はい、というわけで
今回も6000文字を軽くオーバーしたのでちょいと長め。しかも半分コメディーパートです。ただ、ちょっと面白く書けてるかは自信なしですので、笑いの沸点を下げてご覧頂けるとありがたいかな~と思います、はいw
〈大地人〉少女のサラが倒れたあと。緊急会議を開いているソウジロウとナズナ、サラを看病しているイサミ以外の〈西風の旅団〉の面々は、とりあえずギルドホールの確認を始めていた。
ゲームだった世界と何が同じで何が違うのか。生活の拠点であるこのギルドホールが一体いまどうなっているのか。サラ一人を取っても以前と全く異なっているのだから、その変化は多数に上ることが予想された。
(これ……食べられるのかな……?)
話し合いの結果、ひさこの担当はギルドホールの一室である工房となった。
〈エルダー・テイル〉のサブ職業には、生産系・ロール系・称号系の大きく三つに分けられる。さらに生産系サブ職業には〈鍛冶職人〉や〈裁縫師〉、〈料理人〉など、様々な種類が存在し、それぞれの職業に応じたアイテムを作成することが出来る。
それなりの規模を誇る〈西風の旅団〉には、やはりそれなりの数の生産系サブ職業の持ち主が存在する。工房とは、そんなサブ職業が生産系のメンバーのために用意されている部屋なのだ。
そんな工房に残る様々なアイテムの確認を行っていたひさこだったが、発見したあるアイテムについて考えていた。
それは現実となってしまった〈エルダー・テイル〉の世界でおそらくもっとも重要なモノ。そして人間が生きるのに絶対に必要なモノ。つまりは食料アイテムだった。
(う~ん……一番手っ取り早いのは自分で食べてみることだけど流石になぁ……)
食べられるのか食べられないのか、その一番簡単な確認方法は一つだけ。実際に食べてみることである。
しかしそれはなかなかに勇気を要するチャレンジだ。なにせ元はゲーム世界のシロモノ、一体なにで出来ているかなどと考えると、それは一種のホラーだった。
自分では食べたくない。でも確認はしないといけないない。この問題を解決する策は一つ。
(
正直こういう時こそ、八幡にいて欲しかったとひさこは思う。なにせ何だかんだで自己犠牲精神の塊である。文句を言いながらも潔く食し、そして散ってくれそうな気がする。……いや、散ることが前提なのはおかしいけども。
(しかしサブマスがいない現状……こんなのを頼める人は……)
自分で食べるべきか否か。しばらく食料アイテムを前に考え込んでいたひさこだったが
「ん~?どったの、ひさこちゃん?」
工房に入ってきた女性を見たことで、その思考を中断させる。
「くりのんさん……いえ、ちょっとですね……」
入ってきたのは現実になってしまったこの世界では、もしかすると一番危険かもしれない人物。
ひさこと同じ三番隊に所属するくりのんは、隊の
ただし性格に大きな問題が一つ。
「なんか悩み事だったらおっ○い揉んだげようか?頭の回転が良くなるらしいよ~?」
いい笑顔でそんなことを
身の危険を感じたひさこは逃走を図ろうとするが、入り口は完全にくりのんに塞がれていた。この世界に来て早々に、まさかの貞操の危機の到来である。
(はわわ……どうしよう……)
思わぬ事態に心の中であわあわし始めるひさこに対して、くりのんはじりじりと距離を縮めてくる。
(誰かを呼ぶ……?いや、このままじゃ呼んだ人が到着する前にオオカミさんの餌食に……というか下手すればヒツジさんが増えるだけ……)
追い詰められたひさこは、脳みそをフル回転させ始める。
(逃げる?……いや、いまこの人に背中を見せるのはそれはそれで危険過ぎる……あっ!)
