不器用な彼の物語   作:ふぁっと

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第08話 鮮血に舞え、花の「女王」

 

 

 

嗤い

 

狂い

 

踊る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諏訪子とユニゾンし、変身魔法を使ってから町の上空を飛ぶ。夜ではなくまだ夕方で、太陽は顔を出している。買い物に向かう主婦や早いところでは仕事帰りの人たちが道路をまだ歩いている時間だ。

 飛び上がる瞬間も念入りに周囲を確認してから猛ダッシュで飛び上がった。だが、高すぎると今度は人工衛星から見られる可能性がある。いや、さすがにそれはないか?

 

(ありえない、とは言い切れない)

 

 豆粒のような一つの点を拡大してみたら、空飛ぶ人間でした、なんてことも起こりえるかもしれない程に科学は進歩してきたのだ。注意して損はない。

 

『諏訪子。場所は?』

『もうちょい先。そろそろ下降始めてもいいかも』

 

 幸いに今日は雲が多い日だ。雲の中を飛びながら、目的地へと向かう。近い場所なら走ってむかうのだが、中々に距離がある場所だったのでこうゆう手法を取ったが、

 

(降りる場合は難しいなぁ………上昇するよりも)

 

 早めに認識阻害の魔法を覚えようと決意した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

『ここだね! 真下から反応あり!』

『ここか………今回は結界展開できてラッキーだな』

 

 ウーノさんから渡された使い捨ての簡易結界を雲の中から周囲に展開しつつ、地上へと降りる。

 降りた先は、赤や黄などの色とりどりの花が舞う一面の花畑だった。

 

『こんな場所に、こんな花畑なんてあったっけ?』

 

 離れているとはいえ、同じ市内に鮮やかな花々があったら噂くらいにはなるものだろう。しかし、そのような話は聞いたことがない。

 

『ん~………』

『どうした?諏訪子』

『いやぁ、この花から魔力を感じるんだよね。たぶん、これ魔法か何かで咲かした花だと思うよ?』

 

 よく見れば、秋に咲く花も春に咲く花も季節に関係なく咲いている。鮮やかな綺麗さにばかり目が奪われていたが、言われてみればおかしい。

 

『ジュエルシードは歪んで願いを叶える石だという。ということは、これも誰かの願いなのか?』

『じゃないかなぁ………ん?』

『どした?』

 

 

――ジャリッ

 

 

『うん。私の知ってる妖怪に、似たようなことができる奴がいるんだよね~。ずっと昔に一回会っただけだから、あんま分からないけど』

『ほぅ。妖怪とな。まぁ神様もいることだし、妖怪もいても不思議ではないが………そいつって緑の髪だったりする?』

『するね~』

『赤いスカートと白いシャツに赤いブラウスとか?』

『SかMかで言えば、ドドSだね。もう、全身から溢れんばかりのオーラでそれを語ってるよ』

 

――ジャリッ

 

『あんな感じ?』

『そうそう』

 

 女性が1人―――

 日傘を差して歩いてきたのは緑の髪の女性。赤いスカートに赤いブラウス。吸血鬼のような獰猛な紅い瞳。一見すれば、惚れそうになる眩しい笑みだが、その裏に隠れている狂気が溢れんばかりに漏れていた。

 

「………あー、この花はお宅が咲かせたもの?」

「………………」

『あなたの知り合いは無口な人? もしくはしゃべれない人?」

『そんなことはなかったけど』

 

 現れた女性は―――“風見幽香”と呼ばれる女性だった。俺がいた世界では、諏訪子と共に幻想郷に住まうはずの女性だ。

 

(諏訪子がここにいたんだ。幽香がいてもおかしくはない、が………)

 

 俺の記憶でも風見幽香という存在がいつ幻想郷に入ったのか、また最初から幻想郷に存在していたのかは不明だ。だから、彼女がここにいてもおかしくはない。

 

『裕也。たぶん、そいつ本物じゃない』

 

 止まりかけた思考が諏訪子の言葉で再び動き始める。

 

(しっかりしろ、俺。思考を止めるな。死ぬぞ)

 

