の友人たちを」

 

 世界の境界線を指先1つで超えることが出来る友人がいる。魔法という技術ではなく力で持ってこじ開ける友人がいる。人ではなくなったが故に力を得た友人がいる。

 世界は広いねぇなどとのたまう寛治を前に、グレアムはため息を吐くことしかできなかった。

 

「まさか、キミが………いや、キミならばいつか成し遂げると思ってはいたよ」

「ふむ。それはありがとう。でも、まだ私は彼らみたいに簡単に世界は超えられないぞ」

 

 それは、逆を言えば難しいが世界移動をすることができるということだ。

 

(いや、ミッドチルダや管理局のことを知っているのならば………)

 

 それが答えなのだろう。

 

「相変わらず常識に捕らわれない男だ」

「うむ。褒め言葉として受け取っておこう」

 

 目の前の男は単独で―――それも、管理局が知らない方法で異なる世界へと移動することができる、というのだ。

 恐れるのは、それを可能とする存在がこの世界にいることだろうか。それとも、それらを身に付けてしまった彼のことだろうか。

 

「それで、どうするかい? 生憎と家族を狙われたのだ。穏便には行かないぞ?」

 

 ネクタイを緩めて正面からグレアムの顔を見る。寛治がネクタイを緩めるのは本気を出すという合図でもある。

 それなりの付き合いでありながら、両者はまだまともに戦ったことはない。寛治はグレアムの実力を計れていないし、グレアムもまた然り。だが、寛治のことだ。それなりに見極めているのかもしれない。

 

「家族、か―――」

「うむ。はやてくんにどのような過去があるかは知らないし、彼女がどのような運命を背負ってるのかも私は知らない。だが、我が家に受け入れた以上―――彼女は私の家族だ」

 

 そして、家族を狙う者には容赦がないのが彼―――寛治である。

 

「―――彼女が、八神くんが背負っているのが破滅の運命だったとしても、同じことが言えるのかい?」

「もちろん」

 

 即答。どこからその自信が溢れてくるのか、寛治は迷わずに頷いた。

 さすがにそれは想定していなかったのか、グレアムの目が見開かれる。

 

「ふ、ふふ。そうか」

「それに私が動かなくても、私の息子が何とかしてくれるさ」

「信頼、しているのだな」

「うむ。私の息子だぞ?」

 

 裕也は隠れてやっているみたいだが、残念ながら寛治には筒抜けであった。恐らく………いや、絶対に裕也ははやてを救う、と。

 

「おや、帰るのかい?」

「あぁ。前線を退いた老兵にはキミの相手は荷が重いよ」

「本当にかい?」

 

 戦う気はないとばかりに、グレアムは背中を見せて去ることにしたようだ。寛治はグレアムを呼び止めると、あるモノをその背中に向けて投げた。

 

「―――っと」

「手ぶらで帰るのもあれだろ? それはプレゼントだよ」

 

 寛治が渡したのはフロッピーディスクのような記録媒体。表に書かれた文字は、

 

「“闇の書のプログラム”だと?」

「では、またどこかで会おう!」

「待て! 寛治! キミはどこでこれを!?」

「誰もいないとはいえ、夜は静かにするものだよ。グレアムくん」

 

 寛治はグレアムの質問に答えることなく、さっさと家の中に戻っていった。グレアムは渡された記録媒体―――闇の書のプログラムを再度確認し、今度こそ退いた。

 

「まったく………。キミという男は、いつも私を振り回すのだからな」

 

 どこか嬉しそうな、そして疲れたような独白が零れた。

 

 

 

 

「どこで手に入れた? 残念ながらそれは私にも分からないよ」

 

 玄関を閉めて、寛治は1人呟く。

 “闇の書のプログラム”と書かれた記録媒体はごく自然に彼の書室にあったのだ。どこかの遺跡から持ち帰ったにしては新しすぎるし、この世界にあるパソコンなどの機械では決して読み取ることの出来ないモノ。

 ふと立ち寄った管理世界で初めて中身を見ることができたのだ。そこに書かれていたのは“闇の書”というデバイスのプログラム。

 

「デバイスは管理世界にある魔導師の杖………ならば、何故“闇の書”のプログラムはこの世界の言語(・・・・・・・)で書かれていたのだろうか」

 

