―白銀side―
2月18日
-夕呼執務室-
「伊隅も説明を終えたかしら?」
「さぁどうですかね?俺の知らない人もいるんで、今のA-01連隊のことはイマイチ分からないっす」
「ふーん、まぁいいわ。で、昨日一日一緒に過ごして、何か違和感は感じなかったかしら?」
「いえ、特には。記憶通りの伊隅大尉でした…ってそうだ記憶!」
昨日一緒に訓練をこなしたけど、特に頭痛やデジャブを感じてるような様子は見られなかったぞ!?
いや、でもまぁ頭痛くらい伊隅大尉辺りだと気合で押さえ込みそうな気もするけどさ…
「なるほど、どうやらアタシの予想は当たったようね」
「予想っすか?」
「昨日アンタに一つだけ要求したことがあったでしょ?」
「えぇ、訓練で大尉を思いっきり扱いて、これ以上ないくらい疲れ果てさせる。でしたよね?」
実際その任務のせいで昨日一日で何度俺自身エチケット袋の世話になったことか。まぁ伊隅大尉は俺の倍は世話になってたみたいだけど…
それでも意地で訓練を乗り切っちゃう辺り、あの人も十分に化物認定受けていい人だよな。
「それなんだけど、記憶を受け取る際に脳に負荷がかかり頭痛が起きるって前に言ったわよね?」
「ええ、その際の痛みがとても酷いとも」
「そのことは今はいいの。で、脳に負荷がかけられない程、体が疲れていたらどうなるか。その反応を見たかったのよ」
「なんでまたそんなことを?」
「アンタから記憶を受け取れる人物を確かめたら、殆どの人物と戦場で出会う可能性があるじゃない。敵として出てきた時に頭痛に襲われるならまだしも、味方としている時に頭痛に襲われたんじゃ、お荷物以外の何者でもないでしょう?」
「確かにそれは厄介ですね。状況次第じゃお荷物どころか敵以上の敵になりかねませんよ」
BETAとの戦いならば発狂した新兵と同じような対処で済む分容易であるが、対人であった場合はただその場に捨て置くわけにもいかない。敵に囚えられた場合の被害が大きすぎる。
「で、今朝方社に頼んでリーディングで覗いてみたら、予想した通り記憶を受け取っていなかった。これは脳の処理が追いつかず、因果は受け取ったものの記憶を受け取りきれなかったのだと推測するわ」
ん?因果を受け取ったことは確定なのか?
「先生、なんで大尉が因果を受け取ったって分かるんですか?」
「そういえば言ってなかったわね。アンタと会ってから社に協力してもらってアタシやらまりもやらの頭の中を調べる内に、どうやらESPのリーディングには記憶の確認だけでなく因果情報の有無まで確認出来ることが判明したのよ!」
霞が言うには因果情報があるとリーディングをした際に、淀みのようなものを感じるらしい。これは自身も因果情報を受け取った霞だから理解できたようで、記憶を受け取っていなかったら単なる記憶の混濁と切り捨てていたとのこと。
「それと、リーディング保持者だと脳が発達しているからなのか、記憶を受け取るときも頭痛無しに受け取れるみたいよ。しかも因果を受け取れば他人の記憶すら読めるっていうんだから反則よね~」
「はぁ~ESPって凄いんですね。でも何で因果を受け取らないと記憶が読めないんです?普通の記憶なら読めるのにおかしいじゃないですか」
「多分だけど、脳で保管されている場所が通常の記憶とは違うところにあって、自身で記憶を受け取ってその場所を覚えないと気付くことも出来ないのだと思うわ」
つまり、因果がちょっとしたセキュリティパスになってるのか。意外とハイテクだな。
「でも伊隅大尉が因果を受け取ったって事は、これからも切欠次第で記憶を受け取る可能性はあるってことですよね?その場合はどうするんです?」
「まぁその可能性はあるわよ。ただしもう既に因果は受け取っているのだから、アンタに会うだけで記憶が蘇るなんてことはないはずよ。それにA-01の連中になら記憶のことは別にバレても構わないし」
「えっ?伊隅大尉には隠したのにですか?」
「あくまで伊隅に仕掛けたのは確認のためよ。別に隠すのが目的でやったんじゃないわよ。それにもし記憶の受け取りで頭痛が起きたとしても、伊隅達はアンタで言うとこの2週目分しか受け取らないんだから、戦闘に影響を出すほど酷い痛みにはならないはずよ」
「そうっすか。まぁ考えてもみればA-01に所属しているなら、そう簡単に情報が洩れる心配もないですしね」