 心の中で感謝し、諏訪子に尋ねる。

 

『―――偽者、と?』

『うん。たぶんね。【本物】はもっと凄いよ?』

 

 諏訪子曰く、【本物】はもっと強い威圧感があったとのこと。確かに、目の前の“幽香”からはそういった感じの恐ろしさは感じない。

 なによりも、よく観察すれば違和感があった。幽香の体から靄のようなモノが出てその近くが薄れてたりする。つまるところ、実体を持つ存在ではなく、幻影もしくは思念体などの形無き存在が実体を持った可能性が高い。

 

『本物じゃないとはいえ………』

 

 初回の戦闘がまさか自称最強のこのお方とは………偽とはいえ、少々厳しいものがある。

 

『勝てそう?』

『目の前のあいつがどこまで【本物】になってるか、によるね。【本物】に近い場合、今の私たちなら死ねる』

『なるほd』

 

 こちらの会話が終わる前に、幽香は傘を閉じて攻撃してきた。

 

―――速いっ!

 

 が、避けられないスピードではない。

 諏訪子のサポートも合って、正面からの突然の攻撃はなんとか避けることができた。一度大きく跳躍して距離を取る。

 

「結界は問題ないよな!? こっちも反撃にでるぞ!」

『初めての戦闘だね! よ~し、やるぞー!』

 

 相方が諏訪子で、戦闘開始。ならば―――

 

「まずはこれだろう!」

 

 諏訪子とスカさんが作った諏訪子というデバイスの戦闘システム―――【スペルカードシステム】、略して【スペカ】を使う。

 単純に言ってしまえば、取り出したカードを宣言することで効果を発揮するという代物だ。これは諏訪子が本来持つ神の力を具現化・縮小化したものだ。普通のデバイスと違って、様々な効果が発揮できるのが強みだろうか。代わりに、宣言から発動までに若干のタイムラグがあるのは問題点。

 

――カシュッ

 

 引き出したカードを手に取り、宣言する。

 

 

――開宴「二拝二拍一拝」

 

 

 幽香の両脇から巨大な岩の手が出てきて、幽香を挟み潰す。しかし、咄嗟に傘を捨てて両手を突き出した幽香に止められてしまった。かなり勢いがあり、大きさも相まって大人でも潰れそうなのだが、

 

「あの細腕のどこにあんな力があるんだ?」

 

 見た目は普通の女性なのに、やはり妖怪―――いや、思念体か? どちらでもいいや!

 

『んー、あの妖怪に教えられたスペルカードルールとは違うっぽいけど、これはこれで。まぁいいんじゃない?』

「飛翔と身体強化と変装しか使えないからな! 諏訪子が持ってた力の方を使わせてもらうぞ!」

 

 できれば、どのカードがどういった効果を生み出すのかというのを知ってから戦いに挑みたかった。欲を言えば、リリカル的な魔法をもう少し覚えてから。

 無理だとは思うが、俺も砲撃とか撃ってみたい。無理だとは思うが。

 

『さぁ! 神遊びと洒落こもうか!』

「そんな余裕ねぇぇぇぇえええええ!!」

 

 ただでさえ相手が幽香でプレッシャーがパナいのに!

 っと、次のカードを選択しないと!

 

 

――古代翡翠

 

 

「飛べ!」

 

 カードを持った手にカードとは違うモノを握っている感触がある。振り回せば、手から翡翠の勾玉が飛んでいった。

 

「おぉ、すげぇ」

 

 ダメージ効果はあまりなかったが、不意をつかれた幽香を後退させることはできた。

 

『気持ちいいね! 偽者とはいえ、幽香が私から逃げるなんて! あっはっは!』

 

 相方は過去に思うことがあったのか、目の前の幽香の姿にご満悦である。

 

(さて、どうしようか)

 

 後退はしてくれたが、退いてくれた訳ではない。体の輪郭を時折歪めながらも、幽香は笑みを崩さずに執拗に攻撃を繰り返す。身体強化と単調な攻撃なおかげで、今のところ致命傷は無い。

 

「とはいえ、こちとら戦闘素人。単調な攻撃にもカスってきた。いや、グレイズか?」

『まだまだ余裕そうだねぇ』

「そう見えるなら、お前は眼科に行くことをオススメする。もしくは脳外科に」

『スカリエッティみたいな変態がいそうだから拒否する』

 

―――ズルッ

 

 花を踏んづけてしまい、体が大きく傾く。普通の運動靴というのもあるだろうが、このタイミングでこれはないだろうに!