 数は少ないとはいえ、デバイスというものを寛治は知っていた。そして、その中身―――プログラムも見たことはあるが、彼が見た物はどれもこれもミッドチルダの言語で書かれていた。

 

「闇の書はこの世界で作られたデバイス? 確かに魔法や魔術といった存在はあるが、デバイスはない、はず」

 

 そしてもう1つ気になるのが、プログラムの中にあった“夜天の魔導書”という言葉だ。

 闇の書という言葉は管理世界で調べればすぐに分かったが、夜天の魔導書という単語は中々見つからなかった。

 

「闇の書………そして、夜天の魔導書………」

 

 いつから在ったのか、何故ここに在ったのか、誰か持ち込んだのか。その一切が謎に包まれていた。

 

「ふむ。よく分からないものだから押し付けたのだが、まぁいいか」

「それよりも、あなた。煙草の匂いがするのだけど、気のせいかしら?」

 

 どこからともなく聞こえてきた声に、寛治の顔は凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょこまかと逃げるのは一級品ですわね」

 

 咲夜と2人の男は今もなお、激しい攻防戦を続けていた。

 

「ちっ!」

 

 舞台は相変わらず屋根の上だが、2人は咲夜に押されて影月家からはかなり離されていた。

 

 

――幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」

 

 

 無数のナイフが何かに引っ張られるように咲夜の周りに浮かぶ。

 

「GO」

 

 咲夜の合図に合わせて、ナイフが標的とした2人の男たちに飛び向かう。

 

「くっ!」

 

 2人は時には躱し、時には打ち落として移動する。これまでの攻防から止まっていればあっという間にやられるからだ。

 

 

――幻符「殺人ドール」

 

 

 周囲に散らばってたナイフが咲夜の声を合図にひとりでに浮き上がり、狙いを定めて飛び向かった。

 

「っ! 糸とかではない。この世界の魔法と考えた方がいいかもしれない」

「あぁ」

 

 2人の男は咲夜が糸などでナイフを操っていると思っていた。そして咲夜もまた相手がそう思い込むように無意味に手を動かしたりと大袈裟なアピールをしていたのだ。

 そのため咲夜の思惑通りに見極めようとして2人の男は観察と防御を中心に行っていた。

 

「そろそろ退いてくれませんか? お嬢様に紅茶を持っていかなければならないのですが」

「貴様が何もしなければ手早く終わるのだがな」

「はぁ」

 

 話は平行線である。

 

「さて、どうしましょうか。あまり長居はできませんし」

 

 傍から見れば上手い具合に拮抗しているように見えるが、それはお互いに手を抜いているからそう見えるのだ。

 咲夜もそうだが、2人の男たちも何か奥の手を隠していると思われる。

 

「少しばかり本気でお相手しましょうか」

「―――っ」

 

 元々咲夜は戦闘技術が高かった。というより、そういった職業に就いていた、というのが正しい。だがそれも彼女の主であるレミリアに会うまでのこと。

 レミリアに仕えてからは戦闘技術は錆び付き、代わりに時間を止めるという元からあった力と、新たに導入されたスペルカードという魅せる技を磨いていた。

 なので、本来ならば2人の男を相手にして手加減をする余裕などはなかった。

 だが、咲夜を変える出来事があった。

 

 それが“裕也が魔法と接触した”ことだ。

 

 パチュリーに教えを請うこともあると聞き、咲夜は錆び付いた戦闘技術を磨くようになった。

 何が彼女の琴線に触れたのかは分からない。仮とは言え、主の子供を守るために力を欲したのか。それとも、純粋に力を求める裕也の姿に過去の自分を思い出したのか。

 どちらにしろ、咲夜は己の力を再び高めることにしたのだ。

 

「例えるなら、二つ名を持つ吸血鬼を相手に勝てるくらいの力です。あなたたちは、どれほど耐えられますかね」

「もう勝ったつもりか?」

「本気を出せないのか出さないのか分かりませんが、そこが限界ならば瞬殺します」

 

 

――タイムパラドックス

 

 

 咲夜が2人に接近し、目前まで迫った時だ。

 

「「!?」」

 

