ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~   作:万年床

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案の定中編に変更となりましたな第二十三話。なんで以前の自分は、この前中後編が一話で収まると思っていたのか……。まあそんなこと言ったら、そもそも十二話くらいで第一章終わると思ってたんですがねw

さて今回は、雪ノ下回。とは言っても前半は八幡視点ですがw三人称が雪ノ下→雪乃となったところからが、雪ノ下視点となっております。ただし、全体的にちょっと説明が多めです。……ちなみに自分、爆弾は小出しにするスタイルでござる。

文字数は8000文字くらいですから、まあ最近の平均的な文字数ですかね?……一話~三話の辺りまでは一話3000文字なかったことを考えると、最近の投稿ペースが落ち気味な理由がよく分かるってもんだ(遠い目)


第二十三話 そして、“彼”と“彼女”は再び出会う。 中編

 雪ノ下雪乃。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。その上、父親は建設会社を経営し、県議会議員にも就いている。あくまでも表面的なものに過ぎないが、これだけ完璧な人間も稀だろう。

 実際のところは、犬が苦手だったり方向音痴だったり体力がなかったりと、それなりの欠点も持ち合わせているのだが、とりあえず言えるのは一つ。

 この雪ノ下雪乃という少女は、まかり間違ってもMMORPGを、〈エルダー・テイル〉なんぞをやるような人種ではないということだ。

 辺り一面に広がる白い砂浜を雪ノ下と二人だけで歩きながら、八幡はなぜ彼女がここにいるのかを考えていた。

 なぜ彼女が〈エルダー・テイル〉をプレイしているのか。そして、なぜ彼女はこの場所に、死者が運ばれるらしきこの空間にいるのかを。

 

「比企谷君。ここにいるということは……あなたもあの世界で死んだということかしら?」

 

 だから八幡は、突然掛けられた声に驚いた。雪ノ下の質問は、今まさに自分がしようとしていた質問だったからだ。

 

「あの世界というのが、〈エルダー・テイル〉が現実になったようなあのトンチキな世界のことなんだったら、答えはイエスだ」

 

 雪ノ下の言葉にうなずき、八幡は自身も質問を投げかける。

 

「『あなたも』ってことは、雪ノ下。お前も死んだのか?」

 

 無駄な質問だったかもしれない、と八幡は口にした後に気付いた。そんなことは聞くまでもないことだ。

 そもそも目の前に広がる風景は、死後の世界と言われれば納得してしまいかねないほどの殺風景ぶりである。

 

「そうなるわね」

 

 だからなのか、雪ノ下から返って来た答えは、実にシンプルなものだった。

 返事の言葉とともに立ち止まった雪ノ下は、水平線ではなくもっと遠くを、宇宙(そら)に浮かぶ青い星を見つめているように感じられた。

 その青い光を受ける雪ノ下の横顔が、なんだか無性に綺麗に見え、八幡は慌てて目を逸らす。

 動揺する心を半ば無理矢理に押し殺した八幡は、自身も地球を見つめ、自分の死の瞬間へと思考を巡らせた。

 衛兵と相対したあの時。行った選択に後悔はない。もっと前の段階であれば他の選択肢も存在したのかもしれないが、あの時、あの場所での選択としては間違いではないはずだ。

 それでも後悔することがあるとすれば、ソウジロウやナズナ、イサミに、また責任だけを残してしまったということだろう。

 もう一度あの青い星へと戻れるのか、それは現状では分からない。

 しかし、もし戻れるならば。

 あの三人とはもう一度話さなければならない。雪ノ下や由比ヶ浜に『本物』を求めた時のように。今度こそしっかりと、自分の言葉で。

 

「……お前も〈エルダー・テイル〉をプレイしてたんだな」

 

 長い沈黙の末に八幡の口から零れたのは、一番最初に感じていた疑問だった。

 あのクソまじめな優等生たる雪ノ下雪乃がゲームに、しかも月額課金制のMMORPGなどというジャンルになぜ手を出しているのか。

 あんなに広いマンションで一人暮らしをしているくらいだから、たしかに金銭的には問題はないのかもしれない。ソフト自体も、雪ノ下陽乃に渡されて持っていたかもしれない。

 だとしても、雪ノ下が今この場にいる理由は、そもそもなぜ〈エルダー・テイル〉を始めたのかは、さっぱり分からなかった。

 

「前から少し興味はあったのよ。ゲームもそうだし、このMMORPGという物にもね」

 

 雪ノ下の答えは、至極平凡なものであった。

 たしかに一度もゲームをしたことがない、というのは昨今の女子高生としては希少な部類に入る。多少は興味があってもおかしくはないのだが……。

 

「……それに、あなたもプレイしているということだったし」

 

(なんでそこで頬を赤く染めちゃうんだよ……。勘違いしちゃうだろ!!)