 

「―――ッ!!」

 

 幽香の目の色が変わる。心の奥底から震え上がるような冷気が体を包む。それが―――殺気だというのに気付くのに時間はかからなかった。

 

(―――ヤバイッ!)

 

 体を捻り、足に力を篭めて―――なるべく後ろへと下がろうとする。それでも攻撃を避けることは出来ないだろうが。

 

 

―――怒牙(どが)ッ!

 

 

「―――ガッ!?」

 

 サッカーボールよろしく、思いっきり蹴り上げられる。そして、続く第二撃目―――

 

『裕也っ!』

「させっか!」

 

 

――土着神「洩矢神」

 

 

 接近してきたところに、次のスペカをぶつける。全身から赤いオーラを出し、幽香を吹き飛ばすことに成功した。今のうちに起き上がり、距離を取る。

 

「はぁっ、はぁっ」

『裕也! 平気!? お腹に穴開いてない!?』

『大丈夫、だ。腹も穴開いてない、が、疲れてきた』

 

 のっそりと圧し掛かってくるような疲労感が襲ってくる。体がダルくて仕方が無い。

 

『もしかして魔力切れが近いのかな?』

『あー、そうか』

 

 後先考えずにバカスカと魔力を使っていたのが原因か。そういえば、スカさんも魔力の燃費がすこぶる悪いとか言ってたな。

 

『どんな感じ?』

『軽い疲労感。まだ戦えるが、長期戦は厳しいな』

 

 魔力的な意味ではまだ大丈夫だろう。精神的な意味では限界が近い。果たして、魔力が尽きるのが先か、精神が狂うのが先か。

 

「早々――」

 

 休ませてはくれないか!

 

 一瞬の隙を衝かれて、幽香が接近する。なんの変哲もない細腕が振り上げられる。ただの女性なら受け止めるという選択肢もあるが、目の前の女性―――幽香はその細腕で地面や壁を抉ってきたのだ。先ほども俺の体などボールのように簡単に蹴り上げて見せた。

 受け止めるべきではない。

 

『右っ!』

 

 諏訪子の声に咄嗟に右に転がり避ける。

 魔力もそうだが、体力も無限ではない。疲労は蓄積され、どうやら反射神経も鈍ってきたとみえる。今の単純な攻撃も避けれなくなってきた。

 

『裕也! 武器を! 鉄の輪を出して!』

「――ッ!」

 

――神具「洩矢の

 

 続けて2枚目のスペカを―――と、ここで不意に違和感を感じた。数瞬の違和感は痛みとなり腕を通って脳へと至った。

 まるでこのスペカを今使うのを拒否するように―――

 

「―――っ!」

 

 が、しかし―――

 

(チャンスは捨てん!)

 

 

――神具「洩矢の鉄の輪」

 

 

 無理やり腕を動かして、振り上げる。いつの間にか、振り上げた右手には太陽に輝く輪が握られていた。

 それはかつての大戦で振られた神の武器。

 

『投げつけて!』

「おりゃあああああああああっ!!」

 

 手が動かない。ならば腕で。腕が動かない。ならば肩で。半身で。全身で思いっきり投げた。鉄の輪はまっすぐに幽香へと飛び、その体を三つに分けた。

 

「一つ、外した、か」

 

 投げた輪は三つ。きちんと投げれた、とは思わないが、意外にも鉄の輪はきっちりと目標へと到達した。まぁ、そのうち一つは弾かれて外してしまったが。

 

 

「―――はぁ」

 

 

 ここで初めて幽香が―――理解できる言葉を口にした。

 

「偽りの体で弱体化してるとはいえ、まさか人間に―――それも子供に負けるとはね」

「な―――え?」

 

