前回とは違ってほぼ現在視点オンリーでございます。
「……ズナ、ナズナ、大丈夫ですか?」
誰かに肩を揺すられ、ナズナははっと我に返った。
「なんだ、ソウジか~。びっくりさせんなよ」
肩に置かれた手の先を追うと、暖かなその手の持ち主はソウジロウだった。もっとも元々暖かく感じていたのか、ソウジロウだと分かったから暖かく感じたのか、今となってはどちらか判断することは出来ないが。
「いや、それはこっちのセリフでしょ。みんなで話してたのにいきなりぼーっと、何の反応も見せなくなるんだもの」
怒ったようなイサミの物言いに、ナズナは苦笑を浮かべる。
「あ~、悪い悪い。ちょっと昔のことを思い出してたもんでね」
〈西風の旅団〉を結成したばかりのあの頃。祭りは準備期間が一番楽しいというが、もしかすると、自分たちもあの頃が一番楽しかったのではないだろうか。もっともそれは、今が楽しくないという意味には決してならないが。
「昔のこと?」
オウム返しの様に返ってきたイサミの質問を聞いたナズナは、誰にも気付かれない程度に一瞬思案した後に答える。
「いや、ホントに大したことじゃないから気にしなくっていいってば。二日酔いがまだ残っててぼーっとしてたトコもあるし」
まさかこの侍少女の前で言えるわけがない。〈西風の旅団〉の元サブギルドマスターである腐った目の少年、八幡のことを思い出していた……などと。
先程の戦闘だけでも、イサミという少女にはかなりの負担だったはずだ。そんな生真面目で優しい少女に"あの出来事"を思い出させるなど、現在の状況を加味した上ではとても出来たものではない。
「まあなんともないなら良かったです。突然こんな世界に飛ばされて来ちゃったわけですから、体に何らかの異常が起きても不思議じゃありませんからね」
安心した様子のソウジロウが浮かべる微笑みに、ナズナとイサミの二人は心を射抜かれる。
(異世界ヤバい、異世界超ヤバい。何がヤバいってソウジロウが実体化してるのがまずヤバいし、それ以上にソウジロウが天使すぎてマジでヤバい)
……腐った目の副長のDNAは、あのナズナにでさえ受け継がれていたらしい。比企谷菌の前では
「あ~、で、何の話だったっけ?」
もっとも、そんな感情を表に出さない点は流石ではあるが。
「もう!さっきも言ったのに。だから、森の中でクラスティさんに言われたことについて考えようって話してたんでしょ!!」
むくれた様子で答えるイサミの姿にナズナは、ソウジロウに対するのとは違うベクトルの愛おしさが湧き上がるのを感じる。
この少女は生真面目で、いい加減なことを嫌う傾向にある。そういう意味では、本来ナズナとの愛称は最悪であるはずなのだが、不思議と今まで大きな喧嘩に発展したことはない。これがイサミの優しさ故なのか、ナズナの鷹揚さに起因するのかは不明だが。
「おおー、そうだったそうだった。あのインテリ眼鏡の話だったね」
カワラからのSOSに応じて救援に
カワラと彼女が守る初心者二人を救出した直後のナズナたちの前に現れたのは、"狂戦士"クラスティと彼が率いるギルド、アキバ最大の戦闘系ギルドである〈D.D.D〉のメンバーたちであった。
彼らが〈西風の旅団〉の前に現れた理由は二つ。
まず一つ目は、〈D.D.D〉のメンバーの現実世界での友人である初心者プレイヤー救出すること。これはソウジロウやイサミ、カワラの奮戦により、心配された事態には至らずに解決した。
そしてもう一点。
「
ソウジロウやナズナたちに、警告と忠告を与えるため。
ソウジロウたち〈西風の旅団〉と、クラスティの〈D.D.D〉。
それにはギルドマスターであるソウジロウのキャラクター性というのも大いに影響しているが、一番大きいのは〈レギオンレイド〉を一緒に戦ったことがあるという点だろう。〈レギオンレイド〉というのは、フルレイド4パーティーが集まった戦闘単位・
本来アキバ最大の戦闘系ギルドである〈D.D.D〉は、単独でも〈レギオンレイド〉を踏破することが可能だ。それどころか複数の〈軍団〉による師団すら存在している。
が、その時の〈レギオンレイド〉の〈軍団〉は、〈西風の旅団〉から24人、〈D.D.D〉から24人、〈黒剣騎士団〉から24人、〈ホネスティ〉から24人という、いわば〈アキバの街〉のオールスターにより構成されていた。
そして特殊な事情により結成されたその96人の〈軍団〉は、一人の"英雄"を生み出して活動を終えた。
アキバを代表する4つの戦闘系ギルドは、戦場の絆による繋がりを今でも保っているのだ。
「ソウジロウくん。君も一つのギルドを預かるギルドマスターだ。現実になったこの世界で、君はどのように仲間を導いていく?」