 

 最後に付け加えられた理由に、八幡は自分の顔も赤くなるのを感じた。

 

「そ、そうか……」

 

 八幡は、火照る頬を意識しないようにしながら、どうにか言葉を返す。

 

「……それで。聞いていいことなのか分からないのだけれど、あなたはなぜ死んだの?」

 

 再び場を沈黙が占めそうになるが、今度の静寂は雪ノ下によってすぐに破られた。

 しかしその問いに、八幡は迷いを覚えた。一体どこから話したものやら、とっさに判断がつかなかったからだ。

 

「……長くなるぞ」

 

 しばし考えた結果八幡が出した結論は、包み隠さずに全てを話すということだった。

 もし生き返れなかったとしたら、時間はいくらでもあるのだ。暇つぶしがてらに語るのも悪くないだろう。

 とある目の腐った〈暗殺者〉(アサシン)の、どうしようもないほどに救いようのない、バカなお話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう。実にあなたらしい結末ね」

 

 八幡の長い語りを聞き終え、雪乃の口から出てきたのは、呆れたようでもあり、納得したようでもある声だった。

 本当に、実に八幡らしい話だ。

 半ば無理矢理に入れられたギルドで、文句を言いながらも真面目に働き、そして最後は自分を犠牲にしてギルドを救う。それは紛れもなく、雪乃のよく知る、比企谷八幡という男だった。

 もっとも八幡本人に言わせれば、それは自己犠牲などではなく、単に一番効率が良かったからだと答えるのだろうが。

 

「はっ。まあぼっちがぼっちに戻っただけのことだからな。たしかに、いつもどおりの話だろうぜ」

 

 しかし、八幡には違う意味に取られたらしく、いつものように卑屈なセリフを返してきた。

 現実世界にしろ、ゲーム内にしろ、あの世界にしろ、根本的なところで八幡の自己評価は低い。しかし、現実世界については言うまでもないが、本人から聞いただけに過ぎないゲーム内ですら、彼を高く評価している人間はいるようだ。

 八幡をギルドに誘ったという人物に、八幡を副長と呼んでいるという少女。おそらくそれ以外にもいるのだろう。

 ただ、ここでそのことを告げたところで、八幡が信じないこともまた分かっている。

 

「それにしても、文化祭の時も体育祭の時も、妙に雑務処理に慣れているとは思っていたけれど、まさかゲーム内に下地があっただなんて」

 

 普段あれだけぼっちだなんだと言っておきながら、八幡の雑務処理はなかなか見事なものであった。

 本来経験がものを言う作業であるはずなのに、どこで経験を積んだのか。〈エルダー・テイル〉の中にその秘密が隠れていたなど、こんな事態にでもならなければ、もしかすると一生知ることはなかったかもしれない。

 

「ああ~。まあ、な。なにせ俺がいたギルド、そういう仕事を出来る奴が少なくてな。幹部連中のほとんどは社会人だから暇がないし、ギルマスは俺たちと同じ学生だけど脳筋だから、そもそもそういった作業に向いてなかったしな」

 

 雪乃に対してそう告げる八幡の表情には、特に自分の功を誇るような様子も見られなかった。本当に、単に雑務を片付けだけだと考えているのだろう。

 実のところ八幡のそういった様子が、〈西風の旅団〉の時にしても、文化祭や体育祭の時にしても、次々に仕事を押し付けられる原因となっているのだが、どうやら本人にその自覚はないようだ。

 

「でも、だとするとそのギルド、あなたが抜けた後は大丈夫だったのかしら?」

 

 考えている内にふと浮かんだ疑問を、雪乃はそのまま口にした。

 一人でほとんどの仕事を処理していたものが、突然いなくなる。一日だけとはいえ、文化祭実行委員会の副委員長を務めた時に、自身もしでかしてしまったことだ。

 

「俺がほとんどやってたって言っても、手伝ってくれる奴もいたしな。そもそも文化祭の時みたいに、状況が差し迫ってたわけでもないんだ。まあ、なんとかなってんじゃねえの?」

 

 言外の意味も汲み取ったらしく、八幡も文化祭の際のことに言及してくる。それにあの時だって、結局はみんなのフォローでどうにかなったのだ。所詮人が一人で出来ることなど、たかが知れているということだろう。