 分断された体はいつの間にか元通りの位置に戻り、くっついて1つになっていた。が、色味は少しずつとなくなり、体は薄れていった。空気の中に溶けるように、静かにゆっくりと霧散していく。

 

「あなた、名前は?」

「裕也―――影月、裕也」

「そ。覚えておくわ。次に会う時は覚悟しておきなさい」

 

 最後に、見慣れた殺気溢れる笑みではなく、本当に綺麗な笑みを残して、消えた。残された言葉は反対に物騒なものであったが。

 幽香の姿が完全に消えた後、思い出したかのように蒼い石がポトリッと落ちた。それに伴い、周りの花も姿を薄くし、消えていく。やはり、ここの花畑は幽香が作ったもので、幽香が消えた以上存在できなくなったのだろう。

 

「つっ!」

『裕也?』

 

 腕の痛みは少しずつと薄れてきている。折れた訳でもなく、感覚もきちんとある。握って開いてを繰り返し、問題ないことを再確認する。

 

『どうしたの?』

「いや、さっき………」

 

 諏訪子に先ほどの違和感を伝えた。諏訪子自身には特に感じなかったそうで、痛みはどうやら俺のみが味わったようである。

 既に痛みはなく、もう一度確認してみるが、違和感はもうない。念のためにスペカを適当に使ってみるが、こちらも問題ない。

 

「まぁいいや。後でスカさんに聞いておくか」

『あ~う~』

「気持ちは分かるが、それ以外に解決策がないしな。まぁ安心しろよ。変なことはさせないから」

『その言葉、信じるよ?』

「おぅ」

 

 蒼い石―――ジュエルシードを拾い、封印しようと思ったが………。

 

『封印ってどうやるの?』

「え?」

『え?』

 

 そういえば封印なんて機能、諏訪子にはついていなかったことを改めて思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、手に入れたよ。ジュエルシード。持ってるの怖いから、早くきてくれ」

『君は仕事が早いねぇ。ついさっき頼んだばかりじゃないか』

「俺だってしたくてした訳じゃないし」

 

 最近ちょっと良いことが連続して起こってたから、帳尻合わせでも起こったのかね。あぁ、ついでに先ほどの痛みだがスカさんに聞いてみた。

 

『戦闘に関しては、その“痛み”以外は特に問題はなかったかい?』

「強いて言うなら、スペカシステムのタイムラグ」

『そればっかりは仕方がないね。今後の調整で潰していくしかあるまい』

 

 このスペカシステム。地球にいる時にみたテレビでやっていた番組「仮面○イダー」が元ネタだという。

 なんでも、主人公の○イダーがコインをとっかえひっかえして戦っている姿から持ってきたという。

 

(そういえば、そんな○イダーもいたなぁ………)

 

 当初は諏訪子がベルトに変身して、それを魔導師が付けて決めポーズと共に決め台詞を言うことでユニゾンできる仕様を考えたが、色々面倒な上に不効率だったために諦めたとか。

 その後、「仮面○イダー」の後に始まった番組「ドラゴン○―ル」で、主人公たちが必殺技を叫びながら撃っていたとこから持ってきて、今の声紋認証システムを導入した。

 この時点でカードのある意味が失われているのだが、今後にもしかしたら使うかもしれないということで形だけだが残してあるのだという。

 技データとかは諏訪子自身が己の身に入っているので、そこから引っ張ってくればあとは魔導師に伝えるだけで済むらしい。マジでカードである意味が必要がない。

 

『諏訪子くんに関しては、私もまだ知らない未知の部分もある』

 

 つまり、ブラックボックス的なものが多く、スカさんとて全てを知ってる訳ではない。何らかかのセーフ機能的なものが働いたのか、単なるバグか。

 

『もしくは、魔力の使いすぎ、か』

「ふむ?」

『一度に使える量をオーバーしたのではないかね?』

「そんなのありえるの?」

『ありえない、なんてことはありえない。君の言葉ではなかったかな?』

「むぅ」

 

 そういえばそんなことも言ったな。俺。よく覚えているものだ。

 