 咲夜が2人に分かれて、2人の男たち両方にナイフによる斬撃を繰り広げたのだ。

 

「「よく防ぎます。では、もう少し加速します」」

 

 同じ声で同じ言葉が左右から紡がれ、ナイフの斬撃が加速する。

 

「ちっ! 一旦離れ―――」

「逃がしませんよ」

 

 男たちの背後に回り、ナイフを投擲。男たちは左右に分かれることで回避する。

 咲夜から放たれたナイフがもう1人の咲夜へと投擲されたが、それを軽く片手で受け取る。

 

「危ないわよ。私」

「ごめんなさいね。まさか避けられるとは思ってなかったわ。私」

 

 仕切り直しとばかりにナイフを構えて咲夜たちは男たちを囲む。

 

「―――父様から」

「―――分かったわ」

 

 しかし、相手は二言三言呟くと戦闘体勢を解いた。2人は咲夜を一瞥した後、夜の向こうへと消えていった。

 

「―――ふぅ。一体、何者かしらね?」

「さぁ? 私は帰るわね」

 

 もう1人の咲夜も消え、咲夜も戦闘体勢を解いた。咲夜たちを囲んでいた結界も消え、静かな夜の中に人の温もりが戻ってきつつあった。

 

「あ。新しい紅茶を思いついたわ。お嬢様もきっと喜んでくれるわね」

 

 散らばってたナイフも回収し終わり、帰宅する咲夜。屋根から屋根へと飛び、一直線に影月家へと戻った。

 その後、ネット上に“空駆けるメイド”の話が語られたが、信じる者は少なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様。お待たせしました」

 

 何事もなかったかのようにカオス部屋へと戻ってきた咲夜。銀のお盆を片手に敬愛する主―――“レミリア・スカーレット”の前に紅茶を置く。

 

「あら、遅かったじゃない」

「申し訳ありません。賊の相手に手間取りました」

「ふふ、外の世界も物騒ねぇ………で、咲夜」

「はい」

「これは、何かしら?」

 

 彼女が指したのは今手に持っている紅茶である。見た目的には普通の紅茶に見えるが、レミリアの勘が異常を告げていた。

 

「紅茶です」

「何の紅茶?」

「トマト………の紅茶でしょうか」

「ねぇ、その間は何? すごく不安になるんだけど!?」

 

 中々飲もうとしないレミリアに咲夜は突然語り出した。

 曰く、きっかけは裕也の言葉だった。

 

「裕也様が“マンガでは吸血鬼は血の代わりにトマトケチャップを代用して衝動を我慢してたけど、それは本当にできるのか?”と申しておりまして」

「衝動………吸血衝動のことかしら? それで?」

「トマトケチャップをそのまま渡されてもお嬢様も困ると思いましたので、紅茶にしてみました」

「うわぁ………」

 

 つまり、この目の前の紅茶はトマトケチャップの紅茶というのだ。

 

「大丈夫です、お嬢様。トマトの紅茶が世の中にはあります」

「何が大丈夫なのよ!? トマトとトマトケチャップは違うでしょ!?」

「元は同じです」

「元は、ね!」

 

 そして紅茶を置くレミリア。しかし、咲夜はそれを片付けようとはしなかった。

 

「え? これを飲めと言うの?」

「えぇ、お嬢様のことを思いまして作りましたので。是非とも今後の創作紅茶のためにも、と」

「お願いだから普通の紅茶にして! 普通のに!」

「とりあえず、どうぞ」

「くっ………! まぁこれだけなら………」

 

 恐る恐ると口に近づけ、少量だけ飲む。

 

「ぐっ!? けほっ! けほっ!?」

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「けほっ! えぇ………なんとかね。でも、もうこの紅茶はいらないわ」

「衝動は消えました?」

「元々スカーレット家はそこまで吸血衝動は高くないのよ!」

 

 吸血鬼にも家名があるように数多に分かれていて、その特徴は細かい点が違ってたりする。

 例えば、吸血衝動が高い一族がいれば、スカーレット家のように低い一族もいる。流水を苦手とする一族がいれば、流水が効かない一族もいる。中には、吸血鬼の敵である太陽を克服した吸血鬼もいたりするのだ。