ソウジロウに忠告を与えるクラスティの姿は、ナズナの目から見ても真剣であり
「……なにか『事』が起こってから後悔する前に、"彼"を呼び戻しておいた方がいい。こんな世界でも、いや、むしろこんな世界だからこそ"彼"の力が必要になる時が来るだろう」
ソウジロウに耳打ちをして去っていくクラスティ。偶然にナズナの耳にも届いたその言葉は、ソウジロウの顔を悲しげに歪めさせ、そしてそれを見つめるナズナの表情にも幾許かの影響を与えていった。
ナズナたちは、〈アキバの街〉へと戻ってギルドホールへ向かう道すがら、この世界のこと、先程の戦闘について、そしてクラスティからもたらされた忠告について話し合っていた。
最後にクラスティが告げていったあの言葉は、幸いにもイサミには全く聞こえていなかったらしい。インテリ眼鏡の相変わらずのソツのなさに、ナズナはこの時ばかりは感謝の念を覚えた。
そして話を進めている内に、ナズナの脳裏に再び浮かんだ疑問。イサミの窮地を救った一本の矢、あれは一体何であったのかと。
脳裏をよぎったのは、去り際のクラスティの言葉。
"彼"。
慌ててフレンドリストで八幡の現在位置を確認したナズナは、彼の名前の横に〈カンダ用水路〉近辺のエリアが表示されているのを見つけて、他の二人には聞こえない程度に舌打ちする。先程戦闘になった森の、すぐ近くのエリアであったからだ。
(あいつ……アタシたちを見つけて、あまつさえ勝手に援護までしておいて声も掛けないなんて。……次に会ったらあの時以上に締めあげてやるからね!)
先程ソウジロウから肩を揺すられたのは、ナズナの想像の中で108個の拷問に八幡が絶叫を上げている、そんな時だった。
「
ゲームであった〈エルダー・テイル〉において、PKというのは非常に成功率が低い行為であった。そのもっとも大きな理由がミニマップの存在だ。周辺の地形や地名に加え、プレイヤーやモンスターの所在地までもが表示されるミニマップの前では、そう簡単に不意打ちなどすることは出来ない。
それに加え、PK行為に対するリスクとリターンの存在も大きい。確かにプレイヤーキルに成功した際のリターンにはそれなりのものがある。なにせ倒したプレイヤーがその時所持している現金全てと、アイテムのおおよそ半分を奪い取ることが出来るのだから。が、逆に言えば返り討ちにあえば立場が全く逆になるということだし、そもそもPKという行為自体が大半の良識的なプレイヤーに毛嫌いされる行為だ。あまりに悪質なプレイヤーは運営による処罰の対象となるし、そうでなくてもユーザー交流用の掲示板や攻略サイトなど、オンライン上の様々な場所における"晒し"行為に遭う可能性が大いに有り得る。ゆえにゲーム時代にはPKという行為は、ほとんど行われなくなっていたのだが……
「まあ、現実問題……現実じゃないけどそれは置いておいて。PKする奴は出てくるだろうね~。流石にすぐに出るかは分かんないけど、将来的には確実だと思う、多分だけど」
ナズナは言葉を濁しながらではあるものの、クラスティの懸念を肯定する。ゲーム時代との違い、それはミニマップの存在。ゲーム時代にはプレイヤーの存在を伝えてくれていた便利な機能は、どうやらこの世界には存在していないようなのだ。付け加えるならば、この世界には当然ネットというのも存在しない。つまり"晒される"ことを恐れる必要もない。
人の敵はいつでも人、などと格好をつけるつもりは毛頭ないが、悪意を持つ人間というのはどこにでも潜んでいるものだ。
「あんまり考えたくはないですけどねぇ……。みんなが大変な時にPKをする人がいるなんてこと」
悲しげな表情のソウジロウに何か声を掛けようとしたナズナだったが
「あ、局長!ウチのギルドホールが見えてきたよ!!」
遠くに見えて来た自分たちのギルドホールの姿に、その機会は永遠に失われる。
「さて、皆さんはもう揃ってますかね。これからは忙しくなりそうですし、何よりも早く皆さんの顔を見て安心したいです!」
(まあ、とりあえずはいっか。せっかくソウジロウに笑顔が戻ったことだし)
ギルドホールを発見した後のソウジロウの表情。それを見たナズナは、発しようとした言葉を口中に留める。
だが少し後、〈アキバの街〉の衛兵と相対したその時に、ナズナは後悔することになる。人の悪意、その存在についてもっとよく話し合うべきであったと。悪意は潜んでいるだけには留まらず、溢れだす時を待っているのだから。
「良かった。皆さん無事で……、って無事っていうのも何か変ですね」
ようやく辿り着いた〈西風の旅団〉のギルドホール。そこにはすでに
「ソウ様ぁぁぁんっ?」
弾丸の様な勢いでソウジロウに抱きつくフレグラント・オリーブと