「そういうこと。それに因果を受け取ったからといって、そう簡単に記憶を受け取れる訳でもないし、そこまで心配するようなことじゃないけどね。覚えてる?まりも相手に因果の受け取りを確認したときも、まりもは頭痛がしただけでアンタのことを思い出したりなんかしてないでしょ?」
「そういえばそうでしたね。でもそれならなんで夕呼先生は記憶を思い出せたんです?」
「因果情報とはいえ一気に何年分も記憶を受け取るのよ?脳に負担が掛かってそれが頭痛として現れるんだけど、まりもの場合頭痛がした時点で受け取るのを脳が拒否したんでしょう。私の場合最初に浮かんだ記憶が00ユニットのことだったから、頭痛を無視して内容全部を無理矢理受け取ったけど」
なるほど、だからあの時の夕呼先生まりもちゃんと比べて酷く疲れてたんだな。
「でもそれなら小分けにして思い出せば良かったんじゃないですか?それなら頭痛もそこまで酷くはならないと思いますけど」
「それで次思い出すトリガーが来なくなったらどうすんのよ!何が切欠になるか分からないのよ?」
「そうですけど…どうにか頭痛を抑えることは出来ないですか?万が一ってこともありますし、俺のせいで戦死者が増えるなんてもう勘弁っす」
「アタシだって頭痛なんかで手駒が減るなんて我慢ならないし、勿論何か解決策がないか探すわよ」
「お願いします。俺も協力できることがあれば手伝いますから」
「当たり前じゃない。でもアンタに出来ることは周りが死なないよう強くすることよ。そのために教導役なんてさせたんだから精々頑張りなさい」
「はいっ!」
2月18日午後
-シミュレーター室-
「全体っ、敬礼!」
俺が部屋に入ると現在の副官である副島中尉から号令が飛ぶ。
部隊の構成などは昨日の内に伊隅大尉から聞いていたが、速瀬中尉ではない号令に違和感を感じてしまう。つか、この時期だと速瀬少尉ってまだ髪の毛短いんだな!
「この方が今日より私達を教導官として鍛えてくれる白銀剣中尉だ。では各自自己紹介をしろ」
う~ん、伊隅大尉からこのような言葉使いを受けるのも違和感が凄いな。昨日の打ち合わせでは階級関係なしで喋っていた分、余計にそう感じる。
「副隊長の副島恵中尉であります。戦術機では突撃前衛長を担当しています。よろしくお願いします」
「小林渚少尉です。ポジションは砲撃支援を担当しています」
「速瀬水月少尉です。ポジションは突撃前衛です」
「CP担当の涼宮遙少尉です。よろしくお願いします」
「皆さん初めまして、斯衛軍第一派遣部隊所属、白銀剣中尉です。本日より新OS慣熟の
「「はっ!」」
「白銀中尉は斯衛の山吹だ。男の居ないこの部隊には立派過ぎる物件だが、くれぐれも妙な気など起こすんじゃないぞ?特に小林」
「酷いっす大尉。私そこまで大尉みたく結婚焦ったりしてませんよ~」
「すまない白銀。訓練は少し小林をしばいてからでもいいか?」
ふむ、どうやら伊隅ヴァルキュリーの雰囲気は元々あったものか。俺の居たときは速瀬中尉と宗像中尉が部隊の騒ぎ役を担っていたけど、今は小林少尉がその役なのか。なら俺がここでいう台詞は一つだな。
「構いません、大尉の気の済むまで殺っちゃってからでいいですよ」
「ちょっ!?中尉!?文字がおかしいです!!」
「何を言っているんだ小林?どこもおかしくないぞ?」
「イヤーーー!!!」
「ではこのまま各自シミュレーターに乗り込んでください」
伊隅大尉から解放された小林少尉が快復したので、早速訓練を行おうと部隊の面々に指示を出したのだが、
「質問よろしいでしょうか白銀中尉!」
ありゃ?なんか今までに拙い部分でもあったか?俺の言葉使いに関しては先に伊隅大尉から伝えてもらっているはずだけど…
もしかして教導役として俺に納得してないとか?見た目というか年齢もだが、新兵のようなガキが教導役じゃ確かに不安もあるよな~
「何でしょうか?」
「はっ!新OSについての説明をお願い出来ないでしょうか?」
「そのことですか。この新OSは習うより慣れろなんで、取りあえず一度シミュレーターで動かしてからのほうが理解できると思いますよ?」
「はっ!ありがとうございます」
よかった~教導役としては取りあえず納得はしてくれているようで何よりだ。
伊隅大尉以外からの視線が妙に敵対的に感じるので、てっきり認めていないものだと思ったのだが…じゃあこの視線はなんなんだ?