 個々の人間を、円滑かつ有機的に動かすこと。本来、組織の指揮を執るものは、それに長けていなければならない。

 雪乃と八幡、二人に決定的に欠けているのはこの能力だ。なまじ自分で出来る分、一人で片付けようとしてしまう。

 今にしてもそうだ。自分一人でも行けると〈ミナミの街(・・・・・)〉を飛び出した結果、今ここでこうしているのだから。

 

「……比企谷君。あなたは今、〈アキバの街〉にいるんだったわね?だったら一つ、お願いがあるのだけれど」

 

 だから今回は、今度こそ誰かに頼らなければならない。ここで八幡に会えたのは、ある意味では幸いであったと言える。

 

「なんだよ、急に改まって。それにアキバにいるって言ったって、こうして死んでるわけだしな。生き返れるかも分からんし」

 

 雪ノ下の言葉に、八幡は驚いたような顔で答える。

 

(そういえば、誰かにここまではっきりと頼みごとをするなんて、久しぶりね……)

 

 一年前の自分が、今の自分を見たらどう思うだろうか。弱くなったと嘆くのか、強くなったと誇るのか。おそらく前者だろうと考えながらも、雪乃は話を続ける。

 

「……もし生き返られたらでいいの。そもそもあなただって、おそらく死からの復活があると思ったから、簡単に自分を犠牲にしたのでしょう?」

 

 いくら自分を犠牲にすることに慣れているとはいえ、目の前のこの少年が、大きすぎるリスクを背負うとは思えない。何かしらの成算があってのものだと思った雪乃は、その部分を突いてみる。

 

「……前日に倒したモンスターが、次の日にはリポップしていたからな。少なくとも、ゲームシステムのそういった部分は、そのままだと思っただけだ」

 

「なるほど……ね」

 

 思っていたよりも弱い根拠ではあったものの、雪乃は八幡の言葉にそれなりの説得力を感じた。

 色々なものが変わったとはいえ、確かにシステム的な面では、ゲーム時代からの変更は少ない。メニュー画面やステータス、特技の効果などもほとんどそのままだ。

 

「……それで?頼みってのは何だ?」

 

 肝心の頼みというのをなかなか話さない雪乃に焦れたのか、八幡が続きを促してきた。

 この先を話すのは、自分の愚かな失敗を話すことでもある。促されてなお、しばしの躊躇(ちゅうちょ)を覚えたものの、雪乃は覚悟を決めて口を開いた。

 

由比ヶ浜(ゆいがはま)さんを……助けてあげてほしいの」

 

 雪乃が口にしたのは、親友を助けてほしいという願い。こんな事態に自分が引きずり込んでしまった、大切な友達のことだった。

 

「はぁっ!?由比ヶ浜だと!?まさかあいつもこっちの世界にいるのか!?」

 

 八幡が驚いて大きな声を上げているが、無理もない。まさか奉仕部の全員が巻き込まれていようなど、想像のはるか外側だろう。

 

「……昨日。駅前であなたと会ったわよね。あの時、私と由比ヶ浜さんは、〈エルダー・テイル〉のソフトを買いに行っていたの。由比ヶ浜さんが新しく始めるために、ね」

 

 おそらくは結衣(ゆい)も、以前部室で〈エルダー・テイル〉の話題になった時に、興味を惹かれていたのだろう。

 雪乃と結衣、二人でおしゃべりしている時に、ぽろりと雪乃の口から零れた言葉。自分も〈エルダー・テイル〉をプレイしているという話に、彼女は自分もやってみたいと答えたのだ。

 

「二人でゲームショップに行って、その後は喫茶店でお茶しながら、インストールやプレイ方法を説明してから別れたのだけれど……」

 

「それだったらあいつ、まだログインとかしてなかったんじゃないか?」

 

 どこか願望が含まれているような八幡の言葉を、雪乃は直後に否定する。

 

「いえ、準備が終わったから今からログインするという電話が、由比ヶ浜さんからあったわ。……こちらに飛ばされる一時間ほど前にね」

 

 つまり結衣が巻き込まれたのは、〈エルダー・テイル〉のチュートリアル中。そして、〈ヤマトサーバー〉でプレイを始めた〈冒険者〉が最初に降り立つのは、ヤマト最大のプレイヤータウンである〈アキバの街〉である。

 結衣がチュートリアルを終えたら、電話をもらえることになっていた。なにせまだその時は、ゲームでしかなかったのだ。電話さえあればプレイ中でも気軽に連絡できるので、なんの問題もなかった。

 

「だから私は、〈ミナミの街〉を飛び出したの。〈アキバの街〉を目指して……ね」

 