そしてちょい黒な頭脳はひさこに一つの解決策をもたらし、本人も意識しないままに頬を持ち上げさせていた。
(ふふふ……見せてあげますよ……一石二鳥というやつを……)
その笑顔は子どもが見たら泣き出しかねないほどのものであったが、幸いにもこの場にいるのは
「さ~て、では失礼してまずは右のおっ○いから揉んじゃおうかな~と♪」
自分が
「あの……くりのんさん……私の作ったこの料理、食べてみてもらえませんか……?」
ひさこの放った一言に、その動きをピタリと止める。
「え?ひさこちゃんの作った料理?食べる食べる~!もう可愛い女の子の手料理だったらいつだって大歓迎だよ~!!」
くりのんという生き物は、基本的にはトンデモナイ変態だ。しかし同時に生粋のフェミニストでもある。女の子から何かを頼まれた場合、そちらを優先する傾向にあるのだ。……まあ例外は多々あるが。
「ありがとうございます、くりのんさん……」
今回は幸運にも頼みを聞いてくれるようであり、ひさこは内心でガッツポーズを決める。が、その感情は笑顔の奥深くに隠しきり、表面上はただニコニコしている風を装っていた。
ちなみに当然ながら料理はひさこが作ったものではないが、気付かれなければ問題はない。
「じゃあ、あ~ん♪」
笑顔のひさこに気を良くしたのか、くりのんが平然とあ~んを要求してくる。くりのんの図々しさにひさこは自分の頬が引きつるのを感じるが、むしろこの方が好都合かと気を取り直し、テーブルの上にあったおにぎりを手に取った。
「はい……あ~ん……」
ただしテンションの低さは如何ともしがたく、その口調が若干投げやり気味になったのは否めない。
「あ~ん♪」
もっともそんなことを気にするようなくりのんではなく、ひさこの差し出したおにぎりに勢い良くかぶりつく。が、
「うっわ何これ、まっず」
よほど衝撃的な味だったのか、おにぎりを一口食べたくりのんの顔から笑顔が消える。
「そ、そんなにおいしくないですか……?」
胸の内でくりのんの反応をメモしながら、ひさこは(表面上は)おずおずとくりのんに味の確認を取る。
「い、いや。ひさこちゃんが作った料理がおいしくないわけないじゃん!ただちょ~っと味が全くなくて食感がモサモサしてるかな~って」
くりのんは必死にフォローをいれようとしているようだが、言っていることを要約すればつまりマズイのだろう。
でも味が全くない?モサモサ?とはどういうことなのだろうか。くりのんに先ほど食べさせたのはおにぎりだ。たとえ塩味がなくても少なくとも米の味はするだろうし、おにぎりの食感はどう転んでもモサモサなどにはならないだろう。
分からないことがある以上は実験は続行。そう結論を下したひさこは、新たにハンバーガーを手に取る。
「なるほど……ではこっちも食べてみてもらってもいいですか……?」
笑顔で差し出された
「はい……あ~ん……」
「あ~ん♪♪」
可愛い女の子が手ずから食べさせてくれるという誘惑にあっさりと陥落し、目の前のハンバーガーを一口かじる。
「うっわ、これもおんなじ味じゃん。パンの味は?あふれる肉汁は?シャキシャキのレタスの食感はどこに消えちゃったわけ?」
二度目ともなると、口にされる文句がさらに具体的なものとなるようだ。実験台の貴重な感想を脳内メモしながら、ひさこは次の
「え?いや、流石にもうちょっとお腹がいっぱいかな~なんて」
「あ~ん……」
「あ~ん♪……だから何でこれも同じ味なの?パンとパンの間に挟まれてるふわふわの卵は?マヨネーズの味もしないんですけど?」
「ふむふむ……ではこちらもお願いします」
「え、まだ続けるの?……あ~ん♪」
その後もくりのんを毒味役にして実験を進めたひさこは、結果を頭の中でまとめる。
(ギルマスに急いで報告しないと……でもその前に……)
ひさこは魔法薬を保管している棚に歩み寄ると一つ一つ瓶を取り上げ、ラベル表示とステータスを確認する。
(あった……)
ひさこの頬が一瞬つり上がるが、目的の魔法薬の瓶を手に取りくりのんの方へと振り返った時には元の表情へと戻っていた。そしてそのまま食べ過ぎで苦しんでいるくりのんの元へと歩み寄ると、くりのんに魔法薬の瓶を差し出す。
「あの、くりのんさん……これ、胃薬なので良かったら飲んでください……」