 その点で考えれば、スカーレット家は吸血鬼らしくない吸血鬼である。吸血衝動は小さく、直射日光さえ防げば日中も活動は可能。流水も痛みが走る程度でダメージにはならない上に、十字架やにんにくなどは効果なし、である。

 

「だから、この紅茶だけで分かるほど吸血衝動が下がったかなんて分からないわよ」

「そうなのですか」

「というか、そもそも! 血の代わりにトマトケチャップでなんて無理に決まってるでしょ!?」

「そうなのですか」

「そうよ!」

 

 実験もとい、新しい紅茶はお気に召さなかったようで咲夜はトマトケチャップの紅茶を引き下げた。

 

「では、お口直しにこちらをどうぞ」

 

 そして別の紅茶をレミリアの前に置いた。

 

「……………………咲夜」

「はい」

「1つ聞きたいのだけど、良いかしら?」

「なんなりと」

「なんでこの紅茶………光ってるのかしら? それも七色に」

「それは私にも分かりません。元々七色に光っているジャムを使いましたから」

 

 口直しにと渡された次の紅茶はなんと七色に光っていた。先ほどのトマトケチャップの紅茶が霞んで見えるかのような異常過ぎる紅茶である。

 

「ところで七色に光ってますが、これも“紅”茶でよろしいのでしょうか?」

 

 色が緑だから緑茶。紅いから紅茶。ならば、七色のこれはなんと言えばいいのだろうか。

 

「知らないわよ! とにかく、これはダメ! これは絶対にダメよ!」

「何でも主婦が趣味で作ったジャムだそうで。処分に………ではなく、ぜひとも使って欲しいと無料で貰いました」

「これ人間が作ったの!? この禍々しい紅茶………というか、ジャムを!? てか処分とか言わなかった!?」

「言ってません」

「う………神々しく輝く紅茶なんて、早々お目にかかれないわよ」

 

 人間が、それも主婦が作ったのならば使用された食材は普通の物だろう。一体、どうすればこんなものが作れるのだろうか。

 

「実はその主婦、錬金術師だったりしない?」

「普通の主婦だそうです。それに、似たようなことなら澪様も可能ですよ」

 

 以前、裕也の母親である澪が作った蠢くコロッケやしゃべる焼き蕎麦などのことを告げた。興味に負けて裕也が止めるのも聞かずに作らせてしまったことを今でも反省している。ただ、見た目が異常なだけで実際味は問題ないのだから、よく分からない。

 

「にんげんこわいにんげんこわいにんげんこわい」

「ささ、どうぞ」

「咲夜! あんたは私を殺す気!?」

「大丈夫です。裕也様は死にませんでした」

「え゛?」

「裕也様に飲ませましたところ、気を失っただけでしたので。お嬢様ならば大丈夫でしょう」

 

 

 

 

 少し時間を遡る。それははやての歓迎会のことだった。

 

「ちょっ!? 咲夜さん!? 何そのレインボーな飲み物は!?」

「ちょっと作ってみました。誰か飲んでみてください」

 

 終盤に咲夜が持っていたのは七色に光る紅茶だった。残念ながら一杯分しかなかったので、飲めるのは1人だけである。しかし、当たり前だが誰も自分から飲もうとはしない。

 そんな怪しすぎる紅茶を飲みたくないのだ。

 

「……………」

「……………」

 

 だが、誰かに飲ませるまでこのメイドは退くことはないだろう。

 

「ここは裕也に飲んでもらおうか」

「そやね。ここは裕也くんに飲んでもらおうか」

「ちょ! お前ら俺を生贄にするつもりか!?」

 

 裕也は立ち上がって咲夜から距離を取る。テーブルを挟んで諏訪子が対面する。

 

「その通り! 私たちはまだ死にたくないの!」

「俺だって死にたくないわ!」

 

 諏訪子が右に移動すれば、裕也も右に。テーブルを挟んで2人は一進一退の攻防を続けていた。

 

「あ! 咲夜さんが裕也くんに!?」

「何っ!?」

 

 はやての言葉に慌てて周囲を確認する裕也。だが、近くに咲夜の姿はない。

 

「おりゃあ!」

「しまっ! ぐふっ!?」

 