 そして道半ばで殺された。ゲーム時代なら簡単に勝つことの出来た、魔物(モンスター)の群れによって。

 

「冷静さを失うなんて、雪ノ下。お前らしくもないな。……ん?そういえば、〈トランスポート・ゲート〉はどうした?あれを使えば、アキバまでなんて一瞬じゃないか」

 

 〈トランスポート・ゲート〉とは、〈ヤマトサーバー〉にある五つの冒険者タウンを繋ぐ、大型の特殊なワープ装置のことである。ゲーム時代の〈冒険者〉たちは、これを使って〈弧状列島ヤマト〉内を頻繁に行き来していたのだ。

 なぜこれを使わなかったのかという八幡の指摘は、実に真っ当なものであった。……肝心のゲートが、動いてさえいればではあるが。

 

「現在〈トランスポート・ゲート〉は、少なくともミナミのものは機能を停止しているわ。つまり五つの都市間の移動は、ほぼ完全に分断されているわ。陸路を除いて、ね」

 

 雪乃が〈ミナミの街〉を一人で出た、それが理由だった。しかし〈エルダー・テイル〉初心者である由比ヶ浜を助けるための無謀な旅は、ミナミを出発して一日もしないうちに終焉を迎えた。

 そもそもその先には、〈霊峰フジ〉とその(ふもと)に広がる〈フジ樹海〉があったのだ。とても一人で踏破出来る道のりではなかっただろう。

 

「はぁ……。それで、由比ヶ浜のプレイヤーネームは何ていうんだ?」

 

 ようやく現状を完全に認識した八幡は、深いため息を()きながら尋ねる。しかし

 

「……ごめんなさい。分からないの。合流するときに、電話で確認する手筈になっていたから」

 

 雪乃が返せるのは、分からないという返事だけ。プレイヤーネームも、種族も、職業も。〈エルダー・テイル〉における由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)の情報を、雪乃はほとんど持ち合わせていないのだ。

 それを聞いた八幡は、何かを考えるように目を閉じる。

 再び訪れた沈黙の間に雪乃が出来たのは、八幡の考えがまとまるのをただただ待つことだけであった。

 

「……分かった。俺が何とかする。だから雪ノ下。お前は、これ以上無茶をするな。もし生き返れるんだとしても、ここはもうゲームじゃないんだ。全てがゲームの時と同じだとは限らないし、第一死ぬのは痛いからな」

 

 そういって笑う八幡の顔は、目が腐っていることを差し引いても、どこか頼もしげだった。

 一人の男子高校生としての力しか持たない現実では、自分を犠牲にする以外の方法を取れなかったかもしれない。しかし、ここなら。現実よりもはるかに強い力を持っているこの世界なら、八幡がいつか全てを救ってくれる。

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(頼んだわよ。比企谷君)

 

 深いところから、ゆっくりと意識が戻ってくる。背中に寝台の固い感触を覚えながら、雪乃は目を開いた。

 身を起こして周囲へと視線を向けると、自分が寝ていたのと同じ、大理石の寝台がいくつも置かれている。

 

(ここは……大神殿……?)

 

 八幡の予想していた通り、どうやら〈エルダー・テイル〉のシステムはそのまま引き継がれているようだ。光の粒子となって消えたはずの肉体や装備が元通りになっているのを確認し、雪乃は安堵の吐息(といき)を漏らした。

 どことなく倦怠感(けんたいかん)があるのは、臨死体験をしたせいなのか、もしくは死亡によって起こる経験点ロストによる影響か。

 このままここにいても仕方がない。雪乃は寝台を降り、改めて周りを確認する。

 周囲にいくつもある寝台は、おそらく自分のように、この世界で死亡したものが生き返るための場所なのだろう。当然ながら、現在の利用者は雪乃だけだ。

 壁には、華美になり過ぎないように、それでいて凝った意匠の彫刻が施されている。芸術に対して、それなりに肥えた眼を持っていると自負している雪乃から見ても、その彫刻はなかなかに素晴らしいものだと思えた。

 回廊から見える空は暗い。雪乃がフィールドで死んだのは夕刻であったはずだから、少なくとも数時間は経過しているようだ。

 

(とりあえず、外に出ないと……)

 

 さっさとここから出なければ、状況の確認すら覚束(おぼつか)ない。

 雪乃は礼拝堂を抜け、大神殿の扉に手を掛けた。扉の上に嵌まっているのは、ステンドグラスか?色とりどりのガラスたちは、この時間帯には輝きを失っていた。

 