「ううっ、ありがとうひさこちゃん。ありがたくいただくね~」
ひさこの優しさに感動したのか、くりのんは差し出された魔法薬をラベルを確認することもなく一気に煽る。そして
(あれ?そういえば〈エルダー・テイル〉に胃薬なんてアイテムあったかな~)
などと考えながら、くりのんは床に崩れ落ちる。意識を失う一瞬にくりのんが見たのは、今自分が飲んだ薬の瓶に書かれている〈スノー・ホワイトの眠り薬〉という文字であった。
そして薬を盛った
(ふむふむ……この世界でも魔法薬は効果を発揮するみたいですね……)
しっかりと実験結果を確認しており
(あとはギルマスにどういう風に報告しようか……)
いかに
「ですので……『調理したもの』は食べ物としてちょっとどうかと思うので……。生野菜の素材の味をお楽しみいただくということで……」
ひさこが告げた報告に、集まったメンバーは浮かない顔をする。現在この工房にいるのはひさこに加えて、ソウジロウ、ナズナ、イサミ、ドルチェ、オリーブ、カワラ、キョウコの七人。
あの後、ひさこは自分でも行った実験で判明した事実も合わせて、ソウジロウへといくつかの報告を行ったが、その報告内容はソウジロウと居合わせた他のメンバーに衝撃をもって迎えられた。
この世界でもお腹は空くし、何か食べるとお腹もふくれる。ここまではいい。が、味がなく、ただモサモサとした濡れ煎餅のような食感だけがするという料理。これは豊食時代の日本に生まれた〈西風の旅団〉のメンバーにとっては、なかなかに許容しがたいことだ。
街を歩けばレストランや食堂がそこら中に軒を連ね、スーパーには野菜や肉に飲み物があふれ、家に帰ればお湯を注ぐだけのカップ麺やレンジでチンするだけの冷凍食品がある。言ってしまえば、今までの人生で食べ物に困ったことなど一度もないのだ。
唯一の救いは、なぜか調理アイテムの材料として使用する前の素材アイテム、つまりはただのキュウリやトマトには味があるということだ。しかし、これも手を加えようとするとたちまちゲル状の謎物質へと生まれ変わり、許されるのは塩をかけたり砂糖をかけたりだのといった、ごくごく簡単なことに限られていた。
ちなみに魔法薬には実際に効果があるらしいという報告も併せて行われたが、料理についての衝撃の事実を前にそのことはサラッと流されていた。
「マズい……」
全員が生の野菜をかじっているという不思議な光景を眺めていたソウジロウが、突然声を上げる。
「ど、どした?ソウジ、野菜嫌いだったっけ?」
その声に驚いたナズナは、思わずソウジロウに問いかける。
「いえ、もしかするとこれはマズい事態かもしれません」
常にないソウジロウの深刻な様子に、メンバーの緊張が高まるが
「マズい食べ物だけに?」
「「「「「「…………」」」」」」
空気を読まずに繰り出されたイサミの言葉に、一瞬でその空気は霧散した。もっともイサミ本人は思いついたことをそのまま口に出しただけの様子だったが。
「うまいこと言いますねぇ」
本当に感心した様子でイサミを褒めるソウジロウ。
「えへへへへ」
褒められたことに照れた様子のイサミ。
「ソウジはやさしいねぇ……」
むしろソウジロウの優しさに感心した様子のナズナ。ゲーム時代もたまに見られたこの光景に、なんとなく心が和むのを感じたひさこだったが、それよりもソウジロウの言う『マズい事態』の方が気になった。
「で、ギルマス……。結局なにがマズいんですか……?」
ひさこはどうにか話を元に戻そうと、ソウジロウに向かって先ほどの続きを促す。
「しまった。皆さん、手分けして急いでマーケットのチェックを!!」
その言葉に我に返ったのか、ソウジロウはすぐさまその場のメンバーへと指示を飛ばすのであった。
―翌日―
「それじゃボクらは街の外へと出てくるので、あとのことはナズナにお任せしますね」
あの後ソウジロウの指示の下で行われたマーケットのチェックは、調理系の素材アイテムが全てなくなっているという事実を判明させるだけに終わった。おそらく〈西風の旅団〉よりも先に気付いた大手ギルドが、大規模な買い占めを行ったのだろう。