 テーブルを飛び越えて裕也に諏訪子が飛びついて腰にしがみつき、裕也は尻餅をついた。慌てて諏訪子を引き剥がそうとするが、それよりも早くに今度こそ咲夜が動いた。

 

「では、後ろから失礼します」

「ぐむっ!?」

 

 動きの止まったところに後ろから羽交い絞めにして拘束。片手で頭を固定し、口に紅茶を持っていく。だが、裕也としても命が失われるかどうかの瀬戸際。口を閉じて絶対に飲まないと覚悟を決める。

 そこにはやてが遅れて参戦して鼻を塞がれてしまえば、

 

「ぷはっ! がぼあっ!?」

 

 呼吸するために開かれた口に七色の紅茶が流し込まれ、

 

「げぶはっ!?」

 

 裕也は倒れた。

 

「うわ、裕也くん。痙攣してるで?」

「ケラケラケラケラケラ!」

 

 

 

 

「というわけです。どうですか?」

「何が“どうですか?”よ! 全然大丈夫な要素がないじゃない!」

「人間である裕也様が気絶で済みました。お嬢様ならば普通に飲めるのではないかと思いまして」

「無理よ! 絶対に無理! これはもう吸血鬼とか人間とかそんなの関係なく無理よ!」

「飲まず嫌いでは大きくなれませんよ?」

「そんなん飲むくらいなら小さいままでいいわよ!」

 

 頑固としてレミリアは拒否した。短い付き合いではないので、これならば押せば飲んでくるやこれはどうあっても飲んでくれない、などが咲夜には分かった。そして、今は後者の状態である。

 

「では仕方ありませんね。パチュリー様」

「えぇ、分かったわ」

「パチェ!?」

 

 そこに割り込んで現れたのはレミリアの親友である“パチュリー・ノーレッジ”だった。

 

「マジックバインド」

「い゛っ!?」

 

 レミリアの四肢に紫のリングが浮かんだ。どうゆう原理か、レミリアはそれだけで動きを封じられてしまった。

 

「な、なにこれ!?」

「バインドという相手の動きを封じる魔法らしいわ。裕也たちの話を聞いて私なりに再現してみたの」

 

 以前、裕也はパチュリーにバインドをスペルカードで再現できないか、と相談していた。既存のバインドを使えないが故に、相手の動きを封じる系の魔法が欲しかったのだ。

 

「ごめんなさいね、レミィ。私も死にたくはないの」

「貴様もかぁーーー!!」

 

 目を逸らしながらパチュリーが呟く。裕也に対しての諏訪子と同じように、我が身可愛さにレミリアを売ったのだろう。

 

「こんのっ! 吸血鬼をな・め・る・ん・じゃ・なーーーい!!」

 

 パチュリーのバインドはまだ制作途中だからか、レミリアが力を放出したらそれだけで皹が入った。

 

「レミィ相手だからか、あまり長続きはしなさそうね。改良はまだまだ必要だわ」

「では今のうちに………」

 

 咲夜は紅茶を手に持つと、レミリアの背後に回った。

 

「ちょっ! 咲夜! 止めなさい!」

「お嬢様。お覚悟を」

「なんで紅茶を飲むのに覚悟が必要なのよ! 私はあんたの主でしょ!? 言うことを聞きなさいよ!」

 

 だがそれでも咲夜は止まらずに、七色の紅茶はレミリアの口元へと移動―――少しずつと傾けられ、

 

「パチェーーーーー!! 今すぐこれを解けーーーーーーー!」

「レミィ。あんたと過ごした日々、楽しかったわ」

「なんで今生の別れみたいになってるのよぉ!!」

「てい」

「ぐむっ! がぶはっ!?」

 

 一瞬の隙をついて流し込まれた七色の紅茶。裕也の時と同じく、レミリアは紅茶を吐き出しながら倒れてしまった。

 どうやら人間より強力な体を持つ吸血鬼であっても、七色の紅茶には敵わなかったようである。

 

「………痙攣してるわね」

「裕也様と同じ症状ですね」

「じゃあ、このまま棺桶にしまっておこうかしら」

「お願いします」

 

 咲夜は食器を片付け、パチュリーは魔法でレミリアを浮かして運んでいった。

 

「まだ残ってるのですが………どうしましょう?」

 

 咲夜の質問に答える者はいなかった。

 

 


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