「ちょっとオリーブちゃん、それぐらいにしておかないとソウちゃんが困ってるわよ!!」
オリーブを止める
「全くオリーブちゃんったら。ごめんなさいねソウちゃん。でも、許してあげて。みんな不安だったの、突然こんなことになっちゃったわけだし。だからみんな嬉しいのよ。ようやくあなたの顔を見れてね」
とりなすようなドルチェの声に、ナズナはそちらへと顔を向ける。こんな事態でも、ドルチェは落ち着いている。若い女の子ばかりのこのギルドにおいて、
「ボクも皆さんの顔が見れてうれしいですっ!」
……まあソウジロウの言葉と笑顔だけでどうにかなりそうな気がしないでもないけれど。
「で、これからどうするよ?」
旅団のみんなとの再会?を喜んだナズナとソウジロウだったが、その喜びも束の間、すぐにソウジロウの部屋へと引っ込んで話し合いを始める。
「そうですね。今はまだギルドホールに集まれた安心感で大丈夫ですが、皆さん、表には出していませんけど、内心では不安を感じてるでしょうし。これから問題も増えていくでしょう。皆さんに不安を与えないためにも、早く方針を決めないと」
やることがない、何をすればいいのか分からない。たったそれだけのことでも、人は不安を覚える。
「それにしても、紗姫や詠の奴がログインしてなかったのは痛いね~」
ナズナとソウジロウ、現実となったこの世界で実質二人になってしまった〈西風の旅団〉の首脳たちは、すぐに今後の方針を打ち出す必要に駆られていた。
「そうかもしれませんね。でも二人に会えないのは確かに寂しいですし、二人の知恵を借りられないのは残念ですが、それ以上に二人がこの事態に巻き込まれなかったことを喜ぶべきかもしれません」
こんな世界に来ても、相変わらず女の子に優しいソウジロウ。そんな彼のセリフに、ナズナは思わず笑みを浮かべる。
「ん~、それもそうかね。……アタシにとっちゃ、ライバルが減ったってのも喜ばしいし」
まあ、笑顔に少し黒さが混じっているのはご愛嬌。
「何か言いましたか、ナズナ?」
絶妙に音量調整されていたその言葉は、当然ソウジロウの耳に届いておらず、ナズナは更にほくそ笑む。とはいっても、あまりに抜け駆けし過ぎると現実世界に帰ったときが怖いので、ほどほどにしようかな~とは思ってはいるのだが。
「いや~、なんでもないなんでもない。二人がいないのがアタシたちにとって痛手であることは確かなんだけど……」
紗姫や詠がいないのは確かに痛手だ。ライバルが減って嬉しい半面、ナズナはそれ以上に二人の友人の存在が悲しかった。ライバルであり親友。恋敵であり悪友。ある意味でソウジロウ以上に深く理解していた二人が、この場にはいない。
「まあでも」
だが、ナズナは全く心配していなかった。
「何があってもソウジが守ってくれるんだろ?」
きっと目の前のこの少年が、ナズナの、みんなの笑顔を守ってくれるから。
「もちろんです!全身全霊を賭けて!!……ただ」
だから自分はそれを全力で支えよう。
「ただ?」
二人の分までソウジロウを助けていく。それこそが、二人に対する最大限の友情となるだろうから。
この〈西風の旅団〉というギルドは
「いえ、ここに八幡も居てくれたらな~とですね」
いつも笑顔のソウジロウと
「……全くだよ。こんな事態なのにあの捻デレ、一体どこをほっつき歩いてるんだか」
自らの笑顔を捨てた八幡。その二人によって守られてきたギルドなのだから。
八幡が帰ってくるその日まで、ナズナから"実質"サブギルドマスターという称号が外れることはないだろう。
「こんなときシロ先輩なら、八幡ならどうしたかな……」
ソウジロウには自分を含めてたくさんの"仲間"がいるが、彼に本当の意味で意見することが出来る"相棒"は、八幡ただ一人なのだから……。
(それまでアタシはソウジロウと一緒に、ギルドのみんなを守っていくよ!だからさっさと帰ってきな!
「そう言えば、むかし八幡が言ってたんですよ。ナズナさんってオカンみたいな人だよなって。そのときは、そんなことないですよ!!って言ったんですけど、この世界に来てからのナズナは、確かにお母さんみたいな雰囲気がありますよね。なんか僕や皆さんに向ける眼差しが優しげというか……。だから頼りにしてますよ!」
……今ならソウジに免じて、108つの拷問は大サービスで100個に負けてやるから)
……なお、帰ってきた場合の命は保証されん模様。
改稿したことにより結構満足な出来となりましたが、改稿前は本当にひどかったと思います。そちらをご覧になられていた方には、本当に申し訳ない。
次回の八幡視点は再びの前後編wただ、いい加減話は加速させたい所であります。