しかもそれに加えて、マーケットから品物を引き上げた出品者も多数いることが予想された。この世界では一体なにが貴重な品となるかが分からない。そんな状況でマーケットに商品を出品したままなどというのは、なかなかにリスキーなことだからだ。
マーケットの在庫を確認したソウジロウは、ギルドメンバーに対してフィールドでの調理系素材アイテムの採取を提案した。即時に承認されたその作戦は翌日の朝イチに決行される運びとなり、ソウジロウをリーダーとした採取部隊はナズナ以下〈西風の旅団〉の面々に見送られながら、自分たちのギルドホールを後にする。
「へーい
見送るナズナはお気楽そうな声を出しているが、内心では不安もあるのだろう。声とは裏腹に、その表情はどこか心配そうでもあった。
「〈冒険者〉の皆さんでも、
その表情の変化に気付いたのか、一緒に見送りに来ていたサラがナズナに質問をする。
「そりゃあ怖いさ。だってあれだぞ、魔物だぞ。襲われたらそりゃ怖いさ」
聞かれたナズナの答えに、ひさこは内心で頷く。ソウジロウやナズナ、イサミやカワラは、すでに昨日の内に魔物との戦闘を経験したらしい。その場に居合わせなかったひさこが、話を聞いただけでも恐怖を感じるほどなのだ。実際に遭遇したナズナやイサミの恐怖は、どれほどのものであっただろうか。
「そうなんですか?でも皆さんお強いですし、何より……」
それに対して返ってきたサラの言葉は、ひさこにとっては脳天気なものに聞こえた。だが、この世界の英雄である〈冒険者〉とただの〈大地人〉であるサラとでは、戦闘面では実力に大きな隔たりがあるのも事実だ。それに加えて
「〈冒険者〉は死んでも生き返るじゃないですか」
「「「「「「…………」」」」」」
〈エルダー・テイル〉の世界では〈冒険者〉は死んでも生き返る。
「えっ?あれ?」
慌てた様子のサラを見ながら、ひさこは考える。
〈エルダー・テイル〉の世界では〈冒険者〉は死んでも生き返る。
これはゲーム時代では当たり前のことであり、不変のルールであった。
しかしこの現実となってしまった世界ではどうなのであろうか。死んだら今までと同じ様に大神殿で生き返るのだろうか?もしかするとそもそも死なないのだろうか?それとも……。
ここまで考えたひさこは、自分の考えに身を震わせる。食べ物がおいしいかおいしくないかなんて、実はちっとも重要なことではなかったのではないか。そんなことは誰かが食べてみれば分かるし、もし食べられなくてもその場に吐き出せばいいし、飲み込んでしまっても最悪お腹を壊すくらいで済むだろう。
だけど……死んでも生き返ることが出来るかなんてことは試せない。自分で試すことも出来ないし、他人に試してもらうことも出来ない。もし生き返ることが出来なかったとしたら
……それはつまり本当に死ぬということなのだから。
「そういやひさこ。昨日からくりのんの奴がずっと工房の床で眠りっぱなしなんだけど、なんか知らん?」
「さ、さあ……?昨日私が工房に行ったときにはすでにおやすみでしたから……」
「そうなん?まあアイツは寝ててくれたほうが平和でいいんだろうけど」
くりのんが起きたら、少しは優しく接しよう。ナズナからの問いかけに、今更ながらにくりのんを実験台にしたことを反省するひさこであった。
なんかオチの部分いらなかったんじゃね?な第十四話でした。……思いついたから思わず入れた。今は反省している。なおひさこが黒いのはこの作品の仕様です。ただし黒いのは敵と八幡とくりのんに対してのみに限られる模様。げ、原作ではとってもいい子なんですよ?
この十四話内に登場している〈スノー・ホワイトの眠り薬〉は今作のオリジナルアイテムです。まあ効果はそのままストレートに睡眠薬ですがwなんかもっとオシャレなアイテム名が思いついたらこそっと差し替える可能性が微レ存。
さて次回以降について。食事についての話を回収し終わったことにより、第十五話はようやくイサミ回。おそらくこれが前後編になります。その後は一度、八幡視点の話を入れようかな~と思っております。その八幡回後半からその後の4~5話ほどはずっとシリアスになる予定です。ただ戦闘描写をかなりしっかりとやらないといけないので、その間の投稿ペースは落ちることが予想されます。気長にお待ち頂けると幸いであります。十五話の投稿は最速で11日、遅くても15日を予定しております。