(太陽の光があれば、あのステンドグラスはさぞかし美しく輝いていたのでしょうね……)

 

 死んだことで、自分は少し感傷的になっているのかもしれない。もしくは彼に会えたからか。

 自嘲するように笑みを浮かべながら、雪乃は大神殿から出て、〈ミナミの街〉へと足を踏み入れた。

 

「やはり一人では無理だったか」

 

 しかし、その瞬間に掛けられた声に、雪乃は足を止める。声には聞き覚えがあった。冷静さを失いミナミを飛び出そうとした自分を、どうにか止めようとしてくれた男の声だ。

 

「カズ彦さん……。ええ、仰られていた通り、やはり死んでしまいました」

 

 雪乃と声を掛けてきた男、カズ彦が知り合ったのは、この世界に来てからのことだ。

 〈ミナミの街〉の出口へと向かう雪乃に、カズ彦が声を掛けた。言葉にすればそれだけではあるが、今思えばその時の自分は、よほど切羽詰った表情をしていたのだろう。だから、この面倒見のよさそうな男性は、自分へと声を掛けてきたのだ。

 黙って雪乃の話を聞いてくれたカズ彦だったが、この状況で街の外に出るのには反対した。しかしその忠告を振り払って、雪乃は〈アキバの街〉へと向かったのだ。そして、結局はこのザマである。

 それでも結果的には、ミナミを出たのは正解だったのかもしれない。そのおかげで、八幡に出会えたのだから。

 

「お前……。さっきまでとは表情が変わったな。なんというか、憑き物が落ちたみたいだぜ」

 

 八幡のことを思い出し、知らずに笑みを浮かべていたらしい。カズ彦からの指摘に、雪乃は慌てて頬を引き締める。

 

「……死んで向かった先。月で、現実世界の知り合いと会ったんです。その彼に、全て託してきました」

 

 雪乃にとって八幡は、おそらくこの世界でもっとも信用の置ける人物だ。

 

(だから、由比ヶ浜さんのことはもう心配する必要はない)

 

 少なくともこの世界においては、八幡は雪乃よりも有能である。経験しかり装備しかり、そして人脈しかり。

 冷静さを失って無謀な旅を敢行した自分よりも、八幡の方がよほど上手くやってくれるだろう。そもそも奉仕部に持ち込まれた依頼に関しても、ほとんどの場合で雪乃よりも先んじていたのだから。

 

「よっぽどソイツのことを信用しているんだな。全てを託せる相手なんて、そうそういるもんじゃないぞ。家族だったり親友だったり……まあ後は恋人だったりってところか」

 

 カズ彦が最後に付け加えた言葉に、雪乃は自分の頬が赤くなるのを感じた。

 だが、雪乃自身にも、自分と八幡の関係をどのように説明すればいいのかが分からない。雪乃はとりあえずその場を誤魔化そうと、カズ彦に背を向けて歩き出す。

 結衣のことは八幡に託したとはいえ、それで元の世界に戻れるというわけではない。

 元の世界へ帰る方法を探すために、出来るだけ自分でも動いていこう。いつか三人であの暖かな空間へ、奉仕部の部室へ帰りたいから。

 だから今は、自分に出来ることに全力で取り組もう。八幡と結衣、二人と再会したときに、奉仕部の部長として胸を張っていられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!そっちは大神殿だぞ。なにか忘れ物でもしたのか?」 

 

 差し当たっては、迷子にならないようになりたい。異世界に来ても治らない悪癖(方向音痴)に、雪乃は再度頬を赤く染めるのだった。




というわけで由比ヶ浜参戦が確定しました第二十三話でした。なんかこの手のクロスってガハマさんがハブられ気味ですが、本作では奉仕部全員を登場させてみました。ヒロイン過多気味と感じられる方も多いでしょうが、一応一章ごとにヒロイン一人~二人に焦点を当てる形で進めるつもりにしております。なので描写が極端に薄くなったりはしないはず……多分。

今回は八幡のキャラの掘り下げに主眼を置いたつもりですが、なんかちょっと微妙な気が……。オチに関しては、まあ毎度のごとくの雰囲気クラッシャーですwちなみに雪ノ下に関しては、あえてプレイヤーネームを明記しておりません。『雪ノ下』や『雪乃』というのは、あくまでも今回の話においての三人称表記です。

さて次回について。今度こそ第一章最終話となる(はずの)第二十四話は、出来れば18日には投稿したいと思っています。ただ、次回は執筆と推敲の両方にいつもより時間を掛けたいので、もしかすると20日くらいまでずれ込むかもしれません。お待ちいただけますと幸いです。

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