『もう少しデータが集まれば、なんとかなると思うよ』

「なるほど」

 

 スカさんは最後に「君はまだ魔導師になったばかりだしね」と締めくくった。その言葉で、あぁそういえばと思い出す。濃い一日を送っている所為か、とても長く感じた。

 

『ジュエルシードに関しては後でウーノを遣そう。彼女に渡してくれ。数日あればジュエルシードを何らかの形で利用できるようにしよう、その時にまた連絡するよ』

「分かった」

 

 スカさんとの連絡を終え、ふぅと息をつく。気づけば日は沈み、辺りには街灯もなく世界を暗く落とす。

 時計は見なくても門限は過ぎていることは既に分かっている。2日連続で咲夜さんのお説教とか胸が熱くなるな。

 そういえば昨日「痛みで教えなければ分かりませんか……」とか呟いていた気がする。ナイフはマジ勘弁です。

 死にたくない死にたくない死にたくない。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「初めての戦闘はどうだった?」

 

 ユニゾンを解き、目の前に浮かぶ諏訪子に問われる。訪れる未来のことは忘れて、過去のことを振り返る。

 

「どうだった、か。怖かった」

 

 プレッシャーというか殺意というか、恐怖を感じたのは事実だ。明確な殺意というのを初めて味わった。前世と合わせてもまだ30ちょいしか生きてきてない。

 

「不謹慎かもしれないが、楽しかったとも言える」

 

 不思議な高揚感があった。次に感じたのはそれだ。相手の攻撃を避けた時、こちらの攻撃が当たった時、刻一刻と変化する戦場というものを感じたとき、胸が高鳴ったのを覚えている。ゲームでコンボが決まった時に感じる高揚感以上に感じた。そして、それが怖いとも思った。

 

「悲しいと思った」

 

 何に悲しいと思ったのかは自分でも分からない。ただ、最後の彼女の姿を見てそう思った。その思いが溢れた。

 独善か、偽善か、ただのエゴか。俺は彼女のことをよく知らない。こういった思いを抱くことさえ失礼なのかもしれないが。

 

「―――それくらいかなぁ」

 

 あともう一つあるとすれば、後悔だろうか。幽香の思念体を切り裂いた時、あれがもし本物だとしたら―――と。

 諏訪子にももちろん非殺傷設定というのはついている。これは、物理的なダメージを無くし、純粋な魔力攻撃のみを通すようにする設定だ。なのはの砲撃などが良い例だろう。あれだけ派手にかましたとしても、相手へ伝わるダメージは魔力ダメージのみ。肉体的な負傷は少ない。

 ただし、俺の場合は少し変わってくる。

 使うのが鉄の輪や翡翠の勾玉など、実体を持つ存在を使っての攻撃だ。ダメージを無くすのではなく、軽減させることが精一杯だ。

 故に―――

 

(後悔じゃない―――これは、恐怖か)

 

 恐怖を抱いた。

 

(―――やめよう)

 

 魔導師になったんだと浮かれていた心に、まるで冷たい水をぶっかけられたかのように冷えていた。

 

(だけど、おかげで覚悟は決まった)

 

 誰かに向けて攻撃した、というのは初めてではない。多少なりとも喧嘩などは経験してきた。それがおままごとのように思えるほどに、戦場というのは、戦闘というのは、生残だった。

 だからこそ、“戦う”ということを、“攻撃する”ということを改めて覚悟した。

 

「裕也」

「ん?」

「ある程度は、割り切って考えないと………自分の背負ってるものに押し潰されちゃうよ?」

「…………そうだな」

 

 程なくしてウーノさんが登場。拾ったジュエルシードを渡して、俺たちは帰路についた。時間も時間で夜ということもあり、俺たちは再びユニゾンして飛んで帰った。

 玄関を開けた先には咲夜さんが笑顔で待っていた。威圧感が強すぎて足が動かない。しかし、幽香という強敵と戦った今の俺には咲夜さんの威圧感などあばばばばばひぎぃ。

 ごめんなさいもうしません。

 