「ではほかに質問のある方はいませんか?」
「では私からでもいいか?」
「伊隅大尉から、ですか?構いませんがどういったことでしょう?」
「そこにいる小林と速瀬なんだが、どうも衛士としての心持が欠けているようなのでな。こいつ等には衛士とはなんたるかを分からせるために、飛び切りキツイのをくれてやってくれ」
う~ん?昨日訓練を受けた大尉なら今からやるものがヤバイものだってことは分かってるはずだけど…目がマジなんだよな…2人は伊隅大尉の逆鱗にでも触れたのか?
「ちょっ大尉ぃ!?さっきのマジだったんですか?」
「煩いぞ小林!」
「いやこちらとしては構いませんけど…耐えられますかね?訓練だけでも下手すりゃ廃人ですよ?」
「安心しろ。あの2人の体は化け物レベルだ」
「分かりました。そういうことでしたら2人には斯衛式虎の穴でもやってみます」
「中尉も乗らないでくださいよ!」
「そう焦らなくとも大丈夫ですよ速瀬少尉。(どうせ皆さん同じ思いしますからボソッ」
「すみません、今物凄~く嫌な言葉が聞こえた気がしたのですが…」
ハッハッハッ、何を今更。そろそろ地獄を見てもらうとしますかね。
「何時までグズグズしている!さっさとシミュレーターに入れ!」
「はっ!」
流石特務部隊のA-01。突如の号令にも確り脊髄反射で全員が答えてくれた。まぁ何人かは答えた後にしまったという顔をしてたけど…
CPの涼宮少尉以外全員シミュレーターに入るのを確認し、俺もシミュレーターに乗り込む。
シミュレーターを起動し網膜投射による映像を確認すると、視界の隅にA-01部隊員の顔が確認できた。
「ではこれより訓練を始める。私たちが今回扱うOS、正式名称extra maneuver 3というのだが、このOSはその名のとおり今までのOSでは出来なかった機動を再現するべく開発されたOSだ。内容としては先行入力とキャンセル、さらにコンボがこのOSの柱となっている」
全員の準備が済んだのを確認すると、伊隅大尉から軽くXM3に関する説明が入った。
「質問よろしいでしょうか大尉」
「言ってみろ」
「何故教導官である白銀中尉ではなく、伊隅大尉が説明を?」
「昨日私と白銀中尉の間で話し合った結果、白銀中尉が実演を担当し、私が説明役を担当すると決まっただけだ。別に説明が長くなってもいいなら今からでも白銀中尉に代わってもいいがどうする?」
「はっ、失礼しました」
ホントは俺が説明下手なだけなんだけどね…発案者といっても俺の中でのイメージはバルジャーノンだし、かと言って皆にバルジャーノンの説明をするわけにもいかないしね。
疲れきった体で長時間聞く羽目になった大尉には悪いことしたと思ってる。
「なおこれらの機能を活かすため従来のOSに比べ即応性が3割上がっているからな。いつものような扱いをすれば一発で機体をこかすことになる。十分気をつけるように。ここまでで質問はあるか?……ならば先ずこれらを最大限利用するとどのような機動が実現できるのか、それを今から白銀中尉に披露してもらう。各自確りと目に焼き付けろ」
さてと、ここからは昨日の打ち合わせ通り俺の機動を見せ、その後シミュレーターのトレース機能で無理矢理体に3次元機動を身に付けさせるだけだ。
問題は初めての本格的な3次元機動に何人が耐えられるかという部分だが…適性値が高いわけじゃなかった207B分隊の皆も平気だったし、多分大丈夫だろ、たぶん。