「はぁ、裕也様。その言葉、何度言いましたか覚えていますか?」

「ふむ。あなたは今までに食べたパンの枚数を―――」

「―――裕也様。今後のことについて、少々“お話”しましょうか?」

「ごめんなさい。それと、お話にナイフは必要ないと思います」

 

 そんなペロリッとナイフを官能的に舐められても許可は下ろせない。だって、痛い思いするのに変わりはないじゃん。

 

「大丈夫です。優しくしますから」

「あれ? 言葉が通じてない?」

「えぇ、ではいきましょうか」

「いや~~~~~!!」

 

 何故か“お話”は俺一人だけ。咲夜さんの部屋でナイフと舞うダンスパーティはタノシカッタデス。すいませんごめんなさいもうしません。

 

「本日二度目ですね。その言葉を聞きますのは」

「それでも手を抜かない咲夜さんに惚れそうです」

「ありがとうございます」

「おぅふ」

 

 

 

 

 

 後になって思い出したのだが、あそこにいた幽香は思念体である可能性が高い。実体を持つ存在ならば、体が薄れたりブレたりなどはしない。

 ここで少し“思念体”という存在について考えてみる。

 思念体というのは、思念が固まり形となったもの。この存在は、周囲にある思念を吸収し、複合した結果ではないのだろうか。

 例えに最初のジュエルシード暴走で発生した思念体もとい、ベアードさまを挙げてみる。

 あれは、形というのがほぼなかった。辛うじて目というものがあったくらいで、体の輪郭は陽炎のようにブレて揺れていた。様々な思念が織り交ざった結果、体を保つことが困難だったのではないだろうか。

 共通する部分はあるが、違う部分もある。何故、あの時は“風見幽香”という形を保つことが出来たのか。

 後日、改めて向かったところ、人の気配などしないただの広場だった。思念というのは、生物がいて初めて発生する。人はおろか、生物の息吹すら感じない寂しい広場では難しいだろう。

 

 もしもの話だ。

 

 もし、この場所に1人でいて、“風見幽香”を思念したとしたら―――

 

「―――と、思ったけど」

 

 特におかしなところはない。まぁあれから時間が経ってる。仮に誰かいたとしても立ち去っているだろう。ゲームみたく、フラグが立ってないから動いていない、などは無い。

 “何も無かった”というのが分かったところで、このことは日々の忙しさに忘れていくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

「ただいま戻りました」

「おかえり、ウーノ。それがジュエルシードかい?」

「はい、そのようです」

 

 彼女の手には蒼く輝く石―――ジュエルシードが握られていた。既に封印済みで、危険性は無い。それでも細心の注意を払って彼女はスカリエッティに手渡した。

 

「それと、ドクターの言う通りに死体が一つありました」

「ほほぅ、やはりか。彼の口からそういった言葉がなかったから、もしかしたら違う原因かと思ったが………それで?」

「はい、原型をギリギリ留めていた程度でしたので、そのまま片付けてきました」

 

 一応サンプルはありますが、と小さな筒状のものを取り出す。

 

「あぁ、別に興味はないから必要ない」

「では処分いたします」

「そうしてくれ」

 

 スカリエッティの視線は既にジュエルシードに注がれ、ウーノが取り出した筒には目もくれなかった。

 まるで新しい玩具を手に入れた子供のように、今のスカリエッティはジュエルシードに夢中だった。

 

「あぁそうだ。ウーノ、ミッドチルダから連絡がきてたと思うからまとめておいてくれ」

「畏まりました」

 

 今この場にいるのはウーノとスカリエッティの二人だけだ。まだ同胞というか仲間はいるが、別次元の世界―――ミッドチルダにいる。

 予定では既にミッドチルダに戻っているのだが、途中で出会った神という存在。そして、裕也という少年。この二つがスカリエッティをこの場にまだ留めていた。

 

「ふむ―――」

「どうしました? ドクター」

「ウーノ。私は決めた」

「はい」

「地球に―――第97管理外世界に行こうと思う」

「―――はい?」

 

 常々、何を考えているのか分からないスカリエッティのことだが、今回は更に突拍子もないことを言った。

 と、後にウーノは語った。

 

Side Out

